■あらすじ
先生が学園都市キヴォトスへ赴任してから数日後。
シャーレの噂は良くも悪くも広まっており、依頼も少しずつ出されつつあった。
そんな中からアロナは『アビドス高等学校』からの依頼を選び出し、興味をひかれた先生はその依頼を受けることにした。
そこへユウカがやってきて……
■補足
ユウカの絆ストーリー1が基になっていますが、時期は作中に出てくる帳簿の記述からシャーレが活動を始めてしばらくした時期(メインストーリーVol.1 〜Vol.2間?)の話である事がわかります。
本作ではそれに相当する話が先生がアビドスへ出発する直前に起きたということになっています。
『おはようございます、先生!』
「おはようアロナ」
不思議なタブレット端末『シッテムの箱』の画面から、これから相棒として働いてくれる女の子が挨拶をしてくれた。
『ここ数日間、シャーレに関する噂もたくさん広まってるみたいですし、他の生徒達から助けを求める手紙も届いています』
……あの場に居合わせた子たち全員が有力校の有名人だから、というのもあるかもしれない。
まず『羽川ハスミ』。
数百年以上の歴史を持つ『トリニティ総合学園』の治安維持組織『正義実現委員会』の副会長、つまりナンバー2だ。
次に『火宮チナツ』。
自由と混沌……という名の無法を掲げて各地で問題を起こす『ゲヘナ学園』で唯一まともに機能する『風紀委員会』の幹部。
超法規組織であるシャーレの登場はゲヘナに大きな影響を与えそうだ。
三番目に『早瀬ユウカ』。
歴史は浅いけど飛び抜けて優れた科学技術で有力校にのし上がった『ミレニアムサイエンススクール』の
……なんで会計担当が苦情出しに来てたんだろう?
最後に『守月スズミ』。
彼女もトリニティの所属だけど、ボランティア団体である『トリニティ自警団』の一員だ。
正義実現委員会といい自警団といい、『
この四人を指揮してキヴォトスでも指折りの問題児『狐坂ワカモ』が起こした暴動を鎮圧した件が、連邦生徒会による(いわゆる)政府広報や学校全体でマスメディアを作っている『クロノススクール』による報道で広まったようだ。
『いい兆候です! 私たちの活躍が始まるということですから!』
アロナ、どっちかって言うと『ぽっと出の大人が強権を与えられた』っていうマイナスイメージの方が大きいみたいだよ?
分かってて言わないのだろうから口にしないけどね。
『ですがその中に……ちょっと不穏な、こんな手紙がありまして』
「ん?」
『これは一度先生に読んでもらったほうが良いかなと』
アロナはパソコンのモニターに三ページのPDFを映し出した。
『連邦捜査部の先生へ
こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。
今回どうしても先生にお願いしたいことがありまして、
こうしてお手紙を書きました。
単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。
それも、地域の暴力組織によってです』
暴力組織?
ハスミが『出どころが分からない兵器が山ほど出回っている』とは話してたけど、そういった違法物を手に入れた集団だろうか?
『こうなってしまった事情は、かなり複雑ですが……。
どうやら、私たちの学校の校舎が狙われているようです。
今はどうにか食い止めていますが、
そろそろ弾薬などの補給が底を突いてしまいます……。
このままでは、暴力組織に学校を占拠されてしまいそうな状況です』
自治区の治安維持は学校側で行うのが決まりというけど、そんなに切羽詰まってる状態なのか。
その暴力組織が強大なのか、……それともこの学校の戦力が少なすぎるのか?
『それで、今回先生にお願いできればと思いました。
先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?』
手紙はここで終わっていた。
『うーん……アビドス高等学校ですか……』
「アロナ、情報を映せる?」
返事はなくともアロナはモニターにアビドスの情報を映し出してくれた。
『昔はとても大きい自治区でしたけど、気候の変化で街が厳しい状況になっていると聞きました』
情報を目で追いつつアロナの話に耳を傾ける。
『どれほど大きいかというと、街のど真ん中で道に迷って遭難する人がいるぐらいだそうです!』
……へ? 街で遭難?
『あはは、まさか、そんなことあるんでしょうか……?
いくらなんでも街のど真ん中で遭難だなんて……』
アロナは苦笑い顔で言った。
『さすがにちょっとした誇張だと思いますが……』
「まさかね?」
『それより学校が暴力組織に攻撃されているなんて……ただ事ではなさそうですが……。
何があったんでしょうか?』
「……」
アビドス高等学校、在校生五名。
……たった五人の学校?
情報を見ると自治区が荒れ始めたのは何十年も前で、元々あった砂漠が広がり続けて街が埋もれ、自治区の人口と所属生徒がどんどん減っていったらしい。
今となっては土地の広さに反して数千ある有象無象の学校の一つにまで落ちぶれていて、連邦生徒会もまったく目を向けていないようだ。
そんな死に体の学校を存続させるために入学し、そして今も残り続ける子供たち。
私の心はそんな生徒をひと目見てみたいと強く感じた。
「よし、シャーレ最初の仕事はアビドス高等学校の依頼にしようか。
そうと決まれば準備しないと」
『すぐに出発ですか!? さすが、大人の行動力!
かしこまりました! すぐに出発しましょう!』
喜ぶアロナの目がキラキラ輝いていた。
「でもその前に朝ごはんを……」
オフィスビルの隣に入ってる建物の一階にあるコンビニ、『エンジェル24』で買ってきたコッペパンにかじりつく。
あんこじゃなくてクリームでも良かったかな?
その時、執務室の扉が開いて誰かが……というかユウカが入ってきた。
そういえば出入り口にセキュリティゲートを設ける予定を入れないとね。私がいない時に部外者が入りこんだらマズイし。
……あの時出くわした仮面の女の子、彼女がワカモだったんだよね。
行動自体は言い逃れができない犯罪だけど、不思議と邪気は感じなかった。
あの様子だと何か心のなかに抱えてるのかもしれない。
「おはようございます、先生。この間お話しした請求書のひな型を持ってきました。お手すきの時にご確認ください」
「ありがとう。リンからはマニュアルだけ渡されて、書類の様式がどんなのか教えてもらってなかったからホントに助かるよ」
連邦生徒会長がいなくなった事とシャーレの件、両方を各学校へ知らせないといけないから忙しいのはわかるよ?
でも流石に『大人だから放っといても勝手にやってくれるから大丈夫』とか思わないでよ。私はキヴォトスに来たばかりだよ?
生徒会会計だから色んな書類に詳しいユウカと繋がりが持ててよかった。
「あっ、ちょうどお食事中だったのですね。お邪魔してすみません」
「ううん、気にしなくて大丈夫」
「では、私は先生がお食事の間、机を片付けてますね」
「ありがとう」
パンを食べ進めてると、なんかユウカから視線を感じた。
「ところで……先生、もしかして朝ご飯って、そのコッペパンひとつだけなのですか?」
「え? うん」
正確にはコッペパンと牛乳。
ふだん食べる量はそれほど多くないけど、朝これだけってのは珍しいかな?
「僭越ですが……もう少し栄養のある食べ物を召し上がった方がいいと思いますよ?
そうやってパンだけですと、体調を崩してしまうかもしれませんし」
「んー、今持ち合わせがなくてね。食費に割くお金が……」
コッペパンを口に詰めこんで牛乳で流しこんだ。やっぱり次はクリームにしよう。
「今どきキャッシュレス決済が基本じゃないですか。なにも大量の現金を持ち歩かなくても……」
キヴォトスの学校で使われてる学生証にはプリペイドカードとしての機能があって、普段使いするぶんにはそっちにチャージしておけば問題なく生活できるとは聞いている。
この治安だと現金を持ち歩くのは実際リスクが高いしね。
「クレジットカードが使えないんだよ」
「えっ……はい?
『大人のカード』と呼ばれるものは二つある。
ひとつはいま私とユウカが言った、ただのクレジットカード。
高校生じゃ作れないから大人の象徴ともいえる。
もう一つは……私がキヴォトスで使うことができる『奥の手』のカード。
私が持ってる手札の大半が『禁じ手』として使えない以上、これが困難に遭遇した時の最終手段といえる。
あ、お会計には使えないよ?
「うん。前から使ってるカードがキヴォトスに対応してなくてね、新しく作らなきゃならないの。
……まず新しい銀行口座作らないと給料を手渡しで貰うことになりそう」
ユウカ、使えるカードと通帳があったらあったで残高がないと
『シャーレの先生が、そんなに薄給のお仕事なんて知りませんでした……意外です』
とか言いそうだな……。
とか心のなかでぼやいていると、ユウカは机の端に転がっていたレシートに気づいて拾い上げた。
「あれ、この領収書は……キヴォトスの中央にある有名なおもちゃ屋さんの?」
あっヤバい。
「購入日が昨日、購入したものは……限定版・変身ロボット、十万円?!
先生っ! この領収書はいったい何ですか!?
このお金があれば、優に一か月分の食費になるじゃないですか!」
十万もあったらひと月の食費どころか三か月ぶんにはなるんじゃないかな? 大食いの人じゃあるまいし。
「おもちゃのために食事を抜くだなんて、言語道断ですよ!」
そ、それは否定できない……けど!
「このロボットが買えたんだから、食事ぐらい何てことない!」
「ダメです! 消費は計画的にしないといけません!」
この後、ユウカは私が持ってるレシートを全部確認して徹底的にムダを指摘したうえ、『五千円を超える買い物をする時は自分に相談する』ように決めつけた。
……今どき五千円超えちゃダメなんて買えるものが限られるよ。
……
「まったく……。先生? 先生は当面の間キヴォトスで暮らすのですから、観光気分で散財するのは絶対にやめてください。
いいですね?」
「ハイ……」
床に正座させられての説教タイムがようやく終わった。
応接用のソファーに座ろう、足がしびれてつらい。
そりゃ私が悪いけど、これじゃどっちが先生かわかんないな……。
「もう……。主におもちゃでムダ使いしたお金があれば銃が買えるじゃないですか」
ユウカはそう言って、執務机に置いていた自分のマシンガンを手に取って見せてきた。
短縮型のMPXによく似た銃だけど、青のカラーアクセントにミレニアムの校章が入ってて、『外』の人が見ればおもちゃにも見えると思う。
「確かに私は銃を持ってはいないけど、ほんとに必要なのかな?」
「ここ何日かでご覧になられたでしょうけど、キヴォトスでは些細なことで銃による撃ち合いが始まります。
それに今は治安がひどく悪化している状況なので、自分の身は自分で守らなければいけません」
数日間、何もただ遊びほうけてた訳じゃなく行ける範囲であちこちを見て回った。
……正直なところ、無法地帯かなと感じた。
列の横入り、食べ物の好み、小言を言われたとか、ひどい時だと口論になった瞬間に銃が火をふいていた。
おとといの夜にトリニティのコンビニに寄った時、強盗に出くわして通りかかったスズミに助けられてるし。
「ですから先生、セミナーからシャーレへ銃を無償提供するという話を――」
「ユウカ、その話は断ったでしょ?」
「……っ! でも!」
「シャーレはまだ始まったばかりだ。いきなり大きな力を持つ学校と深く結びついたら、中立性を欠いてると思われかねないよ」
「……」
「君個人には早くもお世話になってるけど、学校全体での込み入った話はもっと先にしてほしいんだ」
私を説得できるだけの言葉が浮かばなかったのか、ユウカは口をつぐんだ。
キヴォトスにおいて銃はスマートフォンと同じ『日用家電』扱いだ。
親が子供にゲーム機を買い与えるのと同じ感覚で、銃を持っていないように見える私に銃を与えることが『悪い話ではない』とセミナーは考えたのだろう。
ユウカには悪いけど、私はそれを断ることにした。
「……先生、どうして? 弾が一発でも当たれば簡単に死んでしまうのに、自分を守る手段がないのが怖くないの?」
「君の立場もあるし、純粋に私を心配してくれてるのはわかる。
でもこれは譲れないんだ」
ユウカ、そんな悲しそうな顔しないでよ。
「……わかりました。この話はなかった事にします」
「ごめんね。
何か言われたら『身の程を知らない大人が好意を無下にした』とでも言っといてよ。私は痛くも痒くもないから」
「……覚えておきます」
ユウカはそう告げて部屋を出ていった。
ユウカがオフィスビルから出ていったのを監視カメラで確認したあと、私はソファーに身を投げだして深く息をついた。
「……ああ、くそっ。教師やってて
キヴォトスが『子供の国』だとは前から知ってたけどさ、実際その『政治』のあれこれに自分が巻きこまれるとなると……。
『お疲れ様です先生。……でもいいんですか?』
今まで黙って事のあらましを見ていたアロナが疑問を投げかけてきた。
ちなみにアロナを認識し、声を聞けるのは私だけだ。
「何がだい?」
『ミレニアムから銃を提供してもらえるお話、断ってよかったんですか?』
「いいんだよ。銃は好きだけど実戦で使いたくはないからね」
執務机に戻ってシッテムの箱の前に『それ』を置いた。
『先生、それはおもちゃの銃ですか? ……ていうかどこから出したんですか!?』
「企業秘密」
机に置いたのは.ベレッタ92A1……のおもちゃ。
せっかくだからグリップパネルにシャーレのマークを入れてもらった。この部分だけは本物の部品。
『でも本当にいいんですか? キヴォトスの生徒さんは普通に銃を撃ってくるんじゃないですか……?』
「うーん、なんて言えばいいかな。不公平だからだよ」
『不公平、ですか?』
相手を話し合いの席に着かせるためには『対等の存在である』と相手に認めてもらわなきゃならない。
大人同士ならお互いに武器を持つか持たないかの話になるけど、相手は子供で私は大人。
でも私は『手札』が使えないから、銃があっても子供である向こうのほうがよっぽど強い。
そうなると『教師で強権を持つシャーレの顧問』という肩書きで、『生徒』である相手に納得してもらうしかない。
連邦生徒会直属の組織の責任者として銃器の携帯と使用許可は出ているけど、その立場の私が銃を持っていたら生徒は警戒してしまうし、意地を張ったり拒絶してしまうかもしれない。
だから私は銃を持たない。少なくとも見える形ではね。
最初から話し合いの余地がない相手は……その時はその時。
「自分のワガママのために子供を悲しませて……。
ひどい大人だよ、私は」
椅子に座って銃を手に取った。ガスもBB弾も抜いてあるから何も出ない。撃ったとしても本当に豆鉄砲でしかないけどね。
『先生……お気持ちは分かりますけど、その甘さが命取りになるかもしれませんよ?』
「まあそうだね。
……でもさ? いくら相手が簡単に死なないからって、大人が子供を銃でバンバン撃って倒すってのは……良くないよ」
『あー……』
そこは納得してくれたようで助かるよ、アロナ。
オフィスビルにはヘリコプターや戦車が仕舞える格納庫があるけど、リン曰く『急いではいるけどすぐには用意できない』との事で中はからっぽだ。
なので私は鉄道と徒歩でアビドスへと向かった。
数日後。
「……まさか本当に遭難するなんて」
もはや乾いた笑いすら出ない現状に、私は膝をついてうなだれた。
いま現在のアビドス高等学校の所在地周辺。
そこはどこまでも続く砂漠から流れてきた砂に浸食され、放棄されたゴーストタウンだった。
営業しているお店もなければ自動販売機もない、人どころか野犬すらいない。
おまけにキヴォトス用に新しく買ったスマホの充電を忘れたせいでバッテリーが切れてしまい、紙の地図を頼りに動いたら地図が古くて今の地形状況に合っておらず道に迷ってしまった。
加えて連邦生徒会から『公の場と初訪問時には着るように』と渡された制服代わりのジャケットは体に密着しすぎて動きにくいから、余計に体力を消費する結果に繋がった。
……使うなら後で改造しなきゃ。
更に『ある手段』を用いて運んできたアビドス用の物資に荷物が圧迫され、手持ちに余裕のない食料と水がとうとう尽きてしまった。
「これ他の世界線の先生はどうやって物資運んでるんだろうね……?」
地面に仰向けに寝そべり、多元的宇宙論を挙げて『よその先生』を心配するなどヤケクソじみた事を口走る。
いずれにせよ夜が明けた今、このままだと脱水症状が致命的なとこに達してしまう。
『先生! しっかりしてください!』
「こ、こうなったら最終手段を……」
本当は使うべきじゃないけど、ネクタイの結び目につけ直した飾りに手を伸ばそうとした。
……けど、おろしたてのジャケットの固さが邪魔をして腕が上がらなかった。
くそう、服の素材ぐらい実用性を重視してよ!
「……あの……」
頭の上から聴こえてくる透き通った声。私は一瞬幻聴かと思いつつも目を開き視線を向けた。
「……」
高そうなロードバイクに跨った少女がこちらを見下ろしていた。
灰色の髪で覆われた頭からはイヌ科の獣耳が飛び出し、青い目は瞳孔の色が左右非対称の変則的なオッドアイだった。
「……大丈夫?」
「た……助けて」
「強盗に遭ったとか? もしくは事故……?」
「お、お腹すいた……喉乾いた……」
「……え? お腹が減って倒れてた? ホームレスじゃないってこと?」
こんな小綺麗でド派手なカッコしてるホームレスは普通いないよ君……。
「えっと……」
以上が、
おとなしくどこかで車を借りるか、ユウカに頭下げて頼ればよかったのに私のバカ……。