メインストーリーVol.2『時計仕掛けの花のパヴァーヌ』一章18話から二日後。
ユウカはセミナーの仕事で久しぶりにシャーレのオフィスを訪れた。
ゲーム開発部・エンジニア部・ヴェリタスが起こした襲撃事件に関与したシャーレに対しての抗議文を届けるために。
ユウカは先生の煮え切らない態度にだんだんと苛立ちを覚えてゆく……。
#1 ユウカと頼ってもらえず拗ねてる先生の話
理由は決して良いものじゃない。
先日のゲーム開発部をはじめとした複数の部による押収品保管室襲撃事件に関わったシャーレに対して、
届ける方法は電子メールでも速達郵便でもよかったのに"シャーレと深く関わってる"私に直接届けさせるあたり、政治的な意図が隠しきれてないと思う。
オフィスビルの玄関まで来ると、そこには少し前までは無かったセキュリティゲートが鎮座していた。
何を認証するのか、どうすればいいかと迷っていると
『ユウカ、IC入りかデジタル学生証をタッチすれば入れるよ』
館内放送で先生の声が流れた。監視カメラからこっちを見てたみたいね。
「学生証……」
スマートフォンの画面に学生証を出して機械にかざすと
氏名 早瀬ユウカ
学校 ミレニアムサイエンススクール
学年 2年生
シャーレオフィスへの入館が許可されました
画面にそう標示されてゲートが開いた。
学生なら誰でもいいのか、それともシャーレの部員として登録されてる必要があるのか。防犯を考えるとたぶん後者だろう。
誰でも出入りできるのならゲートの意味はないのだし。
「……はぁ」
階段を使うのも面倒だし、エレベーターに乗ろう。
……
執務室の中は二か月前、先生が初めてここへ来た時からあまり変わっていない。
強いて言うなら小物や生活雑貨が増えている。それと
「……なにこのおもちゃ?」
机の上に男の子が喜びそうなデザインのロボットの人形が置いてあった。
人形をまじまじと眺めていると、ドアが開く音と共に部屋の主が姿を現した。
「おはようユウカ、二日ぶりだね」
「……おはようございます、先生。その節はどうも」
自然と言い方がキツくなる。この人はどうしてそんなに余裕の態度なのだろうか。
腰まで伸びる薄茶色のロングヘアを首のあたりで無造作に縛り、顔立ちは中性的でぱっと見では男か女かわからない。
白いワイシャツに青いクロスタイ、暗い青緑色のベストとスラックス。細い銀縁の伊達メガネ。
これに黒いロングコートととんがり帽子を併せれば、魔法使いにも見えるだろう。
名前は『フェイス』。
偽名であることを隠す気もないけれど、すべての公文書にその名前が使われている。
これが私の知る『シャーレの先生』だ。
先生が椅子に座ったのを確かめると、懐から出した封筒を目の前に叩きつけた。
「先日あの場でお伝えした通り、ミレニアムからの抗議文をお持ちしました。
間違っても読まずに捨てたりしないでくださいね!」
そう言って睨みつけても先生は微笑みを崩さなかった。
「わかってるよ」
「ご自分の立場本当に分かってるんですか!? シャーレの活動が軌道に乗ったからって調子づいてるんじゃないの!?」
ただでさえ大人の介入を嫌う生徒がキヴォトスじゅうにいるのに、どうして敵を増やそうとするのよ!?
「君が肩身の狭い思いをしているのなら謝るよ。
あの子達の後ろ盾として責任を取るのが
「……なんですか?」
「『アリスの力を見れたから狼藉は見逃す!』なんて全員が納得できるわけないし、他の人には言えないからね」
「!」
先生は肩をすくめてそう言った。
「なら矛先は得体のしれない大人が一人いるだけのシャーレしかない。そうでしょ?」
うそ、まさか?
この人は最初からこっちの意図に気づいていたの?
「それがセミナーがあの子達を放置した理由だと……お考え、ですか?」
「素人目に見てもアリスは普通の子じゃないからね。だから戦闘データが手に入ればあれだけの被害を出してもペイできる。
……そんな感じだよね?」
「……黙秘権を行使します」
「それとあのメイドの子達。正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会とは違う……こう、工作員的な感じなんでしょ?
セミナーで止めなきゃゲーム開発部の部室まで乗りこんでくると思うんだよね」
あの時の依頼はセミナーの判断で取り下げられたから、C&Cは動く理由を無くして沈黙を貫いている。
もしそのままなら、きっとネル先輩を含めた全員で部室まで突入していたに違いない。
先生は自己管理ができない代わりに妙なところで感がいい。
戦闘指揮官としての優れた才能が、こういう場面で頭の回転を早めてるのかもしれない。
「これに絡んで、少し聞いてもらえるかい?」
先生は封筒を指でつまみながら深くため息をついた。
「……モモイとミドリは最初『ユズのためにも部活を潰させない』と私を頼った。
でもアリスが来てからは『自分達皆の力でこの場所を守ろう』という考えに変わっていった」
そう言って封を破ると、あらん限りの皮肉と間接的な表現で罵詈雑言が書かれた、もう抗議文とは呼べない文章に目を通した。
これって誰が書いたのかしら。
「子供は成長が早いというけど、私をもっと頼って欲しかったな。
私が土下座か会長の足をなめでもすれば向こうも満足でしょ?」
その目は文章じゃなくてどこか遠くを見てるようで──
……そんな様子を見てだんだんと腹が立ってきた。
この人、冷静に物事を見てるフリをして拗ねてるだけだ!
「先生」
「はい」
「馬鹿ですか!? いい年した大人で先生な人が生徒に土下座とか、あ……足を舐めるとか! もう社会的に死ぬ気ですか!?」
机に拳を叩きつけても先生はほんの少しも動かなかった。
「いやもう舐めてるし」
は!?
「アビドスの件でヒナに助けを求めた時、最初に出てきたイオリが足舐めろって言うからさ。
いやー新しい扉を開いた気分だったよ」
ここにきて爆弾発言とかどういうことよ!?
「せ……先生のスケベ! 変態! というかゲヘナ一マトモじゃなかったの風紀委員! そんな子が幹部やってるの!?」
ああもう信じられない! 警察的なところの幹部がそんな卑猥な脅しをかけるのも、迷わずそれを実行する先生も!
私が顔を真っ赤にし頭を抱えて悶えてると、先生が我慢できずといった感じで笑い始めた。
「ふふ……くふふふ」
「何かおかしいのよ!? 自分の恥でしょ!?」
「いや、ようやくユウカがいつも通りになったなって」
「?」
「顔、この間からずっと険しかったよ」
先生が笑いながら言う言葉は、まぎれもない事実だった。
何が目的で押収した『鏡』を狙ったのかはわからなかったけど、開発部の存続に不可欠な取り引きをヴェリタスとしたんだろうとは思った。
でもそれを成し遂げるためにした行動はまぎれもない大問題で、複雑な感情で私の顔は鬼気迫るものになっていたとノアに笑われた。
……この人はどんな状況でもちゃんと
なんか毒気を抜かれた気分だ。
「……仕方ないじゃないですか。あの子達が本来許されないことをしたのは事実ですし、廃部の件だって規則ですから」
「そうだね。ユウカに落ち度はないよ。
落ち度があるとするなら、あの子達との信頼関係をうまく築けなかった私にある。
言い訳がましいけど、エンジニア部やヴェリタスに協力を取り付け、あの過激な方法を実行に移したのもあの子達自身だ。
私は蚊帳の外」
またそうやって自分を悪者にする。
「先生がゲーム開発部に来たのは八日前じゃないですか。そんな短期間に今まで三人でやってきた集まりから進退を預けられるような信頼をだなんて」
そんなの計算するまでもない。無理よ。
簡単に他人の心を掴むような人がいたら、それはきっと詐欺か人たらしの天才に違いない。
「そうかな?」
そう言いながら先生は『百鬼ノ春ノ桜花祭』と書かれた団扇に視線を向けた。
百鬼夜行で先月開かれたお祭りのものだ。
「人の心は数式で表せれるようなものじゃありません。
卑下自慢なんかやめてください!」
先生の手から抗議文書を奪い取ると、そのままシュレッダーに放り込んだ。
「はいこの話しはもうおしまいです! それよりも」
「それよりも?」
「聞かせてください。……
モモイが口走る悪口なんてかわいい方で、セミナーの会計として『金の無駄遣いをする穀潰しを切り捨てる冷酷女』と私を蔑む声だってある。
でもそれは仕事の話でしかない。
私自身はあの四人が心配。面倒はかかるけど、かわいい後輩には変わりないもの。
やり方に問題は多いけど、今モモイとミドリ、ユズはアリスちゃんと居場所を守るために必死になってる。
対人恐怖症のユズがネル先輩を自分から欺いたと知った時には驚きを隠すのが大変だった。
「世間でクソゲーと罵られてる"あれ"を純粋に楽しんでるアリスの言葉で、みんな目が覚めたみたいだよ。
ユズも新作の評価が悪くても、部活が本当に無くなっても、もう迷うつもりはないみたい」
「そう、ですか」
「ユウカ。先生としても会計としても、今私たちに出来る事はないよ。
四人が出した結果が良いものだったらちゃんと褒める、駄目だったら慰める。それしかないよ」
後は祈る事しかできない、か。
「もしゲーム開発部が廃部になったらアリスは居場所を失ってしまう。
その時はシャーレで引き取るつもりなんだけど、どうかな?」
「……一応、あの子はミレニアムの生徒ですから、私ひとりの判断でどうにかできる事ではありません」
でもエンジニア部が引き取れれば御の字で、もしかしたら誰の目にも届かない場所に連れて行かれるかもしれない。
そうなったら……。
「でも私個人としては、アリスちゃんをどうかお願いします」
「わかった」
……ようやく作り物じゃない笑い顔が見れた。
やっぱり
「ところで先生、このおもちゃですが」
だいぶ前から置いてあったらしいおもちゃを指差した。
「うん」
「いくらしました?」
私がそう聞くと、先生は顔を青くして汗がダラダラと溢れ出させた。
「……税込みいちまんごひゃくえん」
はぁ。
暗い話題だったんだから、いい話で終わらせなさいよ先生……。
「先生」
「はい」
「そこに正座」
「はい」
『毎日積み立てて昨日ようやく買えたんだからセーフ! セーフ!』
『計画性を持ったのは進歩ですけど五千円オーバーは変わりませんよ! その努力をもっと別な事に使ってください!』
シャーレ執務室でのそういったやり取りを聞く者がいた。
しかも外から。
オフィスビルからシャーレの敷地と大通りを挟んで約四十メートル、対岸にあるビルの屋上。
「ユウカはどこでも変わりませんね」
C&Cのエージェント、室笠アカネと角楯カリンは振動検知型の盗聴装置と双眼鏡を片手にシャーレ内の様子を覗き見していた。
「アカネ、気づいてるか?」
「何をです?」
「先生はこちらの存在に勘付いている」
「ですね」
二人が使っている双眼鏡は、反射低減処理のされた特別製のレンズを使っており、更に太陽に背を向けているため簡単には見つけられないはずだった。
「ユウカと話しながら何度か正確にこっちを見ている」
「先生につきまとって百メートル先から覗きを繰り返していたレッドウィンターの生徒を見つけ出したという話もありますし、視力と勘がとても優れているのでしょう」
すると遂に先生は単眼鏡を片手に二人の方を見始めた。
二人はサッと塀の陰に隠れた。
『どうしたんですか? まだ話は終わってませんよ』
『いや、さっきから誰か向こうのビルでこっちを見てる。なんか変なものが──』
集音器にも気づかれている! アカネは素早くコードを引き集音器をたぐり寄せた。
「潮時ですね。撤収しましょう」
……
二人は路地裏に停めておいた
アカネはハンドルを握りながら"調査対象"の評価を列ねる。
「実戦での迅速かつ的確な指揮による戦力の大幅向上、優れた観察眼と人心掌握能力、責任感の強さから来る自己犠牲の精神……。
経験豊富な大人だから、先生だからでは済ますことはできませんね」
口に笑みを浮かべるアカネに対して、カリンの顔は仏頂面だった。
「私としては少し危ういものを感じる。いざとなったら自分の命を平気で捨ててしまうかもしれない」
「そうですね。アビドスの件でも正面からカイザーコーポレーションを敵に回してましたし、今回の件も含めて手段を選ばない節が見られますね」
アカネはそう言って目を細めた。
「ですが、それを
ミレニアムの諜報部門であるC&Cとしても、失踪した連邦生徒会長がなぜ
だが自然災害に付け込んだ大企業に侵食され廃校寸前のアビドス高等学校を、トリニティとゲヘナの二大校を巻きこんで陰謀を砕き救ったのを期に評価を改めざるを得なかった。
先生はキヴォトスに新しい風を吹かすための原動力であり、大きな困難に立ち向かうための力であると。
だからこそ強大な権力を持つシャーレを託したのだと。
「先生はミレニアムプライスが終わったらこちらに接触してくるだろうか?」
「しますよ。そしたら私達のご主人様になっていただきましょう」
車はミレニアムの自治区へと向けて走っていった。