月なきみそらの獣たち   作:みのひつじ

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獣たちの宴

 

 

 

霖劉・神無雨京が檻から出てくる──

 

 

その情報を掴んだ密猟者たちは、地図には載らないアンダーグラウンドの酒場で密やかに沸き立った。

 

【劉】の名を持つ密猟者が生きたまま檻から出てくる事例は極めて珍しい。大抵の【劉】たちは、その危険度の高さから捕縛後は速やかに処刑されることがほとんどだ。

 

けれどギルドナイトに出頭した雨京は闇に生きる同胞たちの情報を売り飛ばし、生き延びた。

 

安全な檻の中からでも煮え湯を飲ませてくる雨京に、酒場に寄り合う密猟者たちのフラストレーションは最高潮に達していた。

 

『雨京の奴、ついに檻から出てくるんだとよ。』

『しかも護衛付きだって?いいご身分だよな。』

 

雨京がギルドナイトへ売った情報でいくつもの同胞たちが捕まり、いくつもの拠点が明るみに出て潰された。

 

雨京の行動は密猟者たちに恨みの火を確実に灯して。

 

 

『アイツのせいで仲間がギルドナイトにとっ捕まったんだ。それ相応のお礼はさせてもらわないとな。』

『こっちも縄張り荒されててよ。腕の1本や2本じゃ釣り合わねえよな。』

 

これでようやく雨京を殺せるのだ、と。密猟者たちは恨みを募らせ気炎を吐く。

 

けれど、密猟者たちは大きな問題にぶつかった。

 

 

──誰が雨京を殺せるのか。

 

 

霖劉と呼ばれている雨京は、極度に対人戦に特化した密猟者だ。【劉】には同じく【劉】でないと太刀打ち出来ない。

ましてや神無雨京と言う【劉】は人の肉を斬る事に異常なほど快楽を覚える密猟者だった。

 

生半可な密猟者では返り討ちにあうのが容易く目に見えていた。

 

 

『……出来もしねぇ空言ばっか吠えやがって。』

 

地図には載らないアンダーグラウンドな酒場の片隅で、しわがれた声が吐き捨てる。

そこには右腕が義手の壮年の密猟者が、琥珀色の液体が入ったグラスを傾けていた。

 

『……てめぇら程度が束になった所で、あのガキが素直にくたばるもんかよ。』

 

酒場に集まった密猟者たちを小馬鹿にして、愉快そうに嗤った壮年の密猟者はグラスの縁をちびりと舐める。

 

『……てめぇらが出来るのはせいぜいシノギを上げる事くらいだ。……分かったら大人しく仕事に励めよ、クソガキどもが。』

 

くつくつと喉の奥で低く嗤う壮年は、この酒場の支配者だった。

ハンターズギルドから与えられた名は【脈震劉】

 

アンダーグラウンドの中では古くから生きている老獪な曲者だった。

 

 

『……伯父貴。』

 

密猟者の内の1人が雨京に対するヘイトを溜め込み、怒りの臨界点を越えて立ち上がる。

 

『…アンタだって雨京の奴には腸煮えくり返ってるだろう?……なんだってこんなシケた酒場で酒を啜ってるんだよ…』

 

脈震劉に向かってズカズカと大股で間合いを詰めた密猟者は激昂し、脈震劉の座るテーブルの上に拳を叩きつけた。

 

『それとも何か?アンタは!アンタの右腕を斬り落とした雨京の奴に怖気づいたとでも言うの、がっ!?』

 

 

テーブルに叩きつけられた拳の衝撃でグラスが揺れると同時に、密猟者は正面からの突然の衝撃に吹き飛んだ。

 

文字通り、吹き飛んだ。

酒場の端まで吹き飛んだ密猟者は白目を向いて鼻血を垂らし、意識を落として痙攣をしていた。

 

正面にいたのは脈震劉で、その義手の右手の甲の中はぽっかりと空洞が顔を覗かせていた。

 

『あぁ、……空砲だったか。弾ぁ、込め忘れてたな。』

 

脈震劉の義手は砲身だ。

仕事に於ける平素ならモンスターや『外敵』を撃退する為に弾を込めてある。

 

雨京に右腕を盗られた後に、新しい腕として当時の最新技術をふんだんに詰め込み愛用している。

 

『運が良かったなぁ、ボウズ。……次ぁちゃんと弾込めといてやるからよ。また今度、今の言葉の続きを聞かせてくれや。』

 

それきり興味を無くしたように右腕の義手の砲口を閉じると脈震劉はまたグラスの中の酒をちびりと舐める。

 

 

『きっと聞こえてないよ、親爺。』

 

一連の過程で酒場の端まで吹き飛んだ密猟者を眺めて、さも面白そうに軽薄な声が上がった。

 

そこに居たのは平凡な密猟者の1人で、特に印象に残らない【劉】だった。

 

存在感が異常なほどに希薄な【劉】は、脈震劉が作り出した緊迫した空気の中で1人スッと手を挙げる。

 

『雨京の奴をヤるならさ、俺、一番手行きたいんだけど。いいよね?』

 

いいでしょ?と脈震劉に問う形ではあるが、形式的なものであるのは誰の目から見ても明らかだ。

幻のような存在感を纏う【劉】の、その瞳だけが殺意に爛々と輝いていたのだから。

 

『前々から邪魔だったんだよねぇ、アイツの写実眼。俺の事も『記憶』されちゃっててさ。』

 

腰元の鞘から小太刀を引き抜き、薄暗い酒場の照明に刃を照らす。

刃こぼれが無い事を入念に確かめて、【劉】は薄く嗤った。

 

『アイツの目玉をえぐり出して、新しいアジトのインテリアにでもしようかな。……親爺への土産は……雨京の右腕でいい?』

『けっ、……ナマ言ってんじゃねえよ、クソガキ。いっぺん雨京のガキに殺されておけ。』

 

脈震劉はそこで会話を終わらせる。

酒場の支配者からの静止が無い以上、それは【劉】への『許可』と同義だった。

 

 

『んじゃあ、行ってきます。と、』

 

自前の小太刀を鞘に納め、踵を返す瞬間に【劉】はふと酒場の隅で盃を傾けている同種に気まぐれに声をかけてみる。

 

『……ね、極点。アンタも一緒に行く?』

『……何故。』

 

海を縄張りとする劉の一種、極点劉は日に焼けた褐色の肌の精悍な顔つきで【劉】をジロリと睨み付けた。

 

『アンタだって雨京の奴を生かしておいたら今後は面倒いじゃん?』

『……その意見には概ね同意するが、今、雨京と事を構える方が面倒だ。デメリットの方がデカい。オレは採算の釣り合わない仕事はしない。』

『なぁんだ、……アンタもビビりか。劉の名、返上したほうが良いんじゃない?』

 

【劉】のからかい混じりの安い挑発に、極点劉と呼ばれた青年はそこで初めてクスリと嗤った。

 

『……オレは海賊。わざわざ沈むと分かっている船には乗らない。』

 

あからさまに見下した態度で、極点劉はテーブルの上の盃に手酌をする。その視線はもはや【劉】を捉えては居なかった。

 

『……ぁあ?……アンタ、俺が沈むとでも思ってんのかよ…?』

 

挑発を挑発で返された【劉】は怒りをあらわにする。仕事の為に酒場を出ようとした足は極点劉に詰め寄ろうとして、

 

『うるせえぞ、クソガキども。誰の『家』で騒いでると思ってんだ?ぁあ?』

 

騒がしくなりそうな気配に痺れを切らした脈震劉が地を這う声で一喝した。

 

『雨京のガキを殺りにいかねえんなら、大人しく歯ぁ磨いてクソして寝てろ、クソガキ。』

『…チッ……分かったよ。親爺。』

 

挑発されて漏れ出た殺意もすぐに幻の中に仕舞い込み、【劉】は仕事の顔付きになる。

印象にも残らない、存在感もない、足音すらない【劉】

 

ハンターズギルドから与えられた名は【幻夢劉】

 

誰の記憶にすら残らない幻の劉の天敵こそが、全てを記憶する写実眼の持ち主である霖劉・神無雨京だった。───

 

 

 

 

そして霖劉・神無雨京の護送当日の朝がやってくる。

 

巡視隊の宿舎の自室で朝早くに目を覚ましたヤチルは、桜色の髪に櫛を通し、身だしなみを整える。

 

大事な仕事の前にはきちんと支度を整える事。

常に平常心を保ち、仕事に当たることによって最効率の成果が出せる……巡視隊の先輩であるコハクがヤチルに教えてくれた事の1つだ。

 

『いいか、ヤチル。平常心だぞ。』

 

巡視隊に入って初めての仕事に出たときに言われた当たり前の言葉は、今でもヤチルの大切な教えだった。

 

(……平常心。大丈夫。)

 

二振り一対の警棒の損傷を確かめる。

材質は木で出来ているそれは、ユクモ村で有名な堅木を芯材として作られている。

 

鉄にすら勝る硬度のそれは銀の英雄が霖劉に護身用として与えた大太刀が名刀だとしても、引けは取らない筈だ。

 

(……大丈夫。私は、巡視隊の一番槍。)

 

ヤチルは警棒を両腰に提げて、自室を後にした。

 

 

 






第9話です。よろしくおねがいします。
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