月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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尊厳の番人:夢

 

 

 

コハクを筆頭とした巡視隊のハンターたちが街へ帰還した、次の日の早朝。

 

遠征帰りの疲れもそこそこに、ぼんやりとした眠気を抱えながらコハクが巡視隊の隊舎に顔を出すと、入口付近に一人のハンターが所在なく佇んでいた。

 

肌の色は褐色で豊満で魅力的であろう肢体には、傷を覆う真新しい包帯が巻かれている。

コハクが彼女をハンターと断じたのは、身に付けた装備からだった。

 

隊舎前に佇む彼女の装備は、所々が傷付き汚れていた。

 

コハクは褐色の肌の、整った顔立ちの赤い目とバチリと目が合ってしまった。

 

「……何か、ご用ですか?」

「……、……あの、……その、…」

 

コハクがそう尋ねてみれば、女性は酷く躊躇ったように瞳を泳がせて、やがて意を決して拳を胸の前で握り締めた。

 

「……ここに、その………シルヴィアの、武器があるって、聞いて……」

 

女性の瞳の色は悲しみに満ちていて、コハクはすぐに勘付いた。

 

「………ご遺族の方でしょうか?」

「いいえ。……私は、……、旧砂漠のドスゲネポス狩猟クエストで、仲間を死なせた、………その時のクエストリーダーです。」

 

 

 

目に涙を堪えた女性ハンターはイリアと名乗った。

 

何故ドスゲネポスの狩猟クエストを受けたのか、と聞いてみたらコハクたちが予想した通り、ドスゲネポスと言うターゲットに対して報酬金の旨味があったからだと言った。

 

 

「普通のドスゲネポスの群れを1つ狩るだけで、破格の報酬金がたやすく手に入る……。仲間たちと『こういうクエストばっかりだと楽で良い。』なんて笑っていました……。」

 

コハクはイリアを隊舎の中に招き入れ、中庭までを案内した。長い通路を抜けた先、扉を1枚くぐると柔らかな下生えが緑の匂いを運んでくる。

 

「はぐれのドスゲネポスしかいない群れだと知っていたなら、もっと入念に対策を取ったはずでした…。」

 

イリアの懺悔のような独白を聞きながら柔らかな下生えを踏みしめて中庭を抜けると、巡視隊の中では特別な場所として一般人には開放されていない場所に出る。

広い空間が開けた場所の、そこは墓地だった。

 

「……実は旧砂漠から帰ってきたばかりで…。ええと、シルヴィアさんの武器種はなんですか?」

「……シルヴィアは、…双剣を。」

 

イリアが求めるのは仲間が使っていた双剣だという。墓地の片隅に竜車から降ろされていた荷物の中、コハクは一つ一つ包みを検分すると目当てのものを探し出した。

 

だが、そこで躊躇する。

コハクは持って帰ったばかりの、回収して洗浄も未だしていない双剣をイリアにそのまま差し出すことを迷った。

ちらりとイリアを横目で伺い、涙を滲ませた赤い目とまた目があった。

 

「……我々が回収した双剣はこちらです。どうぞ、ご査収ください。」

「……………はい。」

 

迷った末に、イリアの手に委ねることにした。

二振りで一対の双剣をイリアに手渡すと、イリアは酷く緊張した面持ちで布の包みをゆっくりと解いた。

 

ぱらり、と包みから顔を覗かせた双剣は死力を尽くした激闘の末、所々が刃こぼれし、柄までが乾いた血でべっとりと汚れていた。その鮮烈な赤い血の色を前にして、イリアはついに堪えていた涙を溢し、膝から崩れ落ちた。

 

ぽたり、ぽたりと大粒の涙がイリアの褐色の頬を伝って、墓地の柔らかな下生えに吸い込まれていく。

 

「……っ、……!…シル、ヴィア……っ……ごめん、……ごめんね……!」

 

シルヴィアと呼ばれるハンターがイリアの中でどんな存在だったのかをコハクは知らない。

だから、仲間を失った後悔と悲しみで膝を折る女性ハンターに、かける言葉を見つけられないでいた。

 

 

 

 

イリアの鼻をすする音に所在なくしていたコハクだったが、やがてポーチからハンカチを取り出すと、イリアと目線と合わせるようにしゃがみ込み、差し出した。

 

「………どうぞ。」

「……、…ありがとうございます…。」

 

ハンカチと言うよりは、遠征から帰ってきたまま整理していないアイテムポーチの底にしまい込んである止血用の当て布なのだが、ハンカチらしく畳んでから差し出したのでハンカチで間違いない。

 

イリアはハンカチで涙を拭うと、鼻を鳴らして双剣をぎゅっと胸に抱きしめてコハクに尋ねた。

 

「……あの、…この双剣を私が引き取ることって、可能ですか…?」

 

イリアからの申し出にコハクは少し面食らったが、意を決したイリアの目にややゆっくりと頷いて見せる。

 

「……書いてもらう書類はありますが、問題は無いです。……ただ、その、大丈夫ですか…?」

 

コハクの心配は最もだった。

パーティでただ1人生き残ってしまったクエストリーダーの心痛は計り知れない。

 

それでも、イリアはまだ涙の乾いていない目尻を擦り、無理矢理にでも笑ってみせた。

 

「ええ。……これが私の、……生き残った私の責任だと思いますから。」

 

拳が白くなるほどに双剣をキツく握り締めて、イリアは次から次へと流れ落ちてくる涙を拭いつつ笑顔を作る。

 

「ただ1人生き残ったのが悲しくてハンターを辞めたんじゃ………シルヴィアに、……仲間たちに怒られてしまいますから。」

「………そうですか。」

 

その決意に対して、コハクはイリアに敬意を表して微笑んだ。

 

「……………そうですね。」

 

 

 

 

 

その日の巡視隊の書類仕事を片付けて夕暮れ時。

 

霖劉・神無雨京の護送の日が間もなくに迫っていたコハクは、夕食を宿舎外の街の飲食店で済ませていた。

 

ごちそうさまでした、と店主に声をかけてコハクは帰路につく。

街の雑踏を慣れた足取りで歩き抜けるのも、今日からはしばらくお別れだと思うと名残惜しくコハクはできるだけゆっくりと街並に身を浸した。

 

 

没したハンターの双剣は仲間に引き取られたが、残りの引き取り手のいない武器は加工屋で一度分解されて素材まで戻される。

 

素材まで戻すのは我々の気持ちの問題ではあるが、武器が背負った業を雪げば、素材からまた新たな武器となりギルド経由で店に降ろされる事もある。

 

主人を守れなかった業を雪いで、新たな道を歩むのだ。

 

我々は尊厳の番人である。

 

 

……けれど、果たして本当に後輩に背負わせて良いのだろうか。コハクの悩みのタネはそこだった。

 

今日訪れたハンターはたまたま善良で愛に溢れたハンターだったが、中にはそうでないものもいる。

尊厳の番人となるには、無辜の民たちに心を砕く優しい心根の後輩には少し荷が勝ちすぎる案件だと思っていた。

 

(……ま、俺1人で考えた所でどうしようもないんだけど。)

 

 

 

 

 

思案が重くなり、街の露店の前で足を止めてしまっていたようで、コハクは店主から声をかけられた。

 

「なんだ兄ちゃん悩み事か?当ててやろうか?ズバリ、女の事だろう!?」

「や、違うよ。」

 

店主からの軽薄な指摘を即行で否定してコハクは再び歩きだそうとした。

その目の端にちらりと気になる物が引っかかる。

 

「…ん?」

 

ハンドメイドの露店を広げる店主はコハクのつれない態度に唇を尖らせていたが、商品に注がれる視線に気が付いて、商魂逞しくすぐに笑顔に切り替えた。

 

「おっと、兄ちゃんお目が高いね!」

「買わねえぞ。」

「まーまー、聞きなよ兄ちゃん。コイツは人魚の涙さ。」

 

店主はコハクが目を留めた商品を手に取ると、よく見えるように掲げて朗々と説明を始める。

 

「人魚の涙と言っちゃあいるが、産出地は密林近くの鉱山でね。タンジア港でだってなかなかお目にかかれない代物だよ。」

 

銀色の台座に青い石が嵌め込まれた髪留めが露店のランプに照らされて鈍く光る。

 

「青琥珀って言ってな。樹脂が長い年月をかけて化石になったもんだから、身に付けてもすんげー軽いのよ。」

「へぇ……。」

「心の安心感を増やす上に希少性からも女への贈り物にぴったりさ!どう?兄ちゃん、お安くしとくよ!?」

 

食い気味に身を乗り出す露店の店主に若干引きつつ、ここで断れば『客を逃がすか』と熱意のある店主の長話に突き合わされそうで、コハクは髪留め──バレッタを手に取った。

 

 

 

青い色に引き込まれ、半ば勢いで髪留めを買ってしまったコハクは今更に猛烈な羞恥に襲われていた。

 

「あーあ……もう……なんて言って渡せばいいやら…。」

 

ヤチルに渡すつもりで買った。間違いはない。いつも懸命に働く後輩にご褒美として渡せば良い。それは分かってる。

 

問題は。

自分の名前がついた髪留めを渡して、後輩がどう思うかに尽きる。

 

大事な仕事を控えていて、自分はなんとも呑気な物だなとコハクは自嘲した。

 

(ま、仕事が終わったあとにでも渡せばいいか。)

 

今は霖劉護送の準備に取りかかる方が大切だ。

考えながら帰路に付き、巡視隊の宿舎まで辿り着いたコハクの前にひらりと花弁が舞い落ちる。

 

「ん。」

 

コハクが視線を上げるとそこには、巡視隊の宿舎の片隅に植えられた桜が満開に咲き誇っていた──。

 





第8話です。よろしくおねがいします。
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