『ヤチル・クラスナ隊員はこちらだろうか?』
隊舎の中庭を抜けた先の一般的には公開されていない広く開けた墓地に、ハンターズギルドに多大な貢献をした者のみが着用を許された隊服をまとった隊員が姿を表した。
青く染められたその隊服は、一部の界隈ではとても有名な……
「……ギルド、ナイト?」
ヤチルの口からこぼれた役職は、ハンターズギルド直属の特殊任務を請け負う精鋭のハンターの名。
青い隊服を着た隊員はその名を否定する。
「いえ、私はギルドナイトではありません。」
墓地に現れた隊員は青い帽子を脱ぐと、真新しい墓標の前で恭しく一礼をした。
「…コハク・オウガ隊員の訃報を受け取りまして。この度はお悔やみ申し上げます。……本当に惜しい人を亡くされました…。」
「……、…。」
高くも無く、低くも無い声がヤチルの耳に優しく沁みる。帽子に隠されていた目元は涼やかで、悲しみに暮れていたヤチルに向き合うと、青い隊服の隊員は自己紹介をした。
「私はエレフィラ。ギルドバードのうちの1人です。」
「ギルドバード…?」
エレフィラと名乗った隊員は、自分の事を『ギルドバード』だと言う。
聞き慣れない単語にヤチルが復唱すると、エレフィラは青い帽子を被り直し、涼やかな目元を隠してしまった。
「貴方たち巡視隊員と同じく、ハンターズギルド及びギルドナイトの手足となって働く者です。……巡視隊の皆さまにはフィールドを担当してもらってますが、私たちギルドバードは市井に紛れた不穏分子に対する抑止力のようなものです。」
「…………?…」
エレフィラの口から淀みなく語られる仕事内容にヤチルの理解が追い付かないでいると、エレフィラは「ええと」と1度息を整えた。
「……いわば、ギルドナイトの格好をした『囮』です。私たちは狙われるのが仕事です。」
「そんな…。」
端的に『自分たちは密猟者から狙わられる為の囮だ』と言うエレフィラに、ヤチルは痛ましい顔を隠せずに居るとエレフィラは口元だけで柔らかく笑う。
「……以前、こちらのオウガ隊員を我々ギルドバードに是非とも推薦したかったのですが、」
聞き捨てならない言葉にヤチルはエレフィラを強く睨み付ける。
「コハク先輩を密猟者への囮にするつもりだったんですか…?」
「…………ご本人にきっちり振られてしまいまして。……危なっかしい後輩から目を離せないから、と。」
エレフィラの言葉に噛み付こうとしたヤチルは、続けられた内容に口を噤む事しか出来なかった。
「……貴方が、ヤチル・クラスナ隊員でお間違い無いですか?」
「……はい。間違いありません。何かご用ですか?」
ヤチルは尋ねる。
ハンターズギルドの手足であるというのが本当ならば、隊員の1人が亡くなった程度で駆け付けるほどの余暇があるとは思わないからだ。
エレフィラはヤチルの目をしっかりと見据えると少しだけバツの悪い顔をした。
けれどそれはすぐに鳴りを潜めて、ギルドバードの顔付きになる。
「……貴方が先日捕縛した、幻夢劉と言う密猟者の件で参りました。」
ギルドバード・エレフィラが語った内容は、捕縛した密猟者・幻夢劉がギルドの取調べに応じるには条件があると提示してきたとの事だった。
【劉】の名を持つ密猟者がギルドに対して取調べに応じる条件を提示してきたとしても、情報を吐き出す気が無いのなら速やかに処刑するのが通例である。
しかし、ハンターズギルドに特に有用な情報を持っていればこの限りではない。
それは奇しくも幻夢劉が襲撃した神無雨京が証明していた。
「幻夢劉は『自分を捕まえた女性隊員になら取調べに応じる』と言い黙秘を貫いています。………私共としてはいつ処刑しても構わないのですが、」
エレフィラは1度言葉を区切ると疲れたようにため息をついた。
「……なるべくなら有益な情報を絞り出すように、と学院側から言いつけられまして。」
「……お疲れさまです。」
エレフィラの心底くたびれた様子にある日のコハクの姿を重ねてしまい、ヤチルはペコリとお辞儀をする。
「なので、貴方に幻夢劉の取調べを担当して頂きたくお伺いに来ました。……私と共に、ドンドルマギルドへ来てもらえないでしょうか?」
「……、………私で良ければ。」
ドンドルマから帰還したばかりだと言うのにエレフィラに連れられて、再び飛行船に乗り込みドンドルマへと向かう。
ヤチルはまだ完全には治りきっていない頬を撫で擦ると、ふるりと身体を震わせた。
ドンドルマギルドへ到着すると拘置所に通される。そこにヤチルが捕縛した幻夢劉が居るのだ。
背筋を伸ばし、顎を引く。1度大きく呼吸をして、ヤチルは心を冷静にした。
「……準備は良いですか?」
「…はい。」
拘置所の扉をエレフィラに開けてもらい、部屋の中に居る幻夢劉と対峙した。
「……貴方の取り調べを担当します。ヤチル・クラスナです。」
「あぁ、久しぶり。」
昼間の陽の光の下で見る幻夢劉という密猟者は、本当に平凡な青年だった。
幻夢劉の取り調べは、本人が条件を提示してきた通りヤチルが担当し、滞る事なく終了した。
エレフィラが先んじて用意していた資料のおかげもあり、ヤチルの負担はゼロに等しかった。
幻夢劉が吐き出した情報を調書に記して、ファイルを閉じる。幻夢劉という密猟者が生きていた証はここで閉ざされることとなる。
「……あの、1つ聞いても良いですか?」
「なんだよ、もー喋ることなんもねーぞ。」
休憩を挟んだとはいえ、半日以上かけて幻夢劉から情報を搾れるだけ搾り取った。
長時間に渡る取り調べで、幻夢劉は既に疲れ果てていた。
そもそも幻夢劉は怪我人でもある。
……狩人たちにに仇をなす【劉】が怪我をしていようと、ハンターズギルドは一向にお構いなしだが。
若干血の気が引いて貧血気味の幻夢劉は、それでもヤチルに先を促した。
「まぁいいや。…何?」
「……どうして私をここへ呼んだんですか?」
自分よりも優秀な担当はいくらでも居るだろうに、なぜ処刑される危険性を高めてまで自分を選んだのか。
ヤチルの問いに幻夢劉は深く考えずにボソリと答えた。
「あぁ……。だって、最期にアンタに俺の顔覚えておいてもらおうと思って。」
「顔を?」
「そ。……何の特徴もない俺の顔を正確に覚えているのが雨京だけとか嫌すぎるじゃん?」
幻夢劉の顔は、本人が言う通り『何の特徴もない』
これを覚えておくには自分の記憶力だけでは至難の業だな、とヤチルは思った。
「アイツさぁ、写実眼持ってるくせにめちゃくちゃ記憶力良いの。1度でも目に写したものは忘れないんだよ、アイツ。」
幻夢劉は言葉を続ける。
「アイツ……以外にも何人かいるけど、【劉】って幻惑の化粧が効かないんだよね。」
「えっ。」
「だからさ、今回の襲撃も俺だ、ってバレバレだった。」
「……それ、は最初、から……?」
幻夢劉から明かされた真実にヤチルは驚愕を隠せなかった。
「当たり前だろ?アイツ、へらへら嗤ってたじゃん?……アイツ、面白くなりそうな事があると途端に黙るんだよ。」
いつも聞いてねぇことまで言うお喋り好きな癖にな。
そう言って幻夢劉は椅子の上で身体を伸ばした。
取り調べに付き添ったギルドバード・エレフィラが『私語は慎むように』と幻夢劉に忠告する。
もう話すことは底を尽いて。エレフィラはヤチルを連れて拘置所を後にした。
経費の関係もあり盛大にもてなすことは出来ないが、エレフィラはギルドバードを代表してヤチルに謝辞を述べている。
「ご協力、ありがとうございました。おかげさまで幻夢劉の調書を取ることができましたし、これで学院側も納得してくれることでしょう。」
「あ、はい。…、…それは、良かったです…。」
「本当にお疲れ様でした。隊舎の宿泊施設で恐縮ですが、部屋をご用意しましたのでゆっくり身体を休めてください。」
「ありがとう、ございます…。」
けれど、エレフィラの述べる謝辞をヤチルはどこか上の空で聞いていた。
耳の中で幻夢劉の声が反響する。
──アイツは最初から、知っていたよ。
───最初から、知っていた?
最初って、どこから?
もしかして、
もしかして、コハク先輩が死んだときから?
(………確かめなくちゃ、いけない。)
全てを知っているものが、まだ生きているのなら。
その日の夜。
ハンターズギルドが所有するギルドバードの隊舎から、1人の巡視隊員が姿を消した。
第17話です。よろしくおねがいします。