【本編完結】恋人にしたい殿下と何も知らないトレーナー&SP隊長   作:渚 龍騎

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今回ちょっと曇らせみたいなのがあるかもです。


5 駆け抜けた軌跡は恋の色

 

 

 

 

 歓声が、全てを埋め尽くす。

 大気が震え、熱気が燃える。激しく脈打つ鼓動を掻き消し、額から流れ落ちる汗は、もう拭えない。その力さえも残っていない。

 祖国を、友を、私を、そして彼の想いも何もかも全部を背負って駆け抜けた──その結果が、()()

 

『今年も追い込みましたこのウマ娘ッ! 鮮やかに1600を駆け抜けましたッ!』

 

 呼吸をする度に、肺が焼けるような痛みに襲われ、上手く息を取り入れることができない。

 胸が張り裂けてしまう程の激痛が身体を蝕む。大きく肩を上下させながらも呼吸を整えようとするが、胸の内から込み上げてくる想いによって拒まれた。

 

 楽しい──いや、違った。

 嬉しい──それも違った。

 

 全てを拒むのは、喜びが齎す想いなどではない。胸が締め付けられ、唇を強く噛み締めた。

 顔を上げられない。目を開けられない。眼前の輝きを直視できず、席巻する歓声が自分に向けられたものではないと、理解するのは何よりも簡単だった。

 

「……また、負けた…………」

 

 汗と同時にポツリと溢れた言葉は、またたく間に歓声が掻き消す。彼女の瞳から一つの雫が流れ落ち、慟哭が虚しく響いていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 ターフを駆け抜ける姿は、目を奪われる程に美しい。単に容姿が齎す感情ではない。彼女が見せるその(いろ)の煌めきこそが、全てを恍惚と輝かせていた。

 駆け抜けるのは、まるで爽やかな風のように。刹那の間に聞こえた息遣いは耳を震わせ、ターフを駆ける一歩はリズムを奏でた。

 

 ────まだ。

 

 彼女は〝まだ〟抑えている。一秒ごとに堪え、その軽やかな脚に〝光〟が溜まっていく。

 耐えて、堪えて、耐えて、そして()()()()

 

 叩き付けた一歩に全てが込められ、大地(ターフ)を抉り取りながらその身に神速を纏った。

 まさにそれは、王者の威圧ともいうべきか。溜め込んだ全てを叩き出した瞬間、彼女の速度が一気に上がる。目で追い掛ける速さも変わり、風を纏うかの如く、彼女を突き動かす鼓動が更に跳ね上がった。

 

 フォーム、タイミング、呼吸、振り、角度、ありとあらゆるものが完璧だと思わせる走り──彼女のトレーナーでありながらも、彼女に秘められた能力が、まだまだ発展途上なのだと思わせるほどだった。

 

「……凄えな…………」

 

 ストップウォッチを片手に、トレーナーはそんなことをポツリと漏らしていた。

 ただ速いだけではない。彼女が心から楽しむ姿こそ、人々の心にその存在を描かせる。見ているトレーナーでさえ、思わず笑みを浮かべてしまうほど。

 楽しみながら走るウマ娘は当然いる。だが担当の彼女──ファインモーションは、それでいて圧倒的な強さをその全てに持っていた。

 ファインが背負っている運命が突き動かすのか、はたまた別のものか、彼女の強さの根源は分からない。

 

 数値化されたファインモーションのタイムや、練られたトレーニングメニューの資料に視線を落とす。

 秋華賞にて叩き出されたレコード。生み出された上がり3ハロンのタイム。後続を突き放す強烈な末脚、そして今までのトレーニングが描き出した異常な数値。どれも目を見張るものばかりだった。

 

「だが、アイツにも弱点はある」

 

 ふと隣から聞こえた言葉の方へと、トレーナーは目を向ける。そこにいたのは、ノートパソコンのキーボードを素早く叩く一人のウマ娘。

 無雑作に伸びた漆黒の髪を靡かせ、その下にはどことなく物憂げな雰囲気を漂わせながらも、勇猛でキレの長い双眸がある。それが見せる意思は、まさに運命に逆らうもの。

 彼女はターフを駆け抜けるファインモーションを一瞥してから、舌打ちを漏らした。

 

「お前も分かってんだろ」

 

 当たり前の如く振られた答えに、トレーナーはファインへと視線を戻してから頷いた。

 

「そうだね、()()()()()()()

 

 そんな答えを聞いたウマ娘──エアシャカールは、鼻で笑ってから「当たり前ェか」と一言呟いた。

 トレーナーとて、ファインの弱点を知らないわけではない。寧ろしっかりと把握している。

 完璧にも見えるファインモーションの弱点。

 

「彼女は距離が長くなるほど、()()()()()()()()()

 

 頑張り過ぎてしまうというべきか。最初から最後まで前へ前へと、抑えても行こうとしてしまうのだ。

 有マ記念やその他の長距離では、その性質が更にマイナスへと働く。即ち、彼女の内に眠る本能こそが長所であり欠点でもあった。

 問題は、それをどう直すのか──。

 

「だが、アイツが先行で抜け出した後のロングスパートは、後続を絶望的な速度(スピード)で圧倒する」

 

 パソコンの画面を一瞥して、エアシャカールはファインモーションの強さを口にする。彼女もファインの強さはその身で実感していた。

 

「しかしまァ、よくあの状況から抜け出せたな」

「負けが続いて、顔にこそ出ていなかったが、彼女にも影響はかなりあった」

 

 有マ記念を境に最高潮だった彼女は、下降し続けた。それを彼女自身も理解して、走りを躊躇うことすらあった。

 

「だけど、ファインモーションはまた輝いた」

 

 最後の最後まで決して諦めなかった。

 限界の先の先、最高の領域(ゾーン)へと達したファインモーションが齎すもの──それはかつてないほどの熱狂と万雷の拍手喝采だった。

 彼女が負けたくない思いを最後まで持ち、全力で最後まで駆け抜けられたのはトレーナーがいたからではない。

 

「どれもこれも君──エアシャカールがファインモーションに付き添ってくれたからだ」

聖剣(アイツ)に勝てたのはファインの力だ。オレはなにもしてねェ」

「いや、君の言葉が彼女を押したんだよ」

 

 隣から舌打ちが聞こえる。それがどんな意味を持つのかは分からない。しかしトレーナーが開いた言葉は、決して嘘偽りやお世辞なんかじゃない。

 ダイワスカーレット、エアグルーヴ、ゼンノロブロイ、カワカミプリンセス──そしてエアシャカール。

 あの場に集いし燦然たる矜持を持つ者たち。その全てがあった故に、ファインモーションは完全なる復活と完全なる勝利の二つを齎した。

 

「ロジカルじゃねェ……」

「そう言って満更でもないんじゃない?」

「いい加減にしろ」

 

 怒りの目を向けられるトレーナーは笑って「冗談だよ」と一言。そして口を開き「だけど」の一言を追加して切り出した。

 

「君がいたおかげっていうのは本当だ」

 

 エアシャカールは何も答えない。そして、ふと視線を向ければ、ターフを駆け抜けていたファインモーションが走りを止めて佇んでいた。

 

「あァ? ファインどうしたんだ?」

 

 違和感に気が付いたシャカールとトレーナーは、彼女を遠くで見つめる。ファインの表情はよく見えないが、視線は下を向いていて、どことなく悲し気な雰囲気を醸し出していた。

 

「疲れたのかな?」

「ンなわけねェだろ」

「だよね。ちょっと行ってくる」

 

 トレーナーは有無を言わさず、エアシャカールの首にストップウォッチを掛けてから駆け出した。

 

「オイ! なンでだ!」

 

 エアシャカールの怒声が背後から聞こえるが、トレーナーは軽く手を振るだけでファインのもとまで駆ける。近くまで寄って行けばファインの表情が段々と見え、その顔がどこか困惑を含んでいるように感じられた。

 

「ファイン! どうしたの!?」

「あ、トレーナー……」

 

 大声で呼び掛けられ、トレーナーの存在に気が付いたファインは、視線を自分の足下に落とす。釣られてトレーナーもファインの足下へと目を向けた。

 右足のつま先で地面を軽く叩いた。

 

「うーん、なんか足に違和感があるの」

「え……!?」

 

 トレーナーは慌てて辺りを見渡して座れる場所を探すが、エアシャカールのいる場所しか見当たらず、ファインの横に早足で並ぶと膝を曲げた。

 

「トレーナー……?」

 

 呼び掛け、トレーナーの行動に困惑していたファインをよそに、彼は「失礼」と一言だけ謝罪を添えてから彼女を横向きに抱き上げた。

 思わず短く可愛らしい声を上げてしまうファイン。トレーナーは彼女の背中と膝裏の辺りに手を回している。ファインの視界は彼を見上げているようになっており、彼の温かな体温がとても近くまで感じられた。

 その態勢は、かつて絵本やおとぎ話でも見て聞いた事のある()()──〝お姫様抱っこ〟そのものだった。

 

「ごめんね、ちょっと我慢して」

 

 トレーナーは謝罪こそ述べているが、恥ずかしさやその他の邪な感情は無く、何よりも心配している表情が強く滲んでいた。

 お姫様抱っこをされているファインモーションは状況を飲み込めず、ぼんやりとトレーナーの表情を下から眺めている。そして首を巡らせながら辺りを見渡し、自分の足でターフを歩いていないことを理解。着ているジャージから彼の腕の感触を感じた。

 

 遅れて、全てをりかいした────。

 

「────ッ!?」

 

 ────なんでこんな態勢になってるの!?

 彼女の思考は全てそれに埋め尽くされる。彼が歩く度に齎す歩行の振動、彼の息遣い、背中や脚に回された腕の温かさ、彼を伝える全てが眼前から感じた。

 

「え、と、トレーナー……!? わ、私、自分で、歩けるから……! だ、大丈夫だから……!」

 

 恥ずかしさのあまりにトレーナーの腕から逃れようとするが、彼から「ダメ」と強く言われて拒まれた。

 ファインモーションもその態勢を知らない訳ではない。寧ろその逆、そして幼少期の頃に憧れてすらいた〝お姫様抱っこ〟だ。

 一歩ごとに彼の息遣いを、ピタリと抱き寄せられ、彼の鼓動を肌に──彼の全てをなによりも近くで、感じられた。

 顔に熱を灯していくのが分かる。ターフを駆け抜けていた時よりも、心臓が早く鼓動を刻む。ジャージが一瞬にして暑くなっていった。

 

「あれ、シャカールは……?」

 

 ファインを抱き上げたまま歩き、トレーナーはふとエアシャカールの存在が消えていることに気が付く。辺りを見渡して見ても彼女の気配すら感じられず、ベンチにストップウォッチだけが残されていた。

 ファインをベンチに座らせると、トレーナーは腰を曲げて彼女を見上げるような態勢を取った。

 

「気が付かなくてごめん」

「ううん、大丈夫……」

「…………ファイン? どうしたの?」

 

 ファインを見上げ、彼女が両手で顔を覆っていることに気付き、トレーナーは首を傾げる。しかしファインは、トレーナーの疑問に首をふるふると揺らすだけでなにも答えなかった。

 羞恥に顔を赤くするファインモーションと、異変に気が付けず自身を許せないトレーナー。真摯に目を向けながらも、トレーナーは自身が無能であることに怪訝な表情を浮かべていた。

 

「どっちの足に違和感ある?」

「みぎ、です……」

「なんで敬語……?」

 

 苦笑しながら、トレーナーはファインの右足に触れる。脹脛から足首へと全体にかけて流して行き、彼は短く「うーん」と呻りながら頭を掻いた。

 

「違和感はどんな感じ? 足が重いとか、どこか痛いとかある?」

「えっと……あ、その……」

 

 トレーナーの心配にファインは言葉が詰まった。

 マッサージをして貰うことは今まででも何度かあった。今更、足を触られる事に抵抗もなにもない。だがしかしファインの思考を停止させていたのは、なによりも〝お姫様抱っこ〟の影響が大きい。

 

「疲労が溜まってたみたいだね……ごめん、最近のトレーニングがキツかった?」

「ううんそんなことはないよ! だけど多分……」

 

 再度、言葉に詰まる。それは羞恥よりも罪悪感が勝り、彼の心配げな眼差しを直視できなかった。

 そんなファインを見つめたトレーナーは、柔らかく笑ってから口を開く。

 

「自主練してた?」

「…………うん」

 

 ────図星だった。

 これといってトレーナーに隠していた訳ではない。流石はトレーナーと言ったところか、ファインの足に触れるだけで一瞬にして見抜いていた。

 それだけではない。トレーナーが考えるトレーニングメニューは全てが正確かつ事細かに詳細が書かれ、完璧と言わざるを得ない。それ故に、身体に違和感を感じることはないはずだった。

 

「ごめんね、別に隠してた訳じゃないの……」

「ううん、気にしなくていいよ。なんとなく気付いてたから。あの時の事を思い出しちゃうんじゃない?」

「…………分かるの?」

 

 トレーナーは「分かるよ」と答え、ファインの眼差しを真っ直ぐに見つめる。

 かつて、敗北が続いたある日。ファインはもう負けたくない一心で、トレーナーに黙ってまで自主練を続けていた事がある。あの走り去った後に見える眼差しが嫌で、全てを背負っても足りない自分が嫌で、大切な人たちの想いに答えたくて──ただ、走り続けた。

 

「君は繊細だね」

「そうなの、かな……」

 

 URAファイナルズのマイル部門で勝利を収めても尚、その時の思いが消えることはない。もうあの眼差しを向けられるのが嫌だから──ふとした時に、あの眼差しを思い出してしまう。それを忘れられるのが〝走る〟ことだけだった。

 小さく、憐れで、なんと愛らしい────、

 

「時々思うの……みんなに忘れられちゃうんじゃないかなって」

 

 ファインは俯き、訥々と呟いた。

 

「負ける度に思った……キミが、私を見放してどこかに行ってしまうんじゃないかなって……」

「ふーん、そんなに俺が信用できなかった?」

「違うよ!」

 

 慌てて否定するファインに対して、トレーナーは軽く笑いを溢す。その笑みには揶揄いと意地悪が含まれていて、彼は「冗談だよ」と爽やかに笑った。

 

「気持ちは分かるよ。俺も偶に思う時がある──俺は、本当に君を支えられているのかって。他にも何かしてあげられないのか、思えばいつだって圧し潰されそうになる」

 

 だけど、とはにかんで────、

 

「君はいつだって笑っていた。その笑顔をずっと見ていたい。だから、俺は俺が今できることを全力でやる。それがどんなに険しくとも、ね」

 

 気付けば、ファインの手はトレーナーが握っていた。優しく、包み込むようにただそっと──。

 

「──君自身を信じて。心配する必要はないよ。君を、君の軌跡を、皆は永遠に心に刻んでる。誰でもない君を、絶対に──」

 

 核心を突かれたような気がした。

 殿下と呼ばれるファインモーションも、女王の称号たるファインモーションも、記憶に残る皆のファインモーションも、君の隣にいたいファインモーションも、誰でもないファインモーションも、そして恋をするファインモーションも、全部がたった一人の私。

 その全てを────必ず誰かが覚えている。例え誰もが忘れても、彼は絶対に忘れることがない。

 記憶というものが、時間と共に薄れていく概念なのだとしても、心には刻み込まれている。

 

「……トレーナー」

「うん」

 

 短く息を吸い、吐き出すと同時に──、

 

「キミは、ずっと私と一緒にいてくれる?」

 

 俯かれた視線から漏れ出た言葉は、なによりも自信のない一言だった。心から願う願望、希望的観測。

 彼との出会いが、永遠に続いてほしいと。

 邂逅とは別離を前提とした悲しみの前日譚。それはいつ訪れるか分からず、永遠に続くことはない。

 終わりのないものはない。永遠とは、ただの夢物語でしかない。出会いも、邂逅も、全ては別離が待ち受ける刹那の流れに過ぎない。語り合った未来(ユメ)も、交した約束も、なにもかもは終わりを迎える。

 どれだけ大切な人であっても、何れ消えてしまう。

 どれだけ大切な思い出を作っても、全ては時間の海に流されていく。溢れそうになる想いを全て、胸の内に仕舞い込んだ。

 

 輝かしい栄光も。

 美しい思い出も。

 溢れ出る想いも。

 この思い出が、眩いほどの輝きに満ちているからこそ、どうしてもその終わりを想像して辛くなった。

 思い出の一つ、溢れ出る感情、知らない事を知る度に、悲しみが心を埋め尽くしていく。

 出会い(始まり)から別れ(終わり)へ──。

 

 どれだけ努力しても、時の流れには抗えない。

 いつだって独りでいるしかない。

 運命をただ受け入れるしかない──なのに、なぜこの胸に知らない想いが溢れるのか分からない。

 この想いを知りたい──初めて感じたこの想いを大切にしたい。だから、彼と離れてしまうのが嫌だ。

 

 最早、告白同然の問い掛けだった。

 誰でもないファインモーションで有り続け、なにもかもを忘れて彼の隣にずっといたい。

 夢で見た言葉を願って、彼の言葉を待ち続ける。刹那が永久のように感じて、全てがスローモーションのように流れていた。

 鼓動は遅く、それでいて脈打つ度に胸が張り裂けそうなほど激しい。なにも聞こえない──否、爽やかに草原(ターフ)を駆け抜ける風が、そのウマ娘の耳に聞こえた。

 そして、トレーナーは自分の手に彼女の手を乗せるように、優しく取った。

 

「それはもちろん」

 

 聞こえる声には、覚悟があった。

 ファインモーションを走らせる覚悟──それを告げたあの時と同じように。

 

「君が望むなら、永遠に──」

 

 まるで夢想家(ロマンチスト)のような、至極当然の如く吐き出された声。それはファインモーションの耳に吹き抜け、音となった言葉は脳を震わせた。

 

 ────そう、言ってくれると思った。

 

 無意識に彼の言葉を予想していた。

 彼は必ず側にいてくれる。そう言ってくれる。走らせる覚悟を持った時──否、それよりも前から。

 その言葉を聴けば、飛び上がってしまうほどに嬉しいと思っていた。けれど、今はなぜか驚くほどに落ち着いていた。

 それが分かっていたから。しかしそれでも、やはり嬉しいものは嬉しい。

 

「…………そっか、嬉しいな……」

 

 ファインは俯きながら、盛大にニヤけていた。

 口角が上がり、油断してしまえば、その口から「えへへ」なんて笑い声すら漏れてしまう。本能では嬉しくとも、理性でなんとか抑えていた。

 望めば永遠に────彼の言葉に嘘はなく、眼差しは真っ直ぐで揺るぎがない。

 

「けど──」

 

 ファインモーションは、運命を定められた存在。

 いずれは祖国の為に、決められた方と結ばれる。それがファインモーションであり、ファインモーションの確約された未来である。

 永遠にはならない。永遠なんてものは存在しない。全ては終わりを迎え、永遠が続くことはないのだ。

 この手は決して届かない。

 

「いつか私とキミの関係は、終わっちゃう……」

 

 所詮は担当ウマ娘とトレーナーの関係でしかない。それ以上のなんにでもない。いくら夢を見ても、どれだけ夢を描いても、結局はその関係に尽きる──そしてそれすらも、いつかは終わりを迎える。

 言いたくない。考えたくない。だがそれでも思考の隅に跋扈して、離れることがない。

 訥々と吐き出されたファインモーションの言葉に、トレーナーは遠くを見つめながら静かに答える。

 

「終わりのないものはない。ただ、それは光のように美しく、輝かしいものなんだ」

「…………終わりが、美しいの?」

「終わりがあるから、俺たちは終わりに向かって必死に生きる。生に価値を見出だせるのはきっと、終わりが決まっているからなんだよ」

 

 物事に終わりが無ければ、全ては永遠に続くものだと考え、美しさを見出すことなんてできない。生に対する価値観ですらも軽んじるものとなる。

 生きることが終わらないのなら、人生の美しさに気付くことができない。

 名残惜しく感じるのも、気持ちに焦がれるのも、全部全部終わりがあるから。

 

 ──ファインモーションを埋め尽くすこの想いも。

 

 だが終わりが美しいなんて、そんなもの綺麗事だ。

 

「……終わったら、全部無くなる。悲しみに変わるんだよ? それでも美しいの?」

 

 終われば、忘れられる。

 終われば、消え去る。

 栄光も、軌跡も、感情も、想いも、記憶も。なにもかもが終われば、全て無くなる。それが自然の流れ、運命による定められた久遠。

 だが、トレーナーは悩むことなく口を開いた。

 

「ああ、終われば全て無くなる──()()()()()()

 

 ────否定した。

 何かを悩む訳でもなく、何かを躊躇う訳でもなく、何かを口ごもる訳でもなく、数秒にも達しない言葉の数で、「それは違う」と否定した。

 

「──終わりを迎えようと〝光〟は誰かに受け継がれ、再び輝く。その流れが途絶えることはない」

 

 息を吸って────、

 

「誰もが、誰かの記憶に何かを残す為に生きている。そして誰かがその生き様を記憶に焼き付け、後に受け継ぐ。それこそが〝光〟であり〝絆〟の奔流だよ」

 

 〝絆〟──それは目に見えない結びつき。

 かつては動物を繋ぎ止める〝(ほだし)〟を意味し、自由を束縛するものとして語られてきた言葉。しかしそれは永い年月と共に変化していき、やがては命を結ぶ見えない概念へと変わった。

 

 想いの狭間に位置するその結びは、人生が終わろうと消え去ることのない概念として受け継がれていく。

 道理も、理屈も、そんなものでは説明できない。

 様々な人の想いを背負って駆けるウマ娘。その中には、決して断ち切ることのできない〝絆〟がある。

 

「君には〝絆〟がある。だから心配することはないよ。必ずみんなは君を覚えているから──」

 

 それに、と言葉を繋いで────、

 

「俺が君を──気ままなお姫様(ファインモーション)を絶対に忘れない」

 

 その言葉には、なによりも強い意思があった。

 きっと彼は、どれだけの歳月が流れようとも、絶対にファインモーションの存在と駆け抜けた軌跡を忘れることはないのだろう──ファインは俯きながら、ふと笑みを浮かべていた。

 声を漏らして、ファインは彼の前に立った。

 

「やっぱり、トレーナーは優しいんだね」

 

 もう何度も思った。

 彼の優しさを感じること──それは恐らくこれまでも、これからも、例え彼と離れることになっても、何度だって思い出し続ける。

 

「トレーナー、キミに伝えたいことがあるの」

「ん?」

 

 改まるファインに、トレーナーは優しい表情で首を傾げた。

 今まで思い続けた気持ちの数々。

 想い、感じ、触れ、嵐の如く渦巻く万感の感傷を、沢山の言葉にして彼に伝えたい。言葉だけでは足りない。溢れる想いを全て言葉に変換させても、この想いは語り切れない。

 

 けれど、いま伝えるには、雰囲気も景色もなにもない。伝えるのなら、万全の準備を施してから伝えたい。そんな思いにも駆られながらも、いまの感情を抑えることができない。

 だから、たった一言だけ。全てを込めるのは、またいつか、完全な準備を整えてからでいい。

 短く息を吸って────、

 

「──Tá mé i ngrá leat」

「…………え?」

 

 告げた想いを耳にして、トレーナーは困惑の表情を浮かべている。それは彼に伝えた言葉が、意味を成さなかったことを表していた。

 しかし、それでもいい。

 伝えられただけでも、心は満足だった。

 

「それって、どういう──」

「ふふ、内緒だよ!」

 

 笑って、彼の言葉を遮った。

 顔を覆いたくなるほどに恥ずかしい。けれどもそれで、後悔はない。ちゃんとした言葉はまた今度──。

 

「これからも、よろしくねトレーナー!」

「……うん、こちらこそ」

 

 それだけを交して、二人は笑いを溢した。

 吹き抜ける風に髪が乱れ、ファインモーションは手で抑えながら彼の瞳を見つめた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「よく隊長は自主練を許してくれたね」

「あはは……最初は止められたんだけど、隊長が見てる間だけならって許してもらえたの」

 

 隊長に怒られるものだと思っていたが、自主練に関しては拍子抜けするほどあっさりと了承された。

 理由は分からない。けれど、隊長も過去にそんなことがあったとか。

 

「まったく、俺に内緒とは……」

「ごめんね……」

 

 珍しく癇癪を見せるトレーナー。だが彼はファインの謝罪を聞くなり、コロっと表情を変えて笑った。

 トレーニングを終わった後、隊長が練ってくれた軽いメニューをこなす──バレないようにやっていたつもりだったが、流石はトレーナーというべきか。

 

「それじゃあ、ファインにはお仕置きかな」

「…………え?」

 

 トレーナーが一瞥しながら意地悪じみた表情を浮かべると、ファインは間の抜けた表情と声を漏らした。

 手を叩いて一拍あけてから、彼は一言「はい、靴を脱いで」の言葉を告げた。

 

「…………え、え!?」

「ほら、はやく脱ぎなさい」

「え、それはちょっと……」

 

 躊躇いを見せるファインに向けて、そんなこと関係なしにトレーナーは催促する。だがしかし、聞けるはずがない。それに意味が分からない。

 

「な、なんで……!?」

「なんでって、自主練してた罰。トレーナー様特製マッサージを受けてもらう」

「い、いまじゃなきゃダメなの?」

「その方が効果的だとも。安心してよ、こう見えて資格は持ってるぞ」

 

 自信満々に見せてくるトレーナーに、そうじゃないと声を上げて言いたいファインは頭を悩ませた。

 どうりでマッサージが上手いと思えば、そんな資格を持っているなんて知りもしなかった。

 だが、それはそれでこれはこれ。

 トレーナーのマッサージを受ける事はしばしばあった。だが今回はまた別の問題がある。

 

「せ、せめてシャワーを浴びてからでも……」

「なんで」

「私がなんで(それ)を言いたいよ! いじわる〜!」

 

 鈍感というべきか、いやこれは最早デリカシーがないと言う他ない。

 トレーナーは頭を掻いてから、渋々「そっか」と首を傾げると──、

 

「分かった。じゃあ、その後にしよう」

「うん、ありがとう……」

 

 良かったと、安堵の溜め息を漏らすファイン。

 だがトレーナーはどうにも落ち着かない様子で「やっぱり」と口を開いた──瞬間、彼の背後に睥睨するSP隊長が現れた。

 

「え」

 

 そのたった一文字はトレーナーのものだったか、それともファインのものだったか、いまは定かではない。ただ言えるのは、トレーナーは死を感じたこと。




感想評価があれば是非よろしくお願いいたします。

トレーナーの過去とか、二人の過去とかいる?

  • どっちもいる
  • なくてもいいかな
  • 二人の過去だけ
  • トレーナーの過去だけ
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