誰か助けてください。
ほんの出来心だった。ダメで元々、面接に行ったらまさかの採用。他にも内定をもらったところも幾つかあったが、あの時の俺は『可愛い女子中高生たちにご飯を作ってお金貰えるとか超絶ホワイト企業では? あわよくば綺麗なウマ娘ちゃんたちと交流が持ちてぇなぁ』と、実に浅はかなことを考えてトレセンへの就職を決めてしまった。
入社して最初の一ヶ月もとい研修期間はまだホワイトだった。俺は調理専門ということもあり、研修ではどんな料理をどんなレシピで作るのか一から十まで全て頭に叩き込んだ。大変じゃなかったと言えば嘘になるが、これも可憐なウマ娘ちゃんたちに安全で美味い料理を提供するためだと思えば苦とは感じなかった。
研修期間を終えると直ぐに配属が決まった。俺の配属先は知らぬ者は先ずいない、一番の有名どころである東京の中央トレセン学園。ウマ娘の中でもエリートが集まる場所だ。
配属直後、食堂主任のおばちゃんから『今回の新人は随分と若いねぇ。まっ、怪物に喰われんようにがんばりな』とあいさつ代わりにそう言われたのは記憶に新しい。最初は首を傾げたが、今思えばあれは言葉通りの意味だったのだろう。
食堂はビュッフェ形式、いわゆる食べ放題。俺の仕事は校内全てのウマ娘たちが食べられるほどの量の料理を作っては巨大な大皿に盛っていくこと。俺の担当は中華料理全般、チャーハンやらエビチリやら麻婆豆腐やらを黙々と作っては大皿に盛っていく。
最初はこれが天職だと思った。大量の料理を作るのには慣れていたつもりだったし、ウマ娘とは言え年頃の女の子。いくら人数がいようと、野郎と比べれば食べる量は大したこともないだろうと高を括っていた。
しかし現実は無慈悲なほど非情であり冷徹であった。
誇張なしに想像の1000倍忙しい。仕事が始まると休憩どころか一服する時間すらない。ブラックなんて色では言い表せない程混沌なカラーをした職場がそこにはあった。
俺は振るう。超巨大中華鍋を片手で振るう。米の一粒、具材の一欠片も零さないよう、慎重かつ豪快に振るう。
厨房の外から一人のウマ娘がこちらへと歩いてくるのが見える。
腰まで伸びた葦毛と五つの菱形が特徴的な髪飾りを身に着けたウマ娘だ。
いやだいやだいやだ。やめてやめてやめて。
お願いしますあのセリフだけは、あのセリフだけは勘弁してくれ!
そんな願いが彼女に届いた試しはなく、いつも通りそのウマ娘はドンッ!と超巨大皿を俺の目の前に置き、口を開く。
「おかわり」
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!』と悲鳴にも近い叫びを心に響かせ、俺はただ頷いて超巨大お玉を駆使してチャーハンを大皿に手早くよそう。
一般の成人男性10日分のカロリー量を誇る巨大なチャーハンの山を満足そうに眺めるウマ娘。
さぁ、もう満足だろう? もう満腹だろう? 何事も腹八分目までって言うじゃん? これ以上食べたら練習に支障出るよ? スピード上がらなくなるよ? このエベレストチャーハンをラストオーダーにしよう? 頼むから。ねっ??
心の底から彼女にそう伝えたい。しかし、俺は唯の料理人。彼女の極大食いは今に始まった事ではないし、この食事が彼女のエネルギーとなりレースへの勝利に繋がっているのなら、トレーナーでもない俺からはそんなことは言えない。そもそも俺は幼少時代の事故のせいで失声症、要は喋れないのだ。
でも、でも少しは伝わってほしい。一縷の望みをかけて、俺は彼女を見つめる。食べすぎ、良くない。少なくとも毎日お腹が出るまで食べるのは健康上問題があると思います。
お腹をポンと叩くジェスチャーも入れてみる。
さぁ頼む。伝わってくれ俺の想い!
俺は彼女の瞳を見る。透き通ったコバルトブルーの瞳、その瞳に映っているのは俺の熱い眼差しか、それとも山盛りチャーハンか、はたまたデザート用に作り置きしておいたバケツ杏仁豆腐か。
「……うん。君の想い、確かに私に届いた」
*————————*
最近ごはんがいつになくおいしく感じる。
箸が、フォークが、スプーンが進んで止まらない。
しかし当然、料理は食べればなくなる。山ほど盛ってもらった筈のチャーハンが一粒残らず綺麗サッパリなくなった大皿を見た時、私の手はようやく止まる。
練習までまだ少し時間がある。これから夕食まで断食しないといけないことを考えると、もう少し食べておくべきだろうか……うん、そうしよう。
私はお皿を持って席から立ち上がると、隣から「うえぇ…まだ食べるんか?」と声が聞こえた。
「見てるこっちが胸やけしそうや。腹もぽっこり出とるし、そのへんにしときオグリ」
「しかしタマ、私はまだ腹4合目だ」
「4分目や。山か」
「それに昔お母さんが言っていた。食べられるときに食べておくべきだ、って」
「それ多分今使う言葉ちゃうで……はぁもう好きにしたらええ。後でトレーナーにぎょうさん怒られてもウチは知らへんで」
「問題ない、限度は弁えているつもりだ」
「どの体たらくで言うとんねん!」
タマに見送られながら、私はおかわりをするため厨房カウンターへ向かう。
カフェテリアはびっへ?なる形式。自分で食べる分だけ料理をよそう形式だが、それとは別に料理を直接厨房の人に注文することもできる。私は人より食べる量が少し多いから、直接の注文を多用している。
さて、次は何を食べようか。ここの料理は何でもおいしいから、選ぶのに時間がかかってしまう。にんじんハンバーグ……いやコロッケも捨てがたい。カレーもいいな……いっそのこと全部……。
むむむと悩んでいると、中華エリアから漂う
この香りは、さっき食べたばかりのチャーハンの香り。にも関わらず、私のお腹がぐぅぅぅぅぅぅぅと鳴る。お腹がチャーハンを欲しているのだ。
ならば私は、それに従うまで。
「おかわり」
チャーハンを作っている料理人の前に空の大皿を置く。料理人はただ頷いて、大皿の上にチャーハンの山を一瞬で作った。フジキセキのマジックみたいだ。
見た目、香り、そして味。
全てが一級品のチャーハン。お母さんが作ってくれるチャーハンが一番だと思っていたけど、これは甲乙つけがたい。ふふふ、涎とにやけが止まらない。
ふと、料理人と目が合う。
話したことはないけれど、彼とは顔見知りだ。今期に入ってから私がおかわりをしようとする料理を作っているのが彼であることが多い。いつもありがとう。
今日の彼の瞳はレース前のウマ娘の如く、熱い何かが宿っているように見えた。そして自身のお腹を一回だけポンと叩く。これは……私に何か伝えようとしているのか?
私は考える。彼の熱意、謎のジェスチャー、チャーハンの山、視界の端に映るバケツサイズの杏仁豆腐、全ての情報を整理して、彼が伝えようとしていることを考える。
「……うん。君の想い、確かに私に届いた」
そして一つの結論に至った。
ふふ、言葉に出さずとも伝えられる想いはあるのだな。また一つ勉強になった、後でタマにも教えよう。
彼はホッとしたように胸をなでおろす。私に想いが伝わって安心したのだろう。
『もっとたくさん食べても良いんだぜ…!』という、彼の料理人としての魂の想いを!
私は微笑む。
そして彼の熱い想いに応えるように新しい巨大皿を数枚用意し、
「餃子と天津飯、あとラーメンメガ増しにんにく辛めも頼む!!」
ゴトッと、彼の前に置いた。
ゴトッと、彼が倒れた。んっ?
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「しかしすぐ立ち上がって料理を作ってくれたんだ。どの料理も本当においしかった……今度はトレーナーも一緒に食べよう」
「そうだな。とりあえず保健室に行こうか」
コンディション獲得…
太り気味
的な小説が読みたいです。