シャーレの活動記録集   作:目多須でぃてくた

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■注意
 勢いで書いた回なので次回「先生が初めて倒れた日」と共に原作とは矛盾点が多いです。

■あらすじ
 時系列はメインストーリーVol.3 第三章24話の直後。
 切り札である大人のカードを使いゲマトリアを退けた先生だったが、長く苦しい戦いが終わったと喜ぶ生徒たちの前からひっそりと姿を消してしまう。
 力尽きて倒れていた先生を助け出したシロコは、なぜ怪我の事を隠していたのかと問い詰めるが……


#5 ハッピーエンドの裏側で

 

 

 

 

 日は沈み、暗闇が支配する夜。

 昼間の騒ぎが嘘のように静まれかえった中、あちこちで追い詰められ助けを求める心の声が響く。

 

 「……!」

 先生は幻想の中でセイアとの対話を終えると、体の痛みに耐えながら体を起こした。

 「せ、先生!? 目が覚めたんですね……!!」

 セリナは突然の覚醒に驚きながらも素早く意識レベルの確認を行う。異常はなさそうだった。

 「心配、かけたね……」

 まるで夢遊病者のようにベッドから降りると、ふらつき倒れかけた所をハナエに支えられた。

 「まだ動いちゃダメです!」

 体を支える手を優しくどかすと、ラックに掛けられていた血塗れのビジネススーツを一瞥し立ち上がった。

 「ちょっと離れてて」

 

 二人が距離を取ったのを確認すると、素肌に着ていた病着をつかみ勢いよく脱ぎ捨てた。

 視界が病着にさえぎられた一瞬の間に、先生はシャーレ部員には見慣れているいつもの服装に身を包んでいた。

 「どんな手品ですか!?」

 珍しく驚くセリナの声を背に、先生は薄茶色の長い髪を取り出したリボンで束ねて結んだ。

 「先生、どこに行くつもりなんですか……!?」

 「どこかで泣いてる子がいる、助けを求める生徒がいる」

 ハナエの問いに要領を得ない言葉を紡ぎながらドアノブへ手をかける。

 

 「私はシャーレの先生で生徒みんなの味方だからね。そんな子達を放っておくわけにはいかない」

 扉が開かれ、確かな足取りで歩きだした。

 

 

……

 

 

 数時間後。

 

 「……心から感謝しよう、先生」

 双頭の怪人(マエストロ)は先生が見せた『力の片鱗』に驚きと感動を覚え、感謝を述べた。

 「不完全な姿でお見せしてしまったことは汗顔の至りだが、すぐに完成させてみせる」

 アズサは銃口を向けるが、先生は手でそれを制した。

 「黒服の言う通りだったな……普段はあまり共感できないものの、この件については感謝せざるを得まい。

 ……ではフェイス先生。そなたにまた会える時を、心待ちにしている」

 マエストロはシャーレに背を向け歩き出す。

 「また、夢の中で」

 その不気味な姿が掻き消え、洞窟の中に再び静寂が帰ってきた。

 

 その後、集まったシャーレ部員総出でアリウススクワッドを捜索したものの、彼女達の足取りをつかむ事はできなかった。

 

 犠牲者こそ出なかったものの、甚大な被害と様々な軋轢を噴出させたエデン条約はこのまま破談となるだろう。

 それでもヒフミの宣言に倣うように、彼女達は自分達で選び創り上げてゆく物語を続けてゆく。

 ハッピーエンドを目指して……。

 

 


 

 

 

 集められたシャーレ部隊は後始末を後続の正義実現委員会とゲヘナ風紀委員会に任せて解散となった。

 一行の顔にはやり遂げたという達成感と、これからまた大変だという神妙な面持ちが混ざり合った複雑な感情が浮かんでいた。

 それでも不屈の意志で自分達を支えてくれる先生のもと、これからも頑張っていくという決意を新たにした。

 

 だが、肝心の先生がどこへ行ったかまで気が回っていなかった。

 

 

 「……はぁ、ハァ…ぐぅ」

 無人のシャーレオフィスへと入ってゆく一人の影。

 息は荒く、顔色もひどく悪い。そして足を伝いわずかに滴り落ちる鮮血が点々と床に模様を描いてゆく。

 「もうこれ、大人のカードの負荷とか関係ない……」

 サオリに撃たれた傷から少しずつ漏れ出た血と腹を抉るような痛みは、少しずつ先生の命を削っていた。

 

 先生を守ることができなかったと塞ぎこんでいたヒナを、どんなに辛く虚しくとも立ち上がったヒフミ達を、駆け付けたアビドス対策委員会ほかのシャーレ部員を心配させないために。

 限界を超えて動いている事をひた隠しにし、もう何でもないように振る舞っていた。

 だが全てが終わったいま、帳尻合わせが一度に訪れた。

 

 「あっ」

 足がもつれて床に倒れこむ。伊達メガネが落ちて遠くへと転がってゆく。

 「死ぬもんか……絶対に」

 床に這いつくばったまま、タブレットケースに入れたシッテムの箱に触れる。

 「アロナ……無事でいて」

 音信が途絶えたままの相棒の身を案じながら、先生は意識を手放した。

 

 

 5.56mm小銃弾一発による腹部の貫通射創、およびそれによる臓器損傷と大量出血。

 それがエデン条約締結式襲撃犯に撃たれたことにより、『シャーレの先生』が受けた外傷。

 ヒナが身を挺して庇い、セナ達救急医学部が救い上げた先生が負った傷。

 とてもじゃないが、動いていい容態ではない。

 

 

……

 

 

 最初に視界に入ったのは真っ白な天井と点いていない蛍光灯。

 次に感じたのは鼻につく消毒薬のにおい。

 そして全身の気だるさと感覚の鈍さ。

 「……オフィスの救護室か。よかった」

 救護騎士団本部に連れ戻されていたら皆にこの事を知られてしまう。先生はぼんやりとした意識でそうはなっていない事に安堵した。

 

 「いいわけないよね、先生?」

 「え」

 体がうまく動かせないともがいていると、声の主が顔を覗きこんできた。

 「シロコ」

 「ん……ホシノ先輩達も来てるよ」

 瞳孔の色が左右で違う青い変則オッドアイ、灰色の髪にイヌ科の獣耳。

 砂狼シロコの憮然とした顔がそこにあった。

 

 

 部隊の解散後、アビドス対策委員会はこのまま自治区へ戻ろうかと話していた。

 その時ホシノがふと思っていた事を口にした。

 「ねえ皆? 先生ってさ、どこか怪我してるんじゃないかな?」

 「まさか?」

 セリカの困惑によそに、ホシノは言葉を続ける。

 「先生の服って色が暗いし夜明け前から動いてたから分かりにくかったけど、なんか黒いシミみたいなのがベストやズボンにできてたんだよね」

 「そう言われてみると、どこかお腹を庇ってるというか、動きがぎこちなかったというか……」

 そう述べたノノミからシロコへと不安が波及し、やがてアヤネが慌てふためいた様子で走ってきた。

 

 「はあっ……はぁ……。

 ハスミさんに聞いたんですけど、先生は襲撃犯にお腹を撃たれてるって……!」

 「ええっ!?」

 元気に動き回る先生の姿を前に、先生の負傷を知る者――それこそ治療を行ったセナを含めて――全員が「大丈夫だ」と思いこんでいた。

 

 「ヤバいじゃない! それじゃ先せ」

  叫びかけたセリカの口をシロコが手で塞いだ。

 「セリカ、声が大きい。他の人に聞かれたらまずい」

 「だね。たぶん先生はこれを知られたくないから黙ってたんだろうし」

 ホシノはどこか突き刺すような鋭い雰囲気を漂わせながら、先生の足取りについて思考を巡らせた。

 「電話かモモトークで呼び出してみるのはどうでしょう?」

 「おそらく出ないと思います。先生が怪我の事を知られたくないならきっと……」

 そもそも今応対できるかという問題もある。

 

 短い議論が何度も交わされるなか、シロコは思いついたようにつぶやく。

 「シャーレのオフィス」

 「シロコちゃん、たぶん正解だよ」

 全員がシロコの方を振り向いた。

 「どこの学校にも行かないとなると、先生の帰る場所はあそこしかない」

 

 五人はまだ現場に残っていた他のシャーレ部員に悟られることなくその場を抜け出し、雨雲号(ヘリ)でオフィスへと飛んだ。

 そしてビルの入り口付近で倒れている先生を見つけて救護室へと運びこんだのだった。

 

 

……

 

 

 「先生、どうして黙っていたの?」

 シロコの淡々とした物言いの中に、彼女の怒りがこもっていた。

 それとは裏腹に、目は今にも涙を流しそうな悲しみを浮かべている。

 「言わなきゃダメかい?」

 「ダメ」

 言葉を濁す事をはっきりと否定され、先生は観念したようにため息をついた。

 

 「……ハッピーエンドの邪魔をしたくなかったんだ」

 「邪魔?」

 不思議な答えに首をかしげるシロコ。

 

 「住む世界が違うと飛び出したアズサをヒフミと君達が連れ戻した。

 一度は心が折れたヒナが立ち直って、シャーレの権限も使ったとはいえトリニティとゲヘナが共に戦って、大きな困難を乗り越えた。

 ゲマトリアを退け、アリウススクワッドとの和解の道も私には見えた」

 先生は言葉を区切り、何か飲み物がないかと視線を動かす。

 「ん……無理はしないで」

 何をしたいか気づいたシロコは棚から水差しを取り出し、移したミネラルウォーターを先生に飲ませた。

 「ありがとう。

 ……ミカの罪やマコトの暴走のけじめもあるし、正式なエデン条約はこのまま流れるだろうけど、エデン条約機構(ETO)は君達という形で残った。

 今回の共闘が、ほんの少しずつだけど二つの学校のわだかまりを解いてくと私は思ってる」

 長い目で見れば絶対にハッピーエンドになるよ、と言ってしばらく黙りこむ。

 

 「……ははっ」

 すると先生は突然やけくそじみた自嘲の笑みを浮かべた。

 「先生?」

 「難しい言葉を並べたけど、結局はいい感じにひと段落ついたのを、私のせいで台無しにしたくなかったんだよ」

 目尻に溜まった涙が重力にひかれて顔を伝う。

 「それで結局はバレて心配かけてるんだから、ズルくてしょうもなくて、救いようがない大人だよ私は……」

 ヒナがそうであったように、先生は今までずっと隠し続けていた感情を抑えるのが苦しくなり、歯を食いしばって必死に泣くのを堪える。

 

 「……先生」

 しばらくその様子を見ていたシロコだったが、やがて意を決したかのように先生の右手を掴んだ。

 「……シロコ?」

 その手を自分の心臓の上へと押しあてた。先生の手に彼女の鼓動がかすかに伝わってくる。

 「先生、初めて会った日のことを覚えてる?」

 「うん」

 

 アロナが選び出した対策委員会からの救援要請。

 先生はそれに応じて物資を持って出発するも遭難し、偶然出会ったシロコにおぶってもらいながら学校を訪れた。

 カイザーの息がかかったカタカタヘルメット団を対策委員会を指揮して撃退し、先生を内心信用していなかったホシノ以外から純粋な称賛を受けたあの時。

 

 「私はあの時『大人ってすごい』と思った。悪い大人(ゲマトリア)に騙されたホシノ先輩を助け出して、その後も色んな所で先生は奇跡を起こし続けた。

 そのせいか、先生はどこか私達とは違う生き物じゃないかって思うことがあった」

 手を通じて伝わってくる心臓の鼓動が早くなる。

 「でも安心した。体の丈夫さは違っても先生は私達と同じ。

 見栄っ張りでわがままで、理不尽な事に怒ったり悔しくて泣いたりする。

 同じ赤い血が流れてる……少し先を生きてるだけの人間」

 

 シロコは手を先生の背中に回し、そのまま優しく抱きしめた。

 「シロコ……」

 「困ったことがあったら、辛い事があったら頼ってって先生はいつも言ってた。

 だから、先生がどうしてもつらい時は私達に頼って」

 彼女のその言葉は、堪え続けていた感情を爆発させるのには十分なものだった。

 「……うあぁぁ……っ!」

 先生はしばしの間、自分の立場を忘れてシロコの腕の中で泣き続けた。

 

 


 

 

 「いやー珍しいもの見ちゃったねぇ」

 あの後、廊下の血痕の掃除やら医薬品の補充やらで居なかった他の対策委員会の面々が戻ってきてしまい、先生はシロコに抱きしめられたまま泣いてる姿を見られてしまった。

 「今まで考えたことなかったけど、大人って結構キツい立場ね……」

 「寄りかかって甘えたり、ちゃんと叱ってくれる人が基本的にいませんからね。特にキヴォトスでの先生のご立場だと……」

 

 強大な権限を持つシャーレの責任者として、『先を生きる者』として間違う事を許されず、子供達を常に支え続けていかなければならない。

 あちこちで出会う大人達も、シャーレの先生というフィルターを通した関係か、あるいはゲマトリアや犯罪者たちのような敵しかいない。

 

 「ユウカにしょっちゅう怒られてるのも、わざとやってるの?」

 「……ノーコメントで」

 「甘えたいならいつでもどうぞ〜☆」

 「恥ずかしいからしばらくいいよ……」

 両手を広げて待ち構えるノノミの誘いを断る先生。その顔は羞恥の感情で真っ赤に染まっていた。

 

 「落ち着いたところで先生、これからどうするの?」

 ホシノはいつもの眠たそうな目つきとは裏腹に、真面目な眼差しを向けながら聞いた。

 「やっぱり皆には秘密にしておくよ。でも『もしも』があるから、口が硬いセリナにはちゃんと話し「お呼びですか?」――うわ来た!?」

 全員が声のした方を向くと、そこには扉のドアノブを握ったまま肩で息をするセリナの姿があった。

 「もう……いつまで経っても病院に戻られないので探しましたよ」

 「ホントにごめん。でも心配させたくないから皆には」

 「申し訳ありません。手遅れかと思います……」

 セリナは眉をハの字にして即答した。

 「えっ」

 

 「皆さん! 携帯の電源を入れてください!」

 アヤネの叫びを受けて手持ちのスマートフォンの電源を入れると、大量の着信履歴が大名行列のごとく連なっていた。

 「ちょっと!? なによこれ!?」

 「……私達が先生の居所を知ってるとバレてるみたいだね」

 慌ててモモトークを開いたアヤネはひどく困った表情で愛用のタブレット端末の画面を向けた。

 「モモトークのシャーレグループチャットですが……皆さんに漏れてます」

 

 

 セナ:先生の居場所を知っている方は大至急お伝えください

 ヒナ:先生の?

 ユウカ:何かあったんですか?

 セナ:場の雰囲気と先生の振る舞いに飲まれていましたが、先生は本来動ける状態ではありません。

 このまま放っておけば本当に死体になります

 ヒナ:!?

 ツルギ:なん……だと!?

 イオリ:流石にそれはまずい!

 ハスミ:そういえば、先程アヤネから先生の様子がおかしくないかと聞かれました

 負傷していると答えましたら血相を変えて走っていきました

 マシロ:それです!

 ヒフミ:きっとアビドスの皆さんが居場所を知ってるはずです!すぐに連絡しないと!

 

 

 時刻はアビドス一行がその場を去った六分後。今から一時間以上前のログだった。

 「今の皆さんは作戦中に使う無線でやり取りしてます」

 「ええ……?」

 セリカはセリナからそう聞いて、人耳にはめたままのインカムのスイッチに触れた。

 

 『いました!! 救護室にアビドスの人全員とセリナさんと一緒にいます!!』

 「ぐぇっ」

 

 ノドカの声が爆音となって鳴り響き、セリカは汚い悲鳴を上げひっくり返った。

 それと前後して何かのエンジン音が遠くから近づいてきた。執務室と同じ高層階にある救護室からでも聞こえてくるような轟音だ。

 シロコとノノミは眼下の道路を、アヤネは空の彼方に何かを見つけてそちらを見た。

 「……あれ、ヒフミのクルセイダーだ」

 「チェリノちゃんの戦車にセナさんの救急車……えーっと、アル社長達の軽トラやヴァルキューレのパトカーもいますね~」

 「あそこで飛んでるヘリ、もしかしてミレニアムのヘリじゃ……」

 シャーレオフィス前の道路や駐車場は二両の戦車を含めた雑多な車でひしめき合い、液晶掲示板にはヘリポートにミレニアムサイエンススクール所属のヘリが着陸したという説明が映し出されていた。

 

 「心配させないってつもりだったのにさー、逆に大ごとになっちゃったねぇ先生?」

 「素直に病院に戻ればよかった……」

 

 

 上と下の階両方から地鳴りのように轟く足音の数々が、いつもの日常が戻ってきたことを告げていた。

 

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