■あらすじ
ある日の早朝、先生はアリウス自治区におけるゴルコンダとの遭遇を夢で見て目が覚めた。
心のモヤモヤをどうすればいいのか考えた末、ヒマリに話をすることに決めた。
「く、ぐぅっ……」
花を模した異形の怪物と化したベアトリーチェはサオリら『自分が騙し支配していた』子供たちによって敗れた。
『儀式』のために磔にされたアツコを助け出す事だけに意識が向き、誰も倒れ伏す憎き『マダム』など気に留めていない。
「終わりだよ、ベアトリーチェ」
「よくも……わ、私はまだ……まだ!
たかだか儀式を妨害した程度で図に乗らないでください!」
彼女は歯を食いしばり、こちらを射殺さんと殺意をこめた視線を向けて、まるで負け惜しみのような叫びをあげた。
「まだ私にはバルバラもアリウスの兵力も無傷で残っている!
そうだ。あのガスマスク軍団を足止めしているミカを早く助けないといけない。
私は意を決して、絶対に使うまいと決めていた
「一度の勝利ごときで、終わりになど──」
「いいえ、このお話はこれで終わりです」
「……!!」
声のした方へ振り向くと、あの『黒服』よりも人間性を欠いた姿の男がこちらへ歩いてくるのが見えた。
杖をついたコート姿の大男。
その首から上はなく、左手で山高帽子をかぶった男の後頭部を写した写真の入った額を抱えている。
さながらデュラハンだ。
「ゴルコンダ……!!」
ベアトリーチェは心底憎いといった様子で男の名前を呼んだ。
「ああ、落ち着いてください。驚かせたのなら申し訳ありません。
私は『ゲマトリア』のゴルコンダ……」
懐に手を入れたままの私を見て(?)、ゴルコンダはこちらへ警戒を解くように促した。
「──挨拶は省略するとしましょう。
もしかしたらわたしたは、以前お会いしたかもしれませんから」
どうも額の中の男がゴルコンダであるみたいだ。声は首なし大男じゃなくて額の方から聞こえてくる。
懐から手を抜いて武器を持ってないのを見せると、ゴルコンダは納得したように話しを始めた。
「私は戦いに来たのではありません。
マダムを連れ戻しに来たのです」
「私を……!?」
「それに、戦闘で勝てる自信もありません。
『ゲマトリア』が皆マダムのように怪物に変われるわけではないですからね」
さらっとベアトリーチェが自信満々に誇ってた能力を貶してるのはともかく、その言葉には重要な情報が含まれていた。
拉致されたホシノの居場所を聞き出すために黒服の『契約』を覆したあの日、大人のカードをちらつかせた私に対して黒服はやや慌てた様子で『そんな価値があるのか?』といったニュアンスの言葉を並べて譲歩した。
あれは監禁場所を守っているカイザーPMCの軍勢を切り抜けられるどうかは別問題というのがあったのだろうけど、黒服本人に戦う力がないから、あそこで私が『力』を使うのは何としても避けたかったんだろう。
「ええ、マダム。これで明らかになりました。
──先生はあなたの敵対者ではありません。これはあなたの物語ではないのです」
「……!!」
「あなたが起こした事件、葛藤、過程の数々……。
それらは『知らずともいいもの』に格下げされました」
ベアトリーチェが十年の歳月をかけて、アリウス分校とその生徒たちを歪めていった事実を、こいつは『どうでもいい』ものになったと断じた。
「あなたは主人公どころか……先生の敵対者でもなく、
ただの『
「……く……ぐぅっ……!!」
「先生……あなたが介入してしまうと、すべての概念が変わってしまいます。
元々この物語の結末はこうではなかったはずなのです」
「なんだって?」
ただ悪辣な悪人が勝利して世界を滅ぼすことが
「友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語……?
私が望んでいたテクストはもっと文学的なものだったはずなのですが……」
淡々とした話し方だけど、その内容には
「……自分の好みに合わない話を幼稚だ低俗だとあざ笑うのは、大人のやる事じゃない」
「ふむ……申し訳ありません。ご気分を害してしまったようですね。
それでは、私はマダムを連れて帰ります。
マダム、起きてください」
謝る意思がまるで感じられない口だけの謝罪を述べると、杖を持っていた右手で雑にベアトリーチェを掴んで無理やり立ち上がらせようとした。
「ゲホッ……お前は……」
「待て!」
仮にも仲間をゴミでも拾うかのように扱ったゴルコンダに声をあげると、彼は動きを止めて額を向けた。
「もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか?
どうかそのような決断はなさらないでください、先生」
文字で表すだけならこっちを宥めてるように思えるけど、実際は慇懃無礼といった態度だ。
「たとえば……私は様々な道具を生産できます。
あなたが持っているその『ヘイローを破壊する爆弾』も私の作品ですので」
「……!!」
「ああ……もちろん、それをここで爆発させたりするつもりはありません。
あなたには効果もない上に、その実験は結局失敗だったようですから」
セイアの暗殺に使われかけ、覚悟を決めたアズサがサオリを殺すために使い、そして私が没収してなければミカに使われてた可能性がある『これ』を作ったのが、こいつだというのか。
「その爆弾が実際にヘイローを破壊できるかどうかを一度も確認できませんでした。私の計画は断じてそうではなかったのですが……。
まあ、ですから、それは廃棄する予定です」
これは脅しだ。
爆弾が正常に作動すれば爆弾を持ってる私は爆発で死ぬし、効果範囲内にいれば無防備なサオリたちの命も失われる。
起爆装置は完全に壊して捨てたけど、作った当人が別の起爆装置を持っててもおかしくない。
「マダム、今回の実験は失敗です。
帰りましょう」
「ゴルコンダ……!」
「失礼しました、先生。
それでは、また」
ベアトリーチェに肩を貸したゴルコンダは、光り差さない漆黒の通路へと歩いていって、そしてかき消えるように姿を消した。
……
……朝早くから嫌な夢を見た。
エデン条約事件後の療養期間と、ふらふらの状態で書いたせいで雑になった書類の連邦生徒会からの訂正要求。
その矢先に起きたRABBIT小隊の武装蜂起、ミカの査問会とカイザー系列会社とヴァルキューレ公安局の癒着騒ぎ。
加えて何日か前にはシスターフッドの権威失墜を狙う
夏も終わりが見えてきたこの時期、私は万全とは言えないコンディションで馬車馬のように働き続けて、ようやく休暇を取ることができた。
久しぶりにぐっすりと眠ってたのだけど、現実はどうしても私に嫌がらせをしたいらしい。
「……くそっ」
アリウス分校はベアトリーチェを失い、またミカを助け出すために武力介入したトリニティによって支配から解放された。
でも何百年にわたる孤立と内戦による荒廃、『マダム』と彼女に媚を売って甘い汁を吸っていた者たちによる長年の洗脳教育は一朝一夕で解決するものではなく、継続的な復興支援と生徒たちの『社会復帰支援』が必要な状況だ。
祖先の行いのツケを、ナギサたちやこれからのトリニティ生が支払っていくことになる。
それとアリウススクワッドはベアトリーチェによって学籍を抹消されていて、エデン条約締結式襲撃の実行犯として指名手配されているのもあって、私は露頭に迷う彼女たちをシャーレとして表立って支援することもできない。
勝負に勝って試合に負けた。
結局、あの件において私は『サオリたちとミカの心の救済』という局所的勝利をおさめたに過ぎないんだ。
すっかり目が冴えてしまったから、ベッドを降りて寝汗でびっしょりと濡れたパジャマを脱ぎ捨てた。
そしてシャワーで汗を流そうとバスタオルを取り出したところでふと思いついて、スマートフォンを手に取りモモトークを開いた。
午前七時過ぎ、ミレニアム・スタディーエリア。
早くから登校する生徒たちの間をすり抜けて、私は待ち合わせ場所へと足を運んだ。
あるモノレール駅の近くにある広場の一角、そこには曲線が多用された優雅な形の電動車いすに座った、色白の少女が待っていた。
少女はこっちに気付いて小さく手を振っている。
「先生、お久しぶりです」
「ごめんヒマリ、こんな朝早くに呼び出しちゃって」
少女──ヒマリは私の全身を舐め回すように見て、少し驚いたような曖昧な笑みを浮かべた。
「……すぐ近くに来るまで気配が感じられませんでしたね?」
「まあ、他の人に気づかれたくなかったし」
私はミレニアムへの出入りが多いから、話した事のない生徒からもそれなりに顔を覚えられてる。
だからちょっと『ズル』をして気づかれないようにここまで来た。
ユウカとすれ違ったのに向こうは見向きもしなかったと言えば、どれだけ難しい事をしたか分かってくれると思う。
あえて言うなら……段ボールは全てを解決する。
「特異現象調査部の部室で落ち合えればよかったんだけど、私はまだ道を覚えてないから」
「今日はエイミがお休みですからね。ではいつもの『隠れ家』に移動しましょうか」
「……時々思うんだけど、ありもしない部活の部費ってどうなってるの?」
「セミナーへ請求しないければバレはしませんよ。『存在しない』のですから」
これから話す事は他人に聞かれていいものじゃない。
ヒマリに案内されるがまま、ミレニアムタワーの中にある彼女が部活をでっちあげて確保した本来使われてない一室へと場所を移した。
建物の窓の外にはミレニアム自治区らしい摩天楼が立ち並ぶ姿が見えて、夜になればとてもいい眺めになるんだろうなと感じられた。
「……なるほど」
私はアリウス分校でのゲマトリアとの接触の事を話して、ヒマリに相談を持ちかけた。
「ですが先生、その答えはご自身で既に導き出しておられるのではないでしょうか?」
「確かにそうなんだけど、一人だけで考えた事じゃそれが正解である確率は下がる。だからゲマトリアに関して予備知識のある君に相談したんだ」
ヒマリは自身が立ち上げた『ヴェリタス』を離れ、今はデカグラマトンの正体追求を任とする『特異現象調査部』の部長だ。
私が書いたレポートと説明で『ゲマトリア』の存在を把握しているから、今回相談相手になってもらった。
「ふふ……。この超天才清楚系病弱美少女ハッカーたる私に頼るというのは最善の判断です。
何しろゲマトリアは私ですら知識としてしか知らず、大半の方々はそのような者たちがいるとは知らないのですから」
いつもの自画自賛が混じっているけど、ヒマリの表情はいたって真面目だ。
「まず、ベアトリーチェという方の陥った状況について」
ヒマリは普段は薄くしか開いてないまぶたを上げて、透き通った色の瞳を私に曝した。
「これはいうなれば『ゲームプレイヤーという立場を捨てた』。
つまり先生という『プレイヤー』との対戦を放棄して、『ゲーム内の操作キャラクター』であるアリウススクワッドに倒されるべき『ボスキャラクター』になったのが失敗の原因です」
ゴルコンダが彼女を『舞台装置』と言ったのはそういう事だろう。
感情の赴くままに行動したせいで、最終的に『自分自身が戦う』という選択肢を選んでしまった。
その結果として、『アリウス分校をテロ組織へと作り変えるよう人を動かしていた
だからサオリたちと同じステージに立って、そして『ストーリーの進行上、倒されるべき敵』として敗れたんだ。
「『外部とは隔絶された場所にある』特殊性を逆手に取り、構成員が学園を堂々と乗っ取ったアリウス分校の件はおそらくイレギュラーでしょう」
その言葉には『同じ手口で来る事はないから油断するな』って警告が含まれているんだろう。
「先生が最初に対処されたアビドスの件のように、現地の人間を影から操り自分の手は決して汚さず、己の存在を露呈させない。
……それがゲマトリア本来の手口だと考えられます」
「私もそう思う。黒服にしたって、当時のカイザー理事がアビドスを潰して立ち上げようとした学園を隠れ蓑にして、裏で好き放題するつもりだったんだろうし」
アリウスでのベアトリーチェの一連の行いは、皮肉な事に重要な情報を数多くもたらした。
彼女が嘯いた『真の敵』の存在もそうだけど、黒服がカイザーPMC理事と手を組んでホシノの身柄だけではなくアビドス高等学校の土地を狙った件についても、砂漠に住まうデカグラマトン『ビナー』とはまた違う理由で『キヴォトスの土地』を欲していたと説明づけられるようになったからだ。
「次に、ゴルコンダが主張した『先生が物語を書き換えた』というしょうもない難癖について」
あ、やっぱりヒマリも奴に関してはあまりいい印象じゃないみたいだ。
「……その前に、先生はテーブルトークRPGをご存知ですか?」
「うん。学生時代に友達とよく遊んでたよ」
基本はゲームマスターが定めたシナリオに沿って進めてくけど、参加者の行動やサイコロとかの出目で内容はどんどん変わってゆく。
つまりシナリオは骨組みであって、ゲームマスターと参加者がそれを基に自分たちだけの物語を作り上げてゆくのがTRPGの魅力なんだ。
どこかの小説で『賽子の出目は神ですら分からない』と言ってたのを思い出す。
「現実もTRPGと同じで、絶対と決められたストーリーはありません。
ですがゴルコンダの主張は『絶対不変のシナリオを第三者がまったく異なるものに変えてしまった』という、現実的とは言えないものです」
そうなると、答えは自然と導き出される。
「……奴は物語上の乱数がありえない、コンピュータゲームのつもりで
「ええ。それも先生が『ストーリーを
選択肢や分岐こそ存在しても、物語はあらかじめ用意されたぶんしか存在しない『絶対』的な存在なのがコンピュータゲームというものだ。
奴が『本来は文学的』だと言い張ってたあたり、ゲームですらなく小説として考えてた可能性が高いか。
「先生や他のゲマトリアは自分なりの考えで物語を動かすTRPGのプレイヤー。
対してゴルコンダは自分の思い描くストーリーに絶対の自信を持つ、ゲームマスターを気取る迷惑なプレイヤー。
キヴォトスが本当にTRPGの盤面なら、とっくにセッションから追い出されているところですね」
残念だけど、それを成すべきゲームマスターはいない。
「水と油だ……黒服やベアトリーチェ以上に分かり合えそうにないよ」
わかってはいたけど、この事実を改めて確認して頭を抱えたくなる。
ゴルコンダは『このキヴォトスでどんな計画を進めているのか』まだわかってない。
全てを疑っていては昔のナギサみたいに何も信じられなくなってしまうから、気にしすぎない程度に用心するしかないのが実情だ。
……
ひと通り話し終えた私とヒマリはタワーの外へ出て、モノレール駅の改札口まで来た。
今日は彼女も授業を受けるようだから、これ以上私の都合に付き合わせる訳にはいかない。
「ありがとう。おかげで気持ちの整理ができたよ」
「いえいえ。『彼ら』は私たちが追っている案件と関わり合いのあるものですから、これも情報収集の一環ですよ」
時刻は八時を回ろうとしてて、この辺はそろそろ登校する生徒であふれかえる。
「先生、ひとつ忠告を」
ヒマリは挨拶を交わしてホームへ上がろうとした私の背中を呼び止めた。
「なんだい?」
「これもご理解しておられるでしょうけど、どれだけ心境的に辛くとも『先生ご自身が武力を振るって戦う』事は絶対に避けてください。
先生が切れる手札は私たち生徒と『大人のカード』だけです」
「うん。わかってるよ」
彼女に手を振ってホームへ行き、ちょうど入ってきた電車に乗ってスタディーエリアを後にした。
ゴルコンダが言うところの『舞台装置』に堕ちる可能性があるのは、何もベアトリーチェだけでなく黒服たちや私も同じだ。
武器、異能、兵器。
それらを使って自分で戦ってしまえば、登場人物を導いて物語を描く『プレイヤー』ではなく、シナリオに基づいて動く『ゲームキャラ』になってしまう。
もし
……
「(このあと何しようか……)」
休みの日に何をするのかさっぱり浮かばず、すっかりワーカホリックになってしまった自分に呆れながら、一旦シャーレへと戻った。
外に家でも借りれば意識が少し変わるかもしれないけど、却って寝に帰るだけの社畜生活になりそうだなぁ……。