密猟者を追う一番槍
旧砂漠の乾いた台地にむっとした血の匂いが立ち込めていた。匂いの元を辿ると、折り重なるようにして事切れた遺骸がある。
空の王者と謳われる赤い竜リオレウスと、その番である陸の女王。
2頭の竜の遺骸は夥しいほどの血を流して、リオレウスは番であるリオレイアを守るように翼で覆い隠し、両眼を見開いたまま絶命していた。
その様子を1人の桜色の髪の少女が呆然とした面持ちで立ち尽くして見ている。
(……間に合わなかった。)
少女の胸中を埋めるのは後悔の念だった。
あと少し。……本当にあと少し、自分がここに早く到着していれば。
2頭の竜の遺骸は、不必要なほどに鱗が剥がされ、不必要なほどに甲殻が抉られ、舌は切り取られ、剥ぎ取りに失敗したと思われる素材はその辺に雑に捨てられていた。
これはハンターの所業ではない。
密猟者の仕業である事を少女は痛いほどに理解していた。
何故なら少女はハンターズギルドから派遣されている『巡視隊』の1人だったからだ。
ハンターはモンスターを狩る。素材を得て、装備を整え武器を強化する。そして日々の営みにモンスターと人とを繋げていく。
……その営みに、影を差す者達こそが密猟者だ。
時にハンターズギルドが用意した支給品を大胆に盗み、許可されていない区域で生態を荒らし、ハンターが討伐したモンスターの尊厳を踏みにじる。
この2頭の竜は1つのハンターのチームが頭を寄せて策を練り、罠にかけ、やっとの思いで捕獲を成功させたのだ。
そしてハンター達が信号弾を空に撃ち、ギルドから迎えが来るまでベースキャンプで休息を取ろうと場を離れた隙の出来事である。
ハンターの信号弾を合図に罠にかけられた竜の命を絶ち『素材』として荒らしていく。まるで狩人気取りで。
そうした者達を捕縛し取り締まるギルドナイトと呼ばれる者たちがいるが、ギルドナイトの数はそう多くはない。
だからこそ、少女のような地方の『巡視隊』が手となり足となり広大な地域を駆け回るのだ。
少女は2頭の竜の遺骸に頭を下げると唇を噛み締めて走り出した。肩の下辺りで真っ直ぐに切りそろえられた桜色の髪が跳ねてなびく。
(まだ追いつけるかもしれない。)
乾いた台地にはいくつもの足跡があった。
それは密猟者たちが竜の夫婦の流れた血を無遠慮に踏み荒らした事を意味しているが、少女にとっては大切な痕跡だ。
(逃してたまるもんか…!)
ハンターと竜の命のやり取りとはまったく関係のない盗人が、命の恵みを受け取るのを少女は是としなかった。
『素材』を剥ぎ取った密猟者達はすぐに見つかった。『素材』を規定の量以上に抱え込めば重くなるのは当然で、密猟者達は『素材』の入った袋を引きずりながら歩いていた。
「待ちなさい!」
少女の鋭い声に、密猟者達は足を止めるとやおらに振り向いた。その顔には薄気味悪い笑みが粘っこく浮かんでいる。
その中の1人が口を開いた。
「なんだよ、お嬢ちゃん。俺たち狩りの帰りで疲れてんだ。迷子になったんなら、地図を…」
「私はハンターズギルドから委託された巡視隊のヤチルと言います。……あなた達のギルドカードとその袋の中身を検分させて貰います。あなた達が本当にハンターであると言うならギルドカードを出しなさい。」
確信を持って少女──ヤチルは密猟者たちに強い口調で言い放つ。
「あー………なるほど巡視隊、か……。」
男は諦めたようにため息を吐きつつ頭をガリガリと掻きむしると、思考を切り替えたように下卑た笑みを日に焼けた顔にいやらしく浮かべた。
「お前ら。女を売るなら遊んでからが良いよな?……頑丈な縄を用意しとけよ。」
そして男は抜剣する。手入れはされていないような所々刃こぼれをして錆びている片手剣だ。盾はない。
「なぁ、お嬢ちゃん。痛いのは嫌だろ?なぁに、大人しく俺たちと遊んでくれたら優しく気持ちよくしてやっても、」
「あなた達を密猟者と断定します。大人しく投降しなさい。さもなくば、」
「……さもなくば?」
男の言葉を遮って、ヤチルは腰の両側に1本ずつ提げていた警棒を抜刀して組み合わせた。材質は木でできている。
自分の背丈と同じ程度の長さの警棒をゆるく振り回し、ヤチルは密猟者達を激しい怒りで睨めつけた。
「…多少は痛い目を見てもらうことになる。巡視隊の一番槍、舐めてんじゃないわよ。」
「たかだか棒切れ振り回して、後で泣いても知らねぇぞ、お嬢ちゃん!」
そうして半日も経たないうちに、その場に立っているのはヤチルだけになった。錆びた片手剣は手入れをしていないのが仇となったか、ヤチルの警棒の前に根本から叩き折られていた。
「ぅう……イテェ……」
「たかだか『棒切れ』に情けない事ね。」
一対の警棒を分解するとヤチルはそれを両腰に納刀する。痛みに呻く密猟者達を飛び越えて、口の固く縛られた袋の中身を検分すると内容はだいたい予想通りだった。
雑に剥がされ血の滴る鱗。不器用に抉られ形の歪になった甲殻。
密猟者がモンスターの素材を『金』としてしか見ていない扱いに、ヤチルは再び怒りが燃え上がりそうになった。
そこへ、足音が1つ増える。
「へいへい、巡視隊の二番槍の到着ですよっと。」
1つ増えた足音はヤチルに親しげに声をかけた。巡視隊である二人は先輩と後輩でバディを組んでいる。
コハクが現れてヤチルの刺々しかった雰囲気が少しだけ軟化した。
「遅いですよ、コハク先輩。」
「お前がいつも先走りすぎんの。ヤチル、奪われた素材の検分は終わったか?」
「…あとはあの袋だけです。」
ニ番槍と名乗ったコハクと言う巡視隊の青年は、ヤチルが指をさした袋に目を向ける。
その袋だけは、なぜだか異様に固く厳重に封をされていた。
「………先輩。………気のせいかもしれないんですけど。」
「……うん?」
「…なんだかあの袋、……動いてません…?」
「はは、………まさか。」
ヤチルの発言にコハクは嫌な冷や汗をかいた。
密猟者達に奪われた素材は『リオレウス』『リオレイア』の素材だった。
密猟者達が担げるほどの大きさの、生体なんて断固として許されない。
ぴぃ……
希望は無惨にも打ち砕かれ、かすかな幼体の鳴き声が2人の耳に確かに聞こえた。
事もあろうに密猟者達は竜の幼体すら金にしようと企んでいたのか。
「先輩、あの密猟者達やっぱりもう1発殴って来ます。」
「待て、待て、ヤチル。今はそれどころじゃな、……」
密猟者達の浅ましさに怒りを再燃させ、ヤチルが両腰の警棒を握ろうとして、その時だった。
2人の頭上にフッ、と大きな飛竜の影が落ちる。
「!!」
やがて影はここを目的地としたようで、ぐんぐんと大きくなり空に冴えわたる緑の翼は2人の巡視隊の前に舞い降りた。
「……リオレイア……!?…なんで…!?」
陸の女王と謳われる美しい飛竜が怒りを込めた目で巡視隊の2人を睨み、不穏に唸る。
「…卵、……いや、子供を取り返しに来たのかも。」
コハクが僅かに前に出て、怒りに震えるリオレイアの注視を引いた。
巡視隊と言えどもハンターズギルドにはハンターとして登録してある。
2人とも一応の武器は背に担いできているのだ。
「子供を取り返しに来た、って……。でもコハク先輩、あの、この子の親はもう……」
──亡くなっている。
ヤチルが悔しげな顔で唇を噛み締めると、コハクはリオレイアから視線をそらさずに告げる。
「リオレイアはリオレイア同士で子育てを協力する事が稀にあるんだよ。乳母って奴だ。……ヤチル。その袋の口を解いて子供を返そう。」
「……先輩、…」
「大丈夫だ。リオレイアの攻撃は俺が捌くよ。……とにかく敵意が無いことを示さなきゃな。」
コハクの言葉に背を押されヤチルは緊張感を押し込み、生唾を飲み込むとゆっくりとか細い鳴き声を上げる袋に近付いた。
その途端に怒れるリオレイアは目を見開き、強靭な首をぐわりとしならせ特大の火球をヤチルに向けて放った。
「っ!!」
しかし、それは先に動いたコハクが片手剣の盾を構えてなんとか凌ぐ。激しい火球の威力に押されて滑るがなんとか無事だ。叫んではいけない。
『先輩!』とヤチルが叫んでいたらその場で開戦になったであろうが、ヤチルは声を飲み込んで震える手で袋の口をゆっくり解く。
中から出て来たのは、予想通りリオレイアの幼体だった。袋の中身をよく見えるように口を大きく開いた。
「……ヤチル、そのままゆっくり下がって。」
コハクの指示通りにじり、じりと後退るようにヤチルが下がる。
リオレイアはヤチルを見咎めて不愉快そうに唸りを上げていたが、やがて巡視隊の2人が充分に距離を取るとソロリ、ソロリと幼体に近付いて匂いを嗅いだ。
リオレイアは孵ったばかりでまだ目も開いていない幼体を、ぐわりと開いた口の中に優しくそっと咥えるとそのまま踵を返し、翼を広げて遠い空へ帰って行く。
残された巡視隊の2人は、緊張で詰めていた息をドッと吐き出し、尻もちをついて空を仰いだ。
「っ、……怖かった………!!!」
「生きてて良かった…!」
冷や汗が滝のように吹き出て、乾いた砂風で肌はベタつきとにかく風呂に入りたかった。
巡視隊の2人は手分けをして密猟者達を捕縛すると足並みを揃えて帰路に着いた。
連載をします。よろしくおねがいします。