シャーレの活動記録集   作:目多須でぃてくた

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『もふもふ尻尾とメイド』のリメイクとなります。

■あらすじ
 ある日の夜、悪徳企業のスパイを追う途中に窮地に陥ったC&Cをサポートした先生だったが、なぜか狐の耳と尻尾が生えていた。
 翌日事情を聞いたノアはいたずらを思いつく。


#19 メイドとユウカとケモ耳しっぽ

 

 

 C&C、正式名称『Cleaning & Clearing』。

 ミレニアムサイエンススクールの部活動のひとつであり、メイド服に身を包み清掃などの奉仕活動を行うことから『メイド部』とも呼ばれている。

 その実態はミレニアムの諜報・内外工作部門であり、ミレニアム生徒会(セミナー)の指令のもと自治区内で暗躍する犯罪者やスパイなどの検挙、場合によってはD.U.(行政区)や他の学園の自治区への潜入や破壊工作などを行う秘密戦闘部隊である。

 

 ……あまりにも暴れすぎて不必要かつ甚大な被害を出すため、主にセミナー会計担当であるユウカのストレスの原因になっている上、C&Cが秘密工作員であるという『ウワサ』が公然と流れてしまっている。

 

 

 そんな彼女達は今夜も夜の街を影から影へと駆け抜ける。

 

 

……

 

 

 「……まいったな」

 コールサイン『02(ゼロツー)』ことカリンは愛用の対戦車ライフル(ホークアイ)の照門から目を離し、数百メートル先のビルを睨む。

 仲間たちがあの『牢獄』に閉じこめられている中、何もできない事を彼女は歯がゆく感じた。

 

 コツコツと、非常階段を上る足音がかすかに聞こえてきた。

 カリンは狙撃位置にある愛銃ではなく、スカートの下に隠している拳銃(P365)を手に取って階段の出入り口へと向けた。

 

 「こんばんわ。やっぱりカリンだったね」

 「先生?」

 階段を上りきって姿を見せたのは、彼女たちもよく知る連邦捜査部(シャーレ)の顧問だった。

 「どうしてここに?」

 「裏路地に君たちが『仕事』でたまに使ってる車が停まってたから」

 C&Cは移動の際、周囲に感づかれないように徒歩か公共交通機関を利用するが、急な任務や追跡の時には改造が施された車両などを使っている。

 今回はセミナー保安部のバックアップのため車両に乗って後方に待機していたが、目標が車で逃げ出したのでそのまま後を追ったのだ。

 

 少し落ち着いて先生の姿を見ると、カリンの頭には疑問符がいくつも浮かんだ。

 「……それと、その耳と尻尾は一体?」

 「あー、うん。昼間に色々あって」

 妙なのは、なぜか狐と思わしき獣耳と尻尾をつけているという事だ。

 先生の困惑を表すかのように耳は伏せられ尻尾は垂れ下がっているので、明らかに作り物ではなく本物が生えている。

 

 それはともかく。

 「先生、あそこにあるビルが見える?」

 カリンが指差した方角に目を向けると、窓すべてにシャッターが下りているビルが確認できた。

 「左隣りに大きい立体駐車場があるビルかい?」

 「ああ。あそこに入っている企業が雇った産業スパイを追ってここまで来たんだけど……」

 

 

 ミレニアムサイエンススクールから機密情報を盗み出した産業スパイを追って、D.U.にある某社のオフィスビルまで追い詰め情報の奪還に成功した。

 しかし、スパイと雇い主である某社の重役を撃退したのはいいが、死なばもろともの考えで重役がビル全体の無人防衛システムを作動させてしまった。

 窓という窓、外へ繋がる階段や連絡通路が特殊合金製のシャッターで封鎖され、突入したネルら三人は建物に閉じ込められてしまった。

 外から狙撃支援を行っていたカリンもこれではまったく手出しができない。

 

 

 「なるほど。ミヤコたちがあの会社の調査を考えてたのはそういう事か」

 SRTの生き残り(RABBIT小隊)が既に動き始めている。どうやらあの会社は手広く派手に不正を働いているようだ。

 過剰極まりないビルの防衛システムも、ヴァルキューレ公安局あたりを仮想敵としているなら納得がいくものだった。

 

 それ以上の事を考える間もなく、これから先の事を考えたカリンはため息をついた。

 「先生、あの企業はかなり評判が悪いPMCの親会社だ。

 騒ぎに気づいて戦力を派遣されたら厄介な事になる」

 もちろんネルたちの強さを考えると、たとえカイザーPMCの大部隊であっても撃破する事は可能だ。

 しかしここはアビドス砂漠のような無人地帯でもブラックマーケットのような違法地帯でもなく、大企業が本社を連ねるD.U.のど真ん中だ。

 このまま放っておくと駆けつけたPMCとの戦闘で周りが火の海になるかもしれないし、それ以前にアカネが脱出口を作ろうと発破を行えばビルが丸ごと崩れるかもしれない。

 そんな事になればC&Cの実態が露呈する恐れがあるだけでなく、ミレニアムに対する多額の賠償や責任追及であまり良い結果にはならないだろう。

 

 「よし、任せて」

 先生はいつものほほ笑みを向けると、まるで近所へ買い物に行くかのような気軽さでそう答えた。

 「カリン、君は今すぐあのビルの前まで車で移動。ネルたちの脱出口はこっちで探してみる」

 「わかった。先生、頼んだ!」

 カリンは『ホークアイ』を軽々と担ぐと、足早に非常階段を駆け下りていった。

 

 足音が聞こえなくなったのを確認すると、先生はシッテムの箱を手に取り相棒(アロナ)へ話しかけた。

 「アロナ、聞いてたね? まず、ハイペリオンビルのネットワークに侵入できる?」

 『任せてください!』

 

 

……

 

 

 通路を埋め尽くす箱、箱、箱。

 通風口から、本来放水ホースがあるはずの消火栓から、その辺のロッカーから。

 キヴォトスではよく見られる小型ロボット『スイーパー』の軽武装モデルが、侵入者を制圧せんと次から次へと押し寄せてくる。

 「だぁーもう!! ゲームじゃあるめぇし無限湧きすんじゃねえ!」

 ネルは両手に持った短機関銃(ツイン・ドラゴン)を連射しながら飛びこみ、目で捉えられない速さで蹴りや銃による殴打を機械の群れにブチ込んだ。

 第三者がその光景を見たのであれば、戦女神が舞っているかのようにも見えなくない。

 目前のスイーパーは穴だらけになるかグチャグチャにひしゃげ、一切の動きを止めた。

 「オラァおめえら進め!」

 弾倉を替えながら先に進むリーダー(ダブルオー)を追いかける、対象的な趣きのメイド服を着た二人のエージェント。

 「楽しいね! でもいい加減弾が無くなりそうなんだけどどうしようかなー!?」

 そう笑いつつ、アスナは愛用のアサルトライフル(サプライズパーティー)に新しい弾倉を叩きこみ、棹桿を引いて初弾を薬室に装填する。

 そして背後に現れた新たな大群に一瞬視線を向け、撃つだけ無駄だと考えてそのまま脇に抱えた。

 

 三人はどうにかエレベーターホールまでたどり着くが、オフィス階のエレベーターの扉にすらシャッターが下りている事にネルは舌打ちする。

 「アカネ(ゼロスリー)! 一階の扉もこんなんだと思うか!?」

 「床を爆破したほうが早そうですね……」

 「よしやれ」

 迷いなくその選択肢を選んだ。

 歯ごたえのない雑魚を延々と相手する、そんなつまらない戦闘にネルのフラストレーションは爆発寸前だった。

 

 『待って待って! そこの床の下にガス管が通ってるから建物が吹っ飛ぶよ!?』

 

 とても聞き慣れた声がインカムから聴こえてきた。それは彼女たちにとってはまさに救世主だった。

 「その声は……先生ですか!?」

 「先生! どうして私たちに気づいたの?」

 至極当然の疑問だ。今回の件をセミナーはシャーレに依頼をしておらず、先生が自分たちの動向を知るはずがない。

 『たまたま近くを歩いてたらカリンを見かけてね。それより今から脱出方法を教える』

 「なら早くしろ先生! こっちはいい加減頭に来てんだ!」

 ネルは残数が心許ない弾倉を銃へと差し込みながら怒鳴った。

 『エレベーターの扉前から見て左に五メートル先の行き止まりのとこ、昔隣に立ってたビルとの連絡通路跡だから壁が薄い。

 そこを破れば隣にある立体駐車場に飛び移れる』

 今は自動販売機やベンチが置いてある休憩スペースのようだ。だが直前の通路からわらわらと追加のスイーパーが押し寄せており道が塞がれていた。

 「おっしゃ行くぞ!」

 『待ってネル。今からフロアのスプリンクラーを誤作動させる。武装型スイーパーのレーザー銃ぐらいなら距離を取れば無力化できるから』

 「なら防衛システムの方を何とかしろよ」

 『外からじゃアクセスできないんだ。ごめん』

 

 ミレニアムの凄腕ハッカー集団『ヴェリタス』やSRTの隊員(風倉モエ)のような技術がないにもかかわらず、当たり前のようにハッキングを行う先生。

 言うまでもなく謎のタブレット端末(シッテムの箱)の中にいる相棒(アロナ)の力だ。

 最高権力者(連邦生徒会長)以外はアクセスできないサンクトゥムタワーの制御権すら短時間で掌握してしまう彼女の前では、並みのセキュリティソフトなどゴミ屑に等しい。

 

 間もなくスプリンクラーが放水を始め、通路全体が雨に降られたかのように水浸しになってゆく。

 武装型スイーパー唯一の武器であるレーザー銃の出力では、よほど近づかれない限りダメージを受ける事はほとんどない。

 『アスナ、バニーの時に持ってた手榴弾ってある?』

 「あるよ? せっかくだから持ってきたの!」

 『それじゃいつでも投げれるようにしといて。アカネ、普通の鉄筋コンクリート壁を破るのに何秒かかる?』

 「一五秒もあれば問題ありません」

 『オーケー、作戦開始! ネル、お願い!』

 「やってやろうじゃねえか!」

 ネルはまるで瞬間移動したかのような速さで通路を駆け抜け、敵群を一瞬で蹴散らした。二人もそれに続いて走り、アカネは壁に駆け寄り爆薬をセットし始める。

 『いま駐車場のほうにカリンが車で向かってるから地上でそれに乗って脱出。そっちの到着は三分後ぐらい!』

 「早くしろアカネ! これ以上は弾が足りねえぞ!?」

 「リーダーでもたまには焦るんだね!」

 「うるせえ!」

 際限なく湧いてくる敵をネルとアスナは正確な照準で撃ち抜いてゆく。

 

 「起爆します。二人とも伏せてください!」

 きっかり一五秒後、爆薬を仕掛け終えたアカネは自動販売機の陰に隠れた。

 間髪入れずに爆炎がフロアを包み、配線が焼き切れてスプリンクラーの一部が止まった。

 『アスナ!』

 「いっくよー!」

 先生に具体的な指示を乞うまでもなく、アスナはスイーパーの群れに手榴弾を投げつけた。

 「よし行け行け!」

 三人は爆発を背に壁の穴へ向かって全速力で走り出す。

 「っておい意外と距離あるな!?」

 壁と駐車場までの距離は約六メートル。ネルは勢いが少し足りず駐車場側の出っ張りにしがみつき、続けて飛び移ったアスナがすぐに引き上げた。

 最後にアカネが華麗に飛び移り、全員がビルから脱出した。

 『カリンの到着まであと一分、急いで!』

 休む間もなく三人は駐車場側の非常階段扉をこじ開け、一気に駆け下りていく。

 地上に着くのとカリンが運転するSUVが駐車場前へ到着するのはほぼ同時だった。

 「早く!」

 三人はカリンの呼びかけに答える余裕もなく後部座席へと飛びこんだ。

 全員が乗りこんだことを確認したカリンはアクセルを踏みこんで急発進、ハンドルを切って旋回しすぐにその場を離れた。

 

 

 「みんな脱出できたみたいだね」

 マップ上に浮かぶ光点がビルから離れていくのを見た先生はホッと息を吐いた。

 後ろからヘリのローター音が近づいてくるのを感じて振り返る。

 

 『こちらRABBIT小隊。シャーレからの『カタロ・インダストリアルへの強制調査』の依頼に基づき出動しました』

 

 今は亡きSRT特殊学園のエンブレムを背負った空色の武装ヘリ(UH-60)が頭上を飛び去った。

 「急な話でごめん。でも今なら『ミレニアムから機密を盗んだ犯人』がビルの中にいるから」

 『了解。情報を確保し次第、再度連絡します』

 『こちらRABBIT3。先生、侵入ルート確保が面倒だからミサイル撃ちこんでいい?』

 「ダメ! フリでもなんでもなくダメ!」

 『冗談だって〜。くひひ』

 

 

……

 

 

 車を飛ばしてミレニアムの自治区に入ると、C&Cエージェントたちはようやく肩の荷が下りた気分となった。

 「今回はちょっと危なかったねー」

 「しばらくスイーパーは見たくねえな……くそったれ」

 ケラケラと笑うアスナに対して、ネルはストレスフルといった様子でシートの背もたれを倒した。

 「カリン、ご主人様の様子はいかがでしたか?」

 アスナとアカネが『ご主人様』と呼ぶシャーレの先生はひどく忙しい身であるため、なかなか会う機会に恵まれない。

 カリンはアカネの質問に少し困ったそぶりを見せると、やがて口を開いた。

 「……もふもふの尻尾が生えてた」

 「……はい?」

 「狐の耳と尻尾が生えてた。とてもさわり心地が良さそうだった」

 「お前頭でもぶつけたか?」

 「本当なんだリーダー、信じてくれ」

 ある意味ネルの反応はごもっともであるが、カリンとしては真実を言っている。

 車内が困惑の雰囲気で満たされるなか、アスナだけは話を信じて頭の中で先生の尻尾を愛で始めていた。

 

 


 

 

 翌朝、シャーレ居住区。

 

 『黒い噂の数はカイザーコーポレーションに劣らないと評判のカタロ・インダストリアル本社に、けさヴァルキューレ捜査局が警備局と共に家宅捜索に入りました!』

 『仕事の遅さと杜撰さで有名なヴァルキューレ警察学校ですが、なにか決定的な証拠でも掴んだのでしょうか!? あるいは癒着隠『ここは立入禁止だ!』これは公権力の乱よ──』

 

 相変わらず報道の自由を振りかざして言いたい放題のクロノス報道部レポーター(風巻マイと川流シノン)だったが、いつもの事ながら勝手に封鎖線内に入りこんでいたようで、撮影スタッフともども警備局の生徒によって現場から強制排除された。

 画面が『しばらくお待ち下さい』の静止画に切り替わったのを見て、先生はテレビを消した。

 

 「これで一段落かな?」

 少し寝ぼけながら温めの紅茶を飲み、ライ麦パンで作ったサンドイッチを頬張る。

 レタスのシャキシャキ感と少し硬めのパン、軽く炙った厚切りベーコンの塩っぱさの組み合わせが脳を刺激し目を覚まさせる。

 伏せていた獣耳がだんだんと起き上がっていき、尻尾がユラユラと振られ始めた。

 『普段イズナさんを見るときは意識してませんでしたけど、こうして見てみると完全にイヌのそれですね……』

 「慣れてくると結構面白いよ?」

 その様子を卓に置かれたシッテムの箱から物珍しそうに見るアロナ。

 

 さて、なぜ種族的には普通の人間であるフェイス先生にケモミミと尻尾が生えたのか?

 それは昨日、先生が山海経高級中学校を訪れた時まで遡る。

 

 

 

 「さあ先生、今回の薬は自信作なのだ!」

 「ごめん用事思い出した!」

 「こら逃げるな! 今回は変な薬じゃないのだ!」

 「『今回は』って言ったね今!?」

 逃げようとした先生を体格差をものともしない力で引き止めるサヤ。

 「ちょっと獣の耳と尻尾が生えるだけなのだ!」

 「……ケモミミと尻尾?」 

 興味をひかれた先生は足を止めた。

 「うむ。キヴォトスには獣耳だけ生えている者、尻尾も持っている者といるけどいずれも少数派なのだ」

 

 シャーレとかかわり合いを持つ生徒にも獣耳持ちはいるし、なんならサヤ自身もネズミの耳を持っている。

 しかし『獣の尻尾』を持っている者は百鬼夜行の生徒に偏りそれでも少ない。

 「まあ、いっぺん自分で尻尾を生やしてみたいっていう物好き向けの試作品なのだ。効果も長くて二日程度でなくなるように調整してあるぞ?」

 「ふーん……」

 調合ミスで妙な事になるかもしれないが、それを聞いて先生はますます好奇心が刺激された。

 

 サヤは琥珀色の液体が入った試験管を手に取ると、封を開けて先生へと手渡した。

 「これ何の動物になるかは決まってるの?」

 「まったく判らないのだ。飲んだ人次第だと思うぞ?」

 しばし熟考したのち、先生は霊薬をひと息に飲み干した。

 「うわっ不味っ!?」

 

 

 

 『ほんとさわり心地良さそうですね……』

 「毛並みは髪質と同じになるみたい」

 朝食と洗顔歯磨きを終えてひと息つく先生。服はパジャマ代わりのスウェット上下のまま、髪は束ねず伊達眼鏡もかけていない。

 自分から生えた尻尾をなでてみると、ふわふわもふもふの中にある本体が微妙にくすぐったいと感じた。

 「まあ、それよりも今日は休みだ! ……何日ぶりだっけ?」

 『聞かないほうがいいですよ?』

 「あっはい」

 地獄の責苦のような書類の山も次から次へと舞いこんでくる依頼もすべて片付き、数十日ぶりの休日がやってきた。

 

 「(どこへ行こうかな? この尻尾に合いそうだから服も久しぶりにあれを着よう。あーあとブンドドもしたいなぁ)」

 フェイス先生はいつも同じ服を着ているが、オシャレに無頓着という訳ではなく、下手に服を替えると先生だと認識されなくなる事を警戒して同じものを何着か着回している。

 ただでさえ普段は『変な大人』扱いで、連邦生徒会の制服を模したジャケットでどうにかシャーレの先生だと認識されてる状況なのだ。

 

 ウキウキしながらクロゼットを開いたその時、テーブルに置いたスマートフォンが着信のベルを鳴らし、先生はゾッと背筋が寒くなった。

 

 「はい、フェイスです」

 『先生、おはようございます。……いつもと違って他人行儀ですけど、どうかされたんですか?』

 電話をかけてきたのは、先生にとってはおそらくこのタイミングで最も相手にしたくないであろう、ミレニアム生徒会の早瀬ユウカだった。

 「いや……なんでもないよ。それでどうしたんだい?」

 『昨晩のC&C(メイド部)の件でセミナーが事情聴取を求めています。申し訳ありませんが、お時間をいただけますか?』

 「うん、わかったよ」

 『ありがとうございます。ではお待ちしています』

 

 ブツッ

 

 「ちくしょおおぉぉぉ!!」

 『……まあ、そうなりますよね』

 居住区に先生の嘆きが響き渡った。

 

 

……

 

 

 ミレニアムサイエンススクール、C&C部室。

 「……以上で聴取を終了します。先生、お疲れさまでした」

 事情聴取は急用で不在のユウカに代わりノアが執り行なった。

 昨夜にネルたちと関わった経緯を聞くだけであり、ミレニアムが関与していない撤収後の話までは問い質す事はなく、聴取は短時間で終わった。

 

 「それにしては……」

 ノアは机を挟んで真正面に座る先生の頭上から背後までに視線を順番に動かした。

 「あははは! ご主人様のもふもふ〜!」

 腰から伸びる狐の尻尾にアスナがずっと抱きついている。

 「アスナ先輩、そろそろ替わってほしい」

 「わかったよー。……ところでリーダーは触らないの?」

 「あたしは別に」

 ぷいっとそっぽを向くネル。

 「リーダーもそう言いつつ、チラチラと横目で見ておられるじゃないですか」

 「うっせえよ」

 ネルを茶化すアカネは先生の長髪を編み込みながら、たまに獣耳をふにふにと触っていた。

 

 先生は完全にメイドたちのおもちゃにされていた。

 「山海経高級中学校の薬子サヤさん……天才児として昔から有名な人でしたね」

 「いつも変な薬を作ってる子だけど、今回のは間違いなく成功だね」

 「獣耳の生徒さんが多い学園への潜入に使えるかもしれませんね? ちょっと問い合わせてみましょうか」

 「そういう事態にならない事を願ってるよ……」

 ケモミミメイドもまた乙なものだが、それをやって彼女らがもたらすと思われるのは破壊と損害賠償とユウカの胃痛である。

 

 ポンッ。とファンシーな音が鳴ったかと思うと、先生の体から獣耳と尻尾はきれいサッパリ消え去った。

 「あ……」

 もふっていた尻尾がなくなってしまい、カリンは残念そうに声を漏らした。

 「一日持たなかったか。まあ最長二日って言ってたし、個人差とか体の具合も影響ありそう」

 三編みの一本おさげを編み終えたアカネも、少し名残惜しそうに先生の頭を撫でた。

 「ご主人様、薬は飲まれたものだけでしょうか?」

 「え? 面白そうだから何本か買い取ったけど、立て続けに飲んでも効果時間が短くなるんじゃない?」

 そう言って懐から小瓶をひとつ取り出した。

 持ってんのかよというネルの呆れ顔を尻目に、アカネは眼鏡を光らせノアはにっこりと笑った。

 

 「皆さん、少しゲームをしませんか?」

 

 


 

 

 

 「もう……! どうしてこういう時に限って!」

 とある工業系の部活が部費の架空請求を行ったため、ユウカはセミナー保安部を引き連れて部室に乗りこむ羽目になった。

 幸い未遂に終わったため、厳重注意と多少のペナルティを課したのみで済んだが、対応のため先生への事情聴取をノアに投げざるを得なかった。

 先生はまだいるだろうか? そう考えつつC&Cの部室の扉を開いた。

 

 「ユウカちゃん、お疲れさまです」

 「おはようユウカ」

 中に入ると、部屋の一角にある席に先生とノアが座っていた。

 C&Cエージェントのうち、その場にいないアカネ以外はバラバラに座っている。

 「おはようございます。聴取の方は……?」

 「終わったよ」

 「そうですか……」

 少し残念そうな顔をするユウカの横に、いつの間にかアカネが盆を持って並んでいた。

 

 「ユウカ、健康ドリンクでもいかがですか?」

 「え? 何これ青汁?」

 盆の上に載るコップにはなんとも言えない色合いの緑の液体が満たされている。

 「似たようなものですね。味の方はあまり保証できませんが……」

 「アカネが作ったんなら害はないんだろうけど」

 ユウカは訝しがりつつもコップを手に取り、少しにおいを嗅いだあと口をつけ一気に飲み始める。

 『味は保証できない』と告げた通り、だんだんと表情が渋いものになってゆく。

 「まっず! もう少しなんとかならなかったの!?」

 「素材の味が少々誤魔化しが利かなくて……味見ができませんでしたから」

 「は?」

 

 直後、ユウカの体が光ったと思えば『ポンッ』という音と共に光が弾けた。

 

 「おお……」

 「ふふふ」

 「わぁ! やっぱりわんこユウカだ!」

 周囲の驚きの声の中でアスナの発言が耳にとまり、ユウカはとっさに頭に手をやった。

 「……ちょっ!? なんなのこれ!?」

 何か毛で覆われた柔らかいものが生えている。

 更に尻の上に異物感を覚え手を当てると、もふっとした何かに触れた。

 「なんだありゃ? キツネか?」

 「コーギーですね。一般的にペットショップに並んでるのは断尾してますから、知らない人が多いんですよ」

 ノアはネルの疑問に笑いながら答えた。彼女が主犯なのは明白である。

 「くくく……ユウカ、なかなか似合ってるよ……」

 先生は笑いを必死にこらえながらユウカに手鏡を差し出した。

 それを半ば奪うように受け取り自身の頭を写すと、ユウカの顔はみるみる青ざめていった。

 

 「何よこれえぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

……

 

 

 「モモイがセットA、ミドリがセットC、ユズがサンドイッチセット、アリスがジャーマンドッグ。クエスト内容は完璧ですね!」

 アリスはゲーム開発部全員の昼食を買うため、ひとりで学園食堂まで足を運んだ。

 無論パシられている訳ではなく、アリスが『お使い(クエスト)はお任せください!』と自ら志願したのだ。

 彼女がちゃんとお使いができるか心配になり、後ろからモモイがこっそり後をつけている。

 

 食券をカウンターに出して、持ち帰り(テイクアウト)が出来上がるまで座って待とうと空いてる席を探すアリス。

 「先生と、……ユウカ?」

 その中、窓際のテーブルに見慣れた人が何人も固まっているのを見つけたが、何か様子がおかしい。

 ユウカが室内にもかかわらずジャンパーのフードを被っており、不審に思った周囲からの視線を集めていた。

 「ねえ、誰か覗いてみてよ」

 「やだよユウカを怒らせたら後が怖いじゃん」

 そんな話し声が聞こえてきたので、好奇心旺盛な勇者アリスはこっそりと近づいてみる事にした。

 

 「ユウカちゃん機嫌を治してください。ほら、デラックスランチ食べたがってたじゃないですか?」

 「ノーアー……あなたね、やっていい事と悪い事があるでしょ! 先生も! 大人なんだから悪ノリしないで!」

 「いや、ホントごめん」

 二人に怒りながら、慰謝料としてノアに奢らせた一番高い定食をモリモリ食べるユウカ。このあと共犯である先生に奢らせたデザートが控えている。

 

 隣のテーブルではメイド部が『ゲーム』の結果を話し合っていた。

 「タヌキかネコあたりだと思ってたんだがな……」

 「猫はどっちかっていうとリーダーじゃない?」

 「はぁ? アスナ、おめえどうして思ったんだよ」

 「ふふっ、私もアスナ先輩の意見に賛成です」

 ノアのゲーム……もといイタズラの内容は『ユウカが何の動物の耳と尻尾が生えるか』だった。

 結果はネルの一人負けで、全員に飲み物を奢る羽目になった。(先生は辞退した)

 「アスナ先輩はイヌ……たぶんラブラドール・レトリバーとかその辺り」

 「違いねえな」

 

 「(動物を育成するゲームのお話でしょうか?)」

 アリスの脳裏には、最近先生が仕事の合間にちまちまやっている怪獣育成ゲームが浮かんだ。

 そうこうしているうちにユウカの後ろまで忍び寄ったアリスだったが、ここで怪しいものが目の前に現れた。

 「(……尻尾?)」

 ユウカが座る椅子の背もたれと座面の間から、ふわふわもふもふな尻尾のようなものがボロンと垂れ下がった。

 ユラユラ揺れるそれはどうやらユウカの『アクセサリー』らしい。

 ユウカはヒビキのような獣人ではないから、モモイとミドリがつけている猫のメカ尻尾のようなものとアリスは認識したのだ。

 

 そしてさわり心地がよさそうなそれに、アリスはつい手を伸ばしてしまった。

 「ひゃん! いったぁ!?」

 尻尾への突然の刺激に飛び上がったユウカは、テーブルに太ももを強打して更に飛び跳ねるはめになった。

 「いたたた……誰よ一体!? ……え、アリスちゃん?」

 慌てて後ろを向くが、そこには呆然としたアリスがしゃがみこんでいた。

 「ユウカ、魔王に呪いでもかけられたのですか?」

 「えっ。あっ!」

 ユウカは慌てて犬耳を隠すように手で頭を押さえた。飛び跳ねた時にフードが外れてしまったようだ。

 

 頭隠して尻隠さず。尻尾は無防備に周囲の視線に曝されていた。

 「ユ、ユウカに萌え属性が増えたー!?」

 ずっと隠れて様子を見ていたモモイが叫んだ。

 

 

 その後、ユウカは先生を絞め上げて薬の出どころを聞き出すと、サヤに超特急で解毒薬を作らせた。

 むろん代金は先生持ちである。

 獣耳尻尾を生やす霊薬の存在は犬耳ユウカの話とともにミレニアムじゅうに広まる事となり、サヤの懐はかなり温まったという。

 

 「これでは潜入任務で使えませんね……」

 「使わなくていいから!」

 

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