現在の時間帯は空高く太陽が登る昼時。トレセンで行われている授業カリキュラムは午前中までしかない。後に残った消灯までの時間は、トレーニングやらミーティングやらに費やしているウマ娘がほとんどだろう。
トレーナーがいないウマ娘には関しては、そういう子達を集めた教官っぽい人が何人かをまとめて指導してあげてるらしい。
もちろん、まだ入学したての私もそこに行ってトレーニングするべきなのだろうが、何だかリギルの東条トレーナーが私に見合ったトレーナーを紹介してくれたのだ。
「どうだ?ゴルシちゃん特製の焼きそばは?うめぇだろ!」
「すっごい美味しいです。見た目は普通だけど、なにか隠し味とか入れてるんですか?」
「それは企業秘密だぜ!」
グッとサムズアップをしながら答える芦毛のウマ娘『ゴールドシップ』、略して『ゴルシちゃん』(本人がそう呼べと言っていた)と一緒に私は学園内を回っていた。なぜ彼女と一緒に歩いているのかと言うと…
1:件のトレーナーのルームに行ったが誰もおらず、仕方ないのでレース場やらトレーニングを行ってそうな場所を重点的に見て回ることに決めた。
2:まだ不慣れだったので昨日のパンフレットを片手に歩いていると、何故か私に『なぁ、焼きそば食わねぇか?』とゴルシちゃんが声をかけてきた。
3:『実はよ、私もトレピッピ探しててな!私も一緒にいいか!』ということで、焼きそばを手渡されて一緒に行動するようになった。←now
このゴールドシップもといゴルシちゃんは、えらくマイペースだった。(多分)知り合いであろうウマ娘達に片っ端から熱心に焼きそばを配る時もあれば、隣で静かにルービックキューブで遊んだりと、かなりの自由っぷりを発揮していた。
そのおかげで私はあまり目立ってないので周りを観察し放題である。どこもかしこもウマ娘だらけ、まさに至福の時間だ。焼きそばを食べてる振りをしてれば視線に気づかれることもないので堂々と歩ける。
それにしても焼きそばはめちゃくちゃ美味いな……。時には私も料理をすることもあるけど、さすがにこの味を再現するのは簡単じゃなさそうだ。絶妙なソース加減で味が整えられてる。
隣で真面目にルービックキューブを嗜むゴルシちゃん、その顔は非常に絵になっていた。今、私の懐には昨日のことを教訓としてデジカメが入っているが、不思議とゴルシちゃんのことを撮ろうとは思えなかった。
特に理由はない。あくまで私の気分的な問題なんだが、どうにもしっくり来ないのがすごくムズムズする。昨日までの私なら嬉々として撮影交渉を即座にしていただろう。
「ん?あたしの顔に何かついてんのか?」
「いえいえ、ちょっとだけ深く考えてただけですよ。例えば…」
「ヤモリの美味しい焼き方とか、スイーツの嘘情報でも考えてんのか?」
「……なんで思いついたのがその二択なんですか?」
「前者は私が興味のあること、後者は私がイタズラに使うためだぜ!」
「私関係なくない!?」
とまぁ、ほんとに言動も行動も読めない。別にゴルシちゃんが嫌いって訳では無いが、ちょっと話すだけでものすごく疲れる。このノリについてける人いないんじゃないの?
その後も他愛ないやり取りをしながらレース場へと来てみたものの…、複数名のトレーナーがトレーニング中のウマ娘達に指示したり、タイムを測ってたりしているが、その中にお目当てのトレーナーはいなかった。
「どうだ?お目当てのトレーナーはいたか?」
「いないみたいです。そっちはどうでしたか?」
「いや〜、影も形もなかったぜ。そんじゃ、次行こうぜ!」
切り替えの速さが尋常ではないが、もうゴルシちゃんのペースになれてしまった私は「そうですね。次はジムの方に行きましょうか」と言えてしまうほど淡々としていた。
そこからジム、プール、ダンスルームにまで足を運んだが、全て空振りに終わった。念の為、カフェテリアや人が多そうな場所を見て回ったりはしたが、結局日が傾き始める時間になっても見つけることが出来ないでいた。
「いねぇな…トレピッピ」
「もしかしたら既にルームに戻ってるかも…。確かめに行きますか」
「おっ!じゃあ、私も付き合うぜ!」
「でも、トレーナーに用事があるんじゃ?」
「いいんだよ!明日でもいい用事だしさ、ここまで来たらそいつの顔見てみたいじゃん?」
というわけで、ゴルシちゃんを連れて校舎内に戻った。一日中歩いていれば大体の道のりは覚えられる。迷うことなく私がたどり着いたのはチーム“スピカ”のルームだった。
「ここですね」とルームに入る前にゴルシちゃんの方をチラッと見てみると、彼女はどこか気の抜けたような顔をしていた。しかし、すぐに納得が言ったかのように手を叩くと、笑顔で肩を叩いてきた。
「なんだよ!お前も私と同じかよ!」
「えっ?同じって……何が?」
「トレピッピのことだよ!お前が探してたのが私んとこのトレピッピだったって訳だ!」
「えっ、はぁ!?」
アハハ!と笑うゴルシちゃん。じゃあなんだ?今の今まで二人とも同じトレーナーを探してたってこと?なんだよ…そうならそうとゴルシちゃんにどんなトレーナーか聞けばよかったじゃん…。
ここまで来たら直接確かめるしかないかぁ…。まぁ、あの東条トレーナーが推薦してくれる人だし腕は確かだろうな。とりあえず、さっさと部屋に入って……
「ヘイ!トレピッピ!元気かい!?」
「ちょっ!?ゴルシちゃん!?せめて入る時はノックくらい……」
ゴルシちゃんがドアを開けた瞬間、ドヨンとした雰囲気の室内に私は言葉を途切れさせてしまった。
身長180センチ程、癖毛を後ろで一つ結びに束ねており、左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型をしている男性がルームに設置してある机に突っ伏していた。
「あぁ…またか…」とゴルシちゃんは面倒くさそうにしながらも頭をかきながら近づいていく。
「どうした……って聞くまでもないか。また切られたのか?」
「『あなたのやり方じゃあ強くなれない』ってさ」
「いつも通りの定型文じゃねぇか」
私は完全に蚊帳の外だった。何を言っているのか分からないけど、あの二人の間では会話が成立してるらしい。それもいい事ではなく悪い方向で。
会話から推測すればある程度予想はできるが、担当していたウマ娘に契約を打ち切られたってところかな?『また』ってところを聞くに、1度や2度では無さそう。
「まっ、すぎたことは忘れようぜ。ちょうど今トレピッピ目当てで来てるやつもいるんだしさ?」
「俺目当て?ああ!そういえば珍しく見てほしいっておハナさんが言ってたウマ娘か。えっと…それがあの子?」
「知らねぇけど、多分そうなんじゃねぇの?探してたんだし」
「お前なぁ…」
おっ、やっと話がこっちにも回ってきた。ゴルシちゃんが上手いこと話題転換してくれたな。おかげで少しだけだがどんよりした雰囲気が柔らかくなった気がする。
あれがスピカのトレーナー……見た目的にはただの無精髭をちらほら生やした人にしか見えないが、トレーナーとしての腕は確かなのだろう。
「初めましてトレーナーさん。東条トレーナーに紹介してもらいましたレイゴウノルンと言います」
「話は聞いてるぞ。なんでも期待の新人なんだってな?俺は沖野だ、よろしく」
こう話してみると普通に気さくな人だと思う。少なくともゴルシちゃんのような奇抜さは目に見えるという訳では無さそうだ。じゃあなんで契約を切られるのか……もっと別のところから切り込んでみるか…。
「東条トレーナーに紹介されたはいいんですけど、トレーナーさんのことは何も知らされなかったんです。なのでちょっと質問してもいいですか?」
「いいぞ。出来れば答えられる範囲で頼む」
「では、トレーナーさんの育成方針ってどんな感じなんですか?」
まず知るべきところはそこだろう。最終的にどんなレースを走るかはウマ娘本人の意思によるが、育成方針に関してはトレーナーのやり方になるのは間違いない。
そのウマ娘にあったトレーニングを立案するのがトレーナーの役目であり、トレーニングで培った経験を活かしてレースを制するのがウマ娘の役目だ。
相互の相性がバッチリあってる関係こそ、勝利に必要なものだと私は思ってる。
「育成方針って言われても、『自由にやればいい』って感じだな。もちろん相談事には乗ってやることは出来るが…」
「自由…?」
「まぁ、こんなトレーナーだ。慣れれば案外楽だぜ?」
なんだか『こちらへようこそ』と言わんばかりに肩をぽんぽんと叩くゴルシちゃん。変わり者ではありそうだが、悪いトレーナーではなさそうだな。
自分的にはもっとこう『効率的に勝ちに行く』とか『レースで勝つやり方を教える』とかっていう風な感じかと思ったけど、ここはかなりフランクそうだ。
「『随分と緩いな』とか思ってそうだけど、少し放ったらかしにしすぎたせいでやめてる奴がいるからな?おめぇもそこんとこ頭に入れとけよ?」
「そういえば、契約を何度も切られてるんでしたね」
なるほど…自由ではあるけど、そういうデメリットがあるのか…。少し考えれば分かるけど完全にトレーナーさんの責任だよね?ガックシと肩を落としてるようだし、自覚はあるようだ。
でも、ここまで話を聞いたなら物は試しだ。東条トレーナーも認めてるみたいだし、何より『自由』って感じが気に入った。他をいちいち見て回るよりかはマシだろうな。
「それでも私はこの人でいいかなぁ…って思いますね」
「ほ、本当か!」
「おめぇも変わりもんだなぁ…」
「それ言ったらゴルシちゃんだって変わり者だよね?」
不安が残らない訳では無いが、ひとまずこのスピカの一員として頑張ることにしよう。性にあわないければ丁重に断ってしまえばいいはずだ。そこを見越して東条トレーナーもだいぶ手を回してるようだし?
とりあえず、目標をめざしてこの人たちと頑張っていこうか。
「あれ?そういえば、他のチームメンバーは?」
「おん?そんなもん、さっきやめたやつを抜けば私とおめぇの2人に決まってんだろ?何言ってんだ?」
「へ?」
……初めの第1歩、踏み外しちゃったかなぁ?
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「すっかり遅くなったな。早く帰らないと…今日はあれこれしなきゃ行けない計画立ててたのに、トレーナーさん探すのに手間取ったせいでだいぶ予定が狂っちゃったわけだし」
あの後、『詳しい話はまた明日ここでな?』ということで解散となってしまったため、私は今日の予定を調整しながら寮に帰っていた。
こうも速攻でトレーナーさんを見つけられたのは幸運だ。自作トレーニングメニューを修正してもらう他にもやって欲しいことはまだまだある。
とはいえ、チーム人数が2人だけって言うのはどうかと思う。ゴルシちゃん以外の全員に突っぱねられるとかどういう育成してるんだろうか?……やはり奇抜なのか?
やっぱり分かんないことをうだうだと考えてても意味は無いな。よし、この話は終わりにしよう。どうせもう私は流れに身を任せるターンになってるわけだから、あとはあのトレーナーを見極めればいいだけだ。
「シャワー……の前にまずは夕食だな。今日は走ったわけでもないから後回しにしてもいいかな」
ドアノブを回して扉を押す。中では電気が点いており、その瞬間私はひとつ重要なことを思い出した。
(そういえば、今日から相部屋だったな。昨日いなかったから違和感あるって言うかなんというか…)
家の事情で入学式後に1度戻って、今日入寮する予定だったとか?寮長のフジ先輩が教えてくれたのはそれだけだが……『くれぐれも仲良くね?ポニーちゃん』と優しく頭をポンポンされた時は軽く逝きかけました、はい…。
というわけで、1日遅れで相部屋の子が来たみたいだが机に向かって何やら一生懸命読んでるらしいな。邪魔したくないけど、やっぱり無視は第一印象的に良くない。
横に流れないように軽く結ってまとめている栗毛、身長はまぁ私より2、3センチ高いくらいかな?それにしてもちょっと懐かしい感じのする背中だ。
「こ、こんにちは」
「あら?これはこれは、部屋に帰ってきてらっしゃったのに気づかないなんてお恥ずかし限りです。あなたが同じ部屋の方かしら?」
「そうですよ、“レイゴウノルン”って言います。これからはどうぞよろしくね」
「あらあらまぁまぁ!あなたがレイゴウノルンなのね!?
「へ…?」
ちょっと頭が混乱しているうちにガシッと両腕を包み込むように握られた。えっ、はっや……ちょ、腕をブンブン振らないで!?あと顔が近い!めっちゃ至近距離すぎる!
「これも運命なのかしら!私たちって随分縁があるようですね!」
「えっ?はっ?ちょ、ちょっと何を言ってるか…」
「ああ!私としたことが名前を言っていませんでしたね!“ミルキークラウン”です!覚えてらっしゃいますか?」
「ミルキー………えっ!?」
前世のあの時代を共に駆け抜けた旧友であり、唯一『短距離ならレイゴウノルンにも勝る』と言われた馬。“ミルキークラウン”とはどうやら深い縁があるようだ。
読んでいただきありがとうございます!
内容構成的な部分で手間取っているので、投稿間隔が空いてるのに関してはごめんなさい。ゴルシちゃんのキャラムズいんです、すいません。
というわけで、キャラの雰囲気とか口調とかを完璧に表現できているかすごく不安ですがこれからも頑張っていくので応援よろしくお願いします。
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