月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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調書 2

 

 

【劉】の名を持つ密猟者は須らくハンターを殺害している邪悪極まりない密猟者である。

 

その中でも【霖劉】の名を持つ神無雨京はギルドナイトからも特に目を付けられているヒトデナシであった。

 

雨京が殺してきたハンターは熟練の差異はあれど、皆、善良で優秀な心の優しいハンターである。

優しいからこそ、雨京を密猟者と思わずに手を差し伸べ、そして殺されている。

 

身に付けていた装備は剥ぎ取られ、売りに出される。その為だけに。

 

雨京の殺しに共通するパターンなどはなく、ギルドナイツはこれを捕まえるまでに大変な辛酸を舐めさせられた。ギルドナイト側は雨京を捕縛後、速やかに処刑するつもりだった。

 

 

 

霖劉・神無雨京を捕まえるに至ったのは銀の英雄と呼ばれる若いハンターの功績だった。

 

善良で優秀なハンターである彼は、こう言った。

 

『雨京の事は【人間】扱いしてください。』

 

ギルドナイトの中でも幾人もの同胞が霖劉に喰われて命を落としている。その言葉を聞いたギルドナイトはこみ上げる怒りを抑えて銀の英雄に尋ねた。

 

『……君は奴が【人】だとでも言いたいのか。』

 

怒りに震える拳を抑えて、怒気を放つギルドナイトに怯まず銀の英雄は優しい目をして言葉を続けた。

 

『……貴方たちが雨京の事を【獣】だとするならば、獣のプライドをへし折るのは【人間】らしくふるまえ、と言う躾です。』

 

かくして銀の英雄は『雨京へ渡してください』と一振りの大太刀をギルドナイトに手渡した。

 

『……これを奴に渡す理由が聞きたい。』

『彼の大太刀を叩き折ったの、僕ですし。』

『奴にこれを渡すことが、どれほど危険な事になるのかを君は分かって言っているのか。』

 

今にも剣を抜きそうなギルドナイトの剣幕も、まるで意に介していないように銀の英雄はいつもと変わらない笑みで穏やかに説いた。

 

『雨京が檻から出ないのなら、それを渡す必要は無いですよ。』

 

ですけど、と銀の英雄は続ける。

 

『彼がもし、檻から出て僕の言うとおりに無償奉仕に従事するというのであれば、護身用くらいは必要かなと思いまして。』

 

危険な【劉】である神無雨京を檻から出すとは到底思えなかったギルドナイトは、銀の英雄からの言葉を鼻で笑って侮蔑を持って切り捨てれば良かった。

 

──奴が檻から出て陽の目を見る日はもう来ない。

 

 

銀の英雄に対して、そう断言してしまえば良かった。

けれど、銀の英雄の目はギルドナイトの目を真っ直ぐに覗き込んでいて。

 

『……君は…何故、あの獣を信じることができるのだ。』

『僕が信じているのは、生き物としての美学でしょうか。……あの人は人として駄目な人ですが、』

 

そして銀の英雄は花開くように微笑んだ。

 

『獣としての美学はあると思います。』

 

ギルドナイトは銀の英雄の微笑みに闘争心の毒気を抜かれて、ほんの僅かの間、見惚れてしまった。

 

『もし、雨京が僕から渡したその刀を持ち逃げするようなら僕が代わりに処刑を受ける、と雨京に伝えてみてください。』

 

きっと彼は嫌がりますよ、とささいな悪戯を思い付いた少年のような笑顔で銀の英雄は大太刀の包みを指さした。

 

 

 

 

銀の英雄が霖劉・神無雨京の代わりに処刑を受けるなど、ギルドナイツとしては冗談だとしてもあってはならない事例だった。

 

銀の英雄から大太刀を受け取ったギルドナイトは、それを秘密裏に処分して何事もなかったかのように見せかける事も出来た。

 

けれども。

銀の英雄の、心の底まで見透かすような銀色の目が『この大太刀は確実に雨京へと届けられる』とギルドナイトの事をすっかりと信じ切っているのが分かってしまった。

 

 

結局は銀の英雄の思惑通り、一振りの大太刀は神無雨京が外に出て無償奉仕に従事する際、護身用として与えられる事となる。

 

その事を檻の中で退屈そうにしている雨京へ告げると、雨京は一度眉間にシワを寄せた後、肩をすくめて首を振った。

 

『あの兄ちゃんの考えにゃ到底付いて行けねえな…。』

 

全く以て同感だった。犯罪者と同意見なのは癪だったが、雨京が同じ考えを持っていたことにギルドナイトは一匙の安堵を覚えた。

 

小さく息を吐き出し、ギルドナイトは銀の英雄から言われたことをそのまま続けて雨京に告げる。

 

 

もし、その大太刀を持ち逃げするようであるならば、密猟者・霖劉の代わりに銀の英雄が処刑を受ける事も。

 

ギルドナイトが言葉を紡いだ途端、足元から底冷えするような凄絶な殺意が雨京から漏れだした。

 

『…っ、……霖劉…』

『…あ?……あぁ、…悪いね、騎士様。……ちょいと腹が立っちまった。』

 

腹が立った、と雨京は言った。

今までギルドナイトからの過酷な取り調べで、拷問に近い扱いを受けてもヘラヘラとして顔色1つ変えなかった、この男が。

 

雨京はギルドナイトからの言葉に、にが虫をじっくりと30回ほど噛み潰したような顔をして、

 

『……その大太刀を貰ったとしても、…俺は逃げたりしないよ。』

 

ぽつりと言ったきり、その日は黙り込んでしまった。

 

 

そうして雨京の調書を取り終えたギルドナイツは、神無雨京という密猟者の命を摘み取って、一連の事態の終息を図ろうとした。

 

この男が檻から出る必要はない。

銀の英雄が贈った大太刀はせめてもの手向けとして、墓標にでもしてやろう。

 

 

速やかに行われる筈だった神無雨京の処刑は目前にして、学院側から『待て』がかけられた。

 

理由は『神無雨京の特異体質、及び持ちうる膨大な情報量』

 

神無雨京という男は、見たものをそのまま全て記憶する『写実眼』の持ち主だった。

ギルドナイトがこれを問うと雨京は『是』と返答をした。

 

 

かくして雨京への取り調べ期間は伸びた。

記憶の中の密猟者の情報を全て吐き出させるために、ギルドナイツが書記隊を3人ほど雇ったが、雨京の吐き出す情報の量と速度に耐え切れずに倒れていった。

 

 

それでも雨京が吐き出した密猟の情報は雨京が記憶している全体の半分にも満たないと言う。

驚異的なのは、それを何かに書き留めることなく諳んじる事の出来る雨京の記憶力だった。

 

雨京はギルドナイツへ非常に協力的だった。

何かしらの思惑があることを訝しんだギルドナイトが詰問すれば、雨京はさも可笑しそうに嗤った。

 

『なに、俺が騎士様に協力するのはあの兄ちゃんがそれを望むだろうからさ。特に気にすることはないよ。……さあ、騎士様。何から聞きたい?』

 

雨京が大人しくギルドナイトへ情報を吐き出し協力するたびに、検挙される密猟者の集団が多くなって行った。

 

【劉】の名を持つ密猟者だけはなかなか尻尾を掴む事が難しかったが、今まではその名前すら眉唾物だと思われていた【劉】の存在が、確実に居ると分かっただけでもギルドナイトにとっては大きな進展だった。

 

 

 

密猟者・神無雨京を捕縛するに至った銀の英雄は近く、新大陸に発つことが決まっている。

 

探索力と生存力に優れたハンターである銀の英雄にギルドから声がかかることは予想に容易く、出発の日は目前に迫っていた。

 

 

それと同時に、神無雨京もギルドナイツへの情報提供の貢献が認められて、ベルナ村への移送が決まった。

 

流石に【劉】の名を持つ危険な元密猟者を野放しには出来ない為、巡視隊に籍をおいたハンターを村に常駐させて雨京を監視させることとなるが。

 

 

 

『それじゃあ雨京。僕は新大陸に発つので、ベルナ村をよろしくお願いしますね。』

『本当にぶっ飛んでるね、兄ちゃん。……普通は殺そうとしてきた奴に住んでた村を任せたりしないもんだぜ?』

 

新大陸に発つほんの少し前、銀の英雄は雨京に面会を申し入れた。

 

『あはは、【普通】だなんてつまらないじゃないですか。……僕は好奇心の下僕なんですよ。』

『ああ、はいはい。兄ちゃんにゃ敵わねぇな。……良いぜ、行ってきなよ【アイアンハート】……世界の果てまで行ったって、誰もお前さんの好奇心を満たせない。』

 

 

差し障りのない雑談の、そんなやり取りがあったとか。

 

 

 

 

 

 





第5話です。よろしくおねがいします。
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