月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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誰そ彼は比良坂の主

 

 

 

 

──遡ること数日前。

 

巡視隊の隊舎がある街で。

1人の巡視隊隊員が、浮かれた足取りで宿舎へ帰宅する途中だった。

 

春麗らかな、よく晴れた昼下り。

手には、この間クエストで助けた仲間に奢ってもらった酒瓶を手にしていた。

 

今日は非番で手には上等な酒。真っ昼間から酒を呑む大罪も、仲間を助けたご褒美だとすれば甘美なもの。

 

巡視隊の隊員──ガンランス使いのメタルタは巡視隊の宿舎の端に植わっている大桜でも眺めながら花見酒に興じようとしていた。

 

花見に良いスポットは誰にも教えていない。メタルタは誰よりも轟音の響く銃槍を担いでいながら、騒がしいのは好まなかった。

 

自分だけの静かな穴場スポットである宿舎外の裏の堀に足を運ぶと、メタルタは燦々と降り注ぐ陽光を浴びながら下生えが生えてきた土手に座り込んだ。

 

 

太陽に温められた土手は心地よく、メタルタは浮かれた気分で酒瓶の蓋を開ける。

グラスや猪口などはない為、そのまま酒瓶に口を付けて中身を煽った。

 

行儀の悪い事この上ないが、マナーを気にするタイプの巡視隊の一番槍、二番槍コンビは一昨日に街を出発していて今はいない。

 

舌の上を灼いていく酒精を堪能して、酩酊に身を任せてしまおうか。

メタルタはふと堀の中に目をやった。

 

大桜から散った大量の花びらは堀の中の水面を埋め尽くし、花筏となって流れている。

 

 

薄桃色に染まった美しい堀を眺めながらメタルタは酒瓶をもう一口煽ろうとして、ふと、花筏の違和感に気付いた。

花びらの流れが何かおかしい。

 

「…ん?」

 

よくよく目を凝らしてみると、大桜が風で揺れて日が差し込んで、それに気付いた。

 

「…、…ッ!?」

 

メタルタは腰に提げていた信号弾を空に打ち上げると、弾かれたように花びらで埋め尽くされている堀の中に飛び込んだ。

 

 

真昼の太陽にも負けない強い光と大きな音が巡視隊の宿舎裏に響き渡る。

そして堀の中に飛び込んだメタルタは。

 

「…おい!!しっかりしろ!!おい!!」

 

 

花筏の下に埋もれていた死体を抱えて引き上げていた。

 

冷たい水の下から引き上げられた死体は肌が白く色が抜けていて、何よりも目立つのは頸部に空けられた大きな切れ込みで、それが致命傷だったと言うことを雄弁に物語っていた。

 

メタルタが空へ撃った信号弾によって、静かだった穴場の花見場所は喧騒でだんだんと騒がしくなる。

 

腕の中に抱えた死体に、無駄だと知りながらもメタルタは呼びかけることを止められなかった。

 

「おい!!目を開けろ!…どうしてお前がここにいるんだ…!……コハク!!!」

 

巡視隊の筆頭ハンターの変わり果てた姿がそこにあった。

春の日差しに温められた土手には、メタルタが放り出した酒瓶の口から柔らかな下生えに、芳醇な酒が静かに流れて吸い込まれていた。

 

 

 

 

 

──時間は現在に立ち戻る。

 

 

貴方は誰?と問うたヤチルがコハクの顔をした人物に振り返ろうとして、竜車後方の扉に抜き払った小太刀の鋒が刺さる。

 

「おっと、……振り向かないでくれるかヤチル。手荒な真似は面倒でね。」

「……貴方は誰?……コハク先輩、は?」

 

震える声でヤチルが尋ねた。

コハクの顔をした人物はさも面白そうに軽薄な声で返答をする。

 

「……コハク先輩はまだ生きているかもね?ちょっと顔を借りただけだし?」

 

それが素の声なのか、今となっては全くコハクの声に似ていなかった。

 

「さてと、お嬢さん。信号弾と武器をこちらに渡してくれるかな。」

「…、……」

「言っただろ?手荒な真似はしたくないんだ。俺はそこの牢の中に居るマヌケに用があるんだよ。」

 

牢の中、霖劉に用があると言う人物は小太刀の刃をヤチルの頸に向けている。

あと少しで刃が触れると言うところで、竜車の中から漏れ出るような嗤い声が聞こえてきた。

 

「…なんだ久しぶりだってぇのに随分な言い草だね、幻夢。」

「ハンターなんかに負けて牙を折られたんだ。……マヌケで間違いないだろ。」

「ハンターなんか、と来たか。……カカカ、モテる男はツラいねぇ。」

「ぬかせ。」

 

霖劉の愉快そうな声に苛立たしげに吐き捨てたコハクの顔を借りていた人物──幻夢劉はヤチルから救援を呼ぶための信号弾を取り上げると、毒のように甘ったるい声で囁いた。

 

「……なぁ、お嬢さん。コイツの鍵を開けてくれないか?用があるのは中にいる裏切り者でね。……手足をもいでお土産にしないと、俺が親爺に叱られちまうんだ。」

「なんだ幻夢、まだジジイの萎びた乳から離れらんないのかい。」

 

難儀だねぇ、と霖劉が茶々を入れるが、幻夢劉はそれを忌々しげに無視して続ける。

 

「君はこの牢の鍵を開けてくれるだけでいい。あとの始末は俺が付ける。……君にも、ここまで竜車を回してくれた御者にも手出しはしないと誓ってみせよう。」

 

幻夢劉の甘い声が、渇いた砂漠に降りしきる雨のようにヤチルの心にゆっくりと染み渡った。

 

開けてはいけない。それは分かってる。

ただでさえ危険な密猟者がここにいるのに。

 

 

暑くもないのにじっとりと背中に冷や汗が伝い、ヤチルの動悸は激しくなっていく。

どうしたらいいのか最早何もわからなかった。

 

この密猟者は霖劉の仲間なのか。この密猟者はいつからコハクの顔を奪っていたのか。混乱するヤチルの頭は湧き出ては消えていく疑問で埋め尽くされる。

 

 

張り詰めた緊張の糸を断ち切るように、幻夢劉は『コハクの声』でヤチルに乞い願った。

 

「さぁ、ヤチル。……牢の鍵を開けてくれ。」

 

 

 

駄目だ、と脳は必死で警鐘を鳴らしている。

それでも身体は思うように動いてくれず、カタカタと小刻みに震える手がアイテムポーチの中をぎこちなく探った。

 

指先に触れた硬くて小さな金属の感触がある。

 

幻夢劉が求める牢の鍵。ひやりとした感触がヤチルの理性を一瞬だけ呼び起こしたが、その理性でさえ『今、この間合いで幻夢劉に逆らうことは危険』と訴えていた。

 

「……、……」

 

息を呑み、ポーチの中から取り出した鍵で竜車後方の牢の扉を開ける。

手がカタカタと震えて、鍵がなかなか鍵穴に入らなかったが幻夢劉が後ろからそっとヤチルの柔らかな手を支えた。

 

鍵穴に差し込まれた鍵がゆっくりと回る。内部からガチリと錠の開く音がして、やがて扉は開かれた。

 

開けてはならない、劉の扉が。

 

 

「よぉ、会いたかったよ。……裏切り者。」

「なんだ、相も変わらずつまんねえ面してるね。幻夢。」

 

竜車の中に居た霖劉は差し入れられた食事に齧りついて居たのか、保存食のパンに少しだけ歯型が付いている。

 

霖劉・雨京は温くなるまで待ったであろう煎茶の湯呑を両手で持ってふうふうと息を吹きかけてず…、と啜った。

 

「はて、俺はなーんにも悪いことをした覚えは無いがね?」

「とぼけんなよ。……俺たちの情報散々っぱら売りやがって。親爺もカンカンにお怒りだぜ?」

 

幻夢劉の言う親爺、脈震劉が怒っているのはいつものことだなぁ、と朗らかに言うと雨京はくあ……と欠伸を1つこぼす。

 

「あのジジイ、とっとと冥土に渡りゃあ良いのに。……で?お前はそんな萎びたジジイの命令を従順に守ってるってか。」

「ああ、そうさ。俺ほど親爺の為に働いてる劉は居ないと断言できるね。……今回ばかりは火遊びじゃ済まされないぞ、雨京。」

 

雨京は眠そうに目を擦り、稚児の駄々に呆れた親のようなため息を付いて、側に置いている護身用の大太刀を手に取った。

 

 

その瞬間、雨京から開放された悍ましい圧力にヤチルの背後から幻夢劉が大きく飛び退いた。

 

「……飯の後は昼寝だってのにね。やれやれだ。」

「御託は良いから出てこいよ、雨京。それともその箱の中で死なせてやろうか?」

 

大きく飛び退いて間合いを取ったその先で、幻夢劉が本性を剥き出しにする。

 

「カカカ、せっかくのお誘いだ。ありがたく受けるよ。……こちとら禁欲生活長くてね、そろそろヌきたかったところさ。」

「チッ、……このド変態が。」

 

のそり、と竜車の中から獰猛な獣の気配が重たく動く。これから始まるであろう死合に興奮し、期待に胸を高鳴らせながら雨京は竜車後方の扉をくぐる。

 

 

重苦しい雨の気配を纏った劉が竜車から解き放たれてしまった。

 

 






第12話です。よろしくおねがいします。
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