月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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コノハナチルヤ

 

 

解き放たれた殺意は波紋のようにゆるやかに広がり、開けた草原を支配する。

涼やかに鳴いていた虫たちの気配はぴたりと静まり、痛いくらいの冷気が霖劉・神無雨京から発されている。

 

草原の柔らかな下生えに霜が降りて、雨京から放射状に白く煙っていく。

スラリと抜刀される大太刀の鯉口から凍気の靄がこぼれ落ちていく。

 

「………もう1つ、聞いておこうかね。」

 

殺気が白い靄となって、ヤチルに触れた。

二刀一対の刃を勇ましく抜刀し雨京を脅したはずのヤチルが、生娘のようにビクリと身体を竦ませる姿は雨京の嗜虐心を煽り立てる。

 

「…嬢ちゃんの相手は本当に『俺』で良かったのかい?」

 

今すぐに斬り合いにもつれ込んでも良かったが、それではせっかくの情緒というものが台無しだ。

雨京はヤチルに『何のために斬り合うのか』を明確に意識させておきたかった。

 

「………ぅ、……」

「他の男の事で頭がいっぱいの生娘を屈服させるのも悪くはないがね。」

 

 

雨京の殺意が広がり場を支配すれば、桜色の髪の少女に逃げ場はない。

雨京に怯え、逃げることも出来ずに二刀を握る手が憐れなほど震えている少女に雨京は少しばかりの睦言を囁くことにした。

 

「……まぁ、そうだね…。嬢ちゃんが俺に一太刀でも入れられたら、知りたがっていた事に答えてあげようか。」

「……!!…」

 

少女の手の震えが、ピタリと止まる。

その目線はどろりとした湿度を孕んでいたが、まっすぐに雨京を睨み付けていた。

 

わなわなと薄い唇が開き、縋るような声で一言だけ発せられる。

 

「……ほ、…本当…?」

「………ああ、本当さ。」

 

雨京が深く鷹揚に頷くと、少女の目は定まった。

 

 

少し開けた草原の白く煙る凍気の中で、少女の小柄な身体は大太刀を構えた雨京目掛けて疾駆した。

 

鋸刃と大太刀がぶつかり合う鋭い剣戟の音が響き渡る。

 

少女は二刀の鋸刃の重さに逆らわずに大太刀の上を滑らせると、雨京の殺気が凍化した霜が削れてキラキラと舞い散った。

 

少女は迷いなく着地と同時に地を蹴った。

少女の足首があった所を、雨京の大太刀が薙ぎ払って草の葉が揺れる。

 

斬り払われた葉は瞬く間に凍り付き、霜となって風に攫われていった。

 

「ぁぁあ!!」

 

気合とも付かない声を上げて、少女は地を踏み切り空を舞う。

二刀の鋸刃を容赦なく振り下ろす、その攻撃に躊躇いなどあるはずもなく。

 

 

入れば致命傷は避けられない鋸刃の一撃は雨京を捉えることは無く、地面を深く抉る。

 

地面を強かに叩き、大きな隙を晒した少女に雨京の氷の大太刀が襲いかかった。

 

「っ!」

 

少女は二刀一対の鋸刃の片方を諦めてその場を飛び退いた。

大太刀は少女に深くはないが刀傷を刻み込む。

 

けれどその傷口から鮮血の花が迸ることはなかった。

 

雨京の凍気が、少女に刻んだ傷口すらも凍て付かせる。大太刀から受けた刀傷の激しい痛みをその身に抱えて少女は雨京を睨み付けた。

 

 

「…ほら、どうした?俺はまだ一太刀も浴びていねえよ?」

「……っく、…」

 

雨京が煽れば痛みを堪えて少女は素直に立ち上がる。そんな健気な姿に雨の名を持つ【劉】の興奮は絶頂に達する。

 

氷の大太刀を水平に構えると雨京は蕩けるような表情で、ため息の様に言葉を紡いだ。

 

『……我が血、我が吐息、凍て沁むる……絶氷の刃と化さん…!』

 

雨京の大太刀に秘められた氷の力が、雨京の殺意と呼びあって共鳴する。

雨京を中心に周囲の温度がさらに下がり、2人の呼気が白くなった。

 

──このまま踏み込めば、自分は死ぬ。

 

白く濃厚な殺意に少女は悟る。

経験値の違いが、圧倒的な地力の差になって少女と雨京の間に横たわっていた。

 

自分が死ぬのはまだ良い。………けれど、優しかったあの人が何故死んだのかを明かせずに散るのはやるせなかった。

 

相反する想いを抱え、少女は葛藤する。

雨京の殺意に煽られて、あと一歩がどうしても踏み出せなかった。

 

悔しげに唇を噛む少女に雨京は蕩けた眼差しを向けて呼びかける。

 

「……知りたくはないのかい?嬢ちゃんのオトコがどうやって死んだのかを。」

「……!!!!」

 

もちろん雨京は少女の大切な人がどうやって死んだのかは知る由もない。何故幻夢劉に目をつけられたのかが推測出来る程度でしかない。

 

けれどこのままでは少女はこちらに踏み込んでこない。少女の巡視隊員として積んだ戦闘経験がそうさせるのだ。

 

だから雨京は耳触りの良い言葉で少女を誘う。

 

「……死んだオトコの無念を晴らせるのは嬢ちゃんだけかもしれないのに?」

 

人として踏み越えてはならない線を忘れさせるために。

 

雨京の言葉に唆されて少女は雄叫びを上げた。

残された一振りの鋸刃を両手で握り締め、雨京に向かって飛びかかる。

 

 

──刹那。

 

パンッ、と乾いた音がして少女の身体が力を失いドサリと落ちる。

少女の桜色の髪をまとめていた青い髪留めは無惨にも砕け散り、粉々になって草原の中にこぼれて消えた。

 

死合に水を差された雨京は酷くつまらなさそうな顔をして、音がした方向に視線を向ける。

 

その表情に蕩けそうな眼差しはなく、いつもどおりの掴みどころのないヘラヘラとした笑みを貼り付けていた。

 

「……なんだい、ブルーバード。良いところで邪魔しやがって。」

「黙りなさい霖劉。……貴方、いま彼女に何をしようとしたんですか…。」

 

雨京が視線を向けた先、草原の茂みから青い隊服をまとったギルドバード・エレフィラが姿を現した。

 

その手には消音装置を取り付けたライトボウガンが握られている。銃口からは硝煙が細く立ち上り、少女を撃墜したのはエレフィラだということを示していた。

 

「何って……ナニしかないねえ?」

「黙りなさい。」

 

ライトボウガンを納刀すると、エレフィラは桜色の髪の少女の元に歩み寄った。

 

「……手荒な真似をしてごめんなさい。しかし我々は貴方に、あの男を殺させるわけにはいかないのです。」

「……、………」

 

着弾の衝撃に身体を弛緩させた少女を拘束するために、エレフィラは腰のポーチから手枷を取り出そうとした。その瞬間だった。

 

 

雨京の殺気で静まり返っていた草原に、青く光る虫がふわりと飛んだ。

 

「……蛍?」

「え?」

 

それまで気にもとめていなかった雨京から口をついて出た呟きにエレフィラが顔を上げると、そこには青白く光る──

 

「…雷光虫………?」

 

雷光虫の群れが一斉に飛び交っていた。

ドスン、と古代林の方向から重たい地鳴りが一歩、また一歩とエレフィラの方に近付いてくる。

 

「そんな、まさか……」

 

そうして姿を現した強靭な四肢を持つ剛爪の牙竜は桜色の髪の少女に迫るエレフィラをじっとりと睨め付けて、明確な敵意を持って咆哮した。

 

「ジンオウガが何故こんなところに!?」

 

 

 

 

斬り付けられた刀傷と、撃たれた衝撃で少女の心と身体はボロボロだった。

激しい痛みとぐらぐらと揺れる意識の中で、もうこのまま目を閉じて楽になってしまおうかと思っていた。

 

「……ぃたっ、…」

 

少女が意識を手放そうとした時、細い腕にビリリとした鋭い痛みが走る。

 

うっすらと目を開けた少女の視界に入ったのは青い蛍のような、

 

「……雷光虫…?」

 

 

──おい、見ろヤチル。蛍の群れだぞ!

 

──雷光虫じゃないですか……。今年も蛍のシーズン逃しちゃいましたね   先輩。

 

──来年な!来年!そしたら俺たちにも休暇が回ってくるからさ。

 

──……それ、去年も聞きましたよ。

 

 

放電を終えた雷光虫は少女の腕からフワフワと飛び去り、住処へと向かう。

少女はありったけの力を振り絞り、身体を起こす。刀傷は激しく痛むし、撃たれた衝撃で脳震盪を起こしたのか視界が揺れて吐き気もする。

 

(……でも、にげなきゃ……)

 

あの人の無念を晴らせるのは私だけなのだから。

 

 

やっとの事で立ち上がると少女は方向感覚も失いながらエレフィラたちから距離を取ろうと、覚束ない足取りで走り出した。

 

『待ちなさい!クラスナ隊員!!』

 

静止の声を上げて、少女を追いかけようとした青い隊服のギルドバードを無双の狩人が巨躯で塞いで行く手を阻む。

 

『クラスナ隊員!!』

 

ギルドバードの声はむなしく響いて届くことはなく。

 

ポツリと降り出した雨の中、昏い森の中へ逃げ込んでいく少女の小さな背を雨京だけが嗤いながらずっと見ていた。

 

 

 

 





第19話です。よろしくおねがいします。
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