【本編完結】恋人にしたい殿下と何も知らないトレーナー&SP隊長 作:渚 龍騎
課金して無事お出迎え致しました。財布の中は瀕死です。
あとホントキャラ崩壊していたらすいません。しないように心掛けて書いたつもりですので、ご了承下さい。
「歳下の女の子に『
「はァァ?」
二十数年生きた彼の人生の中で、最も長い「はァ?」を聞き、トレーナーは心に深手を負った。
そんな彼に致命傷を与えた張本人──エアシャカールは、今まで以上に呆れた表情を浮かべてトレーナーを見つめていた。
「急に来たと思えば、何言ってンだ」
一人でパソコンの画面を凝視しながら、数値化された資料の数々に喉を唸らせていると、いつの間にかファインモーションのトレーナーが横に座っていた。
気配に気付いてはいたが、話し掛ければ面倒な事になると予想して無視を決めていた。だがトレーナーはコーヒーを飲んで、更には深い溜め息をつくと、意味も分からない事を開口一番に呟き、今に至る。
「いや、どういう意味なのかなって」
「知らねェよ」
「そうだよねー……」
トレーナーは頭を悩ませていた。
数日前にファインモーションから告げられた『Tá mé i ngrá leat』の言葉。それはアイルランド語の言葉の一つで、相手に好意を示す時に表す。いわば、告白とも取れる言葉だった。
「いやマジでどういうことなんだ……」
意味が分からなかった──いや、言葉の意味は分かる。分からないのは、彼女がどういう意味を込めて告げたのか、それが分からない。
アイルランド語の殆どは分からない。だが『Tá mé i ngrá leat』の意味は知っている。
────Tá mé i ngrá leat
意味は『あなたが好きです』、『あなたに夢中だ』、『愛している』等々。どれも意中の相手に向けて告げる言葉である。
付け焼き刃程度の語学力ではあるが、流石にその言葉は辞書や教科書にも載っているのを覚えていた。
「いやでも俺の聞き間違いって可能性も……」
言葉の意味を知っていても、ネイティブな発音までは完全に聞き取れない。これで単なる聞き間違いなら、話は更にややこしくなる。それ以前にトレーナーがそう聞いてしまったことが、異常性を底上げすることになる。
彼女に聞いてみる事が最善ではあるが、もしも聞き間違いだった場合はトレーナーがとんでもない異常者ということ。そしてもしもし間違いでなかった場合は、彼女自身を傷付ける可能性もあった。
だがしかし────
ファインモーションはトレーナーが『Tá mé i ngrá leat』の意味を理解できないと思って告げたが、トレーナーはしっかりと意味を知っていたのだ。
ちゃんと伝わってるよ、良かったねファイン。
「じゃあさ、歳下の娘に『好きです』って言われたら、どんな意味だと思う?」
「さっきからなンだよ」
とうとう癇癪を起こしたエアシャカールが手を止め、キレの長い眼差しを眇めた。
その瞳には呆れと苛立ちが滲み、あからさまな怒りをトレーナーに向けているが、彼は彼でファインの言葉の意味を理解できず、頭を悩ませていてそれどころではない。
「だから、どういう意味なのか分かんないからさ。君と同じ歳だし、分かるんじゃないかなって」
「はァ!? だからってオレにそれ聞くのか?」
問い掛け、返ってきた言葉は理解不能から現れる憤怒。トレーナーは困惑して首を傾げた。
「君に聞くのが最善かなって」
「意味分かんねェよ。ンなら他を当たれ。そういうことならオレよりもファインの方が適任だろ」
「それができたら苦労しないよ」
「はァ?」
本日三度目の「はァ?」を受け、トレーナーは肩を落としながらふらりと立ち上がった。
「……うぅ、ごめん、ありがとう」
謝罪に感謝を交えて、トレーナーは蹌踉めくような足取りでその場から立ち去る。そしてその背中を見つめていたエアシャカールは、最後の最後まで彼の言いたいことを理解できず、眉間に皺を寄せていた。
◆◆◆◆
「ねえシャカール? 聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「今度はファインかよ……」
呆れを含んだ眼差しが、声の聞こえた方へと向けられる。先にいる彼女は天真爛漫に笑って──いや、その表情には何か羞恥にも似たような色が滲んでいる。そんな
ファインのトレーナーが去ってから数分。次はその担当ウマ娘が訪れるとは、最早エアシャカールは二人の相談相手といっても過言ではない。
「今度〝は〟って、誰かいたの?」
「いやなンでもねェよ。聞きたいことって?」
座っていたシャカールの隣に腰を下ろし、ファインはなにやら恥ずかしがるように身体を少しくねらせる。そして頬に手を当て、熱くなる顔を感じながら切り出した。
「もしも、もしもだよ? 歳上の人に〝好きです〟って伝えたら、相手の人はどう感じると思う?」
「あァ?」
シャカールは脳内に一瞬で生まれた「知らねェよ」の言葉を押し留め、ファインがまた自分を揶揄っている可能性を考えて、彼女を一瞥した。
ファインのトレーナーといい、本人といい、二人とも訳が分からない。元からおかしな二人組ではあるが、この短時間で立て続けに来るとなれば、エアシャカールも面倒で仕方がなかった。
普通の質問なら多少は答えられる。だが二人の質問は思考を巡らせても訳の分からない質問ばかりだ。
「だからね。もしもだよ?」
「分かった分かった」
呆れた溜め息を吐きながら、シャカールはキーボードを叩く手を止めて、僅かにファインの言葉に耳を傾けた。
普段なら適当に流していくが、一瞥した際のファインが見せていた表情は、どこか見過ごせないものであり、普段は見せないような
「それで、なンだよ」
「もうー! 聞いてなかったの?」
不貞腐れるように頬を膨らませるファインは、再度「もしも」と恥ずかしげに切り出した。
「自分より歳上の人に〝好きです〟って伝えたら、相手はどう感じると思う、かな……?」
問い掛けられ、エアシャカールの優秀な頭脳が齎した結論はただ一つ──意味がわからない。
元からファインモーションは、好奇心からおかしな質問をすることもあるが、その中でも今回の質問は何を意図しているのかまったく理解できない。だがしかし、今のファインが浮かべる表情は揶揄いのような色を含んでおらず、羞恥心のような色を滲ませていた。
────これは、何を企んでる?
エアシャカールはファインモーションの思考を探ろうと試行錯誤するが、最早無駄である。なにせファインモーションには一切の邪念が存在せず、その質問は純粋な不安から現れる疑問だったからだ。
いつもの揶揄いや好奇心から来る質問ではない。それ故に、エアシャカールがどれだけファインモーションの裏を掻こうが、思考を読み取ろうが、試行錯誤しても全ては無駄に終わる。意味がないのだ。
「シャカール?」
「…………さァな、オレには分からねェよ」
「そっか……」
溜め息混じりに流して、横目でファインに視線を移す。シャカールの言葉を聞いた彼女は、どこか落ち込んでいて、いつもの天真爛漫な笑顔とはまた違う別の
その表情が何故かエアシャカールの胸を締め付けるような感覚に陥らせ、やがては「あァッ!」と声を荒げて髪をむしゃくしゃに掻いた。
「どンくらいだ?」
「…………え?」
「だから、そいつらの歳の差だよ! どンくらい離れてンだ?」
微かな怒りを見せながら、シャカールは自身のパソコンを閉じてファインに視線を向ける。その表情からは呆れや怒りも滲ませているが、なによりもまた別の色が大きく見えていた。
ファインもシャカールが真剣に見つめて来るのに対して、驚きを隠せていない。だが、話を聞いてくれるだけでも自然と心が落ち着くのを感じていた。
「えっとね……多分、七歳ぐらい離れてる、かな」
「結構離れてンな」
ファインは目線を斜め上に向けて、自身の年齢とトレーナーの年齢を比べる。シャカールの言う通り、歳の差七つはそれなりに離れている。しかし世の中には〝年の差結婚〟というものがある。十代の少年が五十以上離れた方と結婚する例まで数多く存在している。それに比べれば、七つの年の差など問題はない。
愛と好きである気持ちさえあれば、年齢やあらゆる物事も関係ない──それが、もう既に結婚まで考えているファインモーションの思考であった。
────掛かっているようです。
だが、エアシャカールはファインモーションと違って冷静沈着。淡々と脳内で情報を処理していき、冷静に対処する。呆れたような溜め息を漏らしながら、彼女から視線を逸らしてわざとらしく遠くを見つめた。
歳下から〝好きです〟と伝えられる──それは対象者たちの年齢によって意味はガラッと変わる。
「それでね。私の……
「はァ……それを言った奴は中等部か?」
「……ううん、高等部だよ」
「じゃあ相手は二十半ば辺りか」
年齢が小学生ほどの〝好きです〟なら、それを大人は子供の戯言として処理する。そして〝好きです〟は、恋愛感情を示す他に〝友達として〟の意味が含まれる場合がある。だがしかし、今回の場合は高等部の者がそれを大人に伝えていた。
十中八九──恋愛感情である。
「クソ……なんでオレなんだ……」
ポツリと不満が漏れ、舌打ちが口の中で響く。
これは最早カレンチャンやマヤノトップガンの領分であって、恋愛模様に疎いエアシャカールでは手に負えない。
「ンで、相手の反応は?」
「えっとね……」
それから問答を繰り返していくと、なぜかファインの様子がおかしくなる──声は段々と小さくなり、頬は赤く滲みが増していた。
その様子があまりにもいつものファインモーションとかけ離れ、エアシャカールは困惑を隠せなかった。だがそれでも、シャカールは彼女の相談を取り敢えず聞いていた。
やがていくつかの質問が終わり、エアシャカールのパソコンの画面には、ファインからの返答が一文字も間違える事なくメモが施されていた。
エアシャカールのタイピング能力はまさに完璧。その画面を上から下へと目線を移動させ、シャカールは舌打ちしてから呻った。
「あァ、クソ……」
考えてはみるが、やはり分からない。
恋愛など微塵も考えたことのないシャカールが、そのような恋愛模様の相談を受けるのは、最早拷問に近かった。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちに駆られるが、一度聞いたことを投げ出す訳にはいかない。だがもう既に頭はパンク寸前で、適当な返事をして事を済まそうとも考えた。
────しかしそんなことはしなかった。
「まァ、それを言った奴の性格にもよるだろうが、相手には子供が言ってるだけだって認識されてるだろうな」
「うぅ……そうなの、かな……?」
なぜかファインは胸を苦しそうに抑える。そこにエアシャカールは無意識の追い打ちを畳み掛けた。
「どうせガキの戯言だって」
「ぅ……」
ファインモーションの体力が30減った。
「ソイツがいくら本気だろうが、相手に伝わってなきゃ意味がねェ」
「あぅ」
ファインモーションの体力が70減った。
「ファインは幼稚園児の〝好きだ〟って言うことを真に受けンのか?」
「私は信じるよ。その子の気持ちが本気なら……」
「ファインに聞いたオレが馬鹿だった……。ハッ、流石は殿下サマだな」
皮肉を込めた一言だったが、見つめた視線の先にいるファインはそれどころじゃないのか、何故かベンチの上で蹲るように胸を抑えていた。
「オイ、なにしてンだ?」
「ううん、ごめん、大丈夫……」
どう見ても大丈夫には見えない。だがシャカールは敢えて反応を示さず、パソコンの画面に視線を移す。
一応纏めていたメモを上から下へと眺めていき、なぜ自分がここまで真剣に悩んでいるのか分からないと思考は至ってしまった。
「頭
舌打ちを漏らして、頭を抑える。脳が猛烈に糖分を欲し、シャカールはポケットから糖分補給用ラムネを取り出して、いくつかを口に放り込んだ。
なんとか冷静に対処するエアシャカールに対して、ファインモーションは心に深い傷を負っていた。
胸が締め付けられるような感覚──身体の内側から心臓を引っ張り出したい程に激しく荒れる感情は、ファインを苦しませていた。
トレーナーに届かなければ、意味がない。
言葉の意味が通じなければ、決して届かない。
例え意味が分かっていても、彼にとってファインモーションは子供として認識されているのかもしれない。異性へ向ける恋ではなく、人としての意味なのだと彼は思っているかもしれない。もしそうであったら、ファインモーションの想いは虚しく舞い散る。
「あ、相手、は……お遊び程度にしか、思ってないの、かな……」
決してそうではないと思いたい。
途切れ途切れに漏れた声は、遥かに小さくて、遠くから聞こえる喧騒にも消されてしまいそうだった。
子供だと思われてもいい──それでも、想いさえ届いていればいい。
シャカールは消えるファインの声を聞き取り、糖分を補給した脳で処理を施してから口を開いた。
「さァな、ソイツ次第だ。だが、そンな奴なら諦めた方がいいだろ。例え歳下でも、その気持ちを蔑ろにする奴なンざ、碌でもねェよ」
「シャカール……」
いつもとは違った雰囲気のシャカールに、ファインは驚きを隠せずシャカールの言葉を胸に響かせた。
彼女はそう言っている──だが実際、トレーナーはあの言葉をどう受け止めているのか分からない。意味を理解していない上で、子供の戯言として思っているのかもしれない。もしもあの言葉の意味を理解していたなら──、
「私は……そしたら……」
シャカールが言うような人ではないと信じている。彼は、ファインモーションを含めて、何者でもない誰かの気持ちでさえ大切にしている。
〝理由〟ではなく、その〝気持ち〟を────。
「………ファイン?」
「あ、ごめんね」
実際に彼がどう思っているのかは、聞いてみないと分からない。もしかしたらそれを〝トレーナーとして〟の意味だと思っている可能性もある。
ファインモーションの好意に気付かず〝好き〟の意味を理解できていないかもしれない。それで良い。それで良いが、やはり乙女としても意味には気付いても欲しかった。
彼はアイルランド語を理解できない。だからこその言葉──気付いて欲しくないが、同時に気付いて欲しい矛盾の恋心。それこそがあの言葉だった。
「気付いてもらえなかったとしても、相手はどう感じるのかな……?」
「そンなもの分からねェよ。どう感じるかなんて、ンなもの相手の主観でしかない。不確定要素の塊だ」
「他人の印象は大事だよ?」
「それに頼るから、どーでもいい印象を他人に押し付けンだ。相手を知らなきゃなんにもならねェ」
そういうものなのかな、とシャカールの言葉を聞いたファインはポツリと口の中で呟いた。
「問題は自分が相手をどれだけ知って、どれだけ信頼してるかで、その答えの意味は変わるはずだ」
ファインは言葉を飲み込み、完全に沈黙する。
ファインモーションは彼を──トレーナーを心の底から信頼し、その身を、その想いを託している。言葉で表すのなら、まさに一蓮托生。そして人バ一体の関係だと、ファインモーションは思っていた。
────だがしかし、彼はどう思っている?
それらはファインが勝手に思い込んでいることであって、彼が本当にそう思っているのかは分からない。
そう考えた瞬間に、ファインモーションの脳内は不安と恐怖に呑まれ始める。三年間を共に駆け抜けて来た故の安心と確信はあるが、三年間を共にしたからこそ彼はファインに飽きているのではないか?
世の中には〝熟年離婚〟というものも、結婚してから数年でその関係に飽きてしまった夫婦が別れる場合も少なくはない。
実際、三年間を共にしているのだからそんな心配はないのだが、ファインはそうマイナスの方向に考えてしまった。
「ど、どうしよう……」
「はァ……オイ、こっち見ろ」
目線を四方八方様々な方向へと泳がせ、おどおどしているファインに、シャカールは舌打ちを漏らしながら彼女と向き合った。
乱暴に頭を掻いて、目を逸らした。
「お前……じゃねェや、ソイツがどれだけ心配してンのか知らねェが、そンな必要ないだろ」
「…………え?」
聞き返され、シャカールは舌打ちを漏らす。
「好意を寄せるってことは、それだけ相手を信頼してのことだろ。長い間を共にしてるなら尚更相手もソイツを信頼してるだろ。あァ、それともなンだ? 相手を信頼してねェのか?」
「──ち、違うよ!」
声を荒げて否定するファインモーション。そしてようやく確信したエアシャカール。
相談下手と言うべきか──〝もしも〟を連呼し、「友達の話」で始まる時点で、これはファインモーション自身の話としか思えない。
箱入り娘として育った所為で、嘘を上手く取り繕って相談する方法を知らない。そしてなにより、他人を疑うことを苦手としているファインでは、どう相談すべきか分かっていなかった。
つまり、ファインモーションには歳上の──、
「は……ウソだろ、殿下サマ……」
「……え? どうしたの?」
素直な疑問を浮かべて首を傾げるファインモーションと、驚きのあまり引き攣った表情をするエアシャカール。
思考が巡り、全ての辻褄を合わせようとするが、必死に止めながら「ちょっと待て」と口にして冷静に今までの出来事を整理する。
まず最初にファインのトレーナーが歳下からの〝好き〟はどういう意味か聞いてきた。
そして次に、ファイン自身が歳上に〝好きです〟と伝えたらどう思うかと問い掛けた。
「まさか……オイ、マジかよ……」
「え、さっきからどうしたのシャカール?」
「有り得ねェ……」
エアシャカールが導き出した結論──ファインモーションには好きな人が存在する。そしてその好きな人とは、彼女のトレーナーである可能性がかなり高い。
二人がエアシャカールに相談に来たのは偶然。もしかしたらトレーナーもファインも別々の相手だという可能性もある。だがあまりにも偶然が過ぎる。
ファインはトレーナーが好きで、トレーナーはファインに告白されたことで困っている──というのが自然な思考の流れであった。
「あのいつもおかしな発言しかしないアイツを……」
その漆黒の髪の下にあるキレ長い瞳を見開き、顔を引き攣らせながら見つめた先──ファインの思考を読み取ろうとするが、まるで分からない。
エアシャカールが知る彼女のトレーナーとは、一言で言うなら〝変人〟でしかなかった。
ほぼ無知と言えるファインモーションを、異常な領域まで育て上げた功績はエアシャカールだけでなく、他のウマ娘やトレーナーも一目置いている。
ファインモーションが快挙を成す度、トレーナーの話題も上がり、担当して欲しいと声を上げるウマ娘も少なくはない。
だがトレーナーはその全ての誘いを断っている。理由は不明だが、エアシャカールが見るトレーナーは珍奇な人間としか言えなかった。
「シャカール……?」
「チ、なンでもねェよ」
舌打ちして、シャカールは呆れた溜め息を漏らしながらゆっくりと立ち上がる。そして見上げるファインに対して、彼女を見下ろした。
不敵な笑みを浮かべ、わざとらしく困ったような表情に変化させると、含みを込めてぼんやりと呟く。
「そういや、さっきどっかのトレーナーが『歳下から言われる〝好き〟の意味を教えろ』って聞いてきたな。アレは本当に意味不明だったが」
「え…………?」
「あれはいったいなンだったんだろーなァ」
それだけを呟き、エアシャカールはファインモーションに背を向けて歩き出す。彼女がポカンと口を開けたまま固まっていることには気が付かずに────。
◆◆◆◆
「どっかのトレーナー……?」
先程からずっとエアシャカールの呟いた言葉が気になり、ファインモーションは顎に手を置いて、ぼんやりと歩きながら思考を必死に巡らせていた。
〝どっかのトレーナー〟が指す人間は、トレセン学園だけでも対象が多すぎる。だが歳下から〝好き〟だと言われ、尚且つエアシャカールに相談に来たトレーナーとなれば、一人しか考えられない。
「うそ……ちょっと待って……」
もしもそれが自分のトレーナーであるなら、なぜシャカールに〝好き〟の意味を聞きに行く……?
トレーナー、好き、トレーナー、好き、トレーナー、好き──その二つの関係性とはたった一つしかない。それを脳が理解した瞬間、全身に炎が灯った。
「うそ、うそ、うそ、うそ……もしかして……」
何度も同じ言葉を呟き、ファインはその場で全身に駆け巡る炎を抑えて蹲る。そしてその全てを理解した脳は、あらゆる重要性を導き出して、オーバーヒートを引き起こした。
考えられる可能性、それは──トレーナーが『Tá mé i ngrá leat』の意味を理解しているということ。
「トレーナー、知ってたの……?」
────ぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ。
叫びたい。もしもそうなのだとしたら、今すぐにでも叫びたい。しかしこの場が外であることを理解して、全力で叫ぶのを抑え込んだ。
「──殿下! いかがされましたか!」
ファインの異常を察知した隊長が慌てて駆け寄る。体調の悪さを考えて、彼女の具合を注意深く観察する。そして声に気が付いたファインがゆっくりと振り返って、隊長は困惑した。
「で、殿下……?」
「た、たいちょう…………」
滅多に弱みなど見せないファインモーションの瞳は涙で潤んでおり、太陽の光を煌めかせ、その顔は真っ赤に染まっていた。
「どうされたのですか……?」
「どう、しましょう……たいちょう……私、とんでもないことを、してしまいました……」
今にも泣いてしまいそうな表情を浮かべるファインに、隊長は「取り敢えず立てますか?」と優しく手を引いて近くのベンチに腰を下ろした。
「お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「…………い、言えない、です……」
「そうですか、詮索は致しません」
「ありがとうございます隊長……」
ファインは謝罪を付け足して、その場で俯く。
言えるはずがない。絶対に、誰であろうとあんなことを言えるはずがない。
自分を心配してくれる隊長への申し訳なさと、自分の愚かさを同時に実感しながら、更に込み上げて来る羞恥心が荒波のように押し寄せた。
「すいません。隊長……やっぱり、聞いていただけますか? 大変自分勝手な頼みなのは分かっています。ですけど、それでも……」
「いえ、構いませんよ殿下。それが私の仕事であり、使命です──なんなりと申し付け下さい」
「本当に、ありがとうございます隊長」
ファインは小さく口を開き、訥々と隊長に語り出す。全て、嘘偽りなく何もかもを呟いた。
自分の中で芽ばえた熱い心。彼を慕い、彼を想い、胸の中に灯る万感の感情を──たった一言で隊長に彼への想いを告げる。
「私は、彼に──トレーナーに好意を寄せています」
その言葉に、隊長は驚く素振りを見せずに頷いた。
全て、全て、全て、なにもかも隠していた事実を曝け出す。自分の胸の内だけに留めておくつもりの感情を、隊長に向けて語っていた。
「いえ、寄せているじゃなく……好き、です。彼の事を考えると、なんて言ったらいいのか……胸の辺りがすごく、バクバクするのです」
ただ考えるだけで、身体が熱く、心臓が熱を灯して激しく鳴り響く。短い間だけでも、彼の顔を思い浮かべると、思考が支配されてそれ以外を考えることができなくなる。
「どの辺りが好きなのですか?」
「…………言わないと、ダメですか……?」
「──ダメです」
「う」
即答する隊長の顔は真剣そのもので、今すぐにでも逃げ出したいファインは、最早逃げられずにいた。
トレーナーよりも長く、幼い頃から一緒にいる隊長だからこそ話せる。そして隊長は、そんな箱入り娘として育ったファインの浮いた話を聞けることにテンションが舞い上がり、更には興味津々だった。
「と、トレーナーの、好きなところ……」
「はい、どうぞ殿下」
「わ、わたし、は……彼の……」
彼の顔が好き──いつだって優しく微笑み、泣いてくれたりして、コロコロと変わる彼の表情が。
彼の手が好き──いつだって差し伸べてくれて、背中を押してくれる彼のたくましい手が。
彼の瞳が好き──いつだって私だけを見ていて、普段は鋭くても笑う時は柔らかくなる瞳が。
彼の話し方が好き──いつだって優しくて、暗くなった心に光を灯してくれる温かい声色が。
他にも沢山ある。それは語り切れないほどに多く、考えれば考えるほどに一つ、また一つと増えて行く。
星の数だけでは足りず、言葉で表すこともできない。一つを思えば、更に漸増する。それが止まることは決してない。だからファインは、たった一言を以て、その無限たる万感の想いを隊長に語る。静かに、訥々と──、
「私は、彼の──
羞恥心が脳内だけでなく、身体も支配した。
火が出るようなほどに顔が──身体全体が熱い。汗が止まらず、ただでさえ激しく脈打っていた鼓動が更に強く、限界を知らずに早鐘を打ち続けた。
「なるほど、全て……」
ふむふむと何度も頷き、納得する隊長。
「どうりでバレンタインにクローバー畑をプレゼントしようとした訳ですね。プリザーブドフラワーにして良かったです」
「う……想いを伝えるには、大きいものの方が良いと思いまして……クローバー畑でも足りないと……」
愛が大き過ぎる──苦笑する隊長だった。
ファインモーションに好きな人ができる──恐らく他の者からは賞賛も非難の声も上がるだろう。だが隊長はファインモーションが、そんなことで諦めるようなウマ娘ではないことを知っていた。
ファインモーションを幼い頃から知り、ずっと影から見守っていたからこそ、その恋を応援するつもりでいる。いったい誰が、
「隊長は、あまり驚かないのですね……」
「ええ、かなり前から知っていましたから」
え、と口を開けて固まったファイン。
それも当然──トレーナーに恋をしていることは、誰にだって話していない。自分自身も全てを隠し通してきたのだから、誰にもバレていないと思っていた。
だがしかし、何年もファインモーションの護衛をしてきた隊長の目は誤魔化せない。遠くから見ていても、
「そ、そんなに……前から、ですか……?」
「はい。寮の部屋に戻った際、枕に向かってトレーナー殿を呼びながら抱き着いていたのも知っています」
「──っ!? そ、そ、そんなことまで……!?」
「いえ冗談でしたが…………やっていたのですか」
一気に黙り込むファイン。完全に墓穴を掘ってしまい、穴があったら入りたくて仕方がなかった。
寮の部屋に戻った時、胸の内側で激しく鳴り響く鼓動を抑え切れず、彼のことを呼びながら枕を抱き締めることが何度かあった──誰もいないことを確認していたが、バレていたとは思わなかった。
真っ赤に染まり、膨大な熱が溜まった顔を両手で覆い隠しながら、ファインは首をふるふると横に振った。
「そして殿下は、なぜ先程蹲っていたのですか?」
「…………そ、それは……」
口ごもり、言葉に詰まる。例え相手が隊長であっても、あの理由は恥ずかしく言い辛いものだった。
だが、今回ばかりは逃れられない。詮索はしないと言っていた隊長も、逃さんとばかりの獣の如き獰猛な雰囲気を醸し出していた。
ファインは恥ずかしさを極限まで抑え込み、先程のトレーナーとの出来事を訥々と語った。
「ふむ……相手が分からないつもりで言った告白を、相手は知っていたかもしれないと……」
「…………はい、そうです……」
「なるほど、それなら簡単です」
「え?」
ふと隊長はファインの手を取って立ち上がり、何処かに向かって歩き出した。
「隊長? どこに行くのですか?」
「もちろんトレーナー殿の所です」
「え!? そ、それは──!」
イヤだと言わんばかりに隊長の手から逃れようとするが、あらゆるトレーニングをこなしている隊長に勝てるはずもなく、ずるずると引き摺られて行った。
「トレーナー殿に聞くだけなら簡単です」
「そ、それが、ダメなんです隊長!」
「もう遅いですよ殿下。では行ってきてください」
トレーナー室の前まで来て、隊長はファインの背中を押す。だが彼女は恥ずかしさと不安のあまりに扉の前で固まってしまった。
「殿下、聞いてみなければ分かりませんよ」
「そ、そうですが……」
入る入らないのやり取りを繰り返していると、中からトレーナーの声が微かに聞こえ、ファインと隊長はふと耳を傾けた。
独り言にしては大きく、中に誰かがいるのではないかと思うような話し声だった。
「そうだね。今度の休みは会えると思うよ」
トレーナーの声色は気分が良いのかどこか高く、時には笑い声も聞こえていた。
ファインと話している時とはまた違う。扉の奥から聞こえる声は、楽しげな雰囲気を漂わせている。まるで友達と話しているような──いや、それよりももっと仲の良いものを感じていた。
「それは悪かったよ。仕方ないだろ? 大切な仕事なんだから」
相手は誰なのか気になり、ファインと隊長は扉を数センチ開けて中を覗く。そして部屋の端から中央へと視線を移していくが、中にはトレーナー以外の人物は見当たらない。
肝心のトレーナーは作業机に背を向け、窓の外をぼんやりと眺めながら誰かと話している──電話のようだった。
「それの埋め合わせは必ずするよ。ああ、そうだね。俺も久々に会いたいから」
会いたいから──友人か、家族か、それにしてもトレーナーがそこまで声色を上げて話しているのは、ファインでさえもあまり見たことがなかった。
「はは、それはね。ウマ娘と休みを過ごすことも当然あるさ。それに、一緒にいて楽しいから──」
ふとトレーナーの声が優しくなった。
彼が言っているウマ娘とは、完全にファインモーションとのことである。隊長はファインを見つめて、ゆっくりと頷いた。
「なんでも楽しめる娘でね。笑ってる時が本当に綺麗で、こっちまで楽しくなっちゃうよ」
聞いていると、段々身体が熱くなっていく。顔が真っ赤になっていくのを感じて、思わず両手で覆い隠していた。
瞬間、トレーナーの口が驚愕の声を荒げた。
「はぁ!?
「……………え」
「……………え」
一瞬、時間が止まったように感じた。
何かを話し合う訳でもなく、ファインと隊長は一文字を口から漏らして顔を見合わせていた。
「えぇ……それ言わなきゃダメなの?」
固まり、あまりの出来事に思考も停止する二人だが、そんなことを知るわけのないトレーナーの口から溜め息が漏れ、呆れたような言い草で──、
「──
その言葉が聞こえた瞬間──ファインモーションは、身体に電撃が走り、世界の終焉をその身で感じた。
隊長がゆっくりとファインの表情を確認すると、彼女の黄金の瞳は大きく見開かれて、目の焦点は合わず、口はぽかんと開かれたまま固まっていた。
トレーナーの過去とか、二人の過去とかいる?
-
どっちもいる
-
なくてもいいかな
-
二人の過去だけ
-
トレーナーの過去だけ