防人作戦に先立って政府との連絡がほぼ絶たれたときの祟り神皇女審神者本丸と、政府の怪奇対策部に出ずっぱりだった陸奥守の話
▼審神者は処天の厩戸王子の異父妹です
pixivより転載

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【とうらぶ(×処天)】「やろうと思えばやれるものですよ」「多分それは君と君の兄上殿だけだと思うよ」

 祟り神の端末にして末端。本丸にいるのは封印を兼ねて。祟り神ゆえに強力な瘴気を纏っており、彼女が降ろした刀剣男士は軒並み瘴気耐性maxだった。ゆえに、怪奇対策部に人員ならぬ刃員を派遣することが一再ならず。そのときは、偶々コミュ強ゆえに浄霊に特化した陸奥守だけが出ていた。大侵寇に備えての特訓中だったが、怪異は起きる。それゆえのことだった。

 その直後だった。政府との連絡が絶たれたのは。

 

「困ったね」

 とは、三日月が政府のクダ屋、と呼んだ男の通信のあとのことだ。初期刀兼近侍の歌仙は、嘆息交じりに言う。

「ただでさえ大侵寇なるものが予知されていて、その訓練の真っ最中だ。懸念材料は減らしておきたいところだが……無理にネットなどで連絡を取ろうとすれば敵に探知させる可能性がある。どうしたものか」

「……」

 審神者は肘置きに凭れながら、思案気だ。歌仙の言葉にしばらく沈黙していたかと思うと、すっくと立ち上がった。歌仙は慌てて立ち上がろうとする。

「主?」

「少々席を外します。夢殿に籠るので、私が出てくるまで声をかけないように」

 そう言って審神者は、裳を翻しながら歩いて行った。

 行き先はこの本丸の離れのひとつ。審神者が着任してから建立させた、「夢殿」と審神者が呼称する六角堂だった。

 こういうときの審神者は言葉を受け付けない。それをわかっていたので、歌仙は頷くことにした。だいたい、悪いことにはならないので。

 

 審神者は締め切った夢殿。明り取りもないそこで鎮座する。

 深呼吸して――意識を飛ばした。

 

 

 政府は混迷を極めていた。

 敵勢力からの襲撃。それは本来なら敗北を意味する。それでも堪えていられたのは政府本局で働く刀剣男士の力ゆえだった。それで持ち堪えながら人間の職員たちは来るもっと強い勢力を迎撃するために準備を進めていた。

 本来怪奇対策部所属の陸奥守も例外ではない。そもそも彼は本丸所属だが、偶々政府にいたためにそのまま政府の戦力と数えられてしまった。戦えることには戦えるのだが……そう思いながらも、陸奥守が物陰で一息を吐いたときだった。

「陸奥守」

 静かな、品の良い声がした。それには聞き覚えがありすぎた。気品のあるこの声は。

 顔を上げた。

 そこには確かに、裳と羽衣を纏った彼の主が立っていた。

「主!? おまん、本丸にいるはずじゃ」

「元気なようで何よりです。私は今はあなたの無事を確認しに来ました。……大丈夫ですか?」

「おん、今は交代で休憩しちゅう……主は、――」

 顔を上げ、不意に気付く。それは怪奇対策部での経験値ゆえのものだったかも知れない。

 青いほどの白皙。羽衣は建物の中だから風もないのに靡いている。艶やかな結い上げた黒髪も。そしてなにより――存在感。それが、あまりに希薄で。

 陸奥守は立ち上がり、彼女の元に歩み寄る。

「おまん……主じゃが、主じゃないな」

「私は、私ですよ」

「思念体、ちゅうところか?」

 言いながら陸奥守は審神者の顔に手を伸ばす。頬に手を触れられた。

「……こうして触れるっちゅうことは、ただの思念体とも思えんが。やっぱり、ただものじゃないんじゃな、主は」

「誉め言葉と受け取っておきます。……陸奥守、生き延びるのですよ」

 そう言い残すと、陸奥守が瞬きをした刹那には姿を消していた。

 白檀の香りが、漂っていた。あぁ、彼女がそこにいたのだと、陸奥守は得心した。

 

 

「終わりましたよ」

 夢殿の扉の前。短い石段に腰かけていた歌仙に、扉を開けた審神者は声をかけた。振り返った彼に、彼女は柔らかく笑む。

「陸奥守は無事でした。今のところは。私たちは私たちできちんと備えましょう」

「それはよかったんだが……なぜ無事だとわかったんだい?」

「歌仙。私に仕えてくれて何年になりますか」

 審神者は呆れたように、人差し指を自分の唇に当てた。

「それを訊くのは野暮、ですよ」

「――そうかい。野暮ついでに訊くが、主。君のその、恐らく術は君独自のものなのかい?」

 それには、審神者は答えた。何でもないように。

「1番上の兄上……まぁ実父も兄でしたが……それは置いておいてその兄上がやっていたことを見様見真似しただけですよ。生前はろくにできませんでしたが……この体になってからは容易いことですね。これで十分ですか?」

「あ、あぁ」

「それでは、夕餉に期待していますね」

 そう言って、審神者はするすると歩いて行った。それを見届けた歌仙はひとり、ぽつりと呟く。

「……普通はできないんだよね……」

 歌仙は、自らの主の異常性について思い知ったのだった。

 尤も、そんなものは大侵寇がはじまり吹っ飛んでしまったのだが――大侵寇がはじまる数日前のことだ。

 

 

 

 

 



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