シャーレの活動記録集   作:目多須でぃてくた

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 『先生が銃を取った日』の加筆修正版になります。
 終盤の展開が全く異なりますが、人を撃てない先生が銃を貰って喜ぶのはやっぱ変だなと考えた結果、全面的に変えることにしました。

■あらすじ
 シャーレの先生はホシノを助けたあの日、『再び』銃を手に戦った。
 だがシロコ達に劣らぬ戦闘力を持っていた彼には、どうしても出来ないことがあった。
 半年後、朝起きると家に上がりこんでいたシロコと休日を過ごす先生だったが……?


#10 先生が銃を取った日

 

 二月一八日。

 

 アビドス廃校対策委員会が作り上げた縁を先生が繋げて回り、『ゲマトリア』に拉致されたホシノを助けるために強大なカイザーPMCに立ち向かったあの日。

 ヒフミがトリニティ生徒会(ティーパーティー)から引き出した榴弾砲が、ヒナ達ゲヘナ風紀委員会が、まさに最高のタイミングで駆けつけて足止めを引き受けた便利屋68が傭兵部隊を蹴散らしてゆく中、シロコ達アビドスの三人とシャーレの先生は『黒服』から聞き出したホシノの監禁場所のバンカーを目指して戦場を突っ切っていた。

 目前に現れた無人戦車を撃破し前進すると、支援ドローンで空中から周囲を警戒していたアヤネから緊急通信が入った。

 

 『皆さん! 『ゴリアテ』が来ま……伏せて!』

 「! 伏せるな全員散れ!」

 ドローンから送られた映像をタブレット(シッテムの箱)で確認した先生は先行する三人へ散開を指示し、近くにあった建物の陰に飛びこんだ。

 

 閃光と共に光の濁流が押し寄せ、直前まで三人がいた場所で炸裂し大爆発を起こした。

 先生が隠れた建物も衝撃波で屋根が吹き飛んだが、壁はかろうじて崩れなかった。

 「みんな大丈夫!?」

 もうもうと立ちこめる爆煙の中に呼びかけるも、返事が帰ってこない。

 先生はハンカチで口と鼻を覆い、迷うことなく煙の中へと入った。

 

 「セリカ!」

 しばらく周りを探すと、巻き上げられた土に半ば埋もれる形でセリカが倒れていた。

 目立った外傷はないようだが意識はなく、普段は頭の上に浮かぶヘイローが消えていた。

 「アヤネ! さっきの攻撃ヘリのところに物資投下! 一旦そこまで後退する!」

 アヤネに指示を出すとセリカを肩に担ぎ、彼女の突撃銃(シンシアリティ)を手に取って煙の中から出た。

 「ご無事でしたか!」「……セリカ!?」

 「敵ヘリのとこまで後退! 駆け足!」

 ほうほうの体で現れたシロコとノノミを伴い、先生達は全力でその場から逃げ出した。

 

 

 

……

 

 

 

 「なんなのよ全く……! なんでたった三人相手にゴリアテまで持ち出してるのよ!」

 意識を取り戻したセリカはやり場のない怒りを叫んだ。

 「よっぽどホシノ先輩を手放したくないようですね……」

 ノノミはそんなセリカを手当てしながら横目で先生を見る。

 彼はPMC兵が捨てていった銃や弾薬を拾い集めたあと、ヘリの残骸を調べていた。

 

 人型歩行砲台『ゴリアテ』、全高約一二メートル。

 腕部に対人用ガトリングガン、対装甲用チェーンガンおよび40mm自動擲弾銃をそれぞれ砲身型ガンポッドで左右に一門ずつ、計六門二基セット備える。

 これだけでもかなりのものだが、主砲として頭部に荷電粒子砲を備え、その戦力は一機で歩兵大隊に匹敵する。

 重装備の代償として装甲は薄く動きも鈍重なため、腕のいい生徒が徒党を組めばジャイアントキリングも容易である。

 

 問題は、いまのアビドスにはその戦力がないということだ。

 壁役(タンク)のホシノを欠き、シロコのミサイルドローンは弾切れで攻防の両方がない。

 協力者たちとは距離が開きすぎて孤立無援、シャーレも活動を始めたばかりで部員生徒はまだ一人もいない。

 

 『詰み』という言葉が一行の脳裏をよぎった。

 

 「ふざけんじゃないわよ……! あいつを倒せばホシノ先輩のとこまでたどり着けるのに諦めろっていうの!?」

 悔しさのあまり、セリカの口からギリリと歯を噛みしめる音がした。

 

 「諦めるのは早いよ。策はあるから」

 それを真っ向から否定する先生の言葉に、警戒を続けるシロコ以外の視線が向けられた。

 「いま確認したけどヘリの火器管制装置(FCS)対戦車ミサイル(ATM)は生きてるし予備電源も無事。

 これを使えば動きが鈍くてミサイル迎撃システムのないゴリアテを倒せる」

 「でもどうやって操作する気ですか? コクピットは潰れちゃってますよ?」

 「大丈夫」

 先生は二人にシッテムの箱を見せた。

 「これでコンピュータをハックできた。

 照準はシロコのミサイルドローンのFCSで行ってアヤネの支援ドローンでリレー、そして情報を受け取った『これ』でATMを撃つ」

 「そのタブレットすごいですね……」

 「ノノミのゴールドカードと同じぐらいね」

 

 おどけた返事を返したが、問題はいくつかあった。

 「先生、ドローンは私から一〇メートル以内でしか飛ばせない。

 レーダーの射程を考えると最低でもゴリアテから二〇メートルの所まで近づく必要がある」

 銃弾が飛び交う戦場では目と鼻の先である。

 「腕の砲台でやられちゃうわよ」

 手当てが終わり、銃が壊れてないか確認を始めたセリカがそう言った。

 「セリカ、逃げ出した時にはもう相手の射程圏内だったんだ。なら普通は背を向けて逃げる私達に弾幕を浴びせてくる」

 「……弾を積んでない?」

 「たぶんね。カイザー側としてもたぶん慌てて予備機を出してきたんだろう」

 おそらくトリニティ部隊や風紀委員会に対してもゴリアテを回しているはずである。

 ゴリアテは攻撃ヘリや戦車と比べて大変高い兵器なので、カイザーPMCといえども数を揃えられないのだ。

 

 「先生、もうひとついいですか?」

 今度はノノミから質問が飛んだ。

 「何?」

 「ヘリがやられては元も子もないですから護衛が必要ですけど、ゴリアテの周りには武装オートマタがいっぱいいます。

 それぞれシロコちゃんとセリカちゃんが行くとして、一番火力がある私はどっちに付けばいいでしょう?」

 「君とセリカはヘリの護衛、シロコと私がゴリアテに近づく」

 アヤネを含めた全員が己の耳を疑った。

 

 「……へっ?」

 『あの……先生?』

 「データさえ入ればシッテムの箱(これ)が全部やってくれる。私は手持ち無沙汰だからシロコをフォローをする」

 PMC兵が残した自動小銃(AR-15カービン)の棹桿を引き、弾倉から新しい弾を装填する。

 「ほ……本気で言ってるの先生!? 銃撃ったことあるの!?」

 「……言いたくなかったんだけど、先生になる前は銃を使う仕事をしててね。慣れっこなんだ」

 背広のポケットに予備の弾倉を詰めれるだけ詰めてゆく。

 「二度と銃を使わないつもりだったけど、背に腹は代えられない。君達のためだからね」

 セリカもノノミも信じられないといった顔だった。

 「先生……」

 「……みんな、オートマタが動き始めた。距離を詰めてくる」

 話を遮ったシロコの報告は全員に緊迫感を持たせるに十分だった。

 このままではまずい。

 「文句はホシノを助けた後でいくらでも聞くよ。今はヘリとタブレットを死守して。

 ……シロコ、行こう」

 返事を待たずに走り出す先生と、その背をすぐに追うシロコ。

 

 「ああもう! 先生も絶対に生きて戻ってきてよ!?」

 「先生が死んだらなんにもならないんですからねー!?」

 

 

 

……

 

 

 

 オートマタ部隊までの距離、二〇。ゴリアテまでの距離、六〇。

 先生は事前に確認した地形情報をもとに、シロコが少しでも安全にゴリアテへ近づくためのルートを頭の中でシミュレートし、彼女へ伝える。

 

 「……先生」

 「なに?」

 砂の上に描いた地図で進行ルートを覚えるさなか、シロコは気になった事を聞くことにした。

 「先生は教師になる前、何をしてたの?」

 その質問に対して、先生はいつもとはまた違った真面目な顔で答えた。

 「……軍隊で隊長をしてたよ。

 君達と同じぐらいの歳には士官学校に入ってて、卒業したらすぐに戦争が起きて、今まで見たことがない化け物と戦ってた」

 シロコはずっと前に読んだ『キヴォトスの外』の話をまとめた本を思い出したが、先生の来た国はそれに書かれていたものとはだいぶ違うようだった。

 「味方も家族も友達も大勢死んで、やっと戦争が終わった時にはひとりぼっちさ。

 ……とても虚しくなった」

 先生はそう言いながら敵兵が落としたのを拾った拳銃(92A3)の遊底を引き、薬室に弾を装填するとベルトとズボンの間に差し直した。

 「だから銃を持つのが嫌になって、今度は戦場じゃなくて教壇で戦うことにしたんだ。親のいない子供たちが大勢いるし、先生もいっぱい死んじゃってたからね」

 「……」

 オートマタ部隊までの距離、一〇メートル。

 「休憩は終わりだ。シロコ、頼んだよ」

 「ん……先生もね」

 シロコは最後の手榴弾を先生に託し、瓦礫の陰から陰へと密かに走り始める。

 「全員準備はいいか? ショータイムだ!」

 『やってやろうじゃないの!』

 無線からセリカの威勢のいい叫びが聴こえた。

 それと同時に安全ピンを抜き、オートマタへ手榴弾を投げつけた。

 

 爆発と共にオートマタが二体吹き飛んだ。他の個体は一斉に警戒モードに入り、手榴弾を投げつけてきた方向へ銃口を向けた。

 「こっちだブリキ野郎!」

 そこから離れた岩陰から罵声と銃弾が浴びせられ、頭部を撃ち抜かれた個体が全機能を停止する。

 

 敵はヒトガタ一体、アサルトライフルとハンドグレネードで武装。

 

 オートマタは三機ずつの組に分かれ、三方向から岩を取り囲むように動いた。

 「(固まって動けばいいものを)」

 左翼から詰めてくる組の頭に照準眼鏡(スコープ)のドットを合わせ、指切りでバースト射撃を行う。

 残り八、七、六。

 空いた方向から飛び出し、フルオートで弾幕を張りながら建物の残骸の陰に入った。

 

 空弾倉を落とし、新たな弾倉を挿し込んでボルトリリースレバーを押し後退位置にあったボルトを前進させる。

 「(オートマタのARは7.62mmNATO弾と同規格のJHP……そういえばミレニアムでは違法になるとか言ってたな)」

 キヴォトスの住人はヘイローを持つ女子生徒のみならず、すべての人間がきわめて頑丈な肉体を持ち、皮膚は弾丸の貫通を許さない。

 貫通しないのであればフルメタルジャケット弾よりも、意図的な変形で運動エネルギーを衝撃に変換できるホローポイント弾の方が効率的にダメージを与えられる。

 ユウカが『痕が残る』とまで言っていたのだから相当なものだろう。

 「(そんな代物を連中は民間人に撃ってたのか)」

 ホシノが騙され拐われた初日、カイザーPMCがアビドス高等学校を攻め落とすために市街地で無差別攻撃を行ったことが脳裏に蘇る。

 「……今はそれを考えてる暇はないな」

 さらに後方から増援のオートマタが現れた事に舌打ちし、先生は次の一手を考える。

 

 

 

……

 

 

 

 ヘリの残骸目掛けて殺到する戦闘機械の大群。

 セリカはオートマタ兵の持つRPGの弾頭を狙い撃って爆発させ、複数体をまとめて吹き飛ばし、ノノミは抱えたガトリング銃(リトルマシンガンⅤ)の弾幕で空から迫る飛行ドローンもろとも薙ぎ払ってゆく。

 「そろそろオーバーヒートしそうですね……!」

 「あーもうシロコ先輩早くして!」

 悲鳴に近い叫びをあげながらもセリカの手は冷静に動き、撃発不良(ミスファイア)を起こした弾を棹桿を引いて捨て次の弾を送りこむ。

 

 シッテムの箱の中ではアロナが情報はまだかと待ち構えていたが、それを知るのは先生のみだった。

 

 「……!」

 ゴリアテの進路を迂回し回り込もうとしているシロコは、荷電粒子砲の危害範囲外から警戒していたPMC兵の小隊と遭遇した。

 「HQ! ゴリアテ4から見――」

 「言わせない」

 「があっ!?」

 

 隊長の頭にすばやく弾を叩き込み口を封じ、銃床で殴りかかってきた兵士を避けつつ回し蹴りを浴びせて銃撃でとどめを差す。

 その兵士から手榴弾を奪い、遮蔽物の陰にいた兵の集団へ投げつけまとめて撃破。

 更に奪ったミニガンを掃射して電柱を倒し、数名を下敷きにして倒す。

 一対二五、数の差は実力を持って埋められていた。

 

 「なんて奴だ! 素人がたった一人で完全武装の小隊を圧倒するなど!」

 「数で押せ! 弾が当たればこっちのペースに持ちこめる!」

 一斉に弾幕を浴びせかけるが、射線を読み銃弾を正確に躱すシロコの心は驚くほど落ち着いていた。

 「(ユニット起動)」

 ゴリアテまで二〇メートル圏内に入ったのを知り、捨てられたバスの陰に入った一瞬でミサイルドローンを飛ばし、ゴリアテへと向かわせた。

 錆びついたバスのボディに次々と穴が開いていくが、シロコは銃をリロードしつつ既に先生と合流する算段を考えていた。

 

 『ドローンからの情報送信を確認、先生のタブレットへリレーします!』

 アヤネからの通信から数秒後、ノノミとセリカがいる地点から三発の対戦車ミサイルが飛び出した。

 腕のランチャーに弾がないゴリアテはなすすべもないまま頭部と胴体にミサイルを食らい、大爆発を起こしてバラバラに崩れ落ちた。

 

 「ゴリアテがやられた!?」

 「駄目だ……こんな奴らに勝てっこない!」

 「撤退だ! 撤退しろ!」

 装備が充実したPMCの兵士ではあるが、所詮は退学させられた不良生徒や犯罪者の集まりである連中は戦意を失い、一目散に逃げ去っていった。

 「……先生、すぐ戻るよ!」

 

 

 

……

 

 

 

 「……先生?」

 シロコやゴリアテ撃破を確認し駆けつけた二人は目の前の光景を疑った。

 「作戦成功だね」

 大量のオートマタの残骸が地面を埋め尽くすなか、先生は肩で息をしながらもほぼ無傷で立っていた。

 「先生の戦闘力も無茶苦茶ですね……」

 「なんで今まで戦わなかったのよ?」

 もっともなセリカの疑問に、先生は小銃をその場に捨てながら笑って答えた。

 「私は君達の顧問だよ? いざって時これぐらいできなきゃ足手まといだよ」

 「答えになってないわよ!」

 「話は後にして! 今はホシノを助け出すのが先だから」

 話を強引に打ち切った先生は本来の目的を告げ、先を急がせた。

 

 

 


 

 

 

 半年後……。

 

 シャーレオフィスより十数キロメートル離れた場所にある住宅街、そこに『シャーレの先生』が住む借家がある。

 元々はアパートを借りるつもりだったのだが、キリノを伴っての粘り強い探索の結果、訳あり物件として安く貸し出されていた家を見つけたのだ。

 

 訳ありの理由は『ある凶悪な犯罪組織の首領が入居していた』というものだったが、銃犯罪が頻繁するうえにそういった反社会的勢力がブラックマーケットとして都市を築くキヴォトスで気にする事か? というのが先生の感想であった。

 神経質そうな猫族の大家は『あの』シャーレの先生が家を見てみたいと仲介業者から聞いた時、飛び跳ねて喜んでいたという。

 

 それはそれとして、明日は日曜日。緊急依頼がなければシャーレも休みである。

 先生は山積みの仕事で疲れた体を引きずり、危うく電車を乗り過ごしかけながら家に帰ってそのまま眠りについた。

 そんなに疲れてるなら居住区で休んでからにしろよと言いたいところだが、自宅へ帰る判断を体に覚えさせるためにもこれは譲れないらしい。

 

 

 

……

 

 

 

 『学園都市キヴォトスね……ってこれ完全に違う世界じゃねえかよ!』

 どこかの静かな酒場で、『先生』の隣に座る顔面偏差値がやたら高い男は叫んだ。

 『おいおい本気で承けたのかよ? 向こうへ渡ったら当分の間帰ってこれねえぞ?』

 『この世に未練はないし、私を求めてくれる人がいるならいいかなって』

 『世が世なら子供の夢物語かキ●●イの妄言だぞ……?』

 呆れながらウイスキーの水割を口に流しこみ、『先生』の顔を見て笑う。

 『まあこんなご時世だ、予備役が一人消えたところで誰も気にしねえよ。お上はお前の事なんざもう気にも留めてねえ』

 『あはは……お前にはいつも世話をかけるな』

 『気にすんな。

 ……頑張れよ。俺も『あいつら』も応援してるからな』

 『ありがとうな、相棒』

 『んじゃ、英雄の新たな門出に乾杯だ』

 男は空のグラスに新しく水割を作ると、『先生』が手に持ったグラスに軽くぶつけた。

 

 

 

 泥のように深く眠っていた先生は、何やら物音が聞こえてきた事で目を覚ました。

 時計を見ると時刻は八時を回っていた。

 「……布団に入ったっけ?」

 ベッドに転がったところまでは覚えているが、背広を脱いだ記憶も布団に潜り込んだ記憶もない。

 首元のボタン二つとネクタイが外されており、寝ぼけてやったのでなければ誰かがやったのは確実だ。

 「誰かいるな……」

 挙げるとするならアカネかワカモだが、それ以外に普通に泥棒が入りこんでいる可能性もある。

 用心のため特殊警棒を手に取り部屋を出た。

 

 物音がするリビングを覗きこむと、そこには見慣れた女子生徒の姿があった。

 「シロコ!」

 「ん……おはよう、先生。シャワーと工具借りたよ」

 ブレザーとマフラーを脱いだシロコは、テーブルの上でバラした愛銃『WHITE FANG 465』を組み立てている途中だった。

 「どうしてここに?」

 「昨日は夜遅くまでアルバイトしてたけど、アビドスまで帰るのには遅い時間だったし、先生の家に上がらせてもらった」

 どうやら寝ている間に上がりこんでリビングか空き部屋に泊まっていったらしい。

 だがそこで疑問が頭に浮かんだ。

 「……鍵は?」

 「開いてたよ?」

 「疑ってごめん」

 母校や仲間のためなら大真面目に誘拐や強盗計画を立てるのがシロコだが、さすがに空き巣まがいの事はしないようだと安堵する先生。

 「朝ごはんまだだよね? 今作るよ」

 「ありがと」

 警棒をベルトの後ろ側に差し込み、先生はキッチンに向かった。

 

 

 シロコと朝食を取ったあと、シャワーを浴びて身支度を整えた先生は再びリビングへ入った。

 「……そういえば先生」

 シロコはサイドアームの拳銃の組み立てを終え、同じソファーに一人ぶん離して座った先生へ話しかけた。

 「どうしたの?」

 「先生ってシャーレの仕事以外じゃ銃を持ってないんだよね? どうして?」

 

 彼が普段持ち歩いている自動拳銃は連邦捜査部が保有する『備品』であるため、勤務時間が終われば武器庫へ収める決まりとなっている。

 ゆえに通勤中やオフの先生は丸腰であり、帰り道にスケバンなどに襲われるとなすすべがない。

 そのため、『シャーレの先生』の評判は良いのに実物を見て幻滅する生徒は少なくない。

 

 「シロコ、私はシャーレの仕事の外じゃただの教師だよ。銃を持たないのは当たり前」

 「む……仕事の時はあんなに頼もしいのに」

 先生のその返しに少し不満らしく、顔がムスッとした表情になった。

 「具体的に誰とは言わないけど、ずっと肩に力を入れてると気疲れしちゃうし、何かのきっかけでその緊張が解けた時に反動でひどく滅入っちゃったりするんだよ?

 オン・オフはしっかりしないと」

 「先生はいいの? 何も知らない人達からバカにされて」

 その言葉にややムキになって反論するシロコ。仲間達をあざ笑われた時と同じ反応だった。

 

 「私はキヴォトスいち脆い人間だ。よほどの事がなければ君達のように積極的に戦うべきじゃない。

 言葉で説得できたならそれに越したことはないし……男なのに大人なのに情けないとか、そういう感情なんかとっくに捨ててるよ」

 自嘲するように告げ、マグカップに淹れたアイスココアに口をつける。

 生徒ではなく自分自身の事であるが故に、彼の反応は冷淡そのものだった。

 シロコは表情が抜け落ちたような先生の顔を見て、動く事を決めた。

 

 「えっ」

 体を横に倒し、先生をひざ枕にして顔を覗いた。

 「なら先生、ホシノ先輩を助けた日のあれは? 先生は自分で自分のルールを破ったよね?」

 「……」

 「私も、ノノミもセリカもアヤネも、あの日の先生の判断と行動を間違いだなんて思ってない。もちろんホシノ先輩も」

 その言葉を聞いて、先生は呻くように言葉を返した。

 「……あの時、私は『人』を撃っていない」

 「うん。あの時話してくれた事、ちゃんと覚えてるよ?

 先生が戦いたくない理由は……故郷でいっぱい人が死んだのを見たから、だね?」

 「……そうだね」

 自分のひざ枕に載ったシロコの頭を撫でながら、先生は話を続けた。

 

 「私は『人』を撃つことができない」

 「ん……」

 「君達が簡単に死なないことぐらい今までの活動で見てきて分かってるけど、だからと言って引き金を簡単に引いてしまっては『人としての道を踏み外してしまう』気がするんだ」

 先生の手から伝わる感触に目を細めながら、彼の次の言葉を待つ。

 「あの日銃を手に戦った時から、また私は戦わなきゃならないから、いざという時は人を撃つ必要もあるって覚悟は決めた。

 ……決めたはずだったんだけど」

 彼はシロコの頭を撫でる手を止め、腕を組んで目を閉じた。

 彼が言葉に困った時の癖、だとシロコは知っていた。

 

 

 アリウス分校によるエデン条約締結式襲撃事件。

 あの混乱のさなか、無限に現れるユスティナ聖徒の複製(ミメシス)から逃れるためツルギ達が敵の足止めをする間に、先生はヒナに連れられて必死に走った。

 

 会場警備をしていた誰かが落とした銃のコッキングハンドルを引く先生の姿を見て、既に満身創痍のヒナは驚きの声を上げた。

 『先生、……本当にあれと戦えれるの?』

 ヒナは彼と付き合ううちに先生が『人を撃てない』事に気づいていた。

 『撃たれたら光の塵になって消える相手が人間だと思う? 実弾が効く幽霊なんて怖くないよ』

 そんな彼女の不安を取り払うかのように、先生はいつも通り笑ってみせた。

 

 だが、自身を殺すべく銃口を向けたサオリに対しては、銃は向けたがどうしても引金を引くことが出来なかった。

 一秒にも満たない葛藤が事態を悪い方向へ動かし、倒れていたヒナは先生を突き飛ばして自らを射線上に飛びこませた。

 運悪く当たった銃弾は偶然にも、背広のポケットに入れていたメモ帳とスマートフォンに当たって減速し、致命傷を免れることができた。

 しかし駆けつけたセナの救急車に引っ張り込まれる先生についた『自分のものではない』血を見て、ついにヒナの心は折れてしまった。

 

 

 「ヒナを傷つけてしまった反面、あの時サオリを撃たなかった事に安心してしまう自分がいる。

 ……ひどい大人だよ、私は」

 右手で目を覆い深いため息をついた。

 シロコは体を起こして距離を詰めると、そのまま彼の体に寄りかかった。

 「シロコ」

 「ねえ先生……先生はキヴォトスにずっと住むんだよね?」

 「うん」

 「なら、先生は先生のままで変わればいい。

 生徒じゃ戦えない相手に先生は戦う、先生が戦えない相手には私たちが戦う。

 いつも通りでいいから、ゆっくりと心の整理をつければいい」

「……そうだね」

 

 先生はしばらく何も言わずに寄りかかるシロコの体の軽さを感じる。

 いつも暴走や良くない趣味を先生として咎める側であったが、今回ばかりはシロコに教えられる形となった。

 一方のシロコも先生の肩に頭を預け、彼が今キヴォトス(ここ)に生きている感触を味わった。

 

 「(ねえ先生、私はもっとあなたを知りたい。もっと身近にいたい)」

 ソファーに投げ出された先生の左手に自分の右手を重ねる。

 「(できるなら、ずっと一緒に……)」

 「……シロコ?」

 「先生、……ユヅキは――」

 

 ピンポーンと、呼び鈴の電子音がリビングに鳴り響いた。

 「ごめん、出ないと」

 先生は立ち上がると壁に際にあるインターホンへと向かった。

 「……むぅ」

 

 『先生に告白しようとすると何かしらの邪魔が入る』ジンクスは彼に思いを寄せる生徒の中ではよく知られていた。

 キリノという例外がいるが、彼女は結果的にハナコという魔神を呼び覚ましてしまったのでプラマイゼロである。

 

 

 

……

 

 

 

 先生が着払いで受け取った荷物、それの伝票には外の世界の送り先住所と氏名が書かれていた。

 「あいつ……!」

 「誰?」

 「私の親友だよ。

 くそっ、あの野郎バカ高い着払いしやがって! ユウカに怒られるじゃないか!」

 「……」

 思わず言葉づかいが乱れる先生、その人前では決して見せることのない姿にシロコは驚きを隠せない。

 

 段ボール箱を開き梱包材をどかすと、中から一通の手紙と古びたヘルメットなどプロテクターなど装備一式、明らかに民間用ではない服が数着現れた。

 「先生、先生の故郷じゃこういうのは犯罪じゃないの?」

 「正規ルートでお古を放出するようにはなってたけど、戦争のせいで横流しされやすくなってるんだ……なになに」

 

 

 『久しぶり。キヴォトスでの生活には慣れたか?

 なんかこの間装備品の横流しをしていたバカを逮捕した時に、流されそうになってた装備の中にお前が使ってたのがあったから買い取っておいたぞ。

 お前へのツケを払う代わりに贈るが、ツケだけじゃ代金が足りなかったから送料はお前持ちにしとくぜ!

 それじゃ、機会があったら会おうぜ』

 

 

 「あいつ……」

 「これ、先生が兵隊してた頃に使ってたやつ?」

 ヘルメットを裏返してスンスンと鼻を鳴らすシロコ。

 「待ってお願いだから嗅がないで謝るから」

 「ん……」

 メットにせよプロテクターにせよかなりの擦り傷があり、相当使いこまれていた事を示していた。

 「背広を着るよりは安全だろうけど、どうするかな? ……あ、いい事思いついた」

 「先生?」

 

 


 

 

 シャーレオフィス、格納庫。

 任務時に使う汎用ヘリ(UH−1)や生徒が持ちこむ戦車などのビークルを収容したり整備したりする部屋の片隅に、やや古い見た目の側車付きオートバイが鎮座している。

 先生は親友から贈られた懐かしい服と装備を身に着けると、オートバイを見ていたシロコの前に姿を現した。

 「これ、確かゲヘナで拾ってきたって奴だよね?」

 「拾ってきたんじゃなくてスクラップとして譲ってもらったんだよ。さすがに勝手に持ってきたらダメだって」

 

 

 ふた月ほど前、風紀委員会への用事でゲヘナ学園を訪れた先生だったが、ついでにイロハを訪ねた際に格納庫の片隅で埃を被っていたこれを見つけた。

 『これ使ってないのかい?』

 『前はそこそこ走ってたんですけどね、マコト先輩の無駄遣いの帳尻合わせで万魔殿の備品整理をした時に廃棄になりまして。

 もう登録抹消してますし、そのうち標的にしようと放置してたんですよね』

 『ふむ……。これっていくらなら売ってくれる?』

 

 イロハとあれこれ交渉した結果、破格の値段で譲ってもらい、シャーレの格納庫で仕事の合間を縫ってコツコツとレストアを続けていた。

 そのうちエンジニア部が目をつけて、自由に改造を施したのちミレニアムで車検を取り、公道を走れるようになった。

 その際、居合わせた一同で誰が先生と最初に乗るかで揉めたのはここだけの話。

 

 

 「私の知ってるBMW・R75ってトライクと同じ型なんだよね。すごい古い車種だから博物館入りしてるような車なんだけど」

 「ふーん……」

 シロコは視線を先生の足元から頭の先まで舐め回すように動かした。

 黒い半長靴とコバルトブルーにライトグレーのストライプが入ったフライトスーツ風のつなぎ、同色のジェット型ヘルメットに黒のプロテクターとミリタリーベスト。

 色合いもあって軍人というよりは特撮ヒーロー番組に出てくる特捜チームの隊員のようだった。

 「(カイテンジャーが見たら反応しそう)」

 「どうかしたかい?」

 「いや、何も」

 

 先生がバイクに跨がると、シロコは側車ではなく先生の後ろに座り、腰に手を回した。

 「シロコ?」

 「ん……今回はここがいい」

 「……まあいいか。それじゃしっかり掴まっててね」

 リモコン操作で開かれたシャッターが上がりきったのを確認しエンジンスタート。

 ヒビキの魔改造で外観を変えずに排気量を800cc以上まで上げられたエンジンが唸るように振動するが、排気音は驚くほど小さい。

 シロコがゴーグルをかけてガッチリと抱きついたのを確認すると、ギアを一速に入れてスロットルレバーをゆっくりと回した。

 400kgの重厚な車体は徐々に加速しやがて格納庫を出る。先生は密かにシッテムの箱(アロナ)に頼んでシャッターを閉めてもらうと、進路を公道へと向けた。

 

 

 オートバイはハイウェイを通って行政区(D.U.)を抜け、トリニティの街へ出た。

 ドイツ第三帝国で使われたものそっくりのオートバイが大英帝国調の街並みの中を走るのは滑稽かもしれないが、ここは学園都市キヴォトスである。

 「どこに向かってるの?」

 「うーん、適当に飛ばしただけだからなぁ。

 ……もうお昼だし、前にヒフミ達と行ったカフェで何か食べようか」

 「ヒフミ達と? いつ?」

 「補習授業部のあれこれの時さ。

 夜中だったんだけどちょっとした理由でハスミがいたし、美食研究会が近くで暴れたりとか色々あったよ」

 左の方向指示器(ウインカー)を点滅させながらスロットルを緩め、交差点をきれいな曲線を描いて左折した。

 

 

 カフェで軽食を食べ、食後のティータイムに更ける二人。

 シロコは無糖のレモンティーに対して、先生はガムシロップや砂糖を入れないアイスカフェラテを飲んでいる。

 「どうだいツーリングは? ライディングとはまた違った感じでしょ?」

 「ん。……スピードは自転車とは段違いだし、自動車の合間を縫って走るのも面白かった。

 でも自分の足で力を制御できないってのは少し怖いかも」

 「あーなんか分かる。慣れないうちはどうしてもね」

 自動二輪車はスロットルレバーを回す事でエンジンの回転数を上げるようになっているため、手動にせよ自動にせよ変速機の操作をわずかでも誤れば、たちまち前輪が浮き上がりウィリー状態になってしまう。

 それ故に原付バイクすら怖くて乗れないという人はたまにいる。

 

 「だから、乗るなら先生の後ろに座るのがいい」

 「……生徒の気持ちを黙殺してる私が言うのもなんだけど、どうやらシートの後ろも競争力高いみたい……あ」

 「……」

 シロコから氷点下のような冷たい視線を浴びせられて、先生は自分が余計なことまで言ったことに気づいた。

 「ふうん。

 みんなが先生を『そういう』意味で好きだってこと、無視してる自覚あったんだね?」

 「ま、あね……。ワカモやチナツだけじゃなくキリノからああまで言われたら、どんな鈍感でも流石に……」

 気まずくなった先生はシロコから目をそらした。

 「……ふふっ」

 

 

 「ねえ先生」

 「なんだい?」

 「先生の子供の頃の夢はなに?」

 「うーん……。人の役に立てる仕事をする、かな」

 「……昔も今も、ユヅキは色んな人を幸せにしてるよ。

 だって、私たちがそうだもの」

 

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