──狩人殺し。
それは犯罪者を追うギルドナイト達の中では最も罪が重く、密猟者たちの中では最も名声があるものだ。
モンスターの脅威から人々の生存圏を守り、モンスターを狩り、その命の恵みを人の営みへと繋げる勇気の象徴がハンター。
防具を身に着け、武器を1つ背に担ぎモンスターと対峙する。
密猟者の中でも【劉】と呼ばれる者たちは、多かれ少なかれ、そんな人々の勇気の象徴である狩人を手にかけて殺害している。
霖劉・神無雨京が捕まったと言う話題はギルドナイトにとっては喝采を持って広まったが、闇に棲む密猟者たちに取っては震撼を持って広まった。
『えっ、あいつ捕まったの!?』
『若いハンターとの一騎討ちに負けて自分から出頭したって聞いたぜ。』
『自主ぅ!?……っ、てかあいつを打ち負かせるハンターってどんなキングコンガだよ……。』
街の地図には乗らないアンダーグラウンドな酒場で、密猟者たちは囁き合う。
神無雨京とは、それほどまでにギルドナイトと密猟者、両方向に名を馳せていた。
そしてそれは同じ【劉】たちにも。
『あらぁ……あの子、捕まったの?』
密猟者たちの噂話に、妙に間延びした声が割って入る。額を突き合わせていた密猟者たちが振り返るとミルクを煮詰めた色の髪の女が唇に指を当てていた。
『モロ。仕事か?』
『ええ、この間の怪我が治ったからお仕事をしようと思ったのだけど……。ねぇ今の話、詳しく聞かせてくれない?』
ショートヘアの似合うモロと呼ばれた女は、密猟者たちのテーブルの上に置いてあるクルミを1つ摘んで口に運ぶ。
『霖劉……あの子がギルドナイトに捕まったって、……本当なの?』
『俺たちも又聞きなんだけどよ。ギルドナイトに捕まったって辺りは本当らしいぜ。』
『あらまぁ……。』
のんびりとした口調で『たいへんねぇ』と女は呟いた。
『霖劉がギルドナイトに捕まったのなら、一緒に居た唐紅も捕まったのかしら?』
『あぁ、霖劉にくっついてた奴か。……どうかなぁ…?でも、あいつは霖劉のこと崇拝してただろ。捕まったと見ていいんじゃねぇかな。』
『あらあら……。』
声を潜めた囁きの合間に皿の上のクルミを食べ尽くした女は頬に手を当てて悩ましげにため息を吐いた。
『残念ねぇ…。霖劉が上手に隠してた唐紅がフリーになったのなら私が欲しかったのに…。』
『なんだよモロ。年下好きだったっけ?』
『あら、かわいい子は年上も年下も好きよ。』
女はニコリと1度微笑むと、すぐに残念そうに肩を落とす。
『本当にざんねん。霖劉が抱えていたあの子、手先がとっても器用だったの。』
そう言って女は自分の背に担いでいる細身のライトボウガンのような武器を指でなぞる。
女の携えるライトボウガンの銃床や銃身のパーツはちぐはぐなモンスターの素材から作られており、見る者が見ればひと目でハンターではないことが看破されてしまう。
経験の浅い駆け出しのハンターなら軽く誤魔化せても、目の慣れたベテランハンターには怪しまれる。
『簡単な防具を作れるのはもちろん、銃のチューンナップも上手でね。欲しかったわぁ…。』
ましてやハンターズギルドに登録している狩人たちが利用する、正規の武器防具の加工屋になんて持ち込んだ日には、
それが殺害されたハンターから盗まれたボウガンの、まだ使えるパーツを組み合わせて作られた物だと露呈してしまう。
そんなモノを持ち込まれた加工屋にとっては災難だ。
顔を見てしまった、銃を見てしまった。……ただそれだけなのに。
──狩人殺しの【劉】の存在を知ってしまった加工屋の行く末はなんとも悲惨なものだ。
『あの子がいれば可哀想な加工屋さんが増えなくて良いもの。本当に欲しかったわ……。』
『まぁ、俺らの装備は自分で手入れするか、新しく調達するしかないもんな。』
女は指先についたクルミの塩気を小さな舌でペロリと舐める。
そして今しがた入ってきた店の扉に向けて踵を返した。
『霖劉と唐紅が一緒に捕まったのはざんねんだけど、切り替えるしかないわね。しばらく仕事場も変えなくちゃ。』
『次はどこにするんだ、モロ?』
『それはヒミツ。……クルミのお礼に忠告してあげるけど、あなた達もすぐに身を隠したほうが良いわね。』
モロと呼ばれた女は華やかにふふ、と笑うと一度だけ真面目な目をして声を潜めた。
『あの子、とってもお喋りでびっくりするくらいに口が軽いわよ。』
女はそれきり、密猟者たちを振り返らずに店を出ていった。
ミルクを煮詰めた色の髪の女が店を出ていって一刻も経たないほどだった。
完全に武装した物々しい雰囲気の集団がけたたましい音を立てて店に押し入ると、声たかだかにこう言った。
『我々はハンターズギルドから派遣された巡視隊だ。全員動くな。……ハンターであるものはギルドカードを提示しろ。』
霖劉・神無雨京が提供した情報でギルドはいくつもの密猟者たちの溜まり場を潰すことに成功したが、肝心の【劉】たちの捕縛はなかなか成果が上がっていなかった。
とある地方の巡視隊の宿舎の一角、こじんまりとした牢舎の中。
地べたに座り壁に薄っぺらい背中を預け、蹲るようにして浅い眠りを繰り返していた犯罪者の1人が、牢舎に近付いてくる足音に目を覚ました。
極限まで足音を減らした歩き方は、同業者にはよく解る。
「…霖劉。」
「……その様子だと、あの女も逃したんだねぇ。」
くぁ、と欠伸をひとつ溢して霖劉・神無雨京は牢舎の中でのっそりと立ち上がる。
長身痩躯のシルエットが枯れ木のようにゆらりと揺れて、牢舎を訪れたギルドナイトを少しだけ怯ませた。
「……捕縛した密猟者からは『モロー・ド・ホールは確かにここに居た』と証言を得ている。」
「だろうね。あの店はあの女のお気に入りの1つさ。……しかし逃したんなら、あの女は今後3年くらいは捕まらないよ。異常なほど警戒心が高い女だからねえ。」
牢舎の檻の柵越しに猫背気味の背を正してまっすぐと立ち、神無雨京は訪れたギルドナイトの目を雨雲のように暗い瞳で覗き込む。
「……さぁ、騎士様。次は俺に何が聞きたいんだい?脈震のジジイか、天変の跳ねっ返りか、それとも静寂のやつにする?」
雨京の口から出てくるのは揃いも揃って密猟者の中では大物過ぎる【劉】たちの名前ばかり。
ギルドナイトが血眼で探し回っても尻尾すら掴むことが出来ない密猟者の名が雨京の口から淀みなく告げられる。
雨京が出頭した当時、あまりにもスラスラと吐き出される密猟者たちの情報に『お前に仲間意識は無いのか』と詰問したところ、雨京はキョトンとした顔で。
『あいつらが仲間とは……騎士様も面白い事を言うね。……【獣】にあるのは仲間意識じゃなくて、縄張り意識だよ。』
カラカラと嗤いながら宣ったのは、いつの取り調べの時だったか。
にが虫を噛み潰したような心境を隠して、ギルドナイトは端的に雨京に告げた。
「……お前が我々に提供する情報に偽りはないと見て、学院側と我々ギルドナイツの意見を擦り合わせ、調整を行った。」
「…なんとまぁ、」
ギルドナイト側としては非常に不本意な結果になってしまった。
本来なら【劉】と言うだけで処刑に値する存在を、生かしておく事になるなんて。
それほどまでに霖劉・神無雨京がもたらす密猟者たちの情報には価値があった。
「じゃあ、今度はご奉公って寸法かい?」
「…………銀の英雄も気が触れている。」
「その意見にはおおむね同意するね。あの兄ちゃんは思考がぶっ飛んでる。」
檻の中の獣と雑談などしたくはなかったが、愚痴を零さずには居られなかった。
何せ、檻の中の霖劉を外に出して無償奉仕させろ、だなんてバカげた妄想を誰が思い付くだろうか。
『えっ、あの人暇なんですか?じゃあタダ働きさせたらいいですよ。僕のマイルーム貸しますね。』
銀の英雄の、子供の思い付きのような意見を押し通そうと後押ししたのが雨京の能力に目を付けた学院側だ。
何を馬鹿な、と切り捨てようとしたギルド側だったが、雨京の能力によってもたらされる密猟者たちの情報は今までギルドナイトが随所を駆けずり回っても手に入らないものばかりで。
雨京が情報を吐き出すたびに処刑の日程が伸びに伸びて、ついには霖劉が外に出るのを許可するまでに至ってしまった。
牢舎を訪れたギルドナイトは悔しさに塗れ、それを呑み込み苦い吐息を漏らしながら雨京に告げた。
「お前の身柄を銀の英雄が生活していた村、……ベルナ村へ移送する。異論はないな。」
そしてギルドナイトから渡される一振りの大太刀を雨京は役者のように恭しく受け取った。
「あぁ、異論はないよ。騎士様の仰せの通りに。」
第3話です。よろしくおねがいします。