まえがき
くにむらせいじです。
このおはなしは、別の作品『小女の異常な食癖 またはアタシは如何にして』の設定を流用しています。あれよりも前の時代です。
本作に登場する『なみみ』さん は、『しずかなのけもの』の『なみみ』さん とは別人です。
前後編 です。第3話にあたる『あとがき・設定』に、本作の設定の解説があります。
横書きです。PC版の見た目を意識して書いています。
マウスオーバーで脚注が出ますが、ウィンドウの幅によっては右にはみ出して切れます。
ウィンドウをディスプレイの幅いっぱいに広げるか、文の幅ギリギリまで狭めるかすれば、全部見えるはずです。
椅子に座って、目を閉じて、ゆーっくり深呼吸して、リラーックス。
脳とネットが再接続する瞬間、五感がビリっと響く。ちょっと痛い。 *1
頭の中に、カラダを脱ぎ捨てるイメージを描く。
ココロがむき出しになって、全裸より恥ずかしい。
もちろん、この傷は誰にも見せないよ。
四次元
背景は、シンプルなピンクのグラデーションにしよう。そこにハートをいっぱい浮かべて……恥ずかしいからやめよう。背景は
あたしの鍵、『シナモン香る、焼きたてのアップルパイ』を思い浮かべて……ログイン。 *4
まず名古屋空港へ向かう。東京からショートカットを使って、10秒ほど処理待ち。空港の展望デッキから、空の上の公園へジャンプ。公園の池のほとりのベンチに、大きな猫のぬいぐるみがいる。その背中をなでると、『ヤマネコ
『VR不要論者』に小馬鹿にされそうな謎システムだ。あたしは、こういう無駄な労力もおもしろいって思うけどね。
見えている人だけで20人ほどいた。最近は、ほとんどの人がシンプルなアイコンを使っている。手の込んだ肉を着ている人は絶滅危惧種だ。 *5 今日は本職の人*6 がいないね。残念。
ここは、ヤマネコが好きな人達の、小さなコミュニティー。会話はほとんどが自動翻訳の雑談。 *7 小難しい学術的な話は滅多になくて、ゆるゆるとお話しするだけの集まりなんだ。
か な 「岐阜でニホンカワウソが目撃されたって!」
おなじみの高音ロリボイス。
いやいや、ヤマネコの話をしようよ。ものすごく気になるニュースだけどさ。
今かわいい声でしゃべった、落書きっぽい猫のアイコンは、明るくて天真爛漫な女の子の かなちゃん。この中では最年少クラスだ。中身がおじさんの可能性もあるけどね。
ここの人達はおおらかで、話がそれても怒らない……と思ったら、ピリっと熱を感じた。誰かイラついてるね……。 *8
か な 「はーい」
か な 「みんな ばいばいね! あいるびー、ばーっくっ!」
かなちゃんが、アニメ声の捨てゼリフとともに退室して、猫のアイコンが消えた。
空中にペンが現れて、三次元空間を飛び回り、サッサッサッ、と、筆っぽい強弱のある三次元曲線を何本も引いていった。描いているのは誰かな?
『曲線』の間を塗りつぶすと、『曲面』ができる。曲面が整ってまとまり、ネコの姿になっていった。このタッチは常連の絵描きさんだ。 *9
いつものクイズだね。 *10 これは……。
あたし 「イリ……」
ロ ブ 「イリオモテヤマネコゥッ!!」
ロブさんに勢いで負けたぁ! 誰か早押しボタン作ってよ……。
しばらくすると、三次元のイラストが完成した。味がある絵だね。デフォルメかわいい。
正解は……
イラストの上に 『 リ ビ ア ヤ マ ネ コ 』 という手書き文字が浮かんだ。
あたし 「違いが分からない……この子普通のキジトラみたいだよ?」
カウエン*11「リビアヤマネコは、イエネコの祖先ですから」
リビアヤマネコの絵が動き出し、美しいフォームで、ぴょいっ とジャンプして、消えた。
リビアヤマネコが消えるのと同時に、ぽわっ と 音がした。
お部屋のすみっこに、初期設定の地味なアイコンが現れた。名前は、『なみみ』さん。
ここの常連じゃないね。間違えて入っちゃったのかな?
あたし 「こんばんは。あたしは……あたし。えっと、なみみさん、ここは初めて?」
1分ほどの沈黙があった。
気まずい……どうしよ……言葉も絵も音も返って来ないよ……。
あたし 「あのあの……なみみさん?」
他の人達は、なみみさんに気を止めず、ガヤガヤ雑談していた。誰もこの人に気づかないの?
通話が切れてるのかな?
なみみさんを『
プツッ、と、なみみさんとあたしのココロがつながった。この瞬間好き。
なみみさん、お花みたいな良い香りがする。ひかえめで上品なアクセサリーだ。
あたし 「その香り、かわいいですね」
つんつん、っと、頬を触られた。
でも、触れてくる手も指もない。それどころか、カーソルさえ見えない。あたしも姿を持たないから、感覚だけの接触だった。アプリで頬を指定して、感触をあたしの脳に飛ばしたのだろう。
つんつん、とん、つん……つんつんつんつん……って
あたし 「モールス!?」
あたしモールス符号なんて分からないよ!
なみみ 「ちがう、ちがうよ」
ぼそっとした声と、ビターチョコレートの香りがした。魅力的な声でびっくりした。低めだけど子供のように愛らしくて、大さじ一杯ほどの色気が混ざっていた。香りにピッタリの、チョコレートみたいな声だなーって思った。
なみみ 「おはなし……」
本のインクのにおいと同時に、頭をやさしく なでなで された。指使い上手……手も腕もないのに なでなで が気持ちいいって、ちょっと不思議。
なみみさんって、ボディータッチや、においで会話するのかな?
周りの人達は、相変わらずこっちに気を止めず雑談していた。海外の動物保護区で撮られた『カナダオオヤマネコの変顔』で、盛り上がっているみたい。
あたし 「ここ、ノイズがすごいから、ゆっくりお話しできないね」
10秒ほどの間があった。いまどき遅延?
なみみさんが、あったかいメッセージをくれた。
あたし 「わ……なにこれ?」
あたしはちょっとドキッとした。
スケジュールデータのかけらと、テーブルを挟んで向かい合っている、ふたりの女の子のシルエット。ピクトグラムみたい。 *13 ふたりの間にハートマークが浮かんでいた。そこに、ちょっと高級なコーヒーの香りが添えてあった。
『あしたの晩、ふたりで仲良く お茶しましょう』というメッセージだ。
なみみさん、こういうの “コイブミ” って言うんだよ? 無防備というか天然というか……。 *14
まあいいや。誘われちゃったし。
あたし 「おっけーだよ、なみみさん。またつながろうね」
翌日の夜。
なみみさんが指定した時間に、ふたりだけでつながった。なみみさんの希望でダイレクト通話 *15 にした。フリースペースは広告が繁り放題でうるさいからね。 *16
緑の草のにおいと、肩が突っ張る感覚が伝わってくる。なみみさん、緊張してるみたい。
あたし 「お話しするだけだから、自己紹介なんていらないよ」
自己紹介が苦手で固くなっちゃう人もいるよね。あたしも苦手だからよく分かるよ。 *17
なみみさんへ、頭をやさしくぽんぽんっと叩く感覚を送った。
なみみ 「……んふ……んゅうぅ……」
指先に、ふわっと軽い快感が返ってきた。なみみさん、なんか予想以上にカンジてる?
なみみさんが、コーヒーとお料理をくれた。何の迷いもなく受け取ったけど、なんだろうこれ? 丸っこくて白い棒? アイスキャンディーのような、アメリカンドッグを白くしたような……。湯気出てるし、バニラの香りだし……。
謎の棒の表面を、白いしずくが流れた。
うわぁ! とけてるよ!
あわてて、棒の根本を吸うようになめた。しずくが落ちないように。
あたし 「あっふ!!」
焼きたてのフランクフルト並みに熱いけど、味と舌ざわりはアイスクリームだ!! いや、ホットクリームと呼ぶべきか……。*18
あたし 「おいしいけど、脳が混乱するよぅ……はふ……」
パクっと一口かじった。あつあつで、じゅわーっととろける。甘ーいミルク味だ。
ほわーんとした幸せな気分をふくらませて、なみみさんへ送った。『いいね!』じゃ全然足りないから。言葉じゃ伝わらないから。
なみみさんから、みかんような甘い柑橘系の香りが返ってきた。
それを受けとると、ぽん!! ってはじけた。
香りの中から、うれしい気分が飛び出した。頬と耳たぶを、心地よい風がなでていく……。
手の込んだびっくり箱だ。 *19
なみみさんって、おとなしくて真面目な人かと思ってたけど、本当は、いたずらっぽくてお茶目なんだね。
コーヒーを一口飲んだ。
すごくおいしくてびっくりした。甘いものの後に、この強めの苦みが来るとちょうどいい。
あたし、コーヒーは詳しくないけど、良い豆を使って手間をかけて淹れたものなのは分かる。
もう一口。
すごく濃いのに、スッと飲める。酸味や嫌な渋味がない。あたしが今まで飲んでいたのは、本物のコーヒーじゃなかったんだ……。
本物?
矛盾してる。本物よりおいしいコーヒーを、どうやって感覚交換で作ったんだろう。
味、香り、舌触り、熱、のどごしなんかを、絶妙に組み合わせて……。あたし、なみみさんに、クチの中を
やろうと思えば、べろちゅー できる!
いやいやいや!! やろうと思わないよっ!!
なにそのぶっ飛んだ思考……どこからわいてきたのさ?
……今の、なみみさんに伝わってないよね?
おいしいコーヒーを飲みながら、まったり猫のおはなしをする。話と言っても、半分以上が言葉ではないコミュニケーションだ。
イエネコの毛のやわらかさと、ボブキャットの毛の強さを伝え合った。ちょっとマニアックな『ねこみみの間を指でこりこりする感触』も楽しい。大した意味はなくて、かわいくて癒されるぅー……って、感覚を味わうだけ。ふたりの相性が良いから、感触も、においも、すっごく解像度が高くてリアルだ。
いつの間にか、猫ではなく、お互いのカラダをさわりあっていた。手、肩、頬、頭……。
不思議なことに、触れることにも触れられることにも抵抗がなかった。うれしいんだ、あたし。恋人でもないのに、ぺたぺた つんつん さわさわ するなんて、普通は嫌がるものだけど……。
すてきな時間だった。脳の相性だけじゃない、何か特別なものを感じた。
あたし 「ばいばい、なみみさん。またつながろうね」
…………んふふふっ、なみみさん、びっくりしたかな?
……………………………………………………
……苦しいほどドキドキしてる……。
……あたし、なんでこんなこと……これ、センハラだよぅ……。 *20
後からじわじわきた、後悔と罪悪感。
でも、しあわせな余韻の方が勝っていた。
なみみさんの くちびる……ふわふわのパンケーキみたいだったなぁ……。
後編へ つづく
『五感』はざっくりした捉え方であり、人間の感覚は、細かく分類すると20種類以上あるようです。
『
素朴な疑問……『手の込んだ』と『手が込んだ』は同じ意味なのでしょうか? どちらかが間違い?
仲良くなるの早すぎ。
読んでいただきありがとうございます。
後編では、ふたりがラブラブになります。……が。
カオスというかシュールというか、ごちゃっとした文章です。
『においで会話する』って、面白いアイデアだと思うのですが……。
書けるかそんなもの!!
ハイレベルすぎて私には無理です。上手くいけば、映像作品では表現できないものが書けそうなんですけどね。
[ 初投稿日時 2022/04/20 22:04 ]