トレセンの食堂に就職した結果   作:アシスト

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VS 漆黒のステイヤー

 手のひらを相手に見せるように開き、親指を内側に曲げる。そして残りの四本指で親指を閉じ込めるように握りしめる。

 

 これは手話、助けを求めるハンドサインである。言葉を発せられない俺にとって以下略。ちなみにこのハンドサインは世界共通、みんな覚えておくと良い。そしてこのハンドサインを見たら是非その人を助けてあげてほしい。と言うか今すぐ俺を助けてほしい。

 

 トレセンの朝は早い。

 朝5時、まだ日も昇らない早朝にも関わらず朝練に励むウマ娘たちがちらほらと、グラウンドで汗を流している。

 

 トレセン食堂の朝はもっと早い。

 遅くとも朝4時前には仕込みを始めないと、とてもじゃないが全生徒に料理を提供することはできない。俺たちコックさんは皆ロイヤルビタージュースとカップケーキを常備し、そして健康祈願のお守りを懐に忍ばせて今日も一日頑張るのだ。

 

 この三種の神器さえあれば人間に不可能はない。正直使い方を間違えてる気がしてならないが、全てはウマ娘ちゃんの笑顔を見るためだ。例え明日の朝日が拝めなくなっても、この身が粉微塵になろうとも、俺は料理を作る手を止めない。

 

 しかし、そんな覚悟ガンギマリな俺であっても助けてほしいことはある。

 

 食堂の開店時間になり、ちらほらと朝食を食べに来る生徒が現れる。

 ウマ娘も十人十色、朝からがっつり肉を食べる者もいれば、最低限の食事のみで済ませる者もいる。『ステーキ。付け合わせの野菜はいらん』とシンプルに注文するウマ娘もいれば、『バナナとパンをお願いします。むっ、それだけで足りるのかと言いたげな顔ですね。貴方は朝バナナの真価を知らないようだ。確かに栄養は偏ってしまうが、それは昼食と夕食で補うことが可能です。そもそも朝バナナの一番のメリットは――』と、長々と説明してくれるウマ娘もいる。

 トレセン学園のウマ娘は皆アスリート。身体作りの基盤となる食事にも並々ならぬこだわりが彼女たちにはあるのだろう。

 

 朝は昼夜と違い、生徒たちの来る時間がまばらだ。一斉に来ない分、そこまで忙しくはない。

 

 しかも昨日からオグリキャップとスペシャルウィークは遠征中。久しぶりに平和な朝が過ごせる、そう思って調子に乗った俺は『この程度の忙しさなら俺一人でも回せるぜ。先輩たちは休憩してな。俺は俺の料理で一人でも多くのウマ娘ちゃんを笑顔にしたいんだよ』的な死亡フラグを筆談で伝えてしまった。

 

 俺は忘れていたんだ。

 あの2人の陰に隠れて息を潜めていた黒い刺客の存在を。

 

「あ、あのっ。すみませんコックさん。ライスにかつ丼のおかわりをください……!」

 

 一人の生徒がやってきた。

 このウマ娘ちゃんは確か……さっき妙に謝りながらかつ丼を注文してきた娘だな。朝からおかわり、しかもかつ丼とはやるなぁと思いつつ、俺はどんぶりにササッとご飯をよそい、卵でとじたカツを乗せる。

 

 はい完成。いやぁ、偶にはこういう楽な日があってもいいよね。

 

「ええっと……あと、オカズにコロッケを10個ください」

 

 んっ?

 

「そ、それと……焼きさんま3尾と、焼きそばの大盛。おみそ汁の代わりにラーメンもお願いします…!」

 

 えっ、ナニコレ、桜木?

 

「あっ、すみません忘れていました……! ホイコーローも5皿ください!」

 

 ………あっ、ははーん。なるほど、俺わかっちゃった。

 

 こんな極限まで無駄を削ぎ落した身体つきの女の子がこんなに食べられるはずがない。きっと一緒に食べに来た友人の分まで注文したのだろう。

 

 そう判断した俺は大急ぎで頼まれた料理を用意しては巨大なお盆に乗せていき、全ての料理が揃ったところでウマ娘ちゃんに渡す。

 

 彼女は大量の料理が乗ったお盆を軽々と持ち上げ『あ、ありがとうございますっ…!』とお礼を言い残し、すぐ近くの一人用席に座る。ああ、なんて勿体なきお言葉、その一言だけで俺の苦労は報われる。視界の隅に映るピンク髪のウマ娘が『わ か る』と言いたげな笑顔をしてこちらを見ているのは気のせいだろう。

 

 ………んっ、一人用席?

 

「じゃあ、えっと……改めて、いただきますっ」

 

 そこから俺が見たのは、一口食べる度に嬉しそうな表情を浮かべる少女の横顔と、山の様に積まれていく空の食器。その箸は留まることを知らず、俺の疲れが癒えるより大幅に早く彼女は全てを食べきった。

 

 そして再び、彼女は俺の元へやってきた。

 

「あ、あのっ、お料理とってもおいしかったよ()()()()()。だからライス、もう一度おかわりしてもいいかな……? こ、今度はかつ丼、おおもりでっ!」

 

 

   瞬間、俺の脳内に溢れ出した存在しない記憶

  

  『お兄さま!』 『お兄さま?』 『お兄さま♪』

 

 

 

 何度だっておかわりして良いに決まってるだろ妹なんだから!

 たくさん食べてたくさん走って、たくさんレースで勝ってね! カツだけに!

 

 そんな気持ちを込めて俺は右手でグッドサインを妹に送った。それはそれとして左手で助けを求めるハンドサインを休憩室に向けて送った。

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 

 "食堂のとあるコックの料理がとてもおいしい"

 

 

 そんな噂をライスは耳にしたの。けど、ライスはそのコックさんのお料理を注文したことはない。だって、ライスが関わるとその人を不幸にしちゃうかもしれないから……。

 

 おいしいお料理は食べたいけど、ライスのせいで迷惑かけたくはない。お姉さまには『不幸にしていいから食べてきなさい我が妹ライスよ。アイツ私の弟なんだけど、料理の腕だけは天下一品よ!ライスも昔から知ってるでしょ?』って言われたけど、ライスにそんな記憶はないよ……?

 

 お姉さまの弟さんなら尚更不幸にしたくない。

 だから今まで避けてきた。

 

 なのに、今日の朝はそのコックさんしかいなかった。

 

「(早朝練習でライスのおなかはペコペコ……でもお姉さまの弟さんに迷惑かけたくない……でも……でも……!)」

 

 悩みに悩んだけど、空腹には勝てなかった。

 うぅ……ライス、ダメな子だ……。

 

「ほんとのほんとにごめんなさいっ……! かつ丼ひとつください!」

「……??」

 

 謝りながら注文するライスに首を傾げるコックさん。しかしすぐ手慣れた手つきでかつ丼を盛り付け、ライスの前に置いてくれた。

 

 ほんとはもっといっぱい食べたいけど……たくさん注文するのも迷惑だよね……。今日はこの一杯だけで我慢しよう。

 

 そう思いながら、かつ丼を一口頬張る。

「……お、おいひいっ!」

 そして気が付けば、丼にはお米一つなくなっていた。

 

 まるで時間が飛んじゃったみたいに、いつの間にか、かつ丼を食べ終えていた。こんな経験ライス初めてだ。

 

 ライス、今日は悪い子みたい…。一杯だけで我慢するって決めたのに、おかわりしたくてたまらなくなってる……。

 

 ちょ、ちょこっとなら大丈夫、だよね? もう少しだけならおかわりしても、きっと大丈夫だよね……?

 

 大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせて、ライスは再びコックさんの元へ訪れる。

 

「あ、あのっ。すみませんコックさん。ライスにかつ丼のおかわりをください……!」

「ええっと……あと、オカズにコロッケを10個ください」

「そ、それと……焼きさんま3尾と、焼きそばの大盛。おみそ汁の代わりにラーメンもお願いします…!」

「あっ、すみません忘れていました……! ホイコーローも5皿ください!」

   

 結局我慢できなくて、たくさんおかわりしちゃった。ライス、今日はほんとに悪い子だ……。

 

 でも、お料理はとってもよかった。おいしいだけじゃなくて、心までポカポカするような、そんな気持ちになれるお料理だった。

 

 こんなお料理を作れるなんて、お姉さまの弟さんはすごいなぁ……。あれ? お姉さまの弟さんってことは……ライスにとってはお兄さまってことになるのかな?

 

 お兄さま……お兄さま……えへへ、なんだかとっても落ち着く響き。

 

 おかわりを食べたらおいしかったですってお礼を言わなきゃ。あと……も、もう一回だけおかわりしてもいいか聞いてみよう!

 

 

 

  

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「ライスさんにステータス『太り気味』を確認」

 

「余ってたポイントで買っておいて正解だったわね。はいスリムスキャナー」

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!!」

 

 

 

 

 

 




的なちょっと頭のおかしい主人公とウマ娘のコメディ小説が読みたいです。
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