月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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調書 1

 

 

神無雨京とは密猟者である。

 

その性質は極めて邪悪で、モンスターとの対峙は徹底的に避ける傾向にある。

しかしながら、人との対峙に於いては異常なほどの積極性を見せる狩人殺し──【劉】の1人であった。

 

今まで雨京が斬った人間は老若男女問わず、その職業の貴賤を問わない。

雨京自身が持つ武器は刃渡りが90cm程度の『対人用』の大太刀である。

 

 

長身痩躯で膂力はない為、ハンターが背負うような『太刀』などは扱えない。が、雨京自身が扱う大太刀は氷結晶から発生する『氷』の力を秘めていた。

 

ギルドからの取り調べに対して、雨京は大太刀の出所を知らなかった。

 

『さぁ……?こいつの出所は俺もよく知らないんだよ。……俺を連れてたじい様が、ある日戦利品の中から投げて寄越した一振り、と記憶しているね。』

 

 

育て親か、とギルドナイトが問うと雨京は全ての表情が抜け落ちたように、ここではない何処かを見ながら口を開いた。

 

『恐らくは、そう。……俺の記憶の始まりがそこからだから、じい様は俺を育てていたのでは無いかと推測する。』

 

【育て親は密猟者だったのか。】

 

『恐らくは、そう。……じい様は俺を小屋に置いて何処かへ出かけることが多かった。一度出かけると何週間かは戻らず、また戻ってきた時は随分と滴る血の匂いと……そうさな、武器を抱えてくることが多かったかな。』

 

【お前は攫われてきた被害者だったのか。】

 

『それについては否、と。……良くわからねぇじい様だったが、人攫いに興味があるタイプではなかったよ。何故だかは知らねぇが武器、防具にご執心だったね。』

 

【では、お前はどこから来たのか。】

 

『さてねぇ…?どこから来てどこへ行くとは…騎士様も青い質問するんだね。』

 

【……哲学的な話をするつもりはない。】

 

『おっと、そりゃ失礼。地図なんて上等なモンは持ってなかったが……北の方、とでも言っておこうかね。雪が深い地域だよ。』

 

 

 

そこで雨京は一度言葉を切ると、あ、と思い出したように声を上げた。

 

『そういや、俺と一緒に居た唐紅の身柄は………しばらくココから出さないほうが良いよ。』

 

雨京から自発的に発言をしたのはこれが初めてで、取り調べを受け持っていたギルドナイトは訝しんだ。

 

『それは何故だ?』

『…あの唐紅はヒトデナシとしては三流だが、……その代わり手先が器用だ。今、この檻から出したら欲しがる獣は大勢いるからね。』

 

至極他人事のように呟いて雨京は嗤う。

 

『……俺たちの扱う武具が、どうやって調達されているか騎士様は知っているかい?』

 

クカカ、と獣の鳴き声に近いそれは雨京の喉から漏れる笑い声で。

 

『……基本的には殺して奪う。自分に扱えなかったら売り払う。足が付きそうな奴はバラして素材として売りとばす。……ただ、武具をバラすのにも技術が要る。……唐紅は手先が器用だからね。今、放したら獣たちに食い荒らされて終わるねぇ。』

 

雨京が語るのはただの事実だということを取り調べを受け持つギルドナイトは痛いほどに分かってしまっていた。

 

『脈震のジジイに捕まるか、極点の奴に監禁されるか、幻夢の奴に洗脳されるか……まぁどのみち碌な結末にはならないね。特に騎士様たちにとってはね。』

 

雨京の意見する唐紅と言う密猟者の青年は【霖劉】の名に守られていたのだ。

 

『密猟者の加工屋とはな…。』

『ん、まぁそんなもんかね。』

 

そうして雨京は出された茶で唇を湿らし、姿勢を崩して頬杖を付いた。

 

『さぁ、騎士様。……次は何が聞きたい?』

 

 

 

 

霖劉・神無雨京を捕縛するに至ったのは1人の若いハンターの功績だった。

 

後に『銀の英雄』と呼ばれるようになる彼は、ベルナ村にて斬竜を制するなどの実力の持ち主で性質は善良である。

 

密猟者の事は知っていても【劉】の存在の事など全く知らない、ごく普通のハンターだ。

 

 

クエストに出ていた古代林で、運悪く雨京と遭遇してしまった彼は、一緒にクエストに赴いていた後輩ハンター2人を先に逃し自身は雨京と対峙した。

 

対人戦など一度もしたことのない彼は雨京の動きに合わせるように身体能力を飛躍させ、雨京の大太刀を叩き折るに至った。 

 

【君は何故逃げなかったのか。】

 

『何故…と言われましても。後輩ハンターを2人連れていましたから、彼女たちを先に逃がそうと思いました。……その後で僕も逃げるつもりだったんですが、まさかあんなに密猟者の人たちが潜んでるとは思わなかったんですよ。』

 

【…君は何故、片手剣を抜刀しなかったのか。】

 

『…僕の剣は人を守る剣です。人間相手には抜刀しません。』

 

彼は雨京との交戦で、装備していた片手剣を一度も抜刀しなかった。それが幸いだったのは、後に雨京が語った。

 

 

──もし、兄ちゃんが抜刀していたら、あの白くて無防備な首を刎ねていたと思う。

 

 

銀の英雄が生存特化の片手剣士だったこと。

銀の英雄に狩りを教えた人物が『密猟者とは対峙するな』とキツく言い聞かせていたこと。

そして他ならぬ雨京自身が銀の英雄に懐いてしまった事が、銀の英雄が生き延びた最大の要因だったと言える。

 

 

 

銀の英雄が霖劉・神無雨京を降した事で銀の英雄の立ち位置は非常に奇妙なものになった。

 

密猟者からは対人戦に特化した霖劉・雨京を制する事が出来る実力者だと警戒をされ、結果的に雨京の名が銀の英雄の身を守る防御壁になってしまったのは当人には知る由もないが。

 

 

 

では、神無雨京と銀の英雄の間になんらかの契約があったのか。ギルドナイトが2人の関係を疑うのも自然な流れではあった。

 

しかし、これには嗤いながら雨京が『否』と答える。

 

『たとえば俺から契約を持ちかけたとして、騎士様は頑固なあの兄ちゃんが首を縦に振ると思うかい?』

 

雨京からの至極まっとうな返答に、調書を取っていたギルドナイトも黙り込んでしまった。

何せ銀の英雄は、雨京を制圧する最後まで片手剣を抜刀することはなく、盾以外を使うことは無かったのだから。

 

『つくづくあの兄ちゃんが騎士様でなくて良かった、と思っているところさ。』

 

呆れたような雨京のため息は小さく。

 

『あんなしつけぇ好奇心と執念で追いかけ回されちゃたまんねぇし。太陽みてぇなキラキラの目ン玉で心の底まで覗こうとしてくる。』

 

雨京からの評価は、銀の英雄の本質を射ていた。

銀の英雄は誰から見ても、ごく普通の一般的なハンターである。

 

『俺らみてぇな暗い淀みに棲み着く獣にゃ、あの兄ちゃんは天敵にすぎるよ。』

 

善良でひたむきで献身的。

世に出る数多のハンターがそうであるように、銀の英雄もまた平凡なハンターの内の1人に過ぎなかった。

 

 

『まぁ、騎士様が俺の変わり身に驚いて、兄ちゃんの事を疑いたい気持ちも分かるがね。』

 

雨京は長い取り調べで少しばかり固まった身体を、椅子の背もたれに深く預ける。

 

『実の所、兄ちゃんに勧誘は持ちかけたさ。』

『…っ、……』

 

そして吐き出される内容にギルドナイトは驚きの声を漏らした。

 

『だってそうだろう?銀の目に銀の髪。若くて健康で善良で。見た目も悪くない、どこも欠けてない。……そんなお宝みてぇなハンターなら、とんでもない値打ちが付く。』

 

雨京は同意を求めるように銀の英雄の価値を並べたが、取り調べを受け持つギルドナイトは軽蔑の視線を持って返した。

 

『俺のツテで良いところに売って、幸せな生活を用意してやろうと思ったんだがね。……あっさり振られちまった。』

 

それでも雨京は構わずに、うっとりとした表情で続ける。

 

『安全で、なんの心配もない、優雅な暮らしは僕じゃない。だと。………熟考するまでもなく一蹴されたよ。』

 

瞬殺で振られたのは初めてだったよ、と雨京はカラカラとさも可笑しそうに嗤った。

 

『あとは騎士様も知る通り、俺が持っていた大太刀は兄ちゃんの盾に叩き折られて、空の主に襲われた所、兄ちゃんは俺を逃してくれたって訳だ。………この調書、3回目だけど騎士様はあと何回聞きたい?』

 

発言の食い違いを探るべく、雨京には何度も同じ調書が取られていたが、一貫して発言内容に矛盾した点は見られなかった。

 

取り調べを受け持つギルドナイトは、そこで一度区切りを付けることにした。

 






第4話です。よろしくおねがいします。
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