メリヒムの戦闘を教訓に、俺はナノマテリアルの研究と並行して存在の力についても研究、とまではいかずとも知識の掘り下げとナノマテリアルと連携使用の考察を行うことにした。
今まではノーシーとカムシンからフレイムヘイズとして必要不可欠な《清めの炎》、《達意の言》という洗浄と翻訳を行う自在法を学び、「霧」の性質を利用した自在法を編んだだけであり、ナノマテリアルとは方向性の違うその可能性に多少の興味は惹かれたものの、ナノマテリアル研究とローマ放浪に時間を費やしていたのみであった。
しかし、この前のメリヒムの使っていたあの光線とも言える自在法、虹天剣。規模を広げればかの「大戦艦」の主砲にも匹敵するであろうあの自在法を見て、可能性の大きさに驚かされた。
ならば知らねばならない、かつての世界の「霧の艦隊」と同じく世界を変えることができるものであるのならば。
少し話がずれてしまった。
ともかく、自分が振るう振るわぬは別として存在の力及び自在法への興味もまた「霧」へのそれと同等かそれに近いものになったというわけだ。
現在、俺の知る自在法は先に述べた3つとノーシーの《ラピュタ》、フレイムヘイズや紅世の輩がよく使用する《炎弾》と《遠話》、そして戦闘回避のための《気配察知》《気配遮断》だ。
正直情報量としてはかなり心もとない。
ノーシーに聞けば多くのことを教えてくれるだろうが言葉のみで自在法というものを識るのは困難であろう。
ならば実際に目で耳で、だ。
とはいえ自在法とは一般に広がるものはともかくとしてそれぞれの紅世の輩が持つものはある意味その者の秘法とも言えるものだろう。
まず教えてもらえるものではない。
ならば戦うか?それではただの戦闘狂かマッドサイエンティストであり、俺はその類になった覚えはない。
なにはともあれ語り合い、無理であればチャンスを待つのみだ。
不老の肉体を手に入れそういった悠長な策を取ることもできる今に感謝する。
そうなればとりあえず存在の力については情報収集と今ある自在法についてだ。
《気配察知》と《気配遮断》については今後も索敵のために研鑽を積む必要があるだろう。ノーシーの《ラピュタ》は如何せん"今は"使い所が難しく、また扱い切れない部分がある。《炎弾》についても戦闘を行うわけでないので後回しで言いあろう。
「よし」
「急にどうしたんです?」
「今後の方針を決めた」
「今後のことを考える前に今目の前の問題をなんとかしたほうがいいと思うんですけど……」
ああ全く、面倒なことになってることを忘れていたかったのに。
俺は今、紅世の徒に囲まれていた。
正確には多数の紅世の徒のうろつく森林に隠れているのが正しい。
そろそろ3代宗教のキリスト教の祖、イエス・キリストが生まれる頃だろうと東へ向かっていたのだが、途中森に迷ってしまい日も落ちたために一晩休憩を取ろうと森の一か所に寝床--地面に木の葉を敷き布を被せる程度の物--を用意し眠りについたのが、目を覚ますと今のようになっていたというわけだ。
もちろん眠っている間も「霧」の索敵を行っていたのだが睡眠時は演算能力が低下するため目覚めている時よりも範囲は狭まる。
そして偶然かは分からないが眠っている間はその索敵に引っかからなかったらしい。
目が覚めて霧の索敵範囲を戻すと数体の紅世の徒らしき存在を捉えた。
時間が経つにつれ少しずつ数を増してきている。
しかし、紅世の徒達はある方向からある方向へと歩を進めている。
--まさに俺の向かう方向からやってきていたのだ。
「ノーシー」
「なんですか?」
「紅世の徒って集団で行動を取る?」
「ええ。強大な紅世の王を信奉したり、一つの目標を持って行動を共にする方もいます」
となると、このまわりの徒は一つの集団の一片の可能性がある。
徒の密度が増えていることから彼らが斥候であり、本隊が東から来ていると考えてもよいだろう。
違うとしても、このままでは発見される確率が高まる。
今までは気配察知の自在法を使用していない為にこちらの存在を知られずにすんでいるがかなり接近されたりすると不味い。
ここで取れる方法はこのまま引き返して斥候網から抜け出すか、本隊をすり抜けるように突撃を仕掛けるか、ここに留まるか。
引き返せば斥候に当たる可能性もあるが適当に蹴散らして抜け出せばいいだろう。その集団に今後警戒されるがそこは仕方ないと切り捨てるしかない。
突破は引き返すより難易度は遥かに上がるだろうが運が良ければ集団の主に出会えるかもしれない。さらに警戒度は上がるが会話することができるかもしれない。
ここに留まることは時間が経てば突破に近い結果になるかもしれないが運が良ければ方向転換がなされ、本隊にぶつからずに済むかもしれない。ただ紅世の徒に見つかった場合後手に回る可能性がある。
ここで死に向かう必要はない。
ならば退くか。集団の主を見てみたい気もするがそれはまたの機会にしよう。
「それでどうするんですか?」
「この斥候の主を知りたい気もあるがまだ死ぬには惜しい。だから逃げる」
「まあ妥当な判断ですね。」
意見一致も済んだところで立ち上がり、網から抜け出すための準備をする。
布団替わりの布も収納したところで俺は久しぶりに霧の自在法を展開させる。
今回こそ霧の自在法の正しい使用法だ。
この霧は本来の「霧」の持つ通信妨害を自在法で少し改変し、《遠話》の妨害する力がある。
敵同士の連携の妨害こそがこの自在法の真価であり、この前のように一対一で使うことを想定した自在法ではないのだ。
少しずつ霧の濃度を上げ、あたかも自然発生したかのように見せかける。
それでも誤魔化せる時間は限られているだろうから視程が1㎞を切ったであろう頃から移動を開始する。
それから霧の中心点を少しずつ自分からずらしていく。
こういったものは大抵発生源や中心部分に原因となるものがいると考えられるので知恵のあるものからも場所を特定されないようにするため小細工を施しておく。
今回は広い面積に霧を展開するために身体能力と索敵の両方に演算を割くことができない。
中途半端に分けてもいいことはないのでここは迅速な離脱のために索敵の演算を最低限にし、身体能力を可能な限り上げるとする。
ハルが逃走を開始した地点から東に約10km、ある紅世の王の姿がそこにあった。
人の何倍もの大きさの鉄の長方体に手足を持つ頭のない巨人、ウルリクムミという強大な紅世の王であり《とむらいの鐘》という組織の先鋒を率いる将である。
その彼は今伝令から一報を受けていた。
「この先4マイル程東に不審な霧が発生!霧内部にいる者たちと遠話による連絡が取れず、多少の混乱があります!」
十中八九
今回の《とむらいの鐘》の遠征でまた一人協力な仲間が増えたが主の大願を果たすものは見つからなかった。
「ここでえええ、不要な犠牲をおおお、出すわけにはいかぬうううう。一時停止しいいい、敵に備えるのだああああ。」
「了解しました!」
伝令はその旨を伝えるべく動き出す。
この後、進行方向に発生した大規模でかつ遠話のみが使えないという奇妙な霧の自在法によって思わぬ足止めを食らった《とむらいの鐘》は、今後も度々この霧に惑わされることになるのであった。
なんとか紅世の徒の斥候網から抜けたであろうところまでたどり着いた。
遠隔展開していた霧は存在の力の供給を止めれば自然消滅するだろう。
一息付こうと走るのを止め、索敵範囲を通常時のものに戻して歩き始める。
「それで、今後の方針を聞きたいんですけど?」
「この世界だけでなく、紅世のことにも興味が湧いたからこれからは自在法や紅世の徒についても見聞を広げていこうと思う。」
「……私には聞かないんですか?」
「貴女の知識は確かに膨大なものだろうけど実際に見聞きして見聞を広げたい」
「確かに一理あるとも言えますけど……。分かりました、今後は聞かれない限りはできるだけ情報を出さないようにします」
「ありがとう」
こういう知識人(?)に我慢をさせるのはあまりよくないかもしれないがこちらも同じ人種なのでネタ晴らしのようなものは避けてもらいたいので、まあ我慢してもらおう。
「それで、知り合いに自在法の扱いに優れた者がいるなら教えてほしい」
「知ってる人は数多く居ますがこの世に顕現して尚且つ知り合いの方ですか……まあ数人いますけど、全員紅世の徒としてですよ?というか私以外で人と契約した方は今のところ知りませんね」
「構わないから教えてほしい」
「では一人、腕前としては最高峰の方がいますね。彼なら比較的見つけやすい部類でしょう。ただ、かなりの頑固者ですけどね」
「話ができるなら問題ない。名前は?」
「《髄の楼閣》ガヴィダ。現在ならばおそらくローマかその周辺にいる可能性があるでしょう」
キリスト生誕の夜を見たかったが仕方がない。
紅世の徒の集団が来ている以上遠回りをするほかは無いだろうしその場合間に合わないことは確実だ。
それならばガヴィダという徒の捜索するほうが建設的だろう。
ともあれ、今後はナノマテリアル研究の傍ら自在法についても追及していかねばな。
「そういえば、ハルさんの言っていたイエスキリストってどういう人なんですか?」
「未来で神の子とされたらしい人物」
「神ですか」
「神だ。そういえば紅世にも神という存在はある?」
「いますね。普通の紅世の徒とは違う特殊な能力を持ってるだけですが」
「……え、神って実在の存在?」
「存在しないんですか?」
増々紅世がどんなものか興味が湧いてきた。
目標の4千文字には届きませんが区切りがいいのでここまでにしました。