作戦中に窮地に陥ったC&Cを指揮して救い上げた先生だったが、なぜかカリン以外の前には姿を現さなかった。
翌日、カリンは当番とテスト勉強のためシャーレのオフィスへ赴くが……
C&C、正式名称『Cleaning & Clearing』。
ミレニアムサイエンススクールの部活動のひとつであり、メイド服に身を包み清掃などの奉仕活動を行うことから『メイド部』とも呼ばれている。
その実態はミレニアムの諜報・内外工作部門であり、ミレニアム生徒会の指令のもと自治区内で暗躍する犯罪者やスパイなどの検挙、場合によっては他の学校の自治区への潜入や破壊工作などを行う秘密戦闘部隊である。
……あまりにも暴れすぎて不必要かつ甚大な被害を出すため、主にセミナー会計担当であるユウカのストレスの原因になっている上、C&Cが秘密工作員であるという『ウワサ』が公然と流れてしまっている。
加えて独断で動く事もあり、部長のネルがアリスに興味を持ったためにゲーム開発部を襲撃したこともある。
そんな彼女達は今夜もミレニアムの街を影から影へと駆け抜ける。
……
通路を埋め尽くす箱、箱、箱。
通風口から、本来放水ホースがあるはずの消火栓から、その辺のロッカーから。
キヴォトスではよく見られる小型ロボット『スイーパー』の軽武装モデルが、侵入者を制圧せんと次から次へと押し寄せてくる。
「だぁーもう!! ゲームじゃあるめぇし無限湧きすんじゃねえ!」
ネルは
普段なら二挺同時に撃って圧倒的な瞬間火力で敵を『掃除』するのだが、それをやってはリロードが追い付かないのが現状だった。
「楽しいね! でもいい加減弾が無くなりそうなんだけどどうしようかなー!?」
そう笑いつつ物陰に隠れながら、アスナは
そして振り向きざまに背後から湧きつつあった別の大群を撃ち始める。
もう一人、アカネは埒が明かないと床を爆破して脱出するための準備を始めていた。
なぜこのような状況になっているのか?
ミレニアムサイエンススクールから機密情報を盗み出した産業スパイを追って、某社のオフィスビルまで追い詰め無事情報の奪還に成功した。
ところがその直前、スパイが高そうな調度品を盗もうとしてレーザーセンサーに触れてしまい、ビル全体の無人警備システムが作動してしまったのだ。
窓という窓、外へ繋がる階段や連絡通路が特殊合金製のシャッターで封鎖され、三人はフロア内に閉じ込められてしまった。
外から狙撃支援を行っていたカリンも、これではまったく手出しができない。
「二人共、今から床を――」
『待ってアカネ、床のパネルが防弾プレートになってるから爆弾の効果が薄い』
「その声は……ご主人様ですか!?」
アカネの言葉を遮るように割りこむ通信。続けて本部の部員から連絡が届いた。
『HQより各エージェントへ。これよりシャーレのフェイス先生が指揮に入ります、そちらの指示に従ってください』
彼女達とは縁の深い連邦捜査部『シャーレ』の責任者『先生』が駆けつけてくれたらしい。
「ご主人様! 一体どうやって気づいたの?」
『たまたま近くを歩いてたらカリンを見かけてね。それより今から脱出方法を教える』
「早くしろよ先生!」
ネルは最後の弾倉を銃へと差し込みながら叫んだ。
『今君達がいる地点から左に五メートル先の行き止まりのとこ、昔隣に立ってたビルとの連絡通路跡だから壁が薄い。
そこを破ればいま隣にある別の会社が管理してる立体駐車場に飛び移れる』
「よしアカネ行け! 援護する!」
『待ってネル。今からフロアのスプリンクラーを誤作動させる。警備型スイーパーのレーザー銃ぐらいなら距離を取れば無力化できるから』
ミレニアムが抱える凄腕ハッカー軍団『ヴェリタス』でもないのに当たり前のようにハッキングを行う先生だが、それは個人の技能ではなく持っている
アロナの存在を生徒達は知ることかできないが、先生にしか扱えないそれに秘密があるのはミレニアム所属の部員生徒には常識となっている。
間もなくスプリンクラーが放水を始め、通路全体が雨に降られたかのように水浸しになってゆく。
警備型スイーパー唯一の武器であるレーザー銃の出力では、よほど近づかれない限りダメージを受ける事はほとんどない。
アスナが温存していたライフルグレネードを進路上の敵群へ撃ちこみ一掃すると、アカネはすばやく壁に駆け寄って爆薬をセットしてゆく。
『
「早くしろアカネ! もう弾がねえ!」
愛銃を腰にぶら下げ、普段はまず使わないバックアップの
「起爆します。二人とも伏せてください!」
間髪入れずに爆炎がフロアを包み、配線が焼き切れてスプリンクラーの一部が止まった。
「よし行け行け!」
アカネが
「っておい意外と距離あるな!?」
壁と駐車場までの距離は約三メートル。ネルは少し跳躍力が足りず駐車場側の出っ張りにしがみつき、普通に飛び移れたアスナがすぐに引き上げた。
最後にアカネが華麗に飛び移り、全員がビルから脱出した。
『カリンの到着まであと一分、急いで!』
休む間もなく三人は駐車場側の非常階段扉をこじ開け、一気に駆け下りていく。
地上に着くのとカリンが運転する
「早く!」
三人はカリンの呼びかけに答える余裕もなく後部座席へと飛びこんだ。
全員が乗りこんだことを確認したカリンはアクセルを踏みこんで急発進、ハンドルを切って旋回しすぐにその場を離れた。
……
ビルの管理会社と契約したPMCの車列とすれ違うのを見て、C&Cエージェント達はようやく肩の荷が下りた気分となった。
「今回は危なかったねー」
「しばらくスイーパーは見たくねえな……」
いつも通りの笑顔が戻ってきたアスナに対して、ネルは疲労困憊といった様子でシートの背もたれを倒した。
「……あら? カリン、ご主人様は一緒じゃないんですか?」
煤まみれになっているアカネは、助手席に座っていると思っていた人物がいない事に気づいた。
「先生とは狙撃地点で別れてる。他に……用事があるらしいから」
歯切れが悪い返答が気になるが、先生はいつも何かしらの厄介ごとを抱えてるので『そういうこと』なのだろうとアカネはひとまず納得した。
『お疲れ様みんな。それじゃまた今度ね』
……
翌日の朝、シャーレオフィス。
今日は休校日であるため、用事やアルバイトがない生徒は自由に時間を使える日でもある。
カリンは当番生徒としてここを訪れたが、シャーレも緊急性の高い依頼は入っておらず、今は溜め込んだ書類もないためほとんどが自由時間のようなものである。
実質的にまた先生から勉強を教えてもらうために来たようなものだった。
「おはよう先せ……ん?」
執務室の扉を開けると、いつもなら机に向かっているであろう姿が見えない。
耳を澄ませると小さく規則的な呼吸音がソファーの方から聞こえてくる。
「寝ているのか」
カリンは先生の頭頂部と、毛布の下からはみ出た『何か』を見て顔を赤らめる。
「(もふもふ……)」
眠っている間に触ってしまおうかと葛藤していると、もぞもぞと体を揺らして先生が目を覚ました。
「あー……おはようカリン」
「お、おはよう先生。今日は勉強の方を……よろしく」
彼女が挙動不審なのを見て自分の頭に触れる先生だが、手に感じた感触に顔をしかめた。
「やっぱり戻ってない……」
しゅんと気落ちしたのに合わせて頭に生えた狐耳がぺたんと倒れ、さわり心地がよさそうな大きな尻尾がソファーに転がった。
先生にキツネの耳と尻尾が生えていた。
昨日の夕方近く、山海経高級中学校・某研究室にて。
「さあ先生、今回は自信作だし動物実験も済ませてあるのだ!」
「……不老不死の霊薬、だよね?」
「今回は違うぞ?」
山海経の天才児にしてマッドサイエンティスト、薬子サヤは今日もシャーレの先生を新薬の実験台にしようとしていた。
もはや恒例行事だが、サヤにはわりと深刻なやらかしの前科がある。
「シュンの事があるんだから、後遺症が残る可能性が高いってのはさすがに遠慮したいんだけど」
「大丈夫! 少なくとも人体に直接被害は及ばないはずだから」
「はずって何!?」
サヤが作った『若返りの秘薬』なるものを飲んだシュンが一時的な幼児化を起こした事があるのだが、彼女はその後も突発的に幼女化してしまうという後遺症を抱えてしまった。
本人はこれはこれで楽しんでいるものの、常識的に考えて大問題なのは言うまでもない。
「という訳で、ぼく様特製・育毛の秘薬なのだ」
「毛生え薬?」
「毛が生えるのではなくあくまで育毛剤。
男女を問わず毛が細くて薄毛に悩まされてる人は多いし、即効性があるから髪をすぐに伸ばしたい人にも需要があるのだ」
「な、なるほど?」
不老不死の霊薬と比べればかなり現実的な効能ではある。が、これを飲んだら全身毛ダルマになっては困る。
これも材料を間違えた結果の前科がある。
「心配しなくても伸びるのは頭髪だけなのだ。ネズ助の頭もこの通り!」
そう言って手のひらに載せたネズ助を見せる。頭のところだけサラサラロングヘアになっており、いつも以上に困惑している様子だった。
「ネズ助……君の献身は無駄にしないよ」
「それどういう意味だ先生」
大事な友達のネズ助を実験台にしたということは、サヤには『この薬には害がない』という絶対の自信があるということである。
サヤは二〇〇ミリリットルサイズのグラスを取り出し、フラスコから琥珀色の液体を注ぎ込んだ。
「そうだな……この分量なら先生の髪がアリスぐらいまで伸びるはず」
先生の髪は先端が腰にかかる程度の長さであるため、単純計算で瞬時に一メートル以上伸びる事になる。
「で、味は?」
「先生が味見役なのだ」
「知ってた……」
丸椅子に座り、諦めて琥珀色というよりはきつね色の液体を飲み干す先生。
味が良くないらしく眉間に深いシワがよっている。
「まずっ……色に反して飲みやすくしてない青汁みたいな味がする!」
「うーん、成功したら要改良だな」
フラッシュのように一瞬、まばゆい光が先生を包みこんだ。
「……あれ? 何も起きてない」
先生は自分の前髪をいじるが一センチでも伸びた様子はなかった。
かと言って関係ないところに毛が生えた気配もない。
「……先生」
キョロキョロしていると気まずそうな顔のサヤが鏡を持って話しかけてきた。
「この結果はさすがのぼく様でも想定外なのだ」
「えっ」
サヤは先生の顔に向けて鏡面を見せた。先生はそれに写る自分の姿を見てみるみると顔を青ざめさせた。
「なんか属性増えてるーーっ!?」
どこかで聞いたような叫びが建物じゅうに響き渡った。
その後、何人かの生徒を口車に乗せて薬を試してもらったが、いずれも想定された通り『髪が急激に伸びて髪質も改善する』結果となり、サヤはこう結論付けた。
「先生は外の世界からやってきた人だから、もしかしたら秘薬に含まれる何らかの成分が予想とは違う働きをしたのかもしれないな。
つまるところ現状はぼく様もお手上げなのだ……」
まさかの降参である。
先生を除き人体実験……もとい臨床試験そのものは成功しているため、後日味を改善したうえで商品化されたという。
……
昨日の夜、先生がカリン以外の前に姿を表さなかったのはこういう事だった。
あまり知り合いに広まると騒ぎになるのが目に見えており、状況的にどうしても接触する必要があったカリンに口止めを頼んだのだ。
「そもそも先生が怪しい薬を簡単に飲むからでは?」
「返す言葉もございません……」
元々髪を伸ばすためのものとあって効果の持続時間がわからず、やむなく自分で解決法を探していたらしい。
テーブルにはカリンには読めない文字で書かれた本が何冊も置かれていた。
「まぁ肌が金ピカになったりネズミの毛が生えたりよりはマシだよね」
「先生、サヤの実験に付き合うのはやめようか」
二人は気を取り直し、今日のスケジュールを確認した。
まずは午前いっぱいで各種書類の作成を終わらせ、午後から余裕を持ってカリンのテスト勉強を行う。実に単純明快な予定だった。
そのまま何事もなく時間と仕事は進み、時計が正午を回ろうかというタイミングで本日のデスクワークは終了した。
「よし、それじゃお昼食べにいこうか」
先生は席を立って大きく背伸びをした。リラックスしてるのか尻尾がゆっくりと左右に振られていた。
「(さわり心地良さそう)」
そのもふもふを目で追うカリン。
「ん? どうかしたのカリン」
「……なんでもない。それより先生、あまり目立ちたくないのなら外に出るのは良くないんじゃ」
昨日の狼狽えぶりからすれば妥当な意見だったが、先生は顎に指を当てて考えこんだ。
「確か今の時間にこの辺りにいるのはせいぜいキリノかフブキぐらいだから、たぶん大丈夫かな?」
先生は緊急時の部員生徒招集のため、部員のスケジュールはある程度把握している。
それを踏まえるとこの時間帯、シャーレオフィス周辺にいる者はいないはずだった。
そう、『はず』だった。
……
キツネの耳と尻尾が生えたからって油揚げやいなり寿司が無性に食べたくなる訳ではなく、来たのはごく普通のファミリーレストランだった。
日替わりランチを食べ終わり、食後のティータイムと洒落込む先生とカリン。
そんな二人を仕切りとテーブル席を数個挟んだ場所から見つめる者が三人。
「なるほど……面白い事になってますね」
メガネのレンズに光がギラリと反射し、不気味な笑みを浮かべているように見えるアカネ。
ネルは仕切り板のすき間から様子をうかがっている。
「昨日姿を見せなかったのはそういうことか。どうせサヤの奴の仕業だろうが」
シャーレの作戦においてシュンが登用される機会は多い。それゆえに幼女化癖とその原因も部員達の間ではわりと知られている。
「ご主人様の髪と同じで毛並みが良さそうですね。……ふふ、あんな服やこんな服との組み合わせも悪くないですね」
「言っとくが今日は様子見だぞ? やりたきゃ明日にしとけ」
ジュースを飲みながら釘を刺すネルだが、一方無言となっていたアスナは遮蔽物ごしにわずかに見える耳と尻尾に視線が釘付けになっていた。
「課題範囲はここまでで、何か急な依頼がなければ四時半に模試をするよ。……カリン?」
オフィスに戻ってからの勉強の打ち合わせをしていた先生だったが、当のカリンがどこかうわの空だと気づいた。
「……もしかして尻尾触りたい?」
「あ、いや!?」
そうは言いつつ視線はゆらゆら動く尻尾に誘われていた。
「それはその……尻尾持ちはミレニアムでは珍しいし、一度ヒビキに頼んだことがあるけど断られて……」
顔を赤らめて両手の人差し指を合わせるカリン。
獣人型の生徒はミレニアムに限らず百鬼夜行を除く多くの学校で少数派なので、まず触れれる機会がめったにない。
シャーレに所属する事で必然的に他校の生徒との積極的交流が生まれているが、イズナ達には正直頼みづらいということらしい。
先生はそれを聞いて表情を日頃のアルカイックスマイルから笑顔へと変えた。
「それじゃ、模試の点数を七〇点以上取れたら触らせてあげる」
「……! いいのか先生?」
「ミレニアムの成績水準はよそと比べて高いし、それがカリンのやる気に繋がるなら、ね?」
実際のところC&Cエージェントは任務が忙しいのもあり、成績は不安定になりやすい。
強運が味方についているアスナと全方面に隙を見せることがないアカネはともかく、カリンと遅刻の常習犯であるネルはあまり教員側からの覚えが良くない。
獣耳も尻尾も敏感な部位なのは突然生えたものでも変わりなく、できるなら触らせたくないが生徒のためなら……ということらしい。
「カリンだけずるい! ご主人様! 私も模試を受けたい!」
突然テーブルの陰から現れる形となったアスナの登場に、先生は口にした紅茶を噴き出した。
「アスナ先輩!?」
「ゲホッアスナどうしてここに!?」
カリンは立ち上がって周りの席を見渡すが、数個先の席に眉間を押さえるネルと開き直って手を振るアカネの姿を見つけた。
「尾行されてたか……」
尻尾に気が向いてて気づけなかった事に頭を抱えた。
結局、なりゆきで全員が模試を受けることとなり、先生は四人に延々と尻尾をモフられ続ける羽目になった。
次の日には獣耳と尾は消えており、話を聞きつけたユウカやゲーム開発部を残念がらせた。
■オマケ
「ということがあってね」
ある日、ワカモの尻尾を見た先生はふと思い出した出来事を話した。
「それはとても残念ですね。あなた様のキツネ姿を見る事ができなくて……」
「あはは……」
ワカモはお茶を湯のみへ注ぎ、デスクに向かう先生へと運んだ。
「ありがとう」
「先日雑誌に載っていた体に優しいブレンド茶です」
「効果は具体的に何があるの?」
飲みやすくひと肌程度に冷ましてあるお茶をひと息に飲む先生。それを見てからワカモは口を開いた。
「なんでも、髪質が瞬時に改善されるという秘薬が「!?」あら」
先生が口に含んだ茶を噴き出すより前に体が輝き、また狐耳と尻尾が生えた。
「……ワカモ?」
「申し訳ありません、まさかまだ効果があるとは存じておらず……。
でもこれでお揃いですね? 先生♡」
謝りつつ満面の笑顔を浮かべるワカモを見て、先生は大きなため息をついた。
「……薬を飲む事自体は別にいいんだけど、一言断ってからにしようね?」
「はい♡」