シャーレの活動記録集   作:目多須でぃてくた

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 #2『ホシノ対元スケバンの決斗』の加筆修正版になります。
 クライマックス以降の展開が大きく異なります。

■あらすじ
 ある日、ホシノと因縁がある犯罪者が挑戦状を叩きつけてきた。
 見え透いた罠にあえて飛びこんだホシノを手助けするべく、先生は奇策に打って出た。



#16 ホシノがいっぱい

 

 エデン条約を巡る波乱と連邦生徒会・SRT特殊学園を取り巻く陰謀劇、その他様々な出来事を経て、キヴォトスの季節は少しずつ冬に近づいていた。

 

 「くしゅん!」

 「大丈夫?」

 「うへ〜。すっかり寒くなっちゃったな〜」

 かわいいくしゃみを放ったホシノは先生の心配にそう返す。

 連邦捜査部シャーレへの雑多な依頼は途絶えることがなく、顧問である先生は日々キヴォトスを東奔西走している。

 今日の当番であるホシノは先生と二人でそんな仕事を終わらせ、オフィスへの帰路についていた。

 すっかり日が沈み、灯りの少ない路地を歩く。

 

 なんてことのない、いつまでも続いてほしい日常。

 一人の人間が背負うには重すぎるものを背負ってきたホシノ。そんな少女に手を差し伸べ、幸せを願うことの何が悪いというのか。

 先生はそうクサい言葉を心中に留めていると、持ち前の鋭い第六感がビリっと警告を発したように感じた。

 「先生」

 あくびをしていたはずのホシノはわずかな隙もなく愛用の散弾銃(Eye of Horus)を構え、安全装置を外しながら先生に声をかけた。

 「私の後ろに下がってて」

 ホシノと先生の身長差はだいぶあるが、彼女には常に持ち歩いている折畳み式防弾盾(バリスティックシールド)がある。

 周りに隠れる場所はないが、いざ戦闘となったら先生を庇う事は造作もない。

 先生はキヴォトスの住人とは違い一発の被弾が死に直結する。身を持ってそれを知っている先生は彼女の言う事に素直に従った。

 銃口をビルとビルの間の狭い隙間を向ける。

 「出てきなよ」

 

 

 「ククク……随分と腑抜けたようだな小鳥遊ホシノ!」

 

 漆黒の路地裏から姿を現したのは、筋骨隆々の女性。

 一九〇を超える体躯に身に着けた筋肉はボディビルダーのような美しさはなく、無駄が多く威圧感を与えるためだけのように思える。

 角材を切り出したたのようないかつく角張った顔に黒のサングラスは、顔面偏差値が高い傾向のあるキヴォトスにおいて明らかに悪目立ちする。

 右手には才羽姉妹のものと同じ自動小銃(G3ライフル)の銃身を極端に切り詰めドラムマガジンを取り付けたカービン銃(MC51)、腰にはアコが持っているものと同型の自動拳銃(P08)が提げられている。

 「(漫画に出てくる悪役みたいだな)」

 先生は心の中で感想を述べた。

 

 「わぁ、懐かしい顔だね〜。元気だった?」

 「うるせえ! こっちゃそこの先生(モヤシ)がそこらじゅうの生徒を連れ回すせいで商売あがったりなんだよ!」

 「なら強盗とかあくどい事でお金稼ぐのやめなよ。マッチョちゃんぐらいの腕なら引く手数多じゃん」

 女の年齢は分からないが、どうやら後ろめたい事で生計を立てているらしい。

 「ハッ! てめえこそカイザーPMCとやらの誘いを反故にしたというじゃねえか。アビドスなんか捨ててしゅ「そこまで」……なんだよテメエ」

 筋肉女の言葉を先生が遮った。

 「君は表の情勢に疎いようだね。情報はまんべんなく集めないと、後で後悔するよ?」

 先生は無意識にホシノの肩に手を置いていた。安い挑発に乗るなとばかりに。

 ホシノは「大丈夫だよ」といつもの調子でつぶやいた。

 「チッ、面白くねえ」

 筋肉女はそう吐き捨てると、ポケットから板ガムを取り出して二枚口に放りこんだ。

 「明後日の午後三時、あの時の場所だ」

 吐き捨てるようにホシノへ告げて、どこかへ歩き去っていった。

 

 どういう事かわからない先生を背に、ホシノは銃を下げ安全装置をかけた。

 「ホシノ、あの女の人とはどういう関係なの?」

 先生の質問にホシノはいつも通りうへーと笑いながら

 「昔絡んできたスケバンだよ。詳しくはシャーレに戻ってからね〜」

 と告げた。

 

 「くしゅん!」

 「そろそろホシノもコートの入り用かな?」

 先生は笑いながら、女がガムを取り出した時に落とした赤い色の錠剤が入った小袋をハンカチで拾って包んだ。

 

 

 


 

 

 

 翌朝、先生はアビドス高等学校を訪れた。

 昨夜の筋肉女のことは当事者であるホシノだけでなく、対策委員会の全員が共有すべき事柄だと判断したからだ。

 「先生、みんな揃いました」

 アヤネは全員が着席したのを確認して告げた。

 「朝早くにごめんね。アルバイトを邪魔しちゃマズイし、急なことだったから」

 「大丈夫ですよ。ホシノ先輩ともアビドスとも縁深い話と言われたら見過ごせません」

 いつも通りの笑みを浮かべながらノノミは言うが、一方のセリカは少し不機嫌な様子。

 夜遅くまで警備のバイトをしていたため寝不足気味のようだ。

 「それで? そのゴリラみたいな女ってのは何者なのよ?」

 「うん。実のところ、連邦矯正局にもデータがあまり残ってなかったんだよね。……ホシノ、頼める?」

「ほいほい。んーと、私がアビドス(ここ)に入って間もない頃なんだけどね〜」

 

 

 二年前、永い歴史を持つキヴォトスの中でも有数の戦闘力を持つ高校生徒が何人も現れた年となった。

 トリニティ総合学園の剣先ツルギを始めとした複数の生徒、ゲヘナ学園の空崎ヒナ、ミレニアムサイエンススクールの美甘ネル、ヴァルキューレ警察学校の尾刃カンナ。

 そして学校そのものが半ば忘れ去られていたため他校の生徒に隠れてしまった、アビドス高等学校の小鳥遊ホシノ。

 近年のキヴォトスは不良学生が増加傾向にあり、各地で不良生徒(スケバン)や退学となり根無し草となった者が暴れまわっていた。

 そういった者たちは急激に頭角を表した彼女らを倒して名を上げようとし、そして敗れていった。

 

 その中で姿を見せた不良生徒の一人が、万千代(ばんちよ)高等学校の岩尾 マチヨという女だ。

 「あの子は百人切りなんて馬鹿げたこと考えてあっちこっちで暴れた挙げ句、なぜかおじさんを狙ってきたんだよねぇ」

 「勝負を受けたの?」

 「おじさんまだ若かったからねえ〜。いつまでも付きまとってきそうだったから相手しちゃった」

 シロコの質問に答えつつ、ホシノは遠い記憶の中からその日のことを思い出した。

 

 

 『くそっ覚えてろ!』

 『二度とアビドスに来るな!』

 ほうほうの体で逃げる背中に追い打ちをかけるかのように射撃を続けるホシノを、慌てて駆けつけたユメが止めた。

 『ホシノちゃん! 追い払うだけでいいのにあそこまでやったらダメだよ!』

 『ユメ先輩、ああいう手合いは徹底的に痛めつけておかないと懲りずにやってきますよ』

 銃に手を添え首を横に振るユメを見て、ホシノは相手を見逃すことしかできなかった。

 

 

 「その時の先輩の気持ちも今なら分かるけどね〜。あのマチヨって人は本当に懲りずにやってきちゃったのさ」

 

 

 後日、わざわざ使者が学校へ挑戦状を届けに来る事態となり、当時の在学生もホシノを止めることはできなかった。

 完全武装で指定された場所へと向かったホシノだったが、"その時に限って"次から次へとスケバン集団が襲いかかった。

 第三波の中に件の使者が混じっていた事から、これがマチヨの仕掛けた罠だと気づくことになった。

 

 『その見た目で随分と小物めいた真似をするじゃないか……!』

 『ハハッ! 物量作戦で相手を消耗させるのも常道の戦術よ!』

 

 

 「弾も武器も途中でほとんど使っちゃってて、あと一歩のとこでEye of Horus(この子)が音を上げちゃってさ」

 「それで逃げられたんですか?」

 「逃げ足だけは早いんだよね〜。でも逃げた先で捕まったよ」

 愛銃を撫でながら笑うホシノ。先生が話を継いだ。

 「捕まった岩尾マチヨは停学になって連邦矯正局に入れられたんだけど、すぐに解放された」

 「先生、どうして?」

 「元々校風が『喧嘩上等』の荒れがちな学校だったんだけど、岩尾さんが暴れすぎたせいで色んな学校から圧力が掛けられたらしくてね、退学処分になったんだよ」

 「ゲヘナ学園のような巨大校ならともかく、普通の学園がそんなことをしたらそうもなりますね……」

 

 連邦矯正局は『停学になった生徒を収監する』施設であり、退学となり一切の学籍を失った生徒はただの犯罪者として扱われるため、管轄が地元警察へと移るのが理由である。

 「元母校自治区の留置場に護送される途中で脱走して、後は裏社会で後ろめたい仕事専門でやってきたみたい」

 

 皮肉なことに学生という身分・市民権を失って初めて、岩尾マチヨという人間の真価が発揮された。

 退学処分を受けてから今までに犯した罪は手足の指では到底足りず、どれも強盗や悪人にとって邪魔な者の排除などの非合法な仕事である。

 持ち前の逃げ足の速さを活かし、ヴァルキューレ警察学校や各自治体警察の捜査の目をかい潜って今まで活動してきたのだ。

 

 「ホシノ先輩、こんな奴と本当に戦うの?」

 「そこまでおじさんにしつこいかは分からないけどさ~、無視したら絶対『出てこざるを得なくさせる』と思うんだ。

 学校を直接狙うならまだいいけど……普段無防備な先生を人質に取るとかさ」

 「!」

 先生はこれまでの活動の中で数えきれないほど命を狙われているが、五体満足でいられるのは周囲の生徒の活躍や本人の幸運によって事態を潜り抜けているからだ。

 一人の時にあんなゴリラの体格にチンパンジーの脳を持つマチヨに狙われてはひとたまりもないだろう。

 対策委員会の面々が複雑な顔をする中、先生が手を挙げた。

 「それに関してはひとつ。申し訳ないけど昨日のうちにホシノと二人でまとめちゃった事があるんだ」

 「なんですか? 先生」

 全員の視線が自分に向いた事を確認すると、鞄から取り出した書類を配った。

 「岩尾マチヨは今から一週間前、ミレニアムにある警備会社へ納めるはずだった銃器一五〇挺と弾薬を奪った。

 昨日シャーレに戻ったあと、ユウカづてにミレニアム生徒会(セミナー)から連絡が来て、岩尾マチヨの逮捕とミレニアムへの引き渡しをシャーレに依頼してきたんだ」

 「だから私がマッチョちゃんに勝って捕まえて、後は先生がミレニアムに引き渡すって訳さ~」

 書類には岩尾マチヨに対してミレニアム自治区内で有効な逮捕状が出たこと、身柄拘束の手段に関してはシャーレに一任する旨の通知がセミナー会長リオの署名付きで記されていた。

 「先生、ならホシノ先輩がわざわざ決闘に応じる理由はないよね? シャーレで生徒を集めて逃げれないように囲めばいい」

 シロコの意見はいたって正論であったが、先生は困った顔をした。

 「いや、私も最初はそう考えてたんだよ。だけど昨日、ホシノが帰る直前にヒナから連絡がきて……」

 

 

 

……

 

 

 

 昨夜 シャーレオフィス

 「ふぅわぁ……」

 「先生もお疲れだね〜?」

 ユウカとの話が長引いたものあり、時刻は二二時を回っていた。

 「毎日徹夜してた時期に比べたら楽なもんだよ。ホシノはこれからパトロールかい?」

 「さて、なんの事かな〜?」

 

 冗談めかして話し合っていると、先生のスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 「……ヒナからだ」

 「ありゃ、風紀委員長ちゃん?」

 先生はスマホの画面をスワイプして通話を始めた。

 「どうしたのヒナ?」

 『夜遅くにごめんなさい。先生、岩尾マチヨっていう女は知ってる?』

 「あー。ホシノと因縁がある犯罪者で、ミレニアムから指名手配されてるって話だけど」

 そう説明しながら画面を操作し、ハンズフリーにしてホシノにも会話が聴こえるようにした。

 『そこまで知ってるなら話は早いわ。

 不良生徒の間で使われてるSNSで岩尾マチヨが傭兵の募集をしていたわ。目的はアビドス生徒の襲撃……九割九部、小鳥遊ホシノが標的よ』

 物騒な単語に先生とホシノは互いに顔を見合わせた。

 『人数は百名、報酬は十万円とミレニアム製の最新銃器の先渡し。

 この間ミレニアムで起こした事件で奪われたものと見て間違いないわ』

 「逆恨みで一人を襲うのに一千万円も……。ちょっと私には理解できないかな」

 『それだけ岩尾マチヨが小鳥遊ホシノを憎んでいるってことね』

 横目でホシノを見れば、雰囲気がほんの少しだけ鋭く尖っているように感じられた。

 

 『募集に応じた者の中にゲヘナ学園の生徒も何割かいるわ。他所の学校の生徒を襲撃する生徒を野放しにしたという前例を作ったら、今後同じような事が起きた時に歯止めがかからないでしょうね』

 「つまり、ゲヘナ風紀委員会をアビドス自治区で活動できるように取り計らってほしいってこと?」

 『ええ。面倒で厄介な案件だけど、前みたいに万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)につけこまれる隙は作りたくないの』

 

 先生がシャーレに赴任して間もなく、アコがエデン条約締結の邪魔になると考えた先生を拉致するべく、風紀委員をアビドス高等学校自治区へと独断で侵攻させるも様々な状況が重なり失敗に終わった*1

 そして生徒会を無視した『狼藉』を働いた風紀委員会は、ゲヘナ生徒会議長でありヒナを敵視する羽沼マコトにそれをネタに嫌がらせを受けることとなった。

 最終的に調子に乗りすぎたマコトをヒナが万魔殿本部ごとぶちのめして終わったが、何か失点があれば目ざとく見つけてくるマコトへの対策は万全を期すべきだというのが、風紀委員会幹部の一致した意見だった。

 

 なお、当のマコトは腹心のイロハがシャーレに赴く頻度が高すぎて気が気でないらしい。

 なにしろ本当に万魔殿でしか出来ない仕事はイロハを中心に回っているので、彼女がいなければ自分が好き勝手できないからである。

 

 ホシノは先生が持つスマホに近づき、ヒナへと話しかけた。

 「風紀委員長ちゃん」

 『小鳥遊ホシノ……そういえば今日の当番だったわね』

 「あのマッチョちゃんの件、そこまで厄介なことになってるなんて思わなかったなぁ……。

 せっかくだし、露払いお願いできる?」

 『……岩尾マチヨと決闘する気?』

 「マッチョちゃんの事だからほっといても退学にはなってただろうけどね? やっぱり私について回ってるなら私が決着つけないといけないかなーって」

 電話の向こうのヒナの姿が頭に浮かんでいるのか、ホシノは砕けた口調とは対照的に真面目な顔をしていた。

 「それと春先にさ、おじさんのせいで苦労した後輩たちを助けてもらったしね。

 風紀委員長ちゃんとの仲だしそのぐらいはお安い御用さ〜」

 『……ほんとに昔と変わったわね、あなた』

 今テレビ電話に切り替えてにへらと笑うホシノの顔をヒナに見せたい欲求に駆られたが、先生は空気を読んでぐっと我慢した。

 「まあそんな訳だからヒナ、詳しい作戦計画は明日中、できるだけ早く連絡するよ」

 『お願いね先生、小鳥遊ホシノ。……おやすみなさい』

 電話は切れた。

 

 

 

……

 

 

 

 「そういう事でしたか……」

 アヤネは納得した様子で頷いた。

 セリカは読んでいた書類をノノミに回すとホシノに問いかけた。

 「それでホシノ先輩、相手は一対一で戦って勝てる相手なの?」

 「向こうは何でもありでおじさんは歳だからね~。まあ、五分ってところかな。負ける気はないけどさ」

 一瞬ホシノの雰囲気が鋭く尖ったように感じて、セリカはえも言われぬ感情から鳥肌が立った。

 「あら、セリカちゃん。耳の毛がすごく逆立ってますよ?」

 「なんでもないわ!」

 書類を最後に読んだシロコから受け取ると、先生は話をまとめた。

 「シャーレ案件だし、作戦規模も大きくなるから対策はこっちで考えとく。

 この学校が抱える問題でもあるし皆にも動いてもらうから、できる限り明日のスケジュールは開けといてくれるかな?」

 「ん、わかった」

 「面倒だろうけどよろしくね、みんな~」

 いつも通りのだらけた笑い顔でホシノが場を締めた。

 

 

 

……

 

 

 

 先生はシャーレのオフィスに戻ると、連邦生徒会へ提出すべき別件の報告書を作りつつ、岩尾マチヨに関連した情報をかき集めていた。

 

 『先生、どうですか? 何か浮かびましたか?』

 タブレットスタンドに置いたシッテムの箱からアロナが話しかけてくる。

 「うーん……情報はあらかた揃ったとは思うんだけど、何かいいアイデアが浮かばないんだよね……」

 『今回の案件ってだいぶ変わってますからね……』

 

 前述の通り『マチヨの逮捕』という条件を満たすだけなら簡単である。シャーレの関係者の中でも特に腕の立つグループを送りこんで封殺すればいい。

 成り立ちが特殊部隊であるRABBIT小隊あたりなら、先生が作戦を考えなくてもミヤコたちが自分の判断で動いて目標達成ができるだろう。

 しかし今回は『ホシノを無傷で決闘に向かわせる』ために『雇われた傭兵部隊を正当な理由で事前に排除する』必要がある。

 

 戦力はシャーレの他にもゲヘナ風紀委員会の部隊が参加するので、人数は相応に多く単純な戦力差で苦しむことはないであろう。

 しかし、ゲヘナ生徒以外の傭兵は職質したところで『偶然そこにいただけ』としらばっくれる可能性もある。

 盗品の銃を没収したり詳しい背後関係を洗うためにも、傭兵も一人残らず捕まえる必要があるのだ。

 

 「なにかピースがひとつ増えれば、全部いい感じに繋がると思うんだけどなぁ……」

 『うーん……』

 

 

 「おはようございます、先生」

 椅子から立ち上がって背伸びをしていると、執務室のガラス扉を開けてユウカが入ってきた。

 「おはようユウカ。昨日のアレについて何かわかった?」

 『アレ』というのは昨晩、岩尾マチヨが落とした赤い錠剤のことである。

 ユウカが逮捕依頼を持ちこんだ時点でこの事を話し、拾った薬をミレニアムで調査してもらっていたのだ。

 「……すごく危険なシロモノです」

 「えっ」

 「製品名『メトロン678』。

 大昔、とある学校で開発された覚醒剤の一種です」 

 「覚醒剤? それに名前からしてヤバそうなんだけど」

 

 

 『メトロン678』は今から五四年前、テラル・デフォルジュ(TD)学園のとある製薬会社が開発した新型の医薬品の商品名である。

 当時発見された新種の植物を基に精製されたそれは、適量であれば精神安定効果のみならず、集中力などの大幅な向上が見こめる『無敵薬』とされた。

 ごく一部の過激な人間からは『彼の者からの思し召し』とすら呼ばれたメトロン678だが、当然そんなものが人体に無害なわけがなかった。

 効果が弱まれば強烈な離脱症状が発生し、まるで人格が跡形もなく崩れてゆくかのような感覚をはっきりと味わいながら、最終的に理性を失い野獣のように凶暴化する。

 種族柄『死』という感覚が希薄なキヴォトスの住人にとってはまさに純粋な恐怖でしかなく、離脱症状を避けるために薬を服用し続ける依存状態に陥ってしまうのだ。

 

 これを重く見たTD学園の生徒会はすでに製造されたメトロン薬が出回る前に薬を差し押さえ、原料となる植物も根絶やしにされた。

 

 ……はずなのだが、こうして錠剤化されたものの現物が発見された。

 これはまさに異常事態である。

 

 

 「既に実相寺映像学院の北川地区で被害者が出てます。それと岩尾マチヨの目撃情報も」

 「あの岩尾さんは薬の売人ってところか……。それで、そのテラル・デフォルジュ学園ってのは聞いたことないけど?」

 「……TD学園は一九年前に大規模テロで学校が崩壊して、そのまま廃校になってます。

 保存されてた資料も散逸したみたいですし、おそらくメトロン薬の製法も」

 「マジか……」

 植物そのものは広大なキヴォトスのどこかに同じものが生えててもおかしくはない。

 製法が分かれば後は材料と製造機械を用意する事で、また同じ薬が作れてしまう。

 「(誰が何のために? それに薬の開発経緯がずいぶんと胡散臭いし……。

 どっちにせよ、ますます依頼の失敗が許されないな……)」

 先生はそう思いながら壁掛け時計に視線を向ける。

 時刻は正午を回った直後だった。

 

 「お昼かぁ。……でもコンビニ弁当は食べ飽きたんだよなぁ」

 「自炊はしないんですか?」

 「いま食材がなくてね。何か食べたいのがあったら言ってみてよ、今度作るから」

 ソラには悪いが外へ食べに行こうと先生が考えた時、セキュリティゲートを誰かが通ったという通知がサブモニターに表示された。

 「ん? モモイとミドリだ」

 「まさか近くを通りかかったから、先生にお昼をたかりにきたとか言うんじゃ?」

 「……とりあえず上がってくるのを待とうか」

 

 

 

……

 

 

 

 「先生こんにちわ」

 「お昼ご飯おごってー! ってユウカ!? なんでここにいるの!?」

 ドアを勢いよく開けて入ってきた才羽姉妹だが、ユウカがいるとは予想外で面食らっている。

 「あなた達! やっぱり先生にご飯を奢らせようと考えてたのね!?」

 「い、いまお金の持ち合わせがなくて……」

 「部活動の一環でゲームを買うにしても、もっとしっかり計画を立てないからそうなるんでしょ!?」

 

 「(……なるほど)」

 いつも通りの二人の姿に違和感を覚え、先生はすぐに結論を導き出した。

 「二人ともよくできてるね」

 「え? 何が?」

 モモイの口角がわずかに引きつった。

 「先生?」

 「服と銃を取り替えるだけじゃなくてカラコンまで使ってさ」

 「ええーっ!? バレるの早くない!?」

 「え!? ……二人とも入れ替わってるの?」

 ミドリ……もといミドリに変装したモモイが素で叫んだのを見て、ユウカはようやく状況に気づいた。

 即座に馬脚を現した姉に頭を抱えつつ、モモイに扮したミドリはため息をついた。

 「先生ごめんなさい。最初は反対したんですけど、先生が私たちを見分けられるか気になって……」

 「でもユウカは騙せたから別にいっか」

 「あのね……!」

 「あはは……。二人との付き合いも長いからね。

 一見完璧に見えて細かい仕草が……待てよ?」

 言いかけて先生が突然悩み始めた。姉妹とユウカは首をかしげ先生に近づいた。

 

 「どうしたの先生?」

 「モモイ、誰かにその人が見たことがない人を教える時、どういう風に伝える?」

 「えっ? うーん……服とか髪型とか、一目見てわかるところとか?」

 「ミドリ、ドットが荒いゲームでキャラの個性を出す時、どういう風に描く?」

 「低解像度でですか? 最初の頃のスーパーマリンシスターズがそうなんですけど、キャラの外見的な特徴や色を工夫します。

 一作目の操作キャラはグラフィックが同じでしたから、色を変えることで姉と妹を表現してました」

 「ある意味二人と同じだね」

 これまでに得た情報と二人から貰ったヒントを基に頭の中で作戦を組み上げてゆく。

 敵リーダー(マチヨ)の目的、標的であるホシノの外見、組織的な集団ではなく傭兵としてバラバラにかき集められた敵、指定地点への順路――。

 

 「よし、いけそうだ」

 一人何かに納得した様子の先生を見て、三人は頭に疑問符を浮かべる。

 「先生、どうかしましたか?」

 「明日の作戦、二人にも参加してもらうよ」

 「作戦ってなに?」

 「とりあえずご飯食べに行こうか」

 シッテムの箱を持ち姉妹を連れてそそくさと部屋を出ようとする先生は、振り返ってユウカに呼びかけた。

 「ユウカも行こうよ。奢るから」

 「まったく、先生はそうやってすぐ人に奢る……」

 治らない先生の散財癖に呆れながらも、それはそれとして厚意に甘えることにしたユウカだった。

 

 

 


 

 

 

 当日の午後二時、アビドス高等学校正門前。

 

 「ええ。今小鳥遊ホシノは学校を出ました。付き添いの生徒を連れています」

 岩尾マチヨとは唯一在学時代からの付き合いである女は、斥候として物陰に身を潜めて対策委員会側の様子をうかがっていた。

 『人数は?』

 「一人です。奴ら学校を空けたらこっちが襲撃してくる事を警戒してるのでしょうよ」

 『へっ、まあ仕方ねえわな。小鳥遊にはせいぜいきりきり舞いしてもらおうか!』

 「それじゃ逃走経路の準備に向かうんで」

 『ああ、後でな』

 トランシーバーの通話が切れた。

 

 「……なあ、これでいいだろ? うちだけでも逃がしてくれないか?」

 通信機を地面に落として両手を上げる斥候。

 「ダメですよ。ボスへ連絡しないという保証はごさいませんし、何より貴女は武器輸送車襲撃事件の共犯者ですから」

 「……!!」

 押し付けられた銃口がぼすんと鈍い音を立てると、斥候は意識を失い崩れ落ちた。

 「ご主人様、仕込みは完了しました」

 

 

 同刻、アビドス高等学校・会議室。

 

 「お疲れ様アカネ、その人もボディチェックしたら……体育用具庫にでも閉じ込めとこうか」

 『承知しました』

 いまこの部屋には雑多な学校の生徒が詰めかけ、即席のシャーレ指令室と化していた。

 対策委員会が使っている部室では機材も人も収まりきらないという事情もあるが、あの部屋は今は学校の中枢たる生徒会の本拠地でもあるため、先生が配慮した形だった。

 「無線周波数割り出し完了。先生、目標が使っている全てのチャンネルを傍受できました」

 コタマが相手の通信を丸裸にする傍で、アヤネとヒビキが持ちこまれたPCに向かい合っていた。

 「偵察ドローン全機配置完了。

 流石エンジニア部ですね、一度にこれだけのドローンを操作できるようにするなんて……」

 「今回は時間がなかったから既存の機材とプログラムを流用して、あらかじめ指定した目標を追跡できるように簡単なAIを組んだだけ。

 あまりこうは言いたくないけど、時間がもう少しあれば自爆機能もつけれた」

 「いえ、それはご遠慮したいです……」

 

 別の長机ではチナツが連れてきた風紀委員部隊に指示を飛ばしていた。

 本来ならばアコが担当するべき仕事だが、ヒナもこちらに来ているため彼女にはゲヘナ学園に残って本隊の指揮をしてもらわなければならない。

 『α小隊長から司令部(HQ)! 第一から第五分隊、配置完了』

 『β小隊、分隊の配置完了!』

 「司令部了解、以後司令部の指示もしくは付近のシャーレ部員の要請があるまで待機」

 チナツが待機命令を出すと、ヒナがマイクを手に取り現場へ檄を飛ばす。

 「こちら委員長。今回はエデン条約事件(あのとき)同様、シャーレ指揮のもとゲヘナ学園自治区外での活動になる。くれぐれも風紀委員会の名に恥じぬ行動を心掛けること。以上」

 『了解!』

 

 「先生。全要員、配置につきました」

 作戦の要である『露払い』要員の準備完了をユウカが告げる。

 「いやーごめんね皆。おじさんのワガママに付き合ってもらっちゃって」

 本日の主役であるホシノは普段とあまり変わらず、今回のために用意された弾薬ポーチのみを追加した身軽な恰好である。

 今回は一対一なので盾は持たず、徹底的に『攻め』の戦闘スタイルになるかもしれない。

 先生はそんなホシノを笑いながら見つめた。

 「今回はあちこちの都合がうまくハマったからね。

 それに、たぶんホシノじゃないとあの人は出てこないと思うんだ。だから君に任せる」

 「責任重大だねぇ」

 ホシノは口元に自然な笑みを浮かべた。

 

 「それじゃ、いってきます」

 

 

 

……

 

 

 

 砂で埋もれた棄てられた住宅街の一画、その廃屋の一つに岩尾マチヨが雇った傭兵の一グループが潜んでいた。

 双眼鏡で広い通りを監視していると、やがて近づいてくる二つの人影を発見した。

 「こちらブラボー隊、目標を発見」

 『間違いないな?』

 「あの特徴は見間違えようがない、アビドスの小鳥遊ホシノとかいう奴に違いねえ」

 『了解した。もし倒せたならグループ単位で報酬を倍額上乗せするぞ、丸裸にするつもりで徹底的にやれ!』

 「その言葉、忘れるなよ!?」

 

 傭兵集団は報酬の一部である最新の銃器をガチャガチャ言わせながら、大通りへと飛び出た。

 「おい! 小鳥遊ホシノとやら!」

 十名程度の武装集団に進路を塞がれ、シロコら二人は足を止めた。

 「何か用か?」

 ホシノ(?)は乱暴な言葉遣いで不良生徒をにらみつけた。その気迫に一瞬たじろぐも欲が勝り気を持ち直した。

 「おめえに恨みはねえが仕事なんでな。ここでぶちのめしてやる!」

 一斉に突撃銃(MCX)対物ライフル(M82)の銃口を向けた。

 

 「だってさ、先輩?」

 「ハッ! 面白れぇじゃねえか。ちったぁ歯ごたえ見せろよォ!」

 そう叫び、ホシノ(?)は背後から二挺の短機関銃(ツイン・ドラゴン)を取り出した。

 

 

 

……

 

 

 

 「連中の練度からすると、持って二分ってところか」

 元は商店街だったらしいが、砂に潰されて今は見る影もない廃墟地帯。そこに岩尾マチヨは居た。

 マチヨは傭兵達がホシノに勝てるとは最初から思っておらず、エサをぶら下げて限界まで戦わせるつもりでいた。

 だが金に目がくらんだ不良生徒達は誰一人としてそれに気づく様子はなかった。

 粒ガムのボトルを片手に、部隊の配置転換の指示を飛ばそうとする。

 「進路はAルートか。ゴルフ、ホテルへ――」

 『こちらデルタ隊! 目標発見!』

 「なんだと?」

 紙の地図を確認すると、先ほど戦闘が始まったAルートと今報告が挙がったBルートは約五百メートル離れている。

 「クソッ陽動か! そいつが本物だ!すぐに戦闘――」

 『ホテル隊目標を……うわぁ!!』

 今度は遊撃隊最後尾にいた集団がホシノの出現を告げ、そして音信が途絶えた。

 これを皮切りに次々と『ホシノ出現』の報告が飛び込んだ。

 

 「ありえねえ……アビドスには今奴を含めて五人しかいないはずだぞ。たかが決闘騒ぎにシャーレが出てくるわけが……」

 マチヨはガムを噛もうと容器の蓋を開けた、が。

 「うおっ!?」

 ボトルはどこからか飛んできた銃弾によってバラバラとなり、中身が地面にぶち撒けられた。

 「!!」

 

 アウトドア用品をひっくり返して立ち上がりながら弾が飛んできた方を振り向くと、そこには無傷のホシノがたたずんでいた。

 「小鳥遊、貴様!」

 「先生から言われたでしょ? 情報は幅広く集めなってさ」

 

 マチヨの誤算。それはホシノとの決闘の準備に神経を集中するあまり、自身の逮捕依頼がシャーレへ持ちこまれた事を知る事ができなかったことだ。

 C&Cが日夜活動している事からも分かる通り、ミレニアムにも高度な裏社会が築かれており、これは彼女にとっても馴染みのある情報屋を使えば簡単に手に入る程度の情報だった。

 

 双方の無線音声が照らし合わせたかのように交差する。

 『こちらチャー『君たちにプレゼントォ!』ぐえぇ』

 『く〜らえっバーン!『ごふぅ!』あっはははは! 顔に当たってやんの〜!』

 『どこからかミサイルが!』『なんで他の奴に背負われてんだあいつ?』

 『だめだ! 小鳥遊ホシノは強い!』

 

 「くそったれぇぇぇぇっ!」

 「さあマッチョちゃん、始めようか?」

 ホシノの顔から笑みが消えて、散弾銃の銃口をマサコへと向ける。

 「ハハッ! 誰が一対一で戦うと言った!?」

 苦し紛れに叫んで足元の機械をいじると、砂を掻き分けて飛行ドローンや武装オートマタが次々と姿を現した。

 その数、五〇。

 「せいぜい楽しめ! ハハハハハハ!!」

 マチヨは脱兎のごとく逃げ出した。

 

 数十の銃口を向けられてもなお、ホシノは落ち着き払っていた。

 「ホント、ずるがしこく見えて実は単純なとこ、変わってないなぁ……」

 呆れ気味につぶやくと、攻撃態勢に入った飛行ドローンが射程外から次々と撃ち落とされ、オートマタが新たに現れたドローンのミサイルによって破壊されていくのを見つめた。

 飛行ドローンが全滅すると、カモフラージュシートを取り払い後方からミヤコとサキが姿を現した。

 「ここは引き受けます。ホシノさんは目標を追ってください!」

 「SRTが手柄を譲るんだ! しっかりやれよ!?」

 「世話をかけるねぇ」

 『まあ経費はシャーレ持ちだし? 思う存分撃ちまくれるから私はいいけどね』

 

 そう、マチヨが現れる一時間は前からRABBIT小隊が伏兵として待ち構えていたのだ。

 過去の犯罪記録を洗い出したところ、時おり報酬として奪った戦闘ドローンを受け取っていたのが確認されており、彼女の異様な執着心からしてホシノを消耗させるために投入するだろうとは予測されていた。

 ゆえに『決闘の邪魔をしない』という条件付きで先生が彼女たちを待機させていたのだ。

 サキとしてはこの作戦に不満しかないが、彼女たちが主役となるのはこれより後にある『密造工場の制圧と犯罪組織の撃滅』にあると先生に説得され、渋々受け入れた。

 

 ホシノは進路上にいるオートマタを手早く排除し、マチヨの後を追った。

 

 

 

……

 

 

 

 『ねぇねぇ先生ー? 連中が落とした武器はどうするのー?』

 「後で回収するから適当なところに集めといて」

 先生は替え玉組のムツキの質問に答えつつ、プロジェクターで映し出した広範囲地図を見た。

 確認された敵集団は八、十数人程度の集団で統率も取れてるとは言い難いが強力な武器を持っている。

 一騎当千の戦力が揃っているとはいえ油断は禁物、先生は偵察ドローンから送られた映像を見ながら器用に全員への戦闘指揮を行っていた。

 『敵集団全滅! こいつら弱すぎるぞ!』

 「ネル、シロコ組は北西へ移動。ミドリとセリカの援護へ。モモイ、そっちは?」

 『三人逃げたよ! 今追いかけてる!』

 「チナツ!」

 「第七分隊、南東へ前進。シャーレ部員と共同で残党の掃討に当たってください」

 『了解!』

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばす先生を眺めながら、手持ち無沙汰のヒナとユウカは今回の作戦の感想を述べた。

 「面白い発想ね」

 「はい。相手が素人集団だというのを前提として替え玉を何人も用意、一斉投入して各個撃破。その間に本物のホシノさんは廃棄された地下道路を通って最短コースを通過……」

 

 ホシノの外見的特徴は多い。

 『アビドス高等学校の制服をブレザーなし、上半身にハーネス着用』

 『ピンクのロングヘアに飛び出たアホ毛』

 『橙と青のオッドアイ』

 『身長一五〇センチ未満の小柄な体格』

 短期間で集めた即席の部隊にホシノの正確な人相を覚えさせるのは難しいため、これらの特徴で判別するように教えるだろうと先生は考えた。

 なのでホシノに近い背丈の生徒をアカネによるメイクやカラーコンタクト、アビドスで使われないまま保管されている制服を駆使して替え玉へと仕立て上げたのだ。

 付き添いの生徒もシロコ達だけでは足りないため、アビドスの制服を着てもらって学籍を偽装している。

 

 「傭兵は小鳥遊ホシノだけを狙うように指示されてるから他の人は襲わない。こちらから襲撃すれば事件後に『アビドスが通り魔を始めた』という風評を流すぐらいはするわ」

 「ですから『ホシノさん』を襲わせるようにすれば正当防衛が成立し、こちらは捕縛と銃器没収の大義名分を得られる」

 一石二鳥とはこのことである。

 

 『こちらRABBIT1、敵部隊を無力化! これよりホシノさんの後を追います』

 「RABBIT小隊、君達が目標を相手にする状況はホシノが万が一やられた時だからね。それを忘れないように」

 『RABBIT1了解!』

 

 

 

……

 

 

 

 平屋建ての住宅だった壁を無数の銃弾が穴を穿つ。

 ホシノは建物と建物の間を駆け抜けながら攻撃を避け、時おり手足などを狙って応射していた。

 「オラァどうした! どうして攻めてこねえ!?」

 マチヨは撃ち過ぎで撃針が折れたらしいカービン銃を捨てると、腰に下げていた拳銃に持ち替えて銃弾をバラ撒いてゆく。

 ホシノはひたすら『逃げ』に徹する。一対一の決闘であるのを踏まえると彼女らしくない動きだった。

 

 ガソリンスタンド跡の倉庫の陰に入り、ホシノはポーチから実包を取り出す。

 空の弾倉にスラッグ弾を三発、威嚇用のドラゴンブレス弾を一発、そこへバックショット弾を三発装填。

 

 壁の向こうにマチヨの姿を見ると、わずかに顔を覗かせてホシノは大声で話しかけた。

 「ねえマッチョちゃん! 危ないクスリの売人になったっていうじゃん?

  なにもそこまでする必要はなかったんじゃないの?」

 弾倉を替えながらマチヨは叫ぶ。

 「小鳥遊! 借金まみれのアビドスにすがりついてる貴様なら分かるだろうが!」

 目暗滅法だった先程と打って変わり、正確にホシノを捉えた9mm弾がホシノの顔の目前に着弾した。

 「……っ!!」

 顔を引っこめマチヨの話を聞きながら、次の移動経路を計算し始める。

 「金だ! 世の中金さえあればなんでもできる!

 豪華なメシも! 安全な寝床も! 相手によっちゃ罪さえもみ消せる!」

 

 ホシノは散弾を二発お見舞いするが、12ゲージ6粒バックショットを食らってもマチヨは対して痛がる様子を見せない。

 「だから! 楽に大金を稼げる方法を取ったまでよ! 地道にバイトしてるおめえらと違ってな!」

 

 「……ふーん」

 

 アビドスをあざ笑う事で戦意を昂ぶらせるマチヨとは対照的に、ホシノの心は完全に冷めきっていた。

 彼女は裏にある陰謀を暴くためにあえて銀行強盗をした自分たちとも、考える術を奪われ選択することすらできず、悪人に言われるがまま大罪を犯したアリウススクワッドとも違う。

 

 己の自己顕示欲のために、己の私利私欲のために。

 そのために人を傷つけたから全てを失った。

 それを他人のせいにし、また私利私欲のために罪なき人々を陥れ傷つける悪人。

 今の岩尾マチヨの姿は、ホシノが唾棄する『悪い大人』そのものだった。

 

 使う気はないつもりだった未開封のオイル缶をマチヨへ投げつけ、三発目の散弾で中身をぶち撒けた。

 「うわっ!?」

 オイルをモロに浴びて足を滑らせたマチヨはその場で尻もちをついた。

 

 「じゃあね」

 ホシノは無防備な相手にドラゴンブレス弾の火炎を吹きつけた。

 

 火はオイルに引火し、一瞬でマチヨの全身を包みこんだ。

 「ぎゃああああ!!」

 火達磨になりながら転げ回り必死に火を消そうとするマチヨに、すぐさま粉末消火器の消火剤が浴びせられた。

 消火器を使ったのは他ならぬホシノ自身だった。

 

 火が消えたのを確認すると、ホシノは消火器を投げ捨て倒れているマチヨの頭に銃を向けた。

 「く、来るなぁ! 来るな化け物!」

 一発、二発、三発。

 弾倉が空になるまでスラッグ弾を頭に撃ちこんだ。

 

 

 

 マチヨが動かなくなったのを見て、遠くから決闘を見守っていた一行が駆け寄った。

 「ホシノさん」

 「はぁ……やりすぎちゃった~」

 緊張の糸が切れたようにその場に座りこむホシノ。

 倒れているマチヨの手足をミヤコは手早く縛りあげる。どうせこの後ヘリで運ぶのだから歩けなくても問題ない。

 サキは散らばった武器を集め終えると、少し怯えた様子でホシノへ話しかけた。

 「……ホシノ、お前そんな顔してえげつないな」

 「サキちゃんはさ、自分の学校や大事な人をバカにされて、それで我慢できる?」

 「む、無理だ」

 「おじさんも弱くなったなぁ。こんなやすーい挑発に乗っちゃうなんてね」

 「……」

 

 いつも通りの脱力感あふれる態度に戻り、ホシノは深いため息をついた。

 「みんなにはナイショにしてもらえると嬉しいかなー?」

 「……ご安心ください、そんな悪意のあるマネはSRTの名に誓って行いません」

 内心『さすがにそんな勇気はない』と一瞬だけでも思ってしまい、気まずくなるミヤコだった。

 

 

 「先生、終わったよ」

 

 

 岩尾マチヨとその側近はミレニアム自治区へ護送ののち地元警察により逮捕、現在は厳重な警備が敷かれた留置場で拘禁されている。

 これまでに犯した罪の数を考えると、決して軽い罪にはならない。

 だが彼女は自分があざ笑おうとして三度も打ちのめされたホシノの影に一生苦しむ事になるだろう。

 

 傭兵として雇われた不良生徒達はシャーレの権限で一度ゲヘナ風紀委員会が拘束、その後ゲヘナ学園生以外を在籍する各学校の警察組織へと引き渡した。

 回収した銃器は依頼主であるミレニアムで預かり、元の持ち主が分かり次第返却を行うようだ。

 

 

 


 

 

 

 数日後、シャーレ居住区・休憩室。

 ホシノはD.U.での夜間アルバイトを終えてアビドスに戻る前、シャーレに立ち寄って仮眠をとっていた。

 大きなクジラのぬいぐるみを抱きしめながらソファーで寝ていると、物音を聞いて目を覚ました。

 

 「んあ〜。おはよう先生」

 「ごめん、起こしちゃったか」

 そこにはブランケットを手にした先生が立っていた。

 「気にしなくていいよ〜。どうせそろそろ起きるつもりだったしさ」

 

 ドリンクバーで淹れた安いお茶を飲みながら、二人はしばしテレビを見ながらくつろいでいた。

 画面に映るクロノススクールの朝番組では、数日前の大捕物をいい加減な内容で面白おかしく報道していた。

 ブランケットに包まったホシノは、やがて左隣に座る先生へと話しかける。

 「先生、おじさんはまだ寝ぼけてるから適当に聞き流してね〜?」

 「ん?」

 「おじさん達は覆面水着団なんて名乗ってあれこれしたけどさ……私達が間違えて本当の悪人になった未来も、あったのかな?」

 

 

 ある時は悪の企みを突き止めるために、またある時は悪の陰謀を潰すために、そしてある時にはリーダー(ヒフミ)の友達を連れ戻すために。

 シロコの努力の方向音痴とアビドスアイドル化計画を捨てなかったノノミ、そして必要に迫られての銀行強盗とアヤネのノリで爆誕した義賊『覆面水着団』は、真のアウトローとしてキヴォトスでも名の知れた存在になっていた。

 

 しかし最初の出動となった闇銀行への強盗の際、慌てた行員がシロコの突きつけたカバンに一億円を詰めこんでしまい、闇銀行がカイザーローンとの間に交わした集金記録だけが目的にもかかわらず本当に銀行強盗をなしとげてしまった。

 追手をまいてブラックマーケットを抜け、その事実が発覚したときセリカとノノミは『元はと言えば自分たちのお金であり、どうせ犯罪に使われるのだから』と、そのままアビドスの借金返済に充てようと主張した。

 しかし……

 

 『私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない。

 今回のは悪人の犯罪資金だからいいとして、次はどうする?その次は?』

 『……』

 『こんな方法に慣れちゃうと……

 ゆくゆくは、きっと平気で同じことをするようになるよ』

 『……』

 『そしたら、この先またピンチになった時……

 「仕方ないよね」とか言いながら、やっちゃいけないことに手を出すと思う。

 うへ〜、このおじさんとしては、カワイイ後輩がそうなっちゃうのはイヤだなー。

 そうやって学校を守ったって、何の意味があるのさ』

 

 委員長としてのホシノの鶴の一声でお金は捨てることとなり、集金記録だけを持ち帰った。

 (なりゆきで置き去りにした一億円は便利屋68の手に渡ったのはここだけの話である)

 

 

 「もしおじさんがセリカちゃんに賛成してお金を使おうとしても、そこで先生が気づいて止めてくれたと思うよ?

 でもさ〜、あの時の私って先生のこと信用してなかったし、そうなったらきっと学校を追い出してたと思う」

 

 先生の肩に寄りかかり、ホシノは『あり得たかもしれない最悪の未来』を口にする。

 「先生はそれでも私たちを止めようとアビドスに来るでしょ?

 みんなが便利屋の子たちと揉めてるとこへゲヘナの風紀委員会が来て……たぶん、向こうのお望み通り先生を差し出して帰ってもらってるよ?」

 

 たとえその場での拉致は成功しようとも、アコの独断専行と越権行為はすぐにヒナの耳に届いて先生は解放されるであろう。

 しかし当時のアビドスを取り巻いていた状況を踏まえると、そのわずかなタイムロスが命取りになる。

 「先生は対策委員会の顧問じゃなくなってるだろうから、私が黒服に騙されて結んだ契約を覆せるかわかんない。

 あとは私もアビドスも終わってみんなは路頭に迷う……悪い大人のハッピーエンドだね」

 投げやり気味にそう言って頭を先生の太ももへと投げ出し、ひざ枕をしてもらうホシノ。

 「……当時の理事はアビドスを潰して「カイザー職業訓練学校」を立てようとしてた。

 実態はカイザーPMCの隠れ蓑で、ゆくゆくは……第二のアリウス分校になってたかもしれない」

 「うへぇ。そんなおっかない事起きかけてたなんて、ますます申し訳なくなっちゃうな〜」

 先生はおどけるホシノの頭を優しくなで始めた。

 

 「ホシノ、エデン条約のときに私に言ってくれたよね?

 『いまの先生は黒服に騙されたあの時の私と同じ』って」

 「うん」

 「私だって判断を誤ることはあるし、意固地になって人の話を聞かない時だってある……まさにホシノと同じさ」

 「似た者同士ってことかな〜」

 「かもね。

 ……大事なのは『選択を誤らない』だけじゃなくて『責任を持つ』こと。間違ったのなら結果から目を背けずに受け止めなきゃならない」

 撫でる手を止め、ホシノの顔を覗きこむ。

 「君はあの一件をしっかり受け止めて、一人で全部抱えこむのはやめたじゃない?

 それはホシノが失敗を糧にひとつ成長したって証さ」

 「……そうかもね」

 先生の微笑みに釣られるように、ホシノも笑みをこぼした。

 

 

 

……

 

 

 

 ホシノを見送ったあと、先生はオフィスへと上がった。

 まだ始業時間ではないのだが、執務室にはユウカが待ち構えていた。

 「先生、おはようございます」

 「おはようユウカ。ずいぶんと早いね?」

 「急ぎの要件ですので」

 

 先生が椅子に座るのに合わせてユウカは説明を始めた。

 「岩尾マチヨとその側近が司法取引に応じました」

 「岩尾さんがよく応じたものだね?」

 「正直なところ、私も信じられません」

 そう言って書類を差し出すユウカ。この間と同じようにセミナー会長の署名が書かれている。

 「……得られた情報を元にメトロン678を密造している組織のアジトを特定できました。

 セミナーはシャーレに対して、アジトへの強制捜査を依頼します」

 「依頼を承けるよ。

 ミヤコたちとの約束だし、メンバーにはRABBIT小隊を加えることが前提だけど大丈夫?」

 「問題ありません。それから、組織と関わっているらしき企業がD.U.に本社を置いてます。

 先生にはヴァルキューレ公安局に働きかけて、ミレニアムとの円滑な合同捜査を実現して欲しいとの事です」

 「やることいっぱいだな……でも、これ以上被害を増やさない為にもやるしかないね」

 書類に依頼受諾のサインをしながら、先生は部員生徒のスケジュール確保に思考を割き始めた。

 ……が、しかし。

 

 「それともう一つ、私に言わなきゃいけない事がありますよね?」

 「へっ?」

 ユウカへ視線を向けると、青筋立てた彼女の手には先生が不用意にもゴミ箱へと捨てていた領収書が握られていた。

 「あ、それは……」

 「先生、仕事は後回しにしましょうか」

 「……この仕事急ぎじゃなかったっけ?」

 「ほんの一時間の遅れで犯人に逃げられるほど、先生もウサギさんたちも無能じゃないでしょ?」

 「ひいっ」

 

 先生の目には、ユウカの頭に魔王もかくやの立派な一対の角が生えているように見えた。

 「先生! いい歳した大人が何回言えばわかるんですか!?」

 「ごめんなさい!」

 

 

 『あ、あはは……結局こういうオチなんですね』

 正座させられて説教を受けている先生の姿を見ながら、アロナは力なく笑った。

 

*1
アコは『土地の権利が他人に渡っているのでここはアビドスの自治区ではない』と理論武装していたようだが、結果はご覧の通りである。

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