月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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月なきみそらの獣たち

 

 

旧砂漠の乾いた台地に喧騒と怒号が飛び交っている。

 

 

桜色の髪の少女の背にはハンターに捕獲された陸の女王と空の王者が、麻酔玉の効果で折り重なるようにして仲良く寝息を立てている。

 

少女は飛竜の夫婦をその背に庇い、周囲を取り囲む密猟者たちを睨めつけた。

 

二刀一対の警棒を組んで棍として構え、密猟者たちを威嚇する。

 

『必要以上の剥ぎ取りはギルドから禁止されています。………と、言うか貴方達はハンターじゃないでしょ。今すぐこの場から立ち去るなら……』

『立ち去るなら?俺たちをどうしてくれるっていうんだい?お嬢さん?』

 

少女の隙を突いて密猟者たちから容赦なく投げ付けられるのは、狩猟フィールドならどこででも拾えるなんの変哲もない石ころ。

 

モンスターには大したダメージにならないとは言え、大きさは大人の拳大もある。

少女を取り囲んだ密猟者全員で投げ付けた石ころは、大半を棍で叩き落としたが、棍をすり抜けた1つ、2つが少女を傷付ける。

 

『くっ、』

 

石ころは少女の足を強かに叩き、額を掠めて血が流れる。それを見て密猟者たちはゲラゲラと嗤い声を上げていたが、少女の闘志は折れることなく密猟者たちを睨み付けていた。

 

『……ここで大人しく立ち去るなら、後で捕まえてあげようと思っていただけ。』

 

少女は棍を分解し、二刀一対の警棒に持ち変えると小柄な身体で疾駆した。

 

『巡視隊の一番槍、舐めてんじゃないわよ!』

 

桜色の髪の少女は密猟者たち全員を相手に大立ち回りを演じ、1人、2人と殴り倒して制圧する。

少女のあまりの身体能力に旗色が悪くなった密猟者たちは、少女の持つ武器を見て遠距離から少女を責めることにした。

 

少女を全方向から取り囲み、拳大の石ころを投げ付ける。原始的だが、低コストで最も効果のある戦法と言えた。

 

『お前ら分かってんな!?せーので行くぞ!せーの!!』

『…っ!』

 

少女も密猟者たちの意図に気が付き、襲い来るであろう石礫の痛みに身構えた。

……が、いつまで経っても石ころは飛んでこなかった。

 

『せーのじゃねぇんだよ、せーのじゃ。うちの可愛い後輩に傷が残ったらどうしてくれるんだ。』

 

少女の後ろから、耳に馴染んだ懐かしい声がする。

 

『コハク先輩…!』

『先走りすぎだぞ、ヤチル。』

『でも、』

 

──来てくれたじゃ、ないですか。

 

『……ヤチル?』

 

少女の前に立つ青年の顔に霧がかかって表情が見えない。そこで少女は気が付いてしまった。

 

──あ、……これ、夢なんだ。……だって、   先輩は。

 

周囲を取り囲んでいた密猟者は、いつの間にか消え失せて。旧砂漠の乾いた台地には少女と青年だけが立っている。

 

少女が感じていた砂漠の暑さは消え失せ、晴れ間は閉じてひんやりと冷たい雨がポタリと落ちてくる。

 

『……ヤチル。』

 

名前を呼ばれて青年の顔を見る。

青年の顔は困ったように眉を下げて、優しく笑っていた。

 

ゆっくりと青年の手が少女の桜色の髪をポン、ポンと愛おしそうに撫でる。

 

『……助けてやれるのは、これが最期な。』

 

 

 

 

 

 

ザァザァと雨が木の葉を叩く音で、少女は逃げ込んだ森の中うっすらと目を開けた。小柄な身体に受けたダメージが深く響いてしばらく気を失っていたようだった。

 

「……ゆ、め……」

 

とても暖かい夢の中を揺蕩っていたようにも思う。

手の中にあった温もりは冷たい雨に奪われて、夢の残滓すら思い出せなかった。

 

一つだけ分かるのは。

少女の心も身体も酷く痛め付けた男の事だけ。

 

 

霖劉・神無雨京──

 

 

銀の英雄から与えられた絶氷の大太刀を携えた、怨敵に勝てなかった。

少女は大きな目に雫を溜めて、ぽろりとこぼす。

 

勝てないことが悔しくて、

斬られることが恐ろしくて、

敵を討てなかったことが悲しくて、少女は泣いた。

 

「……っ、…かみなし、うきょう……!」

 

滂沱の涙を流れるままに少女は憎しみを込めて月の無い空に向かって吼えた。

 

「…雨京ーーーーーーっ!!!」

 

 

 

慟哭する少女の泣き声に引き寄せられるように、雨音に混じって草を踏み分ける足音が少女に近付いてきた。

 

「……あら、あら。貴女、大丈夫?」

 

妙に間延びした声に桜色の髪の少女が振り向くと、そこにはミルクを煮詰めた色の髪の女が雨に濡れて立っていた。

 

細身のライトボウガンを担いだ女は少女の元にしゃがみ込むと、少女の身体の凍て付いた刀傷を指でなぞる。

 

「…あらまぁ……女の子の身体に傷を付けるなんて……本当にろくでもない男。」

 

困ったように眉をひそめた女は涙を流す少女の頬を両手で包んで親指で涙を拭ってやった。

それだけで少女の涙が止まることは無かったが、雨に打たれて芯まで冷え切った少女の身体には女の手の温かさが酷く染みた。

 

「……大丈夫、泣かなくていいのよ。」

 

優しく諭す女の甘い口調に、少女の目からとめどなく涙が溢れてこぼれていく。

女は少女を柔らかく抱き締めると、桜色の髪を優しく撫でた。

 

「悔しかったのよね、悲しかったのよね。貴女をこんなにも傷付けた男なんて怖いに決まっているわよね。」

 

少女の激しく荒れる胸の内に共感を示した女は子守歌を歌うかのように少女を優しく慰める。

少女の千々に張り裂けた心は、甘く囁く女を容易く受け入れた。

 

女の背に腕を回し、幼子のようにしがみついて桜色の髪の少女は女の胸でわんわんと泣いた。

 

 

「……もう、本当に悪い子なんだから……。やっぱり殺しておくべきよ。」

 

ミルクを煮詰めた色の髪の女は、頬を少し膨らませて己の背後に声をかけた。

 

「ねぇ?おとうさまだって、そう思うでしょう?」

 

少女を優しく抱き締める女の背後には、右腕が義手の壮年の密猟者が佇んでいた。

暗い外套をその身に羽織り、義手の中の砲身にはしっかりと弾を込めて、すぐにでも『仕事』を始められる装備で壮年の密猟者──脈震劉はシニカルに嗤う。

 

 

「…雨京のガキが可愛いドラ息子を豚箱にぶち込んでくれた落とし前を付けに来た所だったんだがなぁ…。」

「今は止めておいたほうが正解だと思うわ。……村にブルーバードが来ているから。」

「村に常駐してる連中ですら面倒だってぇのによ……。まぁ、仕方ねぇか。」

 

脈震劉は気怠そうに欠伸をすると、少女を抱える女の元にしゃがみ込む。

 

「で?コイツを拾っていきたいのか、モロ?」

「私が面倒を見るわ。駄目かしら?」

 

モロ、と呼ばれたミルクを煮詰めた色の髪の女は、腕の中の少女を愛おしげに撫でて愛でる。

モロが抱く少女は雨京に刻まれた刀傷に狙撃されたダメージで小刻みに震えているが、目だけは爛々と狂気に燃え上がっていた。

 

少女はもはや、一つのことしか考えられなかった。

愛しい人の敵を討ち、あの男を殺す。ただそれだけを。

 

「良いでしょ、おとうさま?可愛い孫娘が増えるわよ?」

「お前の拾い癖もどうにかなんねぇのかね……。なぁ、お嬢ちゃん。」

 

脈震劉の呼びかけに、少女は涙に濡れて殺意に満ちた目を返す。もはや、少女にとって世界の全てが敵に思えていた。

 

「……あぁ、イイ目だな。そんなにアイツを殺してぇのか。」

「……………。」

「だがな、今は止めておけ。……雨京のやつはクソガキだが刀の腕前は確かだからな。」

 

負の感情に泣き濡れた少女の桜色の髪を脈震劉は血の通った左手でわしわしと少し乱暴に撫でてやった。

 

「テメェの気概は認めるがよ、お嬢ちゃん。ギタギタに叩きのめされた身体で今すぐ再戦に向かっても、お嬢ちゃんは殺されるだけだし、雨京のガキのズリネタにされるだけだぜ。」

「…、……」

 

脈震劉の慰めともつかないセリフにモロは『もう、おとうさまったら下品なんだから。』と不満をもらす。

狂気に爛々と燃え上がっていた少女の目は、狂気の炎を潜めて脈震劉の言葉に頷いた。

 

「モロ、撤収だ。……お嬢ちゃんも、今は我慢しておきな。いずれあのガキを殺させてやるからよ。」

 

桜色の髪の少女はさいごに一粒涙をこぼし、ギリ、と歯を食いしばって悔しさを耐えた。

 

「……かみなし、うきょう……!」

 

狂気に堕ちた少女は命の営みの輪廻から外れ、慟哭は誰にも届くことはなく。

 

 

月なきみそらの獣が一人、新たな産声を上げた。

 

 

 

 





最終話です。よろしくおねがいします。
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