月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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コノハナサクヤ

 

 

 

日が沈んだ、湿った夜の闇を征く。

少女の桜色の髪は、今は青い琥珀の髪留めでまとめられている。

 

昼間の幻夢劉の取り調べで得た情報に衝撃を受けて、居ても立っても居られなくなったヤチルは用意されていたギルドバードの宿舎を衝動的に飛び出した。

 

 

そのまま、冷静になる余裕もなくドンドルマを発つ竜車の最終便に慌てて飛び乗り今に至る。

 

カタカタと何度も踏み締められた轍を行く竜車の歯車の音を数えながら、桜色の髪の少女……ヤチルは竜車の中で自分の体を掻き抱いた。

 

 

(…確かめなくちゃ。)

 

ただそれだけの想いを胸に抱いて、ヤチルは不安と恐怖をやり過ごす。

 

(……あの人が本当に、最初から知っていたのかを。)

 

責任と不安が半々の気持ちで揺れ動く。ヤチルは夜の中をガタガタと走る竜車の中で一睡も出来ずにずっと蹲っていた。

 

 

一夜、明けて。

ガタガタと絶えず回っていた竜車の歯車がガタンと止まった。

 

『休憩だよ。』

 

竜車を走らせていた御者が、荷台の中に声をかける。ヤチルを格安で乗せてくれた竜車は各地の特産品を運送する荷車で、荷台には所狭しと物がひしめき合っていた。

 

ヤチル以外にもちらほら居た乗客たちが荷物の積み降ろしを手伝っている。

ヤチルもそれを手伝おうと顔を上げると、そこは人里から離れた村の1つだった。

 

ぽかぽかとした陽気と、埃っぽい匂いがどこか懐かしく感じる。村のすぐ外に採掘場があるらしく、荷を降ろしたあとは鉱石資源を積み込むのだ、と誰かが言っていた。

 

 

ヤチルは荷降ろしを手伝い、竜車を引く草食竜の世話を買って出る。

御者は『休んでもいい』と促してくれたが、今のヤチルには体を動かしている方がありがたかった。

 

草食竜の世話も終わってしまい、依然として陽は高くヤチルは途方に暮れる。

竜車はモンスターが休息を取る夜に再出発する決まりだからだ。

 

 

竜車が再出発する夜までを、どう過ごそう。

視線を彷徨わせたヤチルの目に竜車から降ろしたガラクタの木箱が目に入る。

 

中には錆びだらけでまともに使えなさそうな鉄材ばかりだったが、ヤチルはその中から1つに目をつけ、引っ張り出した。

 

そして、御者に声をかける。

 

「あの、……これ貰ってもいいですか?」

『ぁあ?……あぁ、そんなガラクタで良ければタダで良いよ。』

 

柄の付いたそれは武器だった。

手入れを忘れられ、存在を忘れられ、ガラクタとして打ち捨てられてたそれをヤチルは手に取った。

 

錆びが酷く、そのままではガラクタ以上の価値がない武器にヤチルは村の直ぐ側にある採掘場から砥石の欠片を拾ってきて磨くことにした。

 

時間を潰せる作業なら何でも良かった。

砥石の欠片だけで錆びたガラクタを一心不乱に磨くヤチルを見かねて、竜車の御者が大地の結晶をいくつか譲ってくれた。

 

金属の錆があまりに酷すぎる場合は、大地の結晶で研磨する事で研ぎやすくなるんだとか。

 

適当に礼を言い、軽く教えてもらった通りに錆びの酷いガラクタを研いだ。

 

 

その作業は時間を潰すのに最適で、ヤチルは竜車が村々を渡り夜を待つ度にガラクタを磨いた。

 

──いいか、ヤチル。武器を研ぐときは、…──

 

自分に初めて武器を研ぐことを教えてくれたのは最も親しい人だったかもしれない。

 

 

ヤチルはガラクタを磨きながら、記憶の中で最も親しい人と逢瀬を重ねる。

そうして、竜車がいくつかの村を越えて山脈が連なった高原地方に辿り着いたころ。

 

ヤチルが磨いていたガラクタが、失われた輝きと切れ味を取り戻し『武器』として尊厳を取り戻していた。

 

『いや、……アンタすげぇな。あんなガラクタが武器になるとは……。』

 

ここまで乗せてくれた竜車の御者はヤチルが磨き抜いた二刀一対の武器を見て感嘆の溜息をつく。

そして1つの方向を指で指し示すと、ヤチルに丁寧に教えてくれた。

 

『この方角をまっすぐ行くとベルナ村が見えてくるよ。長旅、おつかれさん。』

 

 

 

御者に頭を下げて礼を言う。顔を上げた時は既に竜車はカラカラと歯車を回し、ゆっくりと走り出していた。

 

ヤチルは御者が教えてくれた方角に歩き出す。

一歩一歩数えながら踏み締めるように歩くヤチルの脳内は凪いだ湖面のように静かだった。

 

 

 

──私は確かめなければいけない。

 

 

一歩ずつ歩くことしばし、ベルナ村の大門が見えてきた。

辺りは既に琥珀色に染まっていて、暑かったであろう昼間の空気はだんだんと温度を下げてきている。

 

朗らかに挨拶をしてくれた村長の横をすり抜けて、ヤチルはふらふらと幽鬼のようにまっすぐにそこへ向かった。

 

 

……いる。間違いなく。

 

ベルナ村のハンター達がクエストに向かう出立の門。その根元に重苦しい雨の気配がある。

 

 

いつかに見た雨垂れの男は出立の門の根元に蹲るように座り込み、銀の英雄から与えられた大太刀を抱えてうたた寝をしているようだった。

 

ヤチルが一歩近付くと、雨垂れの男──神無雨京は音もなくフッと目を覚ました。

そしてヤチルの姿を認めて驚いた様子もなくニタリと嗤う。

 

「………貴方に、聞きたいことがあるの。」

 

今まで眠りこけていたという事を感じさせない所作で立ち上がると、雨京はゆったりと歩き始めた。

 

「……ついておいで。」

 

雨京はそれだけを言うとヤチルの方を振り向かない。ヤチルは言われた通りに雨京の後を幽鬼のような足取りで、静かに付いて歩いた。

 

 

2人の間に会話は無く、ただ草の踏みしめる音だけがサクサクと響いていた。

 

陽はとっぷりと暮れて、夜のひやりとした空気に包まれた辺りは虫の声が彩りを添えていた。

 

やがて2人はベルナ村の近く、古代林へ向かう飛行船の発着地の脇道を進み、地図にも乗らないような開けた草原に辿り着く。

 

そこでようやく、雨京はヤチルを振り向いた。

 

 

 

「それで?……俺に聞きたいことってなんだい?」

 

正面から見る長身痩躯の元密猟者は枯れ木のようにゆらりと揺れる。

口許は弧を描き、声音は楽しげでもある。

 

「……貴方に、聞きたいことがあるの。雨京。」

 

雨京に深く刻まれた口許の弧は、亀裂が広がりいびつに歪んでひび割れる。

 

「……貴方は、あの時私と一緒に居た人が……コハク先輩じゃないって、最初から知っていたの?」

「……それに答えるにゃあ……俺からも1つ聞きたいんだがね……」

 

からかいを声に含ませて雨京は声を弾ませてヤチルに問う。

 

「…嬢ちゃんは今、隊員さんとして聞いたのかい?」

 

暗い雨雲の目がヤチルをじっとりと見据えている。

追撃を重ねて、雨京は言葉を続けた。

 

「隊員さんじゃなきゃあ、俺の方に答える義理は無いねえ。」

「……!……」

 

己は課せられた長い長い禁欲生活を越えたのだ、これくらいの意地悪は許容してもらおう。

雨京はベルナ村に居る監視員の事を想ったが、目の前の面白そうな桜色の髪の小娘にすぐに夢中になってそれを忘れた。

 

この娘は尊厳の番人としての矜持を忘れた。

だとすれば、残っているのは本能と本性しか無い。

 

雨京の返答に、ヤチルは陸に上げられ空気を求める魚のように苦しげに口を震わせると長い旅の間で一心不乱に磨き続けた武器の柄に手をかけた。

 

「……だ、だって………だって……!」

 

雑に腰に吊り下げていた、二刀一対の刃を抜刀する。磨き抜かれたその刃は肉を引き千切る鋸の形をしていた。

 

「……貴方が知らせてくれてたら、琥珀先輩は死ななかったかもしれないんだもん…!!」

 

桜色の髪の少女は錯乱し、雨京に向かって息も絶え絶えに叫んだ。

 

 

雨京が巡視隊がある街を発った時点で、少女の言う『琥珀先輩』とやらは死んでいたのは間違いない。

何故なら雨京には幻夢劉の幻惑が全くもって効いていなかったのだから。

 

少女の傍らに立つ幻惑の【劉】が、甲斐甲斐しく少女の世話を焼いているのは一種の喜劇かと思い嗤いを堪えるのが大変だった。

 

「答えて!!」

「……嫌だ、と言ったら?」

 

桜色の髪の少女は悲痛な表情で、大きな目に涙を零れ落ちそうなほど溜め込んだ。

その細い腕に不釣合なほど凶悪な二刀一対の鋸刃を構える。

 

「……大人しく答えてくれたら、それで良いのに…!」

 

雨京は獣の本能と本性をそそられて、心地よさそうに目を細めた。

直接的な殺意を向けられるのは、愛撫にも似ている。

 

「……まぁ正当防衛なら、多少は言い訳しても許してくれるかな。」

 

霖劉・神無雨京は桜色の髪の少女に向かって今まで秘めていた殺気を解放した。

 

 

 

 

 





第18話です。よろしくおねがいします。
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