【本編完結】恋人にしたい殿下と何も知らないトレーナー&SP隊長   作:渚 龍騎

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ファインって難しい
キャラ崩壊してないといいんですが…


3 殿下の看病は恋煩い

 

 

 

 

 ────音が、聞こえる。

 

 

 

 ────歌が、響き渡る。

 

 

 

 薄っすらと開いた視界に、ぼんやりといつもの見慣れた天井が映り込む。何度かまばたきを繰り返して、視界がようやく慣れ始めると、ファインモーションは自分の置かれている状況を思い出した。

 時間は十二時過ぎ。学園は恐らく昼休みに入っている頃。朝に感じていた膨大な熱量は既に収まり、激しく鳴り響いていた鼓動も鳴りを潜めていた。

 

「────」

 

 布団が汗で濡れているように感じる。熱を発していた身体は、水分を欲していた。異様に喉が乾いて、頭もまるで働かない。これは本当に風邪でも引いてしまったのかもしれない。

 まさか自分が大切な人(トレーナー)との夢を見て、あれだけ取り乱してしまうとは思わなかった。

 今でもあの夢が鮮明に残っている。深く感傷に浸ってしまったら、また熱が灯りだしてしまうかも。そうなってしまえば、もう一生トレーナーの顔を見ることができない──恥ずかしさのあまり。

 

「──嫌な夢でも見た?」

「……ううん、どちらかと言えば良い夢──」

 

 ふと問い掛けられた言葉に、ファインは思わず口走って、一つの疑問に気付く。言葉を止め、聞こえた声の方に視線を移すと、お椀を手に持ったトレーナーがそこにいた。

 思考が完全に停止。目が丸くなるとはこの事を言うのか、トレーナーとファインモーションの視線が交じり、五秒が経過して──、

 

「…………え」

 

 ようやく振り絞って出た言葉がそれ。

 対してトレーナーは自分の手に持ったお椀に視線を落とし、ファインに差し出す。

 

「お粥作ったけどいる?」

 

 差し出されたお椀を訳も分からず受け取り、ファインはそのお粥を見下ろす。お粥の温かさがお椀を持つ手に伝わって、棚引く白い湯気が窓から吹き込む風に揺られ、良い香りが鼻に流れていく。

 

「アイルランドならポリッジとかの方が良いと思ったけど、ちょっとオートミールとか色々無かった。というより俺の技術では無理だった」

「うん……ありが、とう……」

「ちょっと待ってて、あとスープとかもあるから」

 

 振り返ったトレーナーの背中をぼんやりと眺め、手に持ったお粥を一瞥しながら視線を何度も移す。そして思考は〝トレーナーが何故この部屋にいるのか〟に至った──瞬間、ファインは目を見開いた。

 

「な、なんで、キミが……いるの?」

 

 ようやく振り絞って出たやっとの思い。

 ファインモーションが所属している栗東寮は、フジキセキを寮長に複数のウマ娘たちが同時に暮らしている。ルームメイトはエアグルーヴ。『女帝』と『殿下』たる二人は、他の部屋よりも特別な何かを感じさせていた。

 原則として、ウマ娘たちが暮らす寮にトレーナーが入る事は禁止されている。それなのに、なぜトレーナーがファインモーションの部屋に立っているのか?

 

 ファインが向けた質問に、トレーナーは振り返ってあたかも当然の如く──、

 

「大切な()が熱を出して苦しんでるのに、何もしない訳にはいかないでしょ」

「…………っ!?」

 

 ちゃんと許可も貰った、と得意気にフジキセキから頂戴した許可証を見せつける。

 

「めっちゃ苦労した」

 

 フジキセキに頼み込み、エアグルーヴに入ってもいいか許可を貰い、SP隊長に必要な物を集めてもらい、部屋に行く前に諸々を作り、トレーナーに齎された昼休みは、全て費やされた。

 だが、後悔はしていない。

 

「はい、これもあるよ」

 

 トレーナーがトレイに乗せて持ってきたのは、ベーコンとキャベツのコンソメスープ、ホットミルク。ベッドの横に座ったトレーナーは膝の上にトレイを乗せ、ファインを見つめた。

 

「どうしたの? 食欲ない?」

 

 一向に食べようとせず、そのまま呆然のお粥を眺めているファイン。その瞳は、まるでこの状況すら理解できていないようだった。

 そんなことを一切理解していないトレーナーは、彼女を見つめて心配げな眼差しを向けていた。

 

「ううん、そんなことない、けど……」

「貸して」

「え……?」

 

 ソッと手に持っていたお椀が取られた。

 トレーナーが作ってくれた折角の料理が遠退いて、ファインは名残り惜しむように思わず手を伸ばしてしまう。だがトレーナーは、スプーンでお粥を柔らかく混ぜて一口サイズに盛った。

 

「はい、口開けて」

「え……!?」

 

 驚きのあまり目を見開く。その黄金の瞳が見つめる先には、差し出された一口サイズのお粥が盛られたスプーン。熱さを感じさせる静かな湯気が棚引き、良い香りが鼻を刺激する。

 スプーンを一瞥して、トレーナーに視線を移した。

 

「どうしたの?」

 

 理解ができない。

 理解不能、思考停止、意味不明、現在のこの状況はあまりにも、あまりにも現実と程遠い夢だった。

 夢、ユメ──?

 思考停止したファインを見つめて、不思議に思ったトレーナーが「あ」と気付いた。

 

「熱いのか……」

 

 スプーンに装ったお粥を見たトレーナーが取った行動──棚引く湯気に向けて、優しくソッと息を吹き、熱を冷ましていた。

 曰く、アグネスデジタルが言っていた〝ふーからのあーん〟イベントに違いない。だがファインは内心尋常ではないほどに焦っていた。最早、そんなことすら考えられないレベルにまで至っている。

 

「はい、口開けて(Open your mouth)

 

 差し出されたスプーンに、一向に食べようとしないファイン。食べたくない訳ではないが、困惑と羞恥心が僅かに食事を拒んでいた。

 他人に〝あーん〟をされる。幼少の頃に家族に食べさせて貰ったことは、何度かあったのを覚えている。だが血筋も繋がっていない他人にされるなんて、考えたことすらなかった。

 しかし相手は大切な人(トレーナー)。このまま食べさせてもらうのもいいのではないか──そんなことが脳裏に過り、ファインモーションは頬を少し赤くしながら目を逸らして、

 

「あの、トレーナー……?」

「ん?」

「流石に、恥ずかしい、かな……」

 

 拒否した。

 もしも〝あーん〟で食べさせて貰ったのなら、私が私で無くなってしまう気がしてならない。夢を鮮明に思い出して、変なことすら口走ってしまう。

 

 言えない。言えない。言えない。トレーナー(キミ)と夢であんなことをしたなんて、口が裂けても言えない。

 言わない為に、自分自身で食べることを選択した。食べさせて貰えないのは残念だけれど、これも変な事を口走らない為──何度も自分に言い聞かせて、無理矢理にでも納得させる。

 

 必死に自分の願望と欲望を抑えるファインモーションに対して、そんなことは微塵も知らないトレーナーは、スプーンを更にぐいっと突き出した。

 

「恥ずかしいなんて言ってたら、いつまでも治らないよ。はい、口開けて」

 

 ファインの事情など知る由もないトレーナーは「冷めない内に」なんて、催促すらしている。困惑して、戸惑いを隠し切れず、声にならない呻きを漏らした。

 トレーナーの瞳を見つめる。その瞳は真っ直ぐで、ファインモーション以外はなにも映していない。

 いつだって、同じ眼差し。彼女の為に、彼女を決して忘れない。その絶対なる気持ちの現れ──トレーナーはいつも共にいる。

 

「うぅ〜……」

 

 頭が回らない。

 可愛らしい呻きが喉の奥から聞こえる。そして数秒、数十秒、どれだけの時間が経ったのかは分からない。未だに一口に盛られたスプーンを差し出したままいるトレーナーが、首を傾げた。

 やがて────、

 

「────」

 

 黙って、思考を放棄して、目を瞑って、何もかも変な事は捨てて、差し出されたお粥を──食べた。

 温かい。柔らかい。美味しい。

 口に入れた途端、口内に温かさと良い香りが一気に広がる。溶けていくような甘い味が喉に流れ、ファインはあまりの美味しさに思わず言葉を失っていた。

 

「大丈夫? 不味かったら言っていいから」

「……ううん、美味しいよ」

 

 ファインは素直に賞賛を呟く。トレーナーもその賞賛を受け取り、お粥を寄せてから、もう一度スプーンに盛って差し出した。

 最早抵抗する気はなく、あまりの美味しさからファインはお粥を食べる。そして食べ終わった頃に、次はコップに入れられたコンソメスープ。

 差し出されたコンソメスープを受け取り、ファインは手に感じる温度を感慨深く味わった。

 

「キミってこんなこともできたんだね」

 

 人は見かけによらないと言うが、いつものトレーナーは目付きが悪く、無自覚に威圧感を振り撒く。その為に周りのウマ娘から避けられていた。

 ファインですらも、トレーナーが料理を出来るなどと思ったことはなかった。

 

「まあね。これでも料理には自信があるんだ」

 

 初めての経験。

 小さい頃に風邪を引いて、体調が悪くなったことは何度もある。その時に看病してくれるのは、家族ではない。身近に感じる人の手料理が渡されるなんて、今までなかった。

 だからこそ、感慨深く感じていた。

 棚引く白い湯気に息を吹きかけ、ゆっくりとコップに口を付ける。口内に広がる温かさが、喉を潤して流れる。身体に注がれるコンソメスープは全身を暖めて、ファインは息を漏らした。

 

「すごい……これ道具も無いのにどうやって作ったの?」

 

 あまりの美味しさに声を漏らし、ふと思った疑問を問い掛ける。

 寮の部屋にキッチンのような設備は設置されていない。それにも関わらず、できたばかりの料理があるのはあまりにもおかしな事だった。

 

「あー、それは隊長たちがいっぱい用意してきた」

「そうだったんだ……」

「うん、殿下を助けてくださいって真剣に」

「あははっ! みんな優しいね!」

「君はみんなから愛されてるんだよ」

 

 笑いを溢したファインは、トレーナーのその言葉を聞いて「うん……」と小さく頷き、

 

「そうだと嬉しいな」

 

 ポツリと呟いた次に、ファインは笑顔を浮かべてトレーナーを見つめる。ただ勢いに乗せて、羞恥も何もかもを考えるよりも早く──、

 

「──キミは、私のこと愛してくれてる?」

 

 ファインの言葉に、トレーナーは思わず笑ってから答えた。

 

「え、なにそれ告白?」

 

 流された。

 トレーナーはその事に答えることはなく、有耶無耶にして「軽口叩かず食べる」とお粥を差し出す。

 無理に聞いてしまいたい感情はありながらも、それ以上の覚悟は恥ずかしさによって消されて、素直に差し出されたお粥を美味しくいただいた。

 

「そういや夢を見たって言ってたけど、どんな夢?」

 

 あ、と口を開いて固まった。

 トレーナーの純粋な疑問に、ファインは思い耽りたくも思い出したくないその夢を蘇らせてしまった。

 なんて答えるべきか、収まりつつあった恥ずかしさが再度また熱を戻して行く。

 

「良い夢だって言ってたけど」

 

 掘り返すつもりはなかったトレーナー。だがその疑問符が、ファインに大ダメージを与えていた。

 黄昏に染まるトレーナー室。クレナイに満ち溢れた世界で、揺らめく二人の影。ゆっくりと近付いて行き、重なり合う瞬間──、

 

「ファイン?」

「え、わあ!」

 

 トレーナーの顔が眼前にあった。

 

「ま、まだはやいから──!」

 

 意味不明なことを言って、トレーナーを押し退けるファイン。トレーナーはただ、俯くファインを心配して見つめていたのだが、そんなこと今のファインには理解できなかった。

 

「まだはやい……? どゆこと?」

「あ、えっと……」

 

 押し退けられたトレーナーが更に疑問符を増やす。ファインは自分の言動が墓穴を掘り、慌てて思考を巡らせながら言い訳を考えた。

 が──当然慌てふためく思考では思い付くことがなく、口ごもるばかりだった。

 

「やっぱ調子悪いみたいだね」

 

 答えを出せずにいたファインを見て、トレーナーはそんなことを呟きながら彼女の額に手を置く。自分の体温と比べて、微かにファインに熱があるのを感じていた。

 誤魔化せはしたが、違った解釈をされてしまった。

 

「うぅ……」

 

 気付いてほしかった気持ちと、気付いてほしくない気持ちの矛盾による葛藤がファインを襲った。

 なんとも言えない霧がかかったような感情。視線を逸らして、ファインは自分の手に視線を落とす。靭やかな指同士が絡み、トレーナーの作業する音を遠くで聞き入っていた。

 そして戻ってきたトレーナーが「はい」と言いながら、錠剤と水の入ったコップを差し出す。

 

「あ、ありがとう…………」

 

 受け取り、錠剤を口に入れてから水で喉の奥へと流し込む。ファインは一息ついてからコップをトレーナーに渡し、彼の背中をぼんやりと眺めていた。

 

「…………トレーナー……?」

「ん? どうしたの?」

 

 呼ばれて振り返ったトレーナーが、俯くファインを見つめて首を傾げる。彼女は視線を落として、声色も低くしながらポツリと呟いた。

 

「迷惑かけて、ごめんね……」

 

 舞い散る花弁のような、直ぐにでも掻き消されてしまいそうな声で、ファインは呟いた。

 熱による弊害か──迷惑ばかりかけているのではないか、と罪悪感に苛まれていた。

 思考もまともに働かない。身体も感情も、なにもかもが弱っているように感じた。

 そんな彼女に向けて、トレーナーは訳が分からんと更に首を傾げる。そして彼女を見つめてから──、

 

「別に迷惑だなんて思ってないよ」

「……ほんとに?」

「もちろん。トレーナー(オレ)の役目は、ファイン(キミ)を全力で支えることだよ」

 

 トレーナーは「それに」と続けて──、

 

「ファインの寝顔も撮れたし、寧ろ良かった」

「────えっ!?」

 

 身体の中に眠りつつあった熱が奥底からまた蘇り、宝石のような瞳を大きく開いて驚愕する。寝癖や、変顔でもしてなかったのか不安になるファインは「す、すぐに消して!」と慌てて声を上げた──が、トレーナーは悪戯地味た笑みを浮かべて、

 

「冗談だよ」

 

 一秒にも満たない流れの音。そのたった一言の言葉を理解できず、ファインの思考は止まった。

 爽やかな笑顔が、揶揄いを含んでいるように見える。そしてその表情(カオ)を視界に入れたファインは、何もかもを理解するのに時間がかかっていた。

 ようやくトレーナーの発言が全て『冗談』であることを理解し、ファインの唇から漏れた声は──、

 

「もうー!」

 

 そんな声しか出てこなかった。

 牛かな、と可愛いものでも見るような、優しげな眼差しを向けるトレーナー。いつもの仕返しと言わんばかりに、ファインを揶揄っている様子だった。

 

「ごめんごめん。そんなことしないから、安心して寝てていいよ」

 

 軽くファインの頭にトレーナーが手を乗せる。滑らかな髪を柔らかく撫でて、ファインは彼の手から体温をより近くで感じた。

 それからゆっくり立ち上がって背を向けたトレーナーに、誰にも聞こえない小さな声でファインが囁く。

 

「…………でも、キミになら……」

 

 呟いた声にトレーナーは振り返って「どうしたの」と聞き返す。するとファインはベッドから降り、トレーナーの前まで歩み寄ると、腰を少し曲げて上目遣いで彼を見つめた。

 そしてゆっくりと、その時間がスローモーションに感じて──ファインは人差し指でトレーナーの唇に優しく触れた。

 

「けど、それはまた今度ね!」

「え、え? なにが?」

 

 理解不能に陥るトレーナーを無視して、ファインは答えることなく素早くベッドに潜り「おやすみなさい!」と布団を被った。

 

「えー、なんだよお……」

 

 ファインの指の感触が残った自分の唇に触れながら、トレーナーは眉を寄せてベッドの先を見つめる。しかし、ファインが答えることは決してない。

 トレーナーは頭を掻き、訳が分からない感情を胸に秘めて小さく呟いた。

 

 

 

「おやすみ、ファイン」

 

 

 

 扉が閉まった後、ファインモーションは尋常ではない熱と恥ずかしさに、押し潰されそうになっていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「殿下の様子はどうでしたか?」

 

 ファインモーションの部屋を後にしたトレーナーが、後片付けをしていると、背後から音も無くSP隊長が姿を見せた。

 ファインの担当になってから一週間は、SP隊長が現れる度に驚きで飛び上がっていたが、今ではすっかり慣れて驚くどころか何処に隠れているのかも分かるようになっていた。

 

「薬も飲みましたし、元気も食欲もあるようですから、取り敢えずは大丈夫だと思います」

「そうですか。感謝致します」

「いえ、それが俺の役目ですから」

 

 淡々と当然のように答えたトレーナー。そんな彼を見つめていた隊長は、無言で横に立つと後片付けを手伝い始めた。

 

「大丈夫ですよ、あとは俺が……」

「いえ、殿下を助けていただいた恩を返すのも、私の役目ですから」

「ありがとうございます」

 

 そしてふとトレーナーが「そうだ」と声を漏らし、ポケットからスマホを取り出す。慣れた手つきで画面をスライドさせていき──、

 

「ファインの可愛い寝顔写真いりますか?」

「────な!」

 

 現像もありますよ、と自慢気に語るトレーナー。

 あとのことは語るまでもない。

 トレーナーが大樹のウロに詰められていたとか。それから学園には『大樹のウロにトレーナーの怨霊が宿った』と妙な噂が立つようになった。

 そして現像した写真はSP隊長に没収された後、スマホの写真はデータごと全て消去されていた。




感想評価があれば是非よろしくお願いいたします。

トレーナーの過去とか、二人の過去とかいる?

  • どっちもいる
  • なくてもいいかな
  • 二人の過去だけ
  • トレーナーの過去だけ
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