メタメタバースデイ   作:くにむらせいじ

1 / 4
 
 まえがき

 くにむらせいじです。

 このおはなしは、別の作品『小女の異常な食癖 またはアタシは如何にして』の設定を流用しています。あれよりも前の時代です。
 本作に登場する『なみみ』さん は、『しずかなのけもの』の『なみみ』さん とは別人です。

 前後編 です。第3話にあたる『あとがき・設定』に、本作の設定の解説があります。
 横書きです。PC版の見た目を意識して書いています。
 マウスオーバーで脚注が出ますが、ウィンドウの幅によっては右にはみ出して切れます。
 ウィンドウをディスプレイの幅いっぱいに広げるか、文の幅ギリギリまで狭めるかすれば、全部見えるはずです。
 


メタメタバースデイ 前編

 

 

 

ア イ マ イ な モ ノ が 、い ち ば ん 心 地 良 い ん だ よ 。

 

―――― ショクノー ・ チャン   

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 椅子に座って、目を閉じて、ゆーっくり深呼吸して、リラーックス。

 

 脳とネットが再接続する瞬間、五感がビリっと響く。ちょっと痛い。 *1

 

 頭の中に、カラダを脱ぎ捨てるイメージを描く。

 

 ココロがむき出しになって、全裸より恥ずかしい。

 もちろん、この傷は誰にも見せないよ。

 

 四次元CAD(キャド)のレイヤーのように、ココロを非表示にした。

 

 

 

 

 

メ タ メ タ バ ー ス デ イ

 

 

 

 

 

 BrS(ブレス)をお掃除したら、まわりが青空に戻っちゃった。*2

 

 背景は、シンプルなピンクのグラデーションにしよう。そこにハートをいっぱい浮かべて……恥ずかしいからやめよう。背景は共有(シェア)しないけどね。

 

 

  9 V (ナインヴィ) *3 で、斜垢(ななめアカ)を選んで、『鍵』を想像する。

 あたしの鍵、『シナモン香る、焼きたてのアップルパイ』を思い浮かべて……ログイン。 *4

 

 まず名古屋空港へ向かう。東京からショートカットを使って、10秒ほど処理待ち。空港の展望デッキから、空の上の公園へジャンプ。公園の池のほとりのベンチに、大きな猫のぬいぐるみがいる。その背中をなでると、『ヤマネコCL(クラスタ)/JA』に入室できる。

 

 『VR不要論者』に小馬鹿にされそうな謎システムだ。あたしは、こういう無駄な労力もおもしろいって思うけどね。

 

 見えている人だけで20人ほどいた。最近は、ほとんどの人がシンプルなアイコンを使っている。手の込んだ肉を着ている人は絶滅危惧種だ。 *5 今日は本職の人*6 がいないね。残念。

 

 ここは、ヤマネコが好きな人達の、小さなコミュニティー。会話はほとんどが自動翻訳の雑談。 *7 小難しい学術的な話は滅多になくて、ゆるゆるとお話しするだけの集まりなんだ。

 

か な  「岐阜でニホンカワウソが目撃されたって!」

 おなじみの高音ロリボイス。

 いやいや、ヤマネコの話をしようよ。ものすごく気になるニュースだけどさ。

 今かわいい声でしゃべった、落書きっぽい猫のアイコンは、明るくて天真爛漫な女の子の かなちゃん。この中では最年少クラスだ。中身がおじさんの可能性もあるけどね。

 ここの人達はおおらかで、話がそれても怒らない……と思ったら、ピリっと熱を感じた。誰かイラついてるね……。 *8

 

OYUO(おゆお) 「かなちゃん、それは向こうで話してね」

か な  「はーい」

 OYUO(おゆお)さんが、『ニホンカワウソCL』へのリンクを呼び出し、宙に浮く指差しマークで指示した。この人はちょっと怖いけど、いい感じに整理してくれる。

か な  「みんな ばいばいね! あいるびー、ばーっくっ!」

 かなちゃんが、アニメ声の捨てゼリフとともに退室して、猫のアイコンが消えた。

 

 空中にペンが現れて、三次元空間を飛び回り、サッサッサッ、と、筆っぽい強弱のある三次元曲線を何本も引いていった。描いているのは誰かな?

 『曲線』の間を塗りつぶすと、『曲面』ができる。曲面が整ってまとまり、ネコの姿になっていった。このタッチは常連の絵描きさんだ。 *9

 いつものクイズだね。 *10 これは……。

 

あたし 「イリ……」

ロ ブ 「イリオモテヤマネコゥッ!!」

 ロブさんに勢いで負けたぁ! 誰か早押しボタン作ってよ……。

 

 

 しばらくすると、三次元のイラストが完成した。味がある絵だね。デフォルメかわいい。

 

 正解は……

 

 イラストの上に 『 リ ビ ア ヤ マ ネ コ 』 という手書き文字が浮かんだ。

 

あたし   「違いが分からない……この子普通のキジトラみたいだよ?」

カウエン*11「リビアヤマネコは、イエネコの祖先ですから」

 リビアヤマネコの絵が動き出し、美しいフォームで、ぴょいっ とジャンプして、消えた。

 

 リビアヤマネコが消えるのと同時に、ぽわっ と 音がした。

 

 お部屋のすみっこに、初期設定の地味なアイコンが現れた。名前は、『なみみ』さん。

 ここの常連じゃないね。間違えて入っちゃったのかな?

 

あたし 「こんばんは。あたしは……あたし。えっと、なみみさん、ここは初めて?」

 

 

 1分ほどの沈黙があった。

 

 

 気まずい……どうしよ……言葉も絵も音も返って来ないよ……。

 

あたし 「あのあの……なみみさん?」

 

 他の人達は、なみみさんに気を止めず、ガヤガヤ雑談していた。誰もこの人に気づかないの?

 通話が切れてるのかな?

 なみみさんを『感覚交換(エスコナ) 送受信許可リスト』に加えて、セキュリティレベルを『最高』から『中程度』に下げた。 *12

 

 プツッ、と、なみみさんとあたしのココロがつながった。この瞬間好き。

 

 なみみさん、お花みたいな良い香りがする。ひかえめで上品なアクセサリーだ。

 

あたし 「その香り、かわいいですね」

 

 つんつん、っと、頬を触られた。

 でも、触れてくる手も指もない。それどころか、カーソルさえ見えない。あたしも姿を持たないから、感覚だけの接触だった。アプリで頬を指定して、感触をあたしの脳に飛ばしたのだろう。感覚交換(エスコナ)の一種だ。でも、こういうことすると怒られるよ。あたしは気にしないけどさ。

 

 つんつん、とん、つん……つんつんつんつん……って

あたし 「モールス!?」

 あたしモールス符号なんて分からないよ!

 

なみみ 「ちがう、ちがうよ」

 ぼそっとした声と、ビターチョコレートの香りがした。魅力的な声でびっくりした。低めだけど子供のように愛らしくて、大さじ一杯ほどの色気が混ざっていた。香りにピッタリの、チョコレートみたいな声だなーって思った。

 

なみみ 「おはなし……」

 本のインクのにおいと同時に、頭をやさしく なでなで された。指使い上手……手も腕もないのに なでなで が気持ちいいって、ちょっと不思議。

 

 なみみさんって、ボディータッチや、においで会話するのかな? 高等技術(テケナロジン)だね……。

 

 周りの人達は、相変わらずこっちに気を止めず雑談していた。海外の動物保護区で撮られた『カナダオオヤマネコの変顔』で、盛り上がっているみたい。

 

あたし 「ここ、ノイズがすごいから、ゆっくりお話しできないね」

 

 10秒ほどの間があった。いまどき遅延?

 

 なみみさんが、あったかいメッセージをくれた。

あたし 「わ……なにこれ?」

 

 あたしはちょっとドキッとした。

 

 スケジュールデータのかけらと、テーブルを挟んで向かい合っている、ふたりの女の子のシルエット。ピクトグラムみたい。 *13 ふたりの間にハートマークが浮かんでいた。そこに、ちょっと高級なコーヒーの香りが添えてあった。

 『あしたの晩、ふたりで仲良く お茶しましょう』というメッセージだ。

 

 なみみさん、こういうの “コイブミ” って言うんだよ? 無防備というか天然というか……。 *14

 まあいいや。誘われちゃったし。

 

 

あたし 「おっけーだよ、なみみさん。またつながろうね」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 翌日の夜。

 

 なみみさんが指定した時間に、ふたりだけでつながった。なみみさんの希望でダイレクト通話 *15 にした。フリースペースは広告が繁り放題でうるさいからね。 *16

 

 緑の草のにおいと、肩が突っ張る感覚が伝わってくる。なみみさん、緊張してるみたい。

あたし 「お話しするだけだから、自己紹介なんていらないよ」

 自己紹介が苦手で固くなっちゃう人もいるよね。あたしも苦手だからよく分かるよ。 *17

 なみみさんへ、頭をやさしくぽんぽんっと叩く感覚を送った。

なみみ 「……んふ……んゅうぅ……」

 指先に、ふわっと軽い快感が返ってきた。なみみさん、なんか予想以上にカンジてる?

 

 なみみさんが、コーヒーとお料理をくれた。何の迷いもなく受け取ったけど、なんだろうこれ? 丸っこくて白い棒? アイスキャンディーのような、アメリカンドッグを白くしたような……。湯気出てるし、バニラの香りだし……。

 謎の棒の表面を、白いしずくが流れた。

 うわぁ! とけてるよ!

 あわてて、棒の根本を吸うようになめた。しずくが落ちないように。

 

あたし 「あっふ!!」

 焼きたてのフランクフルト並みに熱いけど、味と舌ざわりはアイスクリームだ!! いや、ホットクリームと呼ぶべきか……。*18

あたし 「おいしいけど、脳が混乱するよぅ……はふ……」

 パクっと一口かじった。あつあつで、じゅわーっととろける。甘ーいミルク味だ。

 

 ほわーんとした幸せな気分をふくらませて、なみみさんへ送った。『いいね!』じゃ全然足りないから。言葉じゃ伝わらないから。

 

 なみみさんから、みかんような甘い柑橘系の香りが返ってきた。

 

 それを受けとると、ぽん!! ってはじけた。

 

 香りの中から、うれしい気分が飛び出した。頬と耳たぶを、心地よい風がなでていく……。

 手の込んだびっくり箱だ。  *19

 

 

 なみみさんって、おとなしくて真面目な人かと思ってたけど、本当は、いたずらっぽくてお茶目なんだね。

 

 

 コーヒーを一口飲んだ。

 すごくおいしくてびっくりした。甘いものの後に、この強めの苦みが来るとちょうどいい。

 あたし、コーヒーは詳しくないけど、良い豆を使って手間をかけて淹れたものなのは分かる。

 もう一口。

 すごく濃いのに、スッと飲める。酸味や嫌な渋味がない。あたしが今まで飲んでいたのは、本物のコーヒーじゃなかったんだ……。

 本物?

 矛盾してる。本物よりおいしいコーヒーを、どうやって感覚交換で作ったんだろう。

 味、香り、舌触り、熱、のどごしなんかを、絶妙に組み合わせて……。あたし、なみみさんに、クチの中を(ハック)されちゃったんだ。出会って二日しか経ってないのに、こんなにクリアに伝わるなんて。これ、恋人でも難しいよ。あたしとなみみさん、脳の相性がぴったりなのかも。それに、なみみさん、めちゃくちゃ上手だし、すごく感受性高いんだね。

 

 やろうと思えば、べろちゅー できる!

 

 いやいやいや!! やろうと思わないよっ!!

 なにそのぶっ飛んだ思考……どこからわいてきたのさ?

 

 ……今の、なみみさんに伝わってないよね?

 

 

 おいしいコーヒーを飲みながら、まったり猫のおはなしをする。話と言っても、半分以上が言葉ではないコミュニケーションだ。

 イエネコの毛のやわらかさと、ボブキャットの毛の強さを伝え合った。ちょっとマニアックな『ねこみみの間を指でこりこりする感触』も楽しい。大した意味はなくて、かわいくて癒されるぅー……って、感覚を味わうだけ。ふたりの相性が良いから、感触も、においも、すっごく解像度が高くてリアルだ。

 いつの間にか、猫ではなく、お互いのカラダをさわりあっていた。手、肩、頬、頭……。

 不思議なことに、触れることにも触れられることにも抵抗がなかった。うれしいんだ、あたし。恋人でもないのに、ぺたぺた つんつん さわさわ するなんて、普通は嫌がるものだけど……。

 

 すてきな時間だった。脳の相性だけじゃない、何か特別なものを感じた。

 

 

 

あたし 「ばいばい、なみみさん。またつながろうね」

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………

 

あたしもイタズラしちゃうよ。

 

……………………………………………………

 

 

通話終了を5秒間遅延させた。

 

 

 

3 ……

 

 

 

2 ……

 

 

 

1 ……

 

 

 

ちゅっ ♡

 

 

 

通話終了。

 

 

 

 

 …………んふふふっ、なみみさん、びっくりしたかな?

 

 

 ……………………………………………………

 

 

 ……苦しいほどドキドキしてる……。

 

 ……あたし、なんでこんなこと……これ、センハラだよぅ……。 *20

 後からじわじわきた、後悔と罪悪感。

 

 でも、しあわせな余韻の方が勝っていた。

 

 

 なみみさんの くちびる……ふわふわのパンケーキみたいだったなぁ……。

 

 

 

 

  後編へ つづく

 

 

 

 

 

 

 

*1
 常時接続が一般的なので、『再接続』と表現しています。メンテナンス等がある時だけ切断します。無線通信なので、ケーブルを挿す必要はありません。

 『五感』はざっくりした捉え方であり、人間の感覚は、細かく分類すると20種類以上あるようです。

*2
 BrS(ブレス)は脳に埋め込むコンピューターと分散型クラウドを組み合わせたシステムです。詳細は第3話(あとがき・設定)で。この『お掃除』は、WebブラウザのキャッシュやCookie等をクリーンアップするようなイメージです。 

*3
  9 V (ナインヴィ)は、地球を丸ごと再現したVR空間です。時代設定の割には古風なシステムであり、廃れつつあります。詳細は第3話(あとがき・設定)で。

*4
 『鍵』とは、正式には『イマジナリーキー』呼ばれる、パスワードのようなものです。文字列ではなく感覚的なイメージを使います。詳細は第3話(あとがき・設定)で。

 『斜垢(ななめアカ)』の意味は分かりません。筆者は古い人間なので。『裏垢』の派生語かもしれません。

*5
 『手の込んだ肉』とは、アバターや着ぐるみのような『仮の姿』です。昔は人気がありましたが、この時代では、 “恥ずかしい”、“面倒” などの理由で嫌われ始めています。

 素朴な疑問……『手の込んだ』と『手が込んだ』は同じ意味なのでしょうか? どちらかが間違い? 

*6
 『本職の人』とは、生物学者や動物写真家などの専門家のことです。ここは素人の集まりですが、たまに本職の人も降臨します。

*7
 ここは日本のコミュニティーですが、外国人も普通に入って来ます。

*8
 比喩ではなく本当に熱を感じます。クラスター全体で感覚交換(エスコナ)がONになっているので。

*9
 この絵描きさんは、時折、無言で絵を描く謎の人物です。名前もアイコンもアバターも無く、コメントも最低限しか残しません。動物の特徴を強調して、少しデフォルメした濃ゆい画風です。

*10
 このクイズは、何を描いているか当てるもので、誰かが勝手に始めた遊びです。絵描きさんはただ描いていただけで、クイズにするつもりはなかったようです。

*11
 どうでもいい補足……『カウエン』は、『ティムラス・カウエン博士』の略です。博士と呼ばれていますが専門家ではなく、専門家気取りです。

*12
 感覚交換(エスコナ)とは、「体の感覚(五感を中心に、全部で20種類ほど)」や「感情(喜び、悲しみ、怒りなど。全部で100種類以上)」を送受信することです。文字や記号ではなく、 “体の感覚や感情そのもの” を送れます。詳細は第3話(あとがき・設定)で。

*13
ピクトグラムよりやや細かい絵です。ちゃんと『女の子の横顔』だと分かるシルエットです。

*14
 『恋文』と『コイブミ』は違います。恋文は文章がメインで、コイブミは短文・画像・音・においなどを組み合わせたものです(感覚交換を使うのが前提)。

*15
 『ダイレクト通話』は、脳と脳を繋ぐ電話的なもので、感覚交換と一体のシステムです。第3話(あとがき・設定)で。

*16
 『フリースペース』とは、VR空間上の無料の貸し部屋や公園のようなものです。無料なので広告だらけです。俗に『喫茶』と呼ばれる有料のスペースは、広告が少なくて静かです。

*17
 筆者も苦手です。あの場で何を言えと……。自己紹介だけでは、どんな人なのかは分からないです。自己紹介は名前だけでいいじゃないか、と筆者は思います。

*18
 感覚交換を上手に使うと、現実ではありえないモノを作り出してプレゼントできます、受け取った側は、生々しい感覚で味わえます。

*19
 『よろこび』と『風の感触』より合わせて、『みかんの香り』で包んで送り、相手が受け取った瞬間に破裂させました。そのあと、『よろこび』と『風の感触』がほどけて、時間差で伝わりました。高度なテクニックです。

*20
 『センハラ』とは、『センスハラスメント』の略で、感覚交換で、相手が嫌がる感覚や感情を一方的に送り付けることを言います。




 
 仲良くなるの早すぎ。


 読んでいただきありがとうございます。

 後編では、ふたりがラブラブになります。……が。
 カオスというかシュールというか、ごちゃっとした文章です。



 『においで会話する』って、面白いアイデアだと思うのですが……。

 書けるかそんなもの!!

 ハイレベルすぎて私には無理です。上手くいけば、映像作品では表現できないものが書けそうなんですけどね。



 [ 初投稿日時 2022/04/20 22:04 ]
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。