シャーレの活動記録集   作:目多須でぃてくた

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 『ハッピーエンドの裏側で』のリメイク版となります。
 エデン条約編第三章のネタバレを含みます。
 

■あらすじ
 エデン条約をめぐる騒乱を解決した先生だったが、自身が撃たれた事を伝えないまま姿を消してしまう。
 シャーレオフィスでシロコに問い詰められる先生だったが……



#13 楽園の代償〜ハッピーエンドの裏側で〜

 

 「……先生。君は未だに、楽園を信じているのかい?

 証明すらできないものを、盲目的に信じていると?」

 幻想の部屋の中で、百合園セイアは残酷な現実を理由に、その目を背けようとしていた。

 「『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』……

 つまりこれは楽園証明の話ではなく、ただそれを信じられるかという話だとでも……?」

 

 怪我による出血で意識を失った先生は、そんな彼女の話を聴き続けていた。

 「……ごめんね、今は生徒たちを助けにいかなきゃ。また後でね、セイア」

 後ろ向きの言葉を小難しく並べるセイアに、先生は一言詫びを入れた。

 「……待ちたまえ先生。もう一つ、聞いておきたいことがある」

 シャーレの先生の象徴である白いジャケットを飜えし、扉に向かおうとして先生を呼び止めるセイア。

 「私の正体と黙って買ったおもちゃの値段以外なら、なんでも聞いていいよ?」

 「ただ信じたところで、何も変わりはしない。

 信じたところで、そこには何の意味も無いだろう……!?」

 

 その言葉を待っていたとばかりに、先生はニヤリと笑った。

 「水着じゃなくて下着だと思えば、それは下着だから」

 「……は!? ……え、下着!?」

 セイアは顔を赤くしてひどく狼狽えた。

 「い、一体何を……水着、下着……? それはどこの古則の、いやそんなのは聞いたことないが……」

 そりゃそうだろうと先生は内心思ったが、誰が言ったか説明するのは全部終わってからにしようと黙っていることにした。

 今はそれどころではない。多くの生徒が助けを求めている。

 

 

 「それにね」

 「?」

 「未来は変えることができる。良いようにも悪いようにも。

 みんなが頑張ってるうちはまだ未来は確定してないんだよ?」

 「……」

 扉に手を掛けながら、セイアにほほ笑んだ。

 「今から待っている未来が君が『視た』歪み捻れた先にある破滅か、それとも大団円 (ハッピーエンド)か……。

 待っててね、セイア」

 

 

 

 

 「……痛ぁ!」

 「せ、先生!? 目が覚めたんですね……!!」

 セリナは突然起き上がった先生に驚きながらも素早く意識レベルの確認を行う。異常はなさそうだった。

 「ごめん、もう大丈夫だよ」

 まるで夢遊病者のようにベッドから降りると、ふらつき倒れかけた所をハナエに支えられた。

 「まだ動いちゃダメです!」

 体を支える手を優しくどかすと、ラックに掛けられていた血塗れの私服を一瞥し立ち上がった。

 「上着の前を閉めれば血は見えないか。……ああごめん二人とも、ちょっと着替えるから向こうむいてて」

 

 二人が背中を向けたのを確認すると、素肌に着ていた病着を脱ぎ捨てワイシャツに腕を通した。

 腹の箇所が乾いた血で赤黒く染まっているが、暗色のウェストコートとズボン、シャーレ顧問としての白いジャケットで覆われ見えなくなった。

 「ありがとう。それじゃ私は行くよ」

 「ええっ!?」

 珍しく驚くセリナの声を背に、先生は薄茶色の長い髪を取り出したリボンで束ねて結んだ。

 「先生、どこに行くつもりなんですか……!?」

 「どこかで助けを求める生徒がいる。私はシャーレの先生で生徒みんなの味方だからね。そんな子達を放っておくわけにはいかない」

 ハナエの問いにそう答えながら、テーブルに置かれていたシッテムの箱と懐中時計を手にする。

 

 「みんなが諦めない限り、奇跡を起こしてみせるさ」

 扉が開かれ、先生は確かな足取りで病室を出た。

 

 「先生!」

 あ然としていた二人は扉の閉まる音で我に返り、慌てて後を追った。

 「え……先生?」

 通路には誰もいなかった。

 

 

 

……

 

 

 

 ハッピーエンドを望む者と先生(シャーレ)が中心となって宣言されたエデン条約機構(ETO)は暗雲を掃う光となり、アリウス分校とその背後にいたゲマトリアの野望を打ち砕いた。

 トリニティ・ゲヘナ双方が受けた被害は甚大で、おそらく本来のエデン条約は破談になるだろうという結末は誰もが想像した。

 しかし、手を取り合い共に戦った者たちの間にわだかまりは無く、たとえ今は無理でもいつか自分たちの楽園(エデン)にたどり着くことができるかもしれないと僅かな希望を持つことができた。

 それは間違いなく、希望への第一歩と言って良いだろう。

 

 

 

 正午過ぎ、シャーレオフィス。

 

 「……あはは。見てるかいセイア? 一人ひとりは小さい力でも、一つになればどんな困難にだって立ち向かえるってね」

 執務室のソファーに寝そべり、疲れ果てて息も絶え絶えな先生は虚空へ話しかけた。

 

 

 サオリに銃撃された際、ヒナが咄嗟に先生を突き飛ばしながらその身を射線上にさらけ出したことで、放たれた銃弾のほとんどは外れるかヒナが受け止めた。

 

 しかし、ライフルの弾を撃ち尽くした彼女が咄嗟に撃った拳銃の弾が、先生の腹に命中した。

 

 サオリは『脆弱な外の人間なのだから』と死を確信した。

 先生を助けたしたセナは『急所は外れているがこの出血は放っておけない』と判断し、その場で処置を施した。

 

 どちらも正解で、どちらも間違いである。

 現に幸運にも先生は九死に一生を得た。これは後に先生が手を差し伸べる事となるサオリ自身の心の傷を浅くすることにも繋がった。

 逆に、セナが懸念した『大量出血』という事実は彼女の想像をはるかに上回る事態が裏にあった。

 

 大量出血の原因は皮膚に穴が開いたからではなく、音速で飛ぶ銃弾が着弾時に横転現象を起こして臓器を傷つけたからであり、直接的な急所を避けたからといって大丈夫な訳がない。

 彼女はあまりにも脆い『外』の住人の治療経験がない。ゆえに死に至るケガではないと判断してしまったのだ。

 

 先生は薄れる意識の中でそれを何とかした。誰にも言えない自分だけの方法で。

 

 セナから先生を渡された救護騎士団はすぐさま大量輸血を施したが、その頃にはケガはほぼ塞がっており、首脳陣が全滅しトリニティ全体の統率が取れなくなった混乱のさ中では『どうでもいい』事として誰も気にしなくなった。

 

 

 これが、当事者以外の誰もが『先生が撃たれた』事実を知らないからくりだった。

 

 

 

 「……バレたらみんな怒るだろうなぁ。ヒナとホシノ、シロコあたりは特に」

 仮眠室に置いておいた予備の服に着替え、先生は傍からは何事もなかったようにしか見えない。

 傍らに血で赤黒く染まった服や包帯、ガーゼなどがなければだが。

 

 「アロナ……大丈夫かな……?」

 シッテムの箱は相変わらず動かないままで、反応が遅れて何もできなかった先生を障壁(バリア)で建物の崩壊から護った相棒とは未だに連絡がつかない。

 疲れきった身体は休息を求め、先生の意識は再び深い闇の中へ落ちていった。

 

 

 

 『そうしてたどり着いた楽園に、はたして君は存在しているのかい? 先生』

 『……さてね?』

 

 


 

 

 

 ぽたり、ぽたりと顔に何か温かいものが落ちる感触。

 セイアとの対話すらできないほど深い眠りについていた先生は、それが誰かの涙であると気づいて目を開いた。

 

 「……シロコ」

 「先生」

 瞳孔の色が左右で違うオッドアイ、灰色の毛並みに頭頂部のイヌ科の獣耳。

 砂狼シロコが顔を覗きこんでいた。

 「どうしてここに?」

 「どうしてじゃないよ」

 服の袖でガシガシと涙を拭い、シロコは先生を睨みつけた。

 「ホシノ先輩が先生の様子が変だって気づいて、アズサに聞いたら先生が撃たれたって」

 「ああ……もう大丈夫だよ。なんたって私はウルトラマンモス健康体だから」

 「ふざけないで」

 「ホントに大丈夫だって。傷はもう塞がってるし」

 ソファーから身を起こして笑う姿を強がりだと断ずるシロコ。

 「みんな場の雰囲気と先生の元気そうな姿を見て騙されてるだけ。この事を知ったらきっと──」

 「そのまま知らなくていい。それでいいんだよ」

 「っ!? どうして!?」

 

 先生はソファーから立ち上がり、フラフラとした足取りで窓際へ歩く。

 「これから色々大変だけど、みんな今は最大の危機を乗り越えて心から喜んでる。

 そこへ私が『実は無理してました、限界です』なんて正直に話したらどうなると思う?」

 気だるそうに息を吐きながら窓の縁に座りこむ。シロコからは夕焼けの逆光で先生の表情が伺いづらくなった。

 「きっとね、『私を救えなかった結末』を嫌でも意識してしまう」

 先生はリボンを解いて縛っていた髪をほどいた。薄茶色の髪が流れてシルエットを変えた。

 「私を銃弾から庇ったヒナは? 長い付き合いの友人が私を殺そうとした所を見てしまったアズサは? 血を流す私に応急処置をしたセナ達は?

 この二人だけじゃない。みんなの心に一生残る傷ができてずっと苦しめてしまうよ」

 「……」

 シロコはゆっくりと距離を詰めるが、先生は突然深く頭を下げた。

 「でも、君を泣かせてしまった時点で私の失敗だ。本当にごめん」

 「先生……」

 

 近くにあったデスクチェアを引き寄せると、シロコは先生から少し離れた場所でそれに座った。

 いま近づいたら先生はどこかへ消えてしまうのではないか? 不思議とそう感じたからだ。

 

 「先生。どうしてそんなに自分を顧みないの?」

 シロコは初めて出会った日からずっと思っていたことを聞いた。

 じゅうぶんな準備をせずにアビドスへ向かい遭難、ホシノに嵌められて全員分のラーメンを奢らされた際にノノミからのフォローを断る、初日のようにアヤネと共に学校から指揮を行えばいいのにわざわざ最前線まで赴くetc.……。

 シャーレ最初の仕事であるアビドス高等学校(じぶんたち)だけの話でこれだ。

 『先生だから、大人だから』の理屈では説明できない、徹底した善意による自己犠牲。

 見方によってはもはや狂気の域に至っているとも思える。

 

 「シロコ。物事は基本的に等価交換、得たものと同じだけのものを差し出さなきゃならない。

 得るものが大きいのなら、相応の対価が必要なんだよ?」

 「対価?」

 「私は君たちが払った分では少しだけ足りないのを補ってるだけで、大したことはしてない。

 私はバイトだけで月に何百万も稼げないし、パッと難しい計算ができる訳じゃない。持久力はあっても力はないし銃を持って戦う気にもなれない」

 空は夕陽に赤く染め上げられ、淡色である先生の髪も血塗られたかのような色に照らされた。

 「私は君たちが奇跡を起こすために必要な呼び水だ。どんなに苦しくても逃げ出してはいけないんだ」

 その笑顔は、いつもの自然なものではなく、どこか作り物めいて──

 

 ギリリと歯を噛みしめる音がした。

 「そんな生き方で……先生は満足なの?」

 「どうして?」

 「ユウカに黙って高いおもちゃ買ったりとかはしてるけど、それ以外の行動はみんな私たち生徒を前提にしてる。

 先生……フェイスの人生は? シャーレは自己犠牲でしか成り立たないの?」

 「……答えに困るよ、それだけは」

 シロコは思わず詰め寄って先生の襟元を掴み上げた。

 「先生(あなた)は私たちの奴隷なんかじゃない!」

 目じりに涙を湛えながら叫ぶ。そんなの望んでいないと。

 「シロコ……く、苦しい」

 「……あっ」

 本気で苦しがっているのに気付いてハッと我に返り、手を離した。

 尻餅をついた先生はひどく咳き込むと同時に傷が痛みだしたのかうずくまってしまった。

 

 数度深呼吸して気持ちを落ち着かせ、しゃがみ込んで改めて先生に向き合うシロコ。

 「……先せ」

 「シロコちゃん、後は私に任せてよ」

 そっとシロコの肩に載せられた小さな手。それはある意味『先生と同じだった』者の手だ。

 「……わかったよ、ホシノ先輩」

 シロコはいつの間にか後ろに立っていたノノミに肩を引かれ、三歩下がった。

 

 

 「先生? いま先生が抱えてるものと最初に会ったころ私が抱えてたもの、重みはぜんぜん違うかもしれないけどさ」

 ホシノは先生の隣に座り、傷に触れないように手で背中をさする。

 「後輩たちに面倒かけさせたくないって一人で全部抱えこんで、それで黒服に騙されて先生に助けられた時のおじさんと一緒だよ? 今の先生は」

 「……」

 「先生ってさ、本当は誰かに『頼られたい』んじゃなくて『頼りたい』んじゃないのかな?」

 「……そんなこと、ないよ。みんなにはいつも頼ってるじゃないか」

 今まで聞いた事がないか細い声に内心驚くが、ホシノは決して表面に出さなかった。

 

 「先生が言ってるのは『シャーレの先生』としての話。

 『フェイス』先生っていういち個人はさっきシロコちゃんが言ってた通り、全部をなげうってご主人さまに尽くす召使い……ってのは気取った言い方で、奴隷とか社畜と変わらないんだよ?」

 背をさする手を止め、肩に手をかけて先生をゆっくりと横倒しにした。

 ホシノのやや細い膝枕に頭を載せる形となった先生は、頭をホシノの顔へ向けた。

 

 「先生。他の学校の子たちの心までは分からないけど、アビドス(私たち)は先生を大人だから先生だからってこれっぽっちも思ってないよ?

 先生は体の頑丈さが違うだけで、赤い血が流れてる同じ(おんなじ)人間だよ」

 シロコだけではなく、無言で事の成り行きを見守っていたノノミ、セリカ、アヤネもホシノの言葉に頷く。

 

 「悪者をやっつけてどこかへ去ってくヒーローになる必要はないって。みんなで仲良くハッピーエンドを祝おうよ?」

 ホシノは『怪我のことは黙っとくからさ』と付け加えるのも忘れない。

 

 

 やがて、先生は少しの間だけ泣きそうな表情を浮かべると、憑き物が取れたかのようにすっきりとした顔になった。

 「……ありがとうね。それだけで私は満足だよ」

 「もう~。ここにはおじさん達しかいないんだから、今まで溜めてたぶん思いっきり泣いちゃえばよかったのに~」

 優しく髪をなでるホシノの言葉を聞いて、先生はいつものほほ笑みを取り戻した。

 

 

 『はぁ……。大団円を望むのなら、なぜ自分自身をその中へ含めないのか?

 私には理解し難いよ』

 

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