月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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【転】の章
後ろの正面


 

 

 

ガラガラ、ゴトゴト。

 

巡視隊の一番槍と凶悪な密猟者を乗せて、竜車はベルナ村へ向けて轍を行く。

荷車を牽引するアプケロスは、食料の少ない乾燥地帯でも生きていけるほど逞しく長旅にはうってつけだった。

 

草食竜にしては気性の荒いアプケロスが荷車を引いている理由は、密猟者に親を獲られた孵ったばかりの幼体を保護したからである。

 

巡視隊も慈善事業ではない。

幼体のアプケロスを保護したのも、その直前に荷車を牽引するアプトノスを目を離した隙に密猟者に殺害されてしまったからだ。

 

 

今はこうして、密猟者護送の荷車を牽く巡視隊の大事な動力を担っている。

 

 

 

ガタガタと進む竜車がガタンと停止する。

日に何度かある休憩の時間だった。

 

巡視隊のある街からは数日間をかけて大分進み、補給地点のドンドルマまではあと少しといったところである。

 

「お、休憩か。」

「コハク先輩、……その、後方確認お願いします。私、火起こして来ますから。」

「……はいよ。」

 

停車した竜車の中でヤチルはスッと立ち上がり、外へと飛び出していく。

モンスターとその他の脅威からの定期的な警戒と休憩の軽食を用意する為だった。

 

 

定期的な休憩の度に移送している密猟者の様子を確認するのは、巡視隊の隊員としての義務だったがヤチルは今回ばかりはこれを極端に苦手としていた。

 

ヤチルは確実に霖劉・神無雨京に対して忌避を示していた。

 

コハクは竜車後方の小さな小窓を開けて、中を確認する。

そこには密猟者である神無雨京が身体を折りたたむようにして蹲り大太刀を抱きかかえながら、小さな寝息を立てていた。

 

「………、…」

 

コハクは、何も言わずに小窓を閉める。

そして、ヤチルの手伝いをするために竜車の荷台を降りていった。

 

 

 

「確認、終わったぞ。」

「ありがとうございます。……その、ちょっとあの人苦手で…。」

 

巡視隊の隊員として私情を挟むなどあるまじき行為なのだが、ヤチルは申し訳無さそうにコハクに謝った。

 

「いいよ、苦手なもんは苦手で仕方ない。」

 

ヤチルの謝罪を受けて、コハクは宥めるように手で抑えるような仕草をする。

 

「なんか……コハク先輩、優しいですね…。」

「失礼な。俺はいつだって優しいだろうが。」

「……そうでしたっけ?」

「お前ね…。」

 

冗談ですー。と軽口を叩きながら、ヤチルはおこした火でお茶を温める。

 

数日間の旅程で食料は心許なくなってきたが、あと丸1日ほど竜車が走ればドンドルマが見えてくる筈だ。

 

 

そうすれば少しは物理的にも精神的にも余裕ができる。ヤチルは気負いすぎた肩の力を抜こうと思い、食事の支度をするべく保存袋の中を漁った。

 

取り出したパンに、水分を抜いて硬く仕上げたハードチーズを乗せて火で炙る。

保存の利く燻製肉を削って挟めば、立派な昼食と言えた。

 

ここまで長く竜車を走らせてくれている御者アイルーにも同じ物を渡し、竜車の中の雨京にも与えるべく、同じメニューをトレイに乗せて鍵のかかった扉を叩いた。

 

 

「……食事です。」

「…もうそんな時間か…。ありがとさん。頂くよ。」

 

鍵のかかる扉の下に食事を通す隙間が空いている。雨京への食事は毎回そこから差し入れられていた。

 

食事のトレイを荷車の中へ入れて、ヤチルはそっとその場を離れる。

ややあってから、食事のトレイが荷車の中へ引き入れられるのを確認してヤチルはほぅと詰めていた息を吐いた。

 

 

ヤチルのそんな様子を見て、コハクは呆れたようにため息を吐く。

 

「……そんなに苦手なら俺が代わるぞ?」

「いえ、コハク先輩に頼りっきりもどうかと思うので……。」

「…ん、まぁ無理だけはすんなよ。」

「…ありがとうございます。」

 

ほれ、と差し出されたお茶を受け取りコハクの正面に座ったヤチルは、昼食としては食べ飽きてしまった保存食のメニューにもそもそと齧りついた。

 

チーズと燻製肉を乗せて炙っただけのパンは一口齧るごとに口の中の水分を全て奪っていくので非常に食べにくい。

 

 

ヤチルの正面ではコハクも同じメニューに齧りついており、固い保存食を顎が疲れるほど咀嚼する2人の間の会話は少なかった。

 

「……このご飯もそろそろ嫌になって来ましたね…。」

「そうか?移動の長さを思えば割りとご馳走だろ?」

「そう、……ですかね?」

 

ここ数日、ヤチルはコハクに違和感を感じ取っていた。けれどそれはきっと、コハクもヤチルもこの任務に緊張の糸を張り詰めているせいだと思った。

 

以前の長期任務では、固い保存食に文句を言いながら野生のケルビを狩り、肉汁滴るこんがり肉を頬張ったのは2人だけの秘密である。

 

味気のない昼食をお茶で流し込み、一息をつくと、そよそよと吹く風がやけに冷たいことに気が付いた。

 

日は出ているから暖かいが、日陰に入ると際立つ寒さに少しだけ肩を震わせたヤチルは、移送される荷車の中の雨京の体調を思った。

 

「……今日はちょっと冷えますね。」

「ん、寒いか?」

「いえ、私は大丈夫です。」

 

ヤチルは立ち上がり1度竜車の中に戻ると、積んであった資材から予備の毛布を抱えて竜車後方の扉へ向かった。

 

「それ、アイツにか?」

「ええ、外に出てる私たちと違って竜車の中はきっと寒いと思うので…。」

「……放って置いたら良いのに…。苦手なんだろ?アイツの事。」

 

……まただ。

 

ヤチルは再び、コハクに対しての違和感を感じ取った。コハクは巡視隊の中では中庸の性質に属している。

 

悪人を強く憎むこともなく、悪人に過度に同情的でもない。己は己、と自己を確立するコハクにとって、雨京を避けるその態度はやはり珍しかった。

 

それだけ、コハクもこの任務に緊張しているのだ。巡視隊の一番槍である自分がしっかりしていないといけない。

 

ヤチルは責任感に奮起して、コハクを安心させるよう笑ってみせた。

 

「大丈夫です。【劉】と言えども人…。罪人ですけど、毛布だけで何かができるとは思いませんよ。」

 

 

きっと、自分が憧れた銀の英雄だってそう言っただろうから。

 

はいはい、頑張んな。と呆れるコハクを尻目にヤチルは竜車後方の扉へ近づいた。

扉をノックすると中からはもそりと動く気配がする。

 

「あの、寒くありませんか?毛布を貸し出します。良かったら使ってください。」

「………罪人に情けをかけるとは、随分とまぁ呑気な隊員さんだ。」

 

食事を差し入れる扉の隙間から畳んだ毛布を差し入れると、中からは雨京の呆れが滲んだ声がした。

今までは小型モンスターの檻に入れられて移送をされていたのだ。

 

足を伸ばせるだけでも御の字な上に、体調まで心配される事のこそばゆさが雨京を呆れさせる。

 

毛布はそこに畳まれたまま置かれていて、ヤチルの脳裏に『やっぱり駄目かな、』と過ぎった頃、後ろから毛布を竜車の中へ押し込む手があった。

 

「俺の可愛い後輩がお前の為に用意してくれたんだ。良いから受け取れよ、雨京。」

 

 

 

──雨京、とコハクは密猟者の事をそう呼んだ。

 

 

巡視隊の隊員たちは【劉】の名を持つ密猟者の事を決して名前で呼んだりしない。

 

獣の名前を呼んでしまえば、己もまた獣へと引きずり込まれるからだ。

ましてや、危険な犯罪者がいる荷台の中へ手を差し込むことなど絶対に無い。

 

単純なうっかり、で手首から先が持ってかれることなど凶悪な密猟者は簡単にやってのけるからだ。

 

 

 

コハクはヤチルに巡視隊の仕事で甘い顔など見せたりしない。『確認作業は交代交代だぞ、ヤチル。』

 

コハクはヤチルに苦手なものをそのままにすることを良しとしない。『苦手なものを克服しないで一番槍は名乗れないぞ、ヤチル。』

 

 

コハクは残り少ない保存食の硬さが嫌で、わざわざ生肉を狩りに行くほどのグルメなのだ。保存食をご馳走などとは言わない。『知られたからには仕方ない。お前にも食わせてやるからナイショな。』

 

ヤチルの脳裏で、コハクに……コハクだと思っていた人物に対する違和感の点と点が線で繫がる。

 

後ろに立つ人物をヤチルはおそるおそる、錆びついたブリキの人形のようにゆっくりと振り返る。

 

 

コハクの顔はヤチルの前で、変わらぬ笑顔を貼り付けて嗤っていた。

 

 

「……貴方は、だれ?」

 

 

 





第11話です。よろしくおねがいします。
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