【本編完結】恋人にしたい殿下と何も知らないトレーナー&SP隊長   作:渚 龍騎

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取り敢えず一段落したので。
かなり無理矢理感が否めないです。


【番外編】特別な普通
15 奔走していった恋心


 

 

 

 

 出逢いとは、いつも突然起こるもの。

 出逢った直後から別離(わかれ)が定められ、終わりへと向かって事が進んでいく。どれだけの栄光を積み上げ、どれだけの愚行を重ね、どれだけの輝きを照らそうとも、神によってその瞬間に運命が決定される。

 担当ウマ娘とトレーナーの関係は、たったの三年のみ。それ以降は彼女たちによって委ねられるが、殆どの場合はウマ娘が完全なる引退をするまで、トレーナーが側で支えるものだ。

 そして別れたあとどうなるのかは二人次第。未来を決めるのも、二人が思考を巡らせて、共に歩むか、別の道を進んでいくか、神は様々な選択肢を事前に用意する。

 

「──お食事中ごめんなさい。少しよろしいかしら?」

 

 柔らかな日差しが差し込むコンビニの隅。窓に向かって設置されたテーブルと椅子。温かな光に照らされながら、イートインスペースでカップラーメンを食べていた彼に、一人の少女がコンビニ袋を腕にぶら下げて呼び掛けた。

 食事中の突然の介入。片手でスマホを見ていた彼は、予想していなかった来訪に眉を上げ、箸で掴んだラーメンを食べる為に口を開けたまま固まっていた。

 ────ウマ娘だった。

 ウマ娘特有の耳に、綺麗に整えられた茶色の髪と、毛並みの美しい尻尾。他のウマ娘とは違った別の雰囲気。上品な仕草と言葉遣いから、普通のウマ娘でないことは一瞬で理解できた。

 彼女はコンビニ袋からカップ麺を取り出して、

 

「お湯を入れてくださる係の方は、どこにいらっしゃるのかしら?」

 

 彼女の問い掛けに、彼は意図を理解できずに沈黙。箸で掴んだラーメンが滑り落ち、スープの中に飛び込む。熱湯によって作られた汁が散り、服に染みを広げ、更には彼の肌を焼いた。

 (あち)、という短い悲鳴に彼女が心配げな眼差しを向け、彼は慌てて汁を拭いてから、もう一度彼女の方へと視線を向けた。

 

「えっと……お湯は、そこ」

 

 指を指した先を辿り、彼女の視線がイートインスペースの端にある電気ポットへと向けられる。それでもまだなにか理解していない様子で、彼は彼女が持っていたカップ麺を「貸して」と受け取り、慣れた手つきで味の素をかけてはポットの口の下に置いた。

 

「このボタンを押したらお湯が出てくるから気を付けて」

 

 跳ねるから、と注意を促して、彼女は電気ポットのボタンを押す。するとポット内で沸騰したお湯が、カップ麺の僅かな入り口へと吸い込まれるように入り込んだ。それを見ている間、彼女はなんだか初めての光景に目を輝かせていた。

 それからカップ麺が出来上がる三分の間、イートインスペースやセルフサービスに興奮気味の様子だった彼女を一瞥しながらラーメンを食べ終えた。

 満腹感に満足しながら息を漏らして、少しの間スマホを眺めてからゴミを捨てると、もう既にカップ麺を食べ終えた彼女が頭を下げた。

 

「手ほどき感謝致します。それでは次に──」

 

 指を一本立てて、彼女は笑みを浮かべながら、

 

「麺屋極々まで、エスコートして頂けるかしら?」

 

 沈黙が流れる。周りの喧騒が吹き抜ける中、ようやく振り絞った思考から出た言葉は────、

 

「…………へ?」

 

 その一言。いや、一文字だけ。

 長くなってしまったが、それが彼女──ファインモーションとトレーナーの初めての出逢いだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 四月、トレセン学園はとある行事によって話題が持ちきりで、生徒だけでなく教師やトレーナーたちでさえも、その行事に胸を膨らませていた。

 なによりそれを楽しみにしていたのは、ウマ娘たちを応援するファンの皆だった。

 今年の最初を彩るトレセン学園の一大イベント。それは、ファン感謝祭だ──ウマ娘とファンが交流を施す年に一度のお祭り。それぞれチームなどで催し物を出すこともあり、その盛り上がりは年々増していっている。それはもう毎年ニュースや新聞でも大々的に取り上げられるほどだ。

 

「あ、ああ、つか、れた……」

 

 辺りはファン感謝祭で盛り上がっているのにも関わらず、相も変わらない様子で、トレーナー室は外の喧騒とは全く別の静謐に包まれていた。

 外の様子が窓や廊下から聞こえる中で、トレーナーは自身の椅子に凭れ掛かりながら身体を伸ばす。そしてぼんやりと見慣れた天井を眺めていると、影を消して現れた一人の女性が机にコップを置いた。

 

「お疲れ様です。トレーナー殿」

「隊長こそ。ありがとうございます」

 

 視線を正面に戻すと、そこには漆黒のスーツを身に纏った大人のウマ娘がいた。サングラスを掛けている所為で瞳を確認することはできず、口角が和らぐこともない故に表情から感情を読み取ることはできない。だが、掛けられた声色は優しさが込められていた。

 

 ファインモーションがいない中で、トレーナーと隊長が二人でいるのは珍しい光景だった。

 二人がこうして顔を揃えているのも、ファインモーションが絡んでいる。といっても、トレーナーからの提案で隊長が手を貸す流れになっていた。

 ファインモーション──彼女はアイルランドの王家のウマ娘。もちろんだが、危険と考えられる行動は禁止とされ、当然ファン感謝祭も人でごった返す為、SPの目が届かなくなる可能性があることから、去年は参加すらもさせてもらえなかった。

 

 だが、今年は違った。

 去年の出来事を踏まえ、トレーナーは今年こそファインモーションが参加できるように綿密に作戦を立て、隊長と共に実行した。それはアイルランドにあるSPの本部に説得を試みるということ。

 説得は二時間にも及び、トレーナーは心身共に疲弊して、溜め息を漏らしていた。

 

「それにしても、トレーナー殿の挑発には少し問題があるかと思います」

「ですよね。はあぁぁぁあ、やっちまった……ああでもしないと、あっちはファインの参加を頑なに認めないと思ったんですよ……」

 

 隊長は後悔する彼を見て、くすっと僅かに笑った。

 トレーナーが本部に向けて放った言葉は、簡潔に言えば単なる挑発。それに加えてトレーナーの態度や口調も煽るような形になっていた為、一般のトレーナー如きに煽られるとは本部も怒り心頭だろう。

 

『彼女に何も学ぶなと言うのですか? ファン感謝祭は応援をしてくれた方々に感謝を伝える為の場所。そこに彼女が参加しないとなれば、彼女のファンは減るでしょうね。参加する価値はあると思います』

 

 相手の返答は待たず、次へと口を開く。

 

『これはファンと交流できる数少ない機会です。日本親善大使の仕事としても打って付けのはず。それを参加させないということは、彼女の仕事を妨害してるとの同じではないですか?』

 

 思い出して、トレーナーはまたもや頭を抱えた。

 基本的に問題事は起こしたくない彼だったが、今回ばかりはとんでもなく大きな敵を作ってしまい、後悔しか残っていない。だが、時既に遅し。もう直談判をしては、あれだけの大見得を切り、更には本部を煽るような言動──後悔しても無駄だった。

 

「後で本部の方に俺の良い所を十個ほど言っといてください。隊長から言って貰えれば、まだ俺の好感度はそれほど下がらないはず……」

「もう無駄ですし言いませんし、そんなに良い所なんてありませんよ」

 

 言葉の刃による三連撃。トレーナーのその心を切り刻み、彼は胸を抑えて椅子の上で蹲る。そんな彼を見ていた隊長は、彼に背を向けて口角を上げていた。

 辛辣な言葉こそ投げていたが、トレーナーの良い所など様々な場面を通して見て来ている。その多くは、(あるじ)でもあるファインモーションの口から。耳にタコができるほど何度も聞いた。

 それならば、トレーナーの良い所を言うのは自分ではなく、ファインモーションの口から直々に言ってもらう方が良いだろう──隊長は、そんなことを思いながら、ぼんやりとトレーナー室に飾られている黄金の輝きに視線を映した。

 

 主のファインモーションをこういった催し物に参加させたい思いは、隊長も同じだった──しかし、そうやって行動に移すことができなかった。

 自分の立場の保身を考えてしまい、ファインモーションの身を守る為にはそれしかないのだと、何度も自分に言い聞かせて、無理やりにでも納得させた。

 

「トレーナー殿は、なぜそこまでして殿下を参加させたかったのですか?」

 

 だが彼は────、

 

「彼女には本心から笑っていてほしい。寂しさに慣れてほしくないんです」

 

 ファインモーションのことを第一に考えていた。

 いつだって、出会った時から彼はおかしな人間で、愚直ながらに真っ直ぐ進む意思を持っている。痛みを知っている彼だからこそできることなのかは分からないが、それでも、この人ならば大切な主君の身を任せられると感じた。

 

 

 

『ファインモーションの為を思うなら、彼女の気持ちを大切にして下さい。少しぐらい彼女を信じてみてはどうでしょう。彼女の身は俺が命を懸けて守ります』

 

 

 

 あの時の瞳と、真剣な表情は決して忘れない。

 ファインモーションの本当の気持ちを見つけ出し、更には引き出しては受け止めたたった一人。途中で投げ出さず、最後までファインモーションの横に居続けようと努力する姿は、しっかりとこの眼で見てきた。

 今でも思う──彼で良かった、と。

 

 

 

「それでは私は殿下にこの事を伝えて参ります」

「ありがとうございます隊長」

 

 

 

 感謝を背に受けて、隊長は扉に手を掛けた。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

『──頑張れファインモーション!!』

 

『──いいぞそのまま行っちまえ〜!!』

 

『──凄いぞファインモーション!!』

 

 

 

 観客席から巻き上がるファインモーションへの大歓声が、彼女の闘志を更に沸き上がらせる。興奮冷めない様子のファインモーションのファンによる歓声は、トレセン学園のターフ中に席巻して、嵐のように吹き荒れていた。

 そんな嵐の中を駆け抜けたファインモーションは、ターフ内に設置された台の前まで来ると走りを止めた。台は彼女の腰辺りまでの高さで、その上には赤いボタンが置かれている──そこで、司会の声がマイクによって響き渡った。

 

『──ここまでノーミスのファインモーションが一着で来ました! それでは最後の問題です!』

 

 ファインモーションは今、ランニングクイズに参加していた。スタートの掛け声と同時にウマ娘たちが走り出し、辿り着いた者から提示された問題に答え、正解したら先に進める──様々なジャンルがある中で、ファインモーションが参加したのは勿論ラーメン。

 十問近い問題数がある中で、ファインモーションは一着をキープしたまま全ての問題に正解。周りに圧倒的な強さを見せ付けていた。

 ただでさえレースも強い。更にはラーメンの問題などをファインモーションに出しては、勝てるウマ娘がいるのか寧ろ気になって仕方がない。

 分かり切ったことではあったが、ファインモーションのファンがあれほど熱狂しているなら問題はない、はず。二着との差はとんでもなく開いているが──。

 

「ファインのあのラーメン知識は、いったいどこから蓄えてるんですか?」

 

 ふと思った疑問に、隊長は唸った。

 元よりファインモーションは聡明かつ頭脳明晰。普段は純粋で天真爛漫に笑っているが、記憶能力も抜きん出て優れている。それ故に、他国の言語も完璧にこなせるのだが、あの尋常ではない程のラーメン知識を、一体どこから仕入れているのか分からなかった。

 

「……私にも分かりません」

「あれだけラーメンが好きなら、いつの日かファインモーションのヌードルストッパーとか出そうですね」

「そんなものできる訳ないと思います」

「ファインなら喜んで作らせてくれそうですけど」

 

 有り得ない話ではないのがまた悩ましい。隊長はトレーナーの冗談に僅かに苦笑しながら、ランニングクイズが行われるターフへと視線を戻した。そこでは司会がマイクを通して、ファインモーションに問題を告げ始めていた。

 

『駅の北口に店を構えるラーメン屋、喧々諤々(けんけんがくがく)。その店主が──』

 

 うわあ、難しそう──他人事のように問題を聞きながらそんな風に思っていると、まだ告げている途中の司会を遮ってファインモーションがボタンを押した。聞き覚えのある効果音が鳴り響き、観客の歓声も困惑へと変換するが、彼女は口を開いた。

 

「──正解は『池袋』!!」

 

 即答したファインモーションの行動に観客だけでなく、司会でさえも驚愕を隠し切れず、トレーナーと隊長の二人も「は?」と困惑していた。

 なにより驚愕していた司会は、ただファインモーションが即答しただけのことに驚いたのではなく、その回答に口をあんぐりと開けている。そんな辺りの困惑を他所に、ファインモーションはその回答の理由を笑顔で答えた。

 

「恐らく問題文の続きは、『その店主が修行していたルーツのお店があるのは何駅?』だと思います」

 

 間髪いれず、ファインモーションは続け──、

 

「元々『侃侃諤諤(かんかんがくがく)』と『喧喧囂囂(けんけんごうごう)』の二店舗で店主は修行なさって、『侃侃諤諤』では主に経営の勉強を、ラーメンのルーツ自体は『喧喧囂囂』で! だからこの場合は『池袋』が正解っ!」

 

 呪文だな、と半ば思いながらも司会の返答を待つ。正解か不正解か、ファインモーションは確信を得ているようだったが、トレーナーや隊長も含めた観客たちは固唾を飲んで見守って、司会が大きく息を吸った。

 

 

 

『──大正解っ!!』

 

 

 

 大興奮のあまりに荒らげた声が、マイクを通してターフ内に響き渡る。その瞬間にわっと観客から大歓声が巻き起こり、レースに匹敵する騒々しさがランニングクイズを一気に盛り上げた。

 

『流石はファインモーションさん!! こちらはラーメン好きほど間違える超難問でしたが、素晴らしいですッ!!』

 

 最早これは驚く他ない。ふ、と隊長は誇らしげに笑みを浮かべているが、トレーナーはファインモーションのラーメン愛にとんでもない情熱を感じられ、ただただ驚いていた。そして同時に、一着で駆け抜けたファインモーションを見つめて、ふと笑みを浮かべた。

 観客に向けて優雅に手を振り、鷹揚とした雰囲気を魅せるファインモーションが浮かべていた表情──それは、草原に咲いた花のように可憐で、本当に全力で笑っているように感じられた。

 あの笑顔が見れただけでも、頑張った甲斐があったと言うものだ。

 彼女の笑顔を見て、こちらも思わず笑みを浮かべてしまっていると、いつの間にか隣に立っていたサラリーマンが、眼鏡を指で上げる──太陽の光がレンズに煌めいて、キメ顔が出来上がった。

 

「ラーメンへの愛と深い知識……ファインモーション、侮れん。ラーメン界の黒船たり得るか……」

 

 なにやら小さい声でぶつぶつと呟いていた。

 

「え、なにこの人……」

 

 困惑と不審な眼差しを向けていると、遠くからトレーナーを呼ぶ声が歓声に混じって聞こえた。

 

「──トレーナーっ!!」

 

 呼びながら、ファインモーションが笑顔で駆け寄って来る。お疲れさまの一言を言って笑みを浮かべると、彼女は更に喜悦の色を強く滲ませて「ありがとうっ!」と感謝を告げた。

 

「きっと、たくさん頑張ってくれたんだよね。本当にありがとう、トレーナーっ!」

 

 告げて、次は隣にいる隊長へと視線を向け──、

 

「隊長も、ご苦労様でした。ありがとうございます」

「私の仕事は殿下の学園生活をお守りする事。不参加が対策ではプライドが許せなかっただけです」

 

 隊長はそう言っているが、トレーナーは知っている。ファインモーションが感謝祭に参加できるよう、本部に全力で抗議していたことを。その無表情の裏側では、きっと満更でもない様子なのだろう。

 

「ふふ、そうですか。二人とも、本当にありがとう」

 

 感謝を告げられたトレーナーは、笑みを浮かべて手を差し伸べる。「さあ、エスコート致しますよ、殿下」と付け足して、ファインモーションは喜んでその手を取った。

 ランニングクイズはファインモーションにとっても今日一番の楽しみとも言えるイベント。あれだけ大盛り上がりを見る限り、ファンだけでなくファインモーション自身もかなり満足している様子だった。だが、ファン感謝祭はまだ始まったばかり────お楽しみはこれからだ。

 

 ファン感謝祭では、様々な催し物や出店がトレセン学園中に広がっている。大きなものになると、ファインモーションが参加したランニングクイズや、他のものだとミニライブや借り物競争といったイベントもある。本来はファインモーションにもミニライブをやって貰いたかったのだが、当然ながらその時は彼女の参加が確定してなかったので、応募できなかった。しかし、借り物競争のエントリーは飛び入り参加も可能だった為に、ファインモーションは「やったことがないから、一度はやってみたい!」と声を弾ませて、自ら出場を決めた。

 

 ルールは単純明快。スタートの合図と同時に走り出し、設置されている紙を捲ってそこに書かれているお題(モノ)を借りて来るといった競技。物の種類は様々で、道具や食べ物、なんなら生き物である可能性も高い。より簡単な物を当てられるかに、この借り物競争の命運が掛かってるといってもいい。

 それぞれ十人毎に別れて出走するようで、ファインモーションがの場所には見慣れたウマ娘や、一般のファンの姿も見える。その中でも特に目立っていたのは、オグリキャップやメジロマックイーンといった有名なウマ娘だった。

 

「私の所にはオグリさんとマックイーンちゃんがいるんだね」

「オグリキャップは突出した末脚を持っているし、メジロマックイーンも天皇賞・春を連覇する実力……って言っても、今回はあんまり関係ないか」

 

 確かに二人の強さは抜きん出ているが、それでも今回はあの緊迫感が遍くレースとは違って、あくまでもファンと楽しむ為の場所。それに今回の借り物競争は、例え速くお題のもとに辿り着いたとしても、それを借りて来られなければどれだけ速く走ったところで意味がない。

 

「でも、どうしているのかな?」

「あー、多分一着の景品目当てだよ」

 

 トレーナーが指差した先──辿って視線を向けると、それぞれ順位に応じた景品の記載が載っている。その一番上に記載されていた一着の景品は、超有名店のスイーツ食べ放題無料券。

 オグリキャップはトレセン学園でも知らない者はいないほどの大食い。ふとした時に、目を疑うほどご飯を大盛りにしているのを何度か見たことがある。それとメジロマックイーンは、本人こそあまり公にはしていないが、かなりのスイーツ好きらしい。いつの日だったか、スイーツ店の前で立ち尽くしているのを見たことがあった。

 

「なるほどなるほど。よし、始まる前に、トレーナーは今なに持ってるか教えて?」

「え、なんで?」

「もしかしたら持っている物が紙に書かれてるかもしれないでしょ?」

 

 なるほど、とトレーナーは納得した。

 もし持っている物が紙に書かれていたなら、直ぐに向かえばいい。もし書かれていなかったなら直ぐに対象から外れ、無駄な散策をせずに済む。それにファインモーションの優れた記憶能力なら、周りの観客がなにを持っているのか直ぐにでも覚えられるだろう。

 

 トレーナーはポケットの中を探り、取り出してはファインモーションに見せた。

 

「まずは眼鏡とポールペン、手帳、スマホに財布……あとはラーメンの替え玉無料券ぐらい」

「借り物じゃなくても、その無料券は欲しいなー」

「もう既にいっぱい持ってるでしょ」

「えへへ、知ってた?」

「もちろん」

 

 ファインモーションが手で口元を隠し、その裏側で笑みを浮かべていると、遠くで司会者が一番目に出走する参加者を集う声を上げた。

 

『──それでは始まります! 今回は飛び入り参加も多く、ウマ娘や一般の参加者もいます! 一着の超有名店のスイーツ無料券を手にするのは誰なのか!』

 

 辺りを見渡しただけでも観客は多いと一瞬で分かる。参加者も百名は軽く超えているのではないだろうか。一度の出走に十名程度で別けられ、ファインモーションは三番目に他九名と出走するらしい。

 借り物競争の端を飾る最初──台に立ったトレセン学園の生徒がピストルを大きく掲げ、全員が態勢を整える。そして引き金が引かれると同時に、耳を聾する発砲音が響き渡り、歓声と共に駆け出した。

 当然ながら身体能力は普通の人間よりもウマ娘の方が遥かに上。だが、そこは流石に考慮さているようで、ウマ娘は二発目の発砲音で走り出すルールがしっかりと決められていた。やがて、二発目の発砲音が鳴り響き、ウマ娘たちが駆け出した。

 それぞれが紙を手に取り、そこに書かれたものの名を見つめる。中にはその題に驚愕して声を上げるものや、簡単だったのかガッツポーズすら取るものもいた。だが想像していた通り、観客が多いのもあってか、出走者は次々とゴールしていっていた。

 

「ウマ娘だけでなく、一般の参加者も本気で勝ちに行ってるね」

「みんなそんなにあのお店のスイーツが好きなんだね!」

 

 テレビでも話題になり、開店から十分ほどで行列のできるスイーツ店。それだけ人気も高く、味も美味しい証拠。だが、それ相応の値段になっている為、そのスイーツが一着になっただけで無料で食べられるのならやる価値は充分にある。スイーツ好きには堪らない。

 

「だろうね。ファインも、もし一着がラーメン屋のヤサイマシマシうんたらかんたら無料券だったら、全力でやるでしょ?」

「もー、私のことなんだと思ってるの? 食べ物で釣られるほど私も子供じゃないんだよっ」

 

 ファインモーションは片頬を膨らませ、不満を露わにトレーナーを見つめる。そんな彼女を一瞥しながら、トレーナーは目を眇めた。

 

「でも実際は?」

「──もちろん全力でやるよっ!」

 

 両手を組んだファインモーションに向けて「だよね」とトレーナーの分かり切ったような声色が滲む。やがて、最初の借り物競争が終わり、二番目に出走する者たちが並んで出走の準備を整えていた。

 司会者が三番目に出走する者を集う声を上げ、その声にファインモーションは「行ってきます」と気分を弾ませて歩いて行った。そして二番目の借り物競争も終わり、ファインモーションの番が直ぐに来た。

 

『──さあ、参加者が集いました! 今回はあのオグリキャップやメジロマックイーン、更にはファインモーションといった有名なウマ娘も参加しており、一着のスイーツ無料券がいったい誰の手に渡るのか!』

 

 オグリキャップとメジロマックイーンも、知らない者はいないというほどの知名度を誇り、更にはファインモーションも同じブロックというのが拍車をかけて、観客の熱気ををより一層沸き上がらせていた。

 

『──それでは開始致します!』

 

 司会者の合図と同時に、ピストルが掲げられる。三人のウマ娘たちは勿論のこと、その他の参加者も一斉に腰を低く構え、走り出す準備を整えた。

 特段レースとは違う為、空気を圧迫するような威圧感や緊張感はまったくといっていいほどに感じられないが、ファインモーションは横にいるメジロマックイーンからなにか別の雰囲気を感じられていた。

 

「ファインモーションさんも、あの景品を狙っているのですか?」

「うーん、取れたら嬉しいけど、やっぱり一番はこの競技を楽しみたいだけなのっ!」

 

 正面を見据えていたメジロマックイーンからの問い掛けに、ファインモーションはただ笑顔で答える。笑うファインモーションに対して、メジロマックイーンが浮かべる表情は真剣そのものだった。

 

「それなら(わたくし)がこの一着を取らせていただきますわ」

「私だって負けないよ!」

 

 やがて、一発の発砲音が空気に轟く。一瞬の静寂、その瞬間に雄叫びの如き歓声が響き渡り、まずは一般の参加者が駆け出した。二発目の発砲は、一人目が紙を取った瞬間に鳴り響く。そして数秒が経ち、一人目が紙を手に取って────、

 

 

 ──パン、と空気が破裂するような音が響いた。

 

 

 一斉にウマ娘たちが駆け出し、ファインモーションも遅れず飛び出る。そして観客たちの歓声を背中に受けながら、特段なにかイレギュラーが起こる訳もなく、紙の前まで来るとそれを手に取ってお題に目を向けた。

 瞬間、ファインモーションと並んでメジロマックイーンも固まった。

 二人は両手で紙を握り締めたまま口をぽかんと開け、その紙に書かれたお題に目を見開いていた。

 次々とファインモーションとメジロマックイーンの横を参加者が駆け抜けていき、観客や司会者も彼女の異変に気が付いて戸惑いの声を漏らしていた。

 

『おっとファインモーション選手とメジロマックイーン選手が紙を持ったまま固まってしまいました! いったいどんなお題が書かれているのでしょうか!?』

 

 遠目からでしか見えていないトレーナーや隊長の二人もファインモーションの表情は見えないが、動きが完全に停止している事に困惑を隠し切れなかった。

 

「ファインだけじゃなくメジロマックイーンも止まった……そんなに驚くようなお題なんですかね?」

「さあ、流石にそこまでは確認していないのでなんとも。ただ、おかしなお題であることは間違いないと思います」

 

 確かに、いつだって笑っているファインモーションと、冷静な淑女たるメジロマックイーンが一切の動きを止めて固まっている。その事実はあまりにも普段と違っていて、なにが起こっているのか理解もできず、困惑する他ない。

 そして歓声と共に数秒が流れて行き、最初に行動を示したのはメジロマックイーンだった。

 

『さあ、先に動いたのはメジロマックイーンッ! 迷うことなく自身のトレーナーのもとへと駆け出しました!!』

 

 借り物競争の行方を見守る観客たちの視線が、メジロマックイーンへと向けられる。彼女はトレーナーの前まで駆け寄り、視線を落としながらなにかを彼に説明していた。するとトレーナーの手を取ったメジロマックイーンが、彼との速度を合わせて駆け出した。

 二人が駆け抜けて行く様子を遠くから眺めていると、司会者の声が響き渡った。

 

『──おお! メジロマックイーン選手に続き、ファインモーション選手も動き始めました』

 

 気付いて、ファインモーションの方へと顔を向ける。彼女はメジロマックイーンと同様に視線が下降して、そのままトレーナーと隊長の方まで走って来るが、何だか様子がおかしい──紙を取った時からおかしかったが、それにしても漠然とした感覚があった。

 

「ファイン? どうしたの?」

 

 目の前まで来たファインモーションの様子に首を傾げていると、彼女は自身の指と指をくっつけながら、なにやらもじもじとした様子で口を開く。だがしかし、その開かれた口から告げられたのは、途切れ途切れで、歓声に容易く掻き消されてしまう声だった。

 

「あの、えっとね、トレーナー……その……」

 

 どこか恥ずかしがっているようにも見えるが、トレーナーはそんなこと気にせず、ポケットから借り物になっているであろう物を取り出した。

 

「あ、なんか俺の持ってるものであった? ボールペン? それとも手帳?」

 

 次から次へと物を取り出しながら名前を告げて行くが、ファインモーションは「違うの」と首を振った。

 僅かに乱れた髪を耳に掛け、彼女は真っ直ぐにトレーナーの瞳を見つめる。そして有無を言わさずにファインモーションはトレーナーの手を取って引いた。

 

「ファイン? お題はなんだったの?」

「ふふ、内緒だよっ」

 

 紙を握り締めて、トレーナーの手を引く。ファインモーションが引いた紙の内容がなんだったのかまるで分からず、トレーナーは困惑していたが、なにか説明を施される訳でもないまま駆けていった。

 手を引く彼女の頬から耳にかけてが、どことなく赤く滲んでいるように見え、その靭やかな指が自分の手を握り締めている。なにがなんだか分からないが「まあ、いっか」と、勝手に納得して彼女に任せた。

 

「ファインモーションさんですね。紙をお預かりします」

 

 ゴールの前にいた茶髪のウマ娘に、ファインモーションはその紙を渡す。そして紙に書かれたお題を見て、ウマ娘は「え」と声を漏らして驚愕。目を見開きながら、紙とトレーナーを交互に見た──約十回。

 その間、ファインモーションは顔を伏せているようだったが、ウマ娘は「マジか」と呟いてから、

 

「──どうぞゴールへ!!」

「…………え、いいの?」

 

 はい、と元気の良い返事が帰って来て、トレーナーは最後までその紙に書かれたお題がなんなのか分からなかった。そのままファインモーションと共にゴールを駆け抜けていき、歓声や応援に包まれる中、決着は四着で終わってしまった。

 

「あー、スイーツ無料券取れなかったね」

 

 そんなことを呟きながら、遠くで項垂れるメジロマックイーンと、一着を取ったオグリキャップに視線を移す。メジロマックイーンのお題がなんだったのかも気になるが、トレーナーはファインモーションの肩を叩いて、

 

「お題はなんだったの? え、ファイン大丈夫?」

 

 ファインモーションは両手で顔を覆っていた。

 具合でも悪いのか問い掛けても、彼女は首を振って否定する。そして大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせるように一気に吐き捨てると、ファインモーションが「急にごめんね」と微かに笑った。

 

「お題は『信頼できる異性』だったの」

「あー、なるほど。君にそう思ってもらえてるなんて嬉しいよ」

「もちろんっ! キミは私の〝特別〟だよ!」

 

 そう言って笑ったファインモーションの手に握られる紙。そこに書かれたのは、端的に、そして単純で、誰でも分かる内容で、誰にでもいるもの──その内容とは〝好きな異性〟だった。

 

 借り物競争を提案した一人が、ふざけて書いたものの一つ。そんなものとはいざ知らずファインモーションが引き、張本人はまさかファインモーションが引くとは思いもしていなかった。




続きは次回
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