【本編完結】恋人にしたい殿下と何も知らないトレーナー&SP隊長   作:渚 龍騎

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明けましておめでとうございます。
今年も、気まぐれに書いている私ですが、ぜひともよろしくお願いいたします。

最近、絵の上手かった仲の良い女の子に「二次創作の表紙を書いて」と言ったら「新手のナンパ?」と笑顔でドラ○もんを書いて渡された私です。


21 遠く離れても

 

 

 

 耳を聾するほどの歓声が、辺りから巻き上がっている。歓声、熱狂、燃え盛る炎の如く燃え広がり、静謐を知らない。だがそれよりも遥かに、自身の胸の内から響き渡る鼓動が、なによりもうるさい。

 近くにいるウマ娘の息遣いを感じる。勝利に向かって一直線に駆け、喉が焼けるほどの痛みの中で呼吸をしている。一歩を踏み出すたび、地面を叩く轟音が響いた。

 

 ────勝ちたい。

 

 なによりも勝ちたい。そんな想いが、自分だけでなく周りからもひしひしと感じる。この場に集ったウマ娘は、全員が〝光〟を宿して〝絶対に勝つ〟という一点に向かって駆け抜けている。最後の勝負(レース)にて、勝利を掴むために必死に手を伸ばした。

 

 

 

 ────だが一人、抜きん出た者がいた。

 

 

 

 風を纏い、最後の直線を光の如く突き抜けたウマ娘。不滅の名を背負い、聖剣の名に相応しいその走りで、背後から一気に駆け抜けて行った。

 歓声が彼女の姿を待ち望んでいたとばかりに爆発して湧き上がった。

 

「──デュランダルが来たッ!!」

 

 一バ身、また一バ身とその背中が遠くなる。ようやく得られた場面で、ようやく返せる場所で、また彼女に敗北をする。その背中があまりにも大きく、遠く、必死に喰らいついても、その距離が縮まることはない。

 

 

 

 ────諦める?

 

 

 

 そんな言葉が脳裏に過ぎった。

 もう諦めれば、こんな苦しい思いを背負う必要がなくなる。さっさと諦めてしまえば、そこで終わらせてしまえば、なにもかもこの苦痛から解放される。結局は、どれだけ努力をしても彼女には決して届かない。

 そう考えたら、ふと視界が潤んだ。

 ────もう、諦めようか。

 

 

 

 チカラが抜けるその瞬間────声が聞こえた。

 

 

 

「──諦めるなぁッ!!」

 

 

 

 たった一言。大切な人の声。大事な人の声。辺りに席巻する歓声を掻き消すかのように、その一言だけがファインモーションの手を引いた。

 諦めるな──いま必要なのはその一言だけでいい。今の今まで、彼が諦めたことはなかった。どんな理不尽が()しかかろうと、どれだけ傷付いても、最後の最後まで彼は諦めなかった。

 忘れていた。

 彼からなにを教わったのか。この三年でなにを描き、どんな軌跡を辿ったのか、すべてを台無しにしてしまうところだった。もう短いが、まだ距離はある。このレースを駆け抜けるまで、諦めてはならない。

 

「すぅ……」

 

 息を吸った。

 刹那の思考で、すべてを理解した。

 喉が焼ける。だからなんだと言うのだ。

 肺が苦しい。破れたって突き進んでやる。

 脚が重い。だが、まだまだ(はし)れる。

 頭が痛い。この一時だけでも保たせる。

 

 

 

 ────ファイン。

 

 

 

 グルーヴさんの声が。

 

 

 

 ────ファイン。

 

 

 

 シャカールの声が。

 

 

 

 ────ファイン。

 

 

 

 ドーベルの声が。

 

 

 

 ────ファイン。

 

 

 

 諦めかけていた暗黒の中で、闇へと引き摺り込もうとする手が、私の脚を掴んで離さない。だが、みんなの声が聞こえる。私の名前を呼んで、応援してくれるみんなの声が────だから、だから、だから。

 

 

 

「────Durandal(デュランダル)ッ!!」

 

 

 

 引っ張り込む手を振り払って、一歩を叩き付ける。みんなの想いが背中を押した。最後まで前を向けと、言ってくれている気がした。みんなと明日の未来を描くために、最後まで私を信じてくれた彼に応えたい。

 あなたに勝ちたい──キミと勝ちたい。

 

 最後、なによりも強く、誰よりも大切に想う彼の声が聞こえた。

 

 

 

「──疾れ(いけ)ッ! ファインッ!!」

 

 

 

 瞬間、ファインモーションの一歩が大地に轟く。思考は機械の如く、咆哮は獣の如く、運命の歯車が、いま新たに回りだす。カッと目を見開き、心臓がバクンと跳ね上がった。

 この瞬間だけでいい。

 この時間だけでいい。

 この勝負だけでいい。

 みんながいたから、私が此処にいる。だから、もっと速く、もっと高く、もっと強く、お願い────、

 

 

 

 愛しの人よ、私を更に高くへ連れて行って(Wanna take you baby take me higher)

 

 

 

 瞬間、温かな感覚が背中を押した。

 一歩を力強く踏み締めて、その身に神速を纏う。最後、喉を焦がす勢いで叫んだ。

 

 

 

「────いざ、勝負(Is cluiche é)ッ!!」

 

 

 

 誰もが目を見張った。

 誰もが息を呑んだ。

 誰もがウソだと呟いた。

 絶対にデュランダルが勝ったと、誰もが思い込んでいた。否、彼女の勝利を願う者たち以外は────最後まで、彼女の勝利を願っていた。

 

 時が、動き出す。

 虚空の時間が、人々の思考熱狂を更に加速させて、一気に湧き上がった。

 

『──ファインモーション上がってきた!! だがデュランダルも負けじと粘っているっ!!』

 

 加速したファインモーションが一バ身、また一バ身とその距離を詰めていく。だがデュランダルも簡単には抜かせない。二人の完全な勝負に、誰もが固唾を飲んでその行方を見守った。

 だがあと半バ身、その半バ身がどうしても遠くて、手を伸ばせば届きそうなぐらいの〝光〟が、そこにはあった。かつては影を拝むことすらできずに敗北した。どれだけ手を伸ばしても、あの背中が彼方の向こうに遠かった。だけど、今なら届く──!

 

『──その差は僅か! だがファインモーション届かないか!?』

 

 あの時のような思いはもうしたくない。

 もうみんなのあの表情(カオ)は見たくない。

 そして、あの愛しの彼の為に応えたい────。

 

 前を向いた。正面を見据えて、睨んだ。

 刹那──〝光〟が、私を導いた。

 かつて見たあの〝妖精〟の輝きが、また私を導いてくれる。まるで〝おとぎ話(Fairy tale)〟を見ているような感覚で、ファインモーションの耳にはただ一つの音以外なにも聞こえなかった。

 ただ「行け」と、前に進む意志だけが────ファインモーションを新たなる〝領域(ゾーン)〟へ至らせた。

 

 一歩を踏み締める度に加速。魅せるは、女王が齎す絶対なる威圧感。見据えた先にあるものは勝利のみ。女王の鋭い眼光が相手を捉える。それに射抜かれた者は、背筋が凍りつくような感覚に呑まれた。

 その走りは、不滅を凌駕して聖剣を砕く。かつては届かなかったこの脚が、今ようやく並んだ。

 

 足りない心を満たして駆け出す。その一歩で景色さえも消し去って、見上げた空から燦然と青い空の下、それを見つめるファインモーションの瞳は、息を呑むほどに勇猛な瞳をしていた。

 幾千の雲を掻き分けて、彼の言っていた光を掴み取る。この栄光を、この軌跡を、自分を支えてくれた皆に感謝を伝えるべく、ファインモーションは貪欲に手を伸ばした。

 

『──ファインモーション更に加速!? ファインモーション並んだ! この二人の競り合いになるか!?』

 

 血が滲むような努力をした。

 泣きそうになるほど辛い想いをした。

 心の奥底から、勝ちたいと叫んだ。

 彼の側にいたいと、想い続けた。

 だから、だから、だから────この想いだけは、誰にも譲らない。

 

「いや並ばない! ファインモーション完全に抜け出したッ!!」

 

 誰もが目を疑った。

 ファインモーションでは勝てないと思っていた。

 ファインモーションのあの走りを見ることはもう叶わぬと、圧倒的な女王の走りは見れないと────だが、今其処にあるは、全てを凌駕する女王の君臨。それでいて華やかに絢爛する圧倒的な王者の姿だった。

 

 誰もが、その姿に見惚れた。

 これこそが、ファインモーションだと──息を呑むほど静かに感じる世界で、誰かがぽつりと呟いた。

 瞬間、ゴールを駆け抜ける。音を忘れていた歓声が、ワッと一気に湧き上がった。

 その勝利の栄光を手にしたのは────、

 

 

 

『一着は──ファインモーションッ!!』

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 無言、それは物事を言わぬこと。

 口を開かず、言葉を発することなく黙っていること。この空間にあるものはただそれだけ──いや、そういうことを言いたいのではない。そこにあるのは僅かに怒りの滲んだ視線と、痛いほどの静謐。見つめ合うのは、二人のウマ娘だった。

 一人は、綺麗に整えた美しい鹿毛のウマ娘。上品な佇まいから魅せる王家の威圧は、ただならぬ気配を席巻させている。そしてもう一人は漆黒のスーツに身を包んだ大人のウマ娘。その近寄りがたい雰囲気や、鋭い視線が精悍な表情を形作っている。隙の見せない威圧を纏ったのは、彼女の護衛の隊長だった。

 

 二人は互いに睨み合って、隊長は無言を貫いているが、鹿毛のウマ娘は頬を僅かに膨らませ、怒りを滲ませるように呻っていた。

 普段はその表情に欠片も浮かばせない彼女が、朗らかな不満を募らせている。それはなぜなのか、理由は至って簡単。だが他人には言えない恥ずかしいことだ。

 

「隊長」

「はい」

 

 その答えとは────、

 

「トレーナーは、いつ帰って来るのですか?」

「明日の朝です」

「はやく会いたいです」

「明日まで我慢してください」

 

 そう、トレーナーに会えなくて不満を募らせている。会っていない時間は、まだ二日程度しか経っていない。明日になれば、トレーナーは平然と帰って来て、いつも通りの日常へと変わる。だがソファーに座って天井を仰ぐ彼女──ファインモーションは、もう待ち切れなくなっていた。

 

「もう殿下は、私の前では隠さなくなりましたね」

 

 隊長の言葉に、ファインモーションは首を傾げる。少し前までは隊長にすら隠して恋心奮闘していたファインモーションが、今では微塵も隠さずに感情や言葉で露わにしている。もはや恥じらいもなく、隠すことすらしなくなってしまった。

 

「ふふ、隊長になら良いかなと思いまして」

 

 ファインモーションはそう言って微笑む。腹の内を話してもらえるようになっただけでも、隊長にとっては嬉しい限りのこと。曝け出し過ぎな気もするが、それはそれで良かった。

 ファインモーションはソファーから立ち上がり、外でトレーニングに励むウマ娘たちの姿を窓から見つめて、そっと手を添える。過去に浸るように、その時の感情を思い出しながら口を開いた。

 

「この国に来たばかりの時は、一人でいるのが不安でした。いえ、隊長たちがいましたけど、それでも心細く感じていたのです」

 

 あくまで護衛は護衛。姿を晒したり、ファインモーションと普通に日常を過ごす訳ではない。ファインモーションの生活を陰ながら見守り、困っている状況になれば手を差し伸べる。ファインモーションの不自由のない程度に見守るのが、護衛の務めだった。

 常に側にはいるものの、それはファインモーションから見えない場所にいる。だからこそ、ファインモーションの横に立つ者はおらず、彼女も僅かながらに不安を感じていた。

 

「けれど、トレーナーが側にいてくれました。ずっと、私の手を握って不安を取り除いてくれたのです」

 

 どんな時もトレーナーがいた。

 隣に立って、柔らかく微笑む。立ち止まった時は手を引いて、倒れないように支えてくれる。ずっといたからこそ、いない時は不思議な感覚に呑まれてしまった。

 今思えば、この三年間で三日も顔を合わせないことはなかった。大型連休もトレーニングやお出かけで、平日も放課後に顔を合わせており、ほぼ毎日ずっと会い続けていた。

 

「だからいまは、トレーナーがいないと落ち着かないんです。声や姿が、近くにいないとソワソワしてしまうんです──これってまずいでしょうか?」

「──ええ、マズイです。とても」

 

 即答で答え、ファインモーションは頬を掻きながら空笑いを響かせる。親離れのできない子供のようでもあるが、三年も一緒に過ごしてしまうと、誰であれそうなってしまうものなのかもしれない。隊長もファインモーションから離れろと言われたら、首を降って拒否する。

 

「仕方がありませんよ。トレーナー殿は若くして殿下をURАファイナルズのチャンピオンにまで育てた方です。他のトレセンで、講師として選ばれるのも無理はないかと」

 

 現在トレーナーは地方のトレセンで研修生などの講師を務め、講演会を開いている。王族のファインモーションを偉業なレベル──URAファイナルズを制するまで育て上げた功績は、全国各地のトレーナーからも一目置かれ、それなりの実力者としても名を轟かせていた。

 たった三日、されど三日。

 隣にいることが当然で、常に共にいるのが自然で、少しでも離れてしまうことなど考えたくなかった。

 

「うぅ……それもそうですけど……」

 

 ファインモーションは呻った。

 理性では理解していても、本能が彼を求めて心から寂しく感じていた。早く会いたいと訴えて、この三日間で寂しさも膨れ上がっていた。

 早く会いたい──そんな急かす感情を巡らせていると、ファインモーションのポケットに入ったスマホが振動して、軽快な音楽がトレーナー室に鳴り響いた。

 画面を見てみれば、そこには待ち望んでいたトレーナーの名前が表示されていて、ファインモーションは昂る感情を抑えながら画面に触れる。スピーカーに変え、待っていた彼の声が響いた。

 

『もしもし? 聞こえる?』

「うん、聞こえるよ。どうしたの?」

 

 なんの前触れもなく突然かかってきた電話。普段は就寝前にしているが、夕方にもなっていない時間に掛かってくるのは初めてだった。待ち望んでいたとはいえ、困惑の色も大きく、トレーナーは「あー」と言葉に詰まる。そして数秒後に息を吸い込むような音が、ノイズ混じりに聞こえて、トレーナーが恥ずかしげに答えた。

 

『今ファインなにしてるかなーって……』

「え…………?」

 

 思わぬ言葉に、ファインモーションと隊長の思考が停止。二人は互いに見つめ合ってから、同時に笑いを吹き出してしまった。電話越しに遠くからトレーナーが困惑を見せる声が聞こえる。だが二人は堪えることができずに笑ってしまった。

 

「ごめんね、まさかそんな理由だとは思わなかったの」

『あはは……なんかどうしてもファインの声が聞きたくなっちゃって』

 

 どうやら、トレーナーもファインモーションと同じだったらしい。その事実に隊長も思わず微笑んでしまっていた。

 

『いつも一緒にいたから、いないと……こう、なんていうか、ソワソワするんだよね』

「あ……」

 

 ファインモーションも気付いた。

 先程自身が言っていたことと丸っきり同じ発言で、ファインモーションはスマホの画面に映るトレーナーの名前を見て微笑んだ。まさに一心同体──同じことを考えていたことに、嬉しさを隠し切れなかった。

 

『どうかした?』

「ううん、私もね、同じことを考えてたの」

『……そっか、なら良かった』

 

 遠くの喧騒が吹き抜ける。

 

『なんか引かれるかと思った』

「どうして?」

『いやだって、たった三日なのになんでかファインの事ばかり考えてしまうから……重いというか、気持ち悪いとか思われたらどうしよっかなって……』

「それだと、私も同じことを考えてたから、かなり重いのかな?」

 

 二人はそう言って笑った。

 いえ、殿下は愛が大き過ぎるのです。

 ツッコミたくなる気持ちを抑えて、隊長は心の中で呟く。この二人はお互いがいることが当たり前になっている。

 このままでは、いずれ訪れる別れの時に────、

 

「トレーナー、そっちはどう?」

『かなりやり甲斐があるよ。自分の努力は無駄じゃなかったって、改めて実感できたね』

 

 満足気な声色が、画面越しに聞こえる。きっと彼は今、微笑んでいるに違いない。そう想像してファインモーションもなぜか嬉しくなり、笑いを溢した。

 努力──トレーナーは、トレーナーになってからも努力を惜しまない。どれだけの努力を重ねてきたのか、これからもどれだけ努力を重ねていくのか、彼の苦難は想像もできない。三年を共にしてきただけでも、彼は彼の限界を凌駕してまでも突き進んでいた。

 どうして、そこまでするのか分からない。限界を超えた分だけ、それは倍増して自分に返って来る。それを理解していながら、トレーナーは意思を曲げようとしない。彼の悪いところはそこである。

 

「ねえ、キミはどうしてトレーナーになろうと思ったの?」

 

 トレセン学園でのトレーナーへの道は果てしなく長い。努力を重ね続け、才能にも恵まれ、更には運をも引き寄せてようやくトレーナーへと至る。その上、トレーナーという職業が度を超えて激務である。日々のトレーニング調整、レーススケジュールの管理、ウマ娘によってはアイドル的側面でのマネジメントも兼ねる。それに加えて雑務及び通常業務。更に忙しくなれば、夏合宿も始まり、今まで以上に辛く、想像を絶するほどに重い試練が待っている。それを理解した上でトレーナーを目指す者など、真に志を持っている者、もしくは変態かドMの三択である──極論過ぎる。そんなことはない。

 

 問い掛けられて、トレーナーは沈黙する。ノイズが通話越しに聞こえる水音のようなものと混じって響く。その直後に硬質物が触れ合った高い接触音。自分の鼓動さえ聞こえてしまいそうなほどの静寂が、隊長を含めて二人の空間に鳴り、彼の声が聴こえた。

 

『俺はウマ娘に救われた』

 

 その一言は、慈しみや懐かしむような色が込められていて、顔を見ずとも彼がどんな顔をしているのか想像できた。だが、その言葉がどんな意味を持っているのかは分からなかった。

 隊長と二人で首を傾げていると、トレーナーは息を吸ってから続けた。

 

『昔はかなり嗜んでいたんだ。深い闇で絶望していた時に、君たちウマ娘を見た』

 

 恍惚とした矜持を掲げて、最後の最後まで決して諦めずに真っ直ぐ突き進む姿。絶望の暗黒に呑まれている中で、その〝光〟を見つけた。諦めようとしていた時──新たな道を照らしてくれたのだ。

 

『あの姿が凄く格好良くて、あの瞳に憧れて、君たちの背中を追いかけて──誓ったんだ』

 

 その声には強さが込められていた。

 覚悟の乗った声色が、普段よりも溌剌とした声音で、それを語り出した。

 

『ウマ娘のようになるんじゃなくて、君たちの〝光〟を全ての人たちに届けられるように、全力を尽くそうって────』

 

 ウマ娘にはなれない。

 男だから、人だから──だから、人であるからこそ、自分にできることを全力でやり、ウマ娘たちの〝光〟を更に輝かせて、全ての人々に届けると誓った。その昔────、

 

『──俺を、救ってくれたように。その〝光〟で誰かを救いたいと、それで俺はトレーナーになった』

 

 自分が行動することで、誰かを助けられる。

 ウマ娘の燦然たる矜持を見て救われる人がいる。トレーナーは自分の境遇と同じ人や、その他の人々にも、かつて見たその〝光〟を伝えるべくトレーナーになった。

 

『今度は、救ってくれた君たちを俺が支えて、君たちの想いを、より彼方へと届けようって思った』

 

 凄い、と関心の声が吐露していた。

 救われたから、次は自分が救う。痛みを知り、苦難を超えて来た強さこそが、彼の持っている優しさの根源。嗚呼、きっとこの人は────、

 

「きっとキミは、どんなウマ娘が担当になっても、全力を注ぐつもりだったんだね……」

 

 ────恐らく彼は、誰の担当になろうと全力を尽くす。限界を超えて、無理をして、無茶を重ねて、困難に直面しようと乗り越えていく。それだけ強く、優しい心を持っていれば、誰の担当になろうとやっていけるだろう。

 彼がファインモーションのトレーナーになったのは、本当に運が良かった。彼でなければ、此処まで輝かしい軌跡を残すことはできなかった。もしも、彼がトレーナーでなかったなら──考えただけでも背筋がゾッとする。厭な冷や汗がスマホを握る手に滲んだ。

 一秒、二秒、沈黙が流れてから「いや」とスマホが彼の声を響かせる。否定の色が言葉を彩り、ファインモーションは隊長と共に首を傾げた。

 瞬間、その二人の姿を想像したのか、鼻を鳴らしてトレーナーが笑いを漏らした。

 

『俺は、ファインじゃなかったら、きっと──いや、絶対にここにはいなかった』

 

 それからトレーナーは、ゆっくりと語り出す。

 

『ファインがいたから頑張れた』

 

『ファインを笑顔にしようと努力して』

 

『ファインの笑顔をずっと見ていたいと思った』

 

 羅列されていった言葉の数々は、まるで告白(プロポーズ)のようで。全てがファインモーションを想っての言葉ばかり。その声を耳で聞く度に、ファインモーションの耳が僅かに揺れ、彼女の顔が赤く染まっていった。

 

『ファインと色々な事を話して、楽しみを共有して、君となら最後までやり遂げられる気がしたんだ』

 

 だから、と言葉を繋いで────、

 

『今思えば、俺がここまで来れたのはファインのおかげなんだよ。俺は、君じゃなきゃダメだったんだ』

 

 照れ隠しの笑いを含んだ声が、スマホ越しから聞こえる。ファインモーションはただスマホを柔らかく抱き締めて、思わず微笑んでいた。

 嗚呼、そうだった。

 トレーナーはファインモーションがURAファイナルズの覇者となり、その名を馳せてから、様々なウマ娘たちがトレーナーに担当を求めたが、全て断っている。それがなぜかは分からなかった。

 だが、今思えばトレーナーにはファインモーションと出会うまで、担当ウマ娘はいなかった。もし誰でも良かったなら、ファインモーション以外にも担当は作れたはず。ファインモーションがURAファイナルズ優勝者となってからも、他のウマ娘の担当にはならず、ずっとファインモーションのトレーナーだった。

 

「でも、私はなにもしてないよ?」

『いや、沢山のことをしてくれたよ』

 

 まずは、とトレーナーは思い出しながら、過去のことを口に出した。

 

『君はどんな時でも笑ってた。辛いこともあったけど、最後には笑って、何事も楽しんでた』

 

『君はずっと正直だった。正直に言ってくれるから、俺は直ぐに対応できた』

 

『君は本当に優しかった。俺が困ってると直ぐに助けてくれて、側で支えててくれた』

 

 その数が五つまで増え、ファインモーションはスマホを握り締めながら額に当てて膠着してしまった。

 本来ならば褒められてもここまで恥ずかしさに呑まれることはない。トレーナーが好きで、彼のことを愛しているからこそ、彼に褒められて思考回路が麻痺(ショート)──羞恥心に呑み込まれてしまう勢いだった。

 

『なんか、告白みたいになっちゃったな……三日しか経ってないのに、不思議なものだね』

 

 

 

 ────嗚呼、本当に狡い。

 

 

 

 狡い、キミは狡い人だよ。

 その口説き方はあまりにも狡い。自身はそう思っていなくても、彼は他者の良い部分を見つけるのが上手い──ファインモーションは顔を伏せた。

 

『どうしてもこの講習会で、君がいることを想像してしまう。ファインならって。どうも俺にはファインがいないとダメみたい』

 

 照れくさそうに笑いを含んだトレーナー。そういう事を当然のように言うからこそ、質が悪く、本当に狡い。なぜそんな事が平気で言えるのか分からない。恥ずかしくは感じながらも、嫌な気分にはならないのだから、この恋心は面倒くさい。嬉しいとまで感じてしまう自分が憎い。

 

 隣にいる隊長が困惑している。カメラはオンにしていない。彼に見られていないにも関わらず、顔を上げることができない。

 

『君が、俺に会いたいって思っててくれたのが本当に嬉しいよ』

 

 私が会いたいと想っているように、キミもまた私に会いたいと()()()()()()()()。それが恋愛感情でないのは、ちょっといただけないけれど、同じ気持ちだっただけで嬉しい。

 微かな慕情を願って、遠く離れた二人を繋ぐのは薄く小さな機械だけ。顔は見えずとも、声だけで彼を感じることができる──まるで、目の前で会話をしているように。

 

 

 

 ────When I close my eyes,(瞳を閉じていていても、キミを) I can feel you(感じることができる)

 

 

 

 この夢想(ユメ)が永遠に続けばいい。

 この現実(いま)が永久に続いて欲しい。

 鼓動が速い。身体や心が膨大な熱を持つ。まるで風邪でもひいたかのように、身体が熱い。それは病に侵されているように──。

 

『それにね、ファイン、俺は────』

 

 そこまで聞こえて、一秒、五秒、十秒と時間が経過してもスマホからトレーナーの声が続くことはなかった。おかしいと感じた心が疑問に思い、慌ててスマホの画面に視線を向けると、いつもの増えていくだけのトーク画面。そこには〝通話終了〟の四文字。

 

「あ……」

 

 ぽつりと吐露された声が、黄昏に溶けていく。良かったと安堵するべきか、それともまだ聞きたいと貪欲であるべきか、その思考はなぜ通話が切れてしまったのか考えることもできない。

 心地の良い脱力感──彼はいったいなにを言おうとしていたのか、この溢れた幸福に包まれた状態では、電話を掛け直すこともできない。ようやく解き放たれた幸福のままもう一度、彼と話せば、この感情が爆発してしまうから、しっかりと話せる自信がない。

 

「殿下?」

 

 二人の空間で、邪魔をすることなく気配すらも殺していた隊長が、ファインモーションの異変に気が付いて顔を覗く。だがファインモーションは両手で顔を覆って、大きく項垂れていた。

 ソファーに座っていたファインモーションの前で膝を立て、隊長は彼女の肩に手を置く。するとファインモーションは隊長の胸に顔を埋めた。

 呼吸が荒い。息が熱い。肩を大きく上下させているファインモーションの背中に手を回して、ゆったりとしたテンポで優しく叩いた。

 

「隊長……私……」

「ええ、理解しています。いまは、私しかいませんから存分にどうぞ」

「ありがとう、ございます……」

 

 そうしてファインモーションは、隊長の胸の中で心を落ち着かせる。ずっと昔からある場所──ファインモーションが小さい頃から、もっとも落ち着く隊長の胸の中で。

 ファインモーションは王族のウマ娘。殿下と呼ばれる高貴な存在。URAファイナルズの優勝者。辺りからは高嶺の花としても知られているファインモーションだが、実際はまだ年頃の女の子である。繊細な彼女には、弱みを見せられる相手が必要だ。

 

 

 

 ────いまのファインモーションが、そんな弱みを見せられる相手は、たった二人だけ。

 

 

 




最近pixiv用に短編を書き始めました。
渚川龍之介』で書いてますので、気になる方はぜひ。

感想評価があればよろしくお願いいたします。

あと今後の更新などは、変な呟きと共に私のツイッターアカウント@hokattya258でお知らせしていますので、ぜひ興味があればよろしくお願いします。

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