「あ、あの…ルドルフ会長?真剣勝負って…」
「文字通りの意味だ。君は今から私と全力でレースに付き合ってもらう」
ルドルフさんから放たれた『真剣勝負』を信じきれずに再度聞き直したが……疑って悪かった私のウマ耳、君はとても優秀な耳だよ。ルドルフさんが私とレースがしたいなんて夢にも思わなかったから疑ってしまった。
しかし何故私なんだ?入学したての私とレースがしたいだなんてトレセンの生徒会長が言うセリフじゃないぞ。
それこそ彼女にはもっとふさわしい相手がいるはずだ。ブライアンさんとかだったら一声かければすぐに応じてくれそうなのに…。
「『なんで私なんだ』と言いたそうな顔をしてるね」
「えっ…あっ、はい。どうしてブライアンさんみたいな人達じゃなくて私なんでしょうか?」
「そうだね……君がアステルリーチと勝負した時の走りを見た後なんだが、少し君に興味が湧いた。『ウマ娘誰もが幸福になれる』その理念を掲げていたが、最近になって迷うようになってね。だから、あの時見せた
真っ直ぐ真剣な目でこちらを見つめるルドルフさん。彼女は心の底から私の走りを見たいと言ってくれた。それならば、答えなければオタクが廃るというもの。
「分かりました。やりましょう」
「すまない。本来ならこんな話を君にするはずでは無いのだが…」
「気にしないでください! ただ今は、あなたの見たいもの、知りたいものを掴み取ってください」
「……そうだな。恩に着るよ」
申し訳なさそうにしてくるルドルフさんだが、私としては遠慮などいらないのだ。これは真剣勝負、たとえ相手が“皇帝”だろうとも勝利を譲る気は無い。
“必勝”は私だけのものだ。誰にもこの2文字は破らせない。
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あの写真を見た時に少し運命じみたものを感じていた。レイゴウノルン、彼女なら私の悩みを吹き飛ばしてくれるのではないか?と。
それが期待から確信に変わったのは、あの走りを見た瞬間だった。完成された綺麗なフォーム、他者を抜き去る卓越した技術、そのどれもがほぼ一流のウマ娘と遜色しないレベルまで仕上がっていた。
だが、私が一番目を惹かれたのはレース中の彼女がみせた表情だった。
ただただ楽しそうだった。勝ち負けなんて関係なく楽しそうに走るあの姿が目に焼き付いた。だから、つい真剣勝負なんて言葉を口にしてしまった。
「本当に距離は3000mの長距離でいいのか?」
「いいんですよ。やるならお互い全力でやり合える距離がいいじゃないですか」
「君がそう言うならば…」
レースがしたいと言い出したのは私なのだから、せめて距離だけは彼女に決めさせようと思ったが、指定してきたのは芝3000mの長距離だった。
彼女がアステルリーチと勝負した時に走ったのは中距離、適正距離に合わなければ怪我に繋がりかねない危険性を持っているが、『大丈夫です。距離が変わろうとも私の走りは変わらないので』と返されてしまった。
コースに立つ、自分にとってはいつもの光景。ただ、今日は隣に小さな芦毛のウマ娘が並んでいる。
「他に誰もいなさそうだし、スタートは君が言ってくれ。私は君に合わせるよ」
「分かりました。では、行きます………よ〜い、どん!」
ノルンの掛け声と同時に二つの影が同時に駆け出した。そして、先に前に出たのはノルンの方だった。
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「いいスタートだ。作戦も悪くない」
2人がレースを行っているコースから少し離れた場所に一人のトレーナーが立っていた。
「ふふっ、さすがはあの娘の子供だ。とてもいい走りをする」
「盗み見するたぁいい趣味してるな」
「ッ…急に驚かさないでくださいよ六平さん」
後ろから彼女に声をかけたのはトレセンのベテラントレーナー六平銀次郎。60代になろうとも腕の衰えを知ることの無い腕利きである。
「しかし…あれが噂のやつか。とんでもねぇ走りをしてるな」
「私の育てた彼女とはまるで真反対ですね。余程の脚がなければ無理ですよ、あれ」
彼女は現在もシンボリルドルフの前を走るノルンを指さす。その走りは六平でも見たことの無い走り方だった。だが、オグリキャップの超前傾姿勢のような目に見えるようなものでは無いことは確かだった。
(ありゃ相当な
具体的な部分を見抜いた訳では無いが、シンボリルドルフの顔を見ればそれとなく分かる。あれほど必死な彼女を見たのはいつぶりだろうか。
あの皇帝の実力に引けを取らない芦毛のウマ娘……確実に次代のスターになる逸材だと、六平は確信していた。
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レイゴウノルンがアステルリーチとの戦いで見せた最終コーナーでのあの追い抜きは凄まじかった。瞬間的なパワーと加速力を見れば、ルドルフでさえ凌駕できる程の逸材。
だから、ルドルフは最初から突き放す気でいた。最後の加速を持ってしても自分の影を踏ませないように逃げ切るつもりでいた。
だが、レース開始と同時にイレギュラーが発生した。置き去って行くはずの相手がスタートした瞬間に勢いよく前へ飛びだしていったのだ。
そこまでならルドルフの予想の範囲内だった。逃げや先行の可能性も余地に入れて、それでも問題ないと判断していた。その予測こそが仇となった。
(長距離で大逃げをッ!?)
完全に先手を打たれてしまった。よもや本番のレースでもない、
大逃げは通常の逃げとは違う。先頭付近から少し飛び抜けて前を走るのが逃げであり、大逃げは己の体力が続く限りゴールを目指すという非常に稀な走りなのだ。
非効率極まりない走りとしてあまり評価されない走りではあるが、頑強さと持久力があれば成立する走りだ。利点としてはバ群に飲まれることなく走れることくらいだろう。
そんな走りをするノルンにルドルフも負けじとついて行く。付け焼き刃の効かない走りであるため、ペースダウンを狙えば勝てるには勝てるのだが…。
(そんな甘い相手ではない、か…)
スタートした時からペースがまるで落ちず、フォームのズレも一切見受けられない。本気で走りきるつもりなのだ、3000メートルもの距離を全力で。
そんな彼女の後ろにいるようでは追い抜くことなど出来ないと悟ったルドルフは、自分の本気と言えるレベルのペースまであげる。
(あまり皇帝を
一気にルドルフがノルンに接近する。その差は一気に縮まりアタマ差まで詰めると、残り4ハロンを切る。
互いにハイペースのまま迫ってくるラストスパート。ノルンにとってはアステルと勝負した時とは全く真反対の追われる立場にあった。
これほどまで限界を出し切り合うレースはルドルフにとって初めての事だった。勝ちたい、追い抜きたいと無意識に足が前に出る。
もしかしたら、彼女にとって初めて負けたくないと思ったレースなのかもしれない。相手は入学したての年下、しかしそれを忘れてしまうほど
「はああああぁぁぁぁぁ!!!」
「やああああぁぁぁぁぁ!!!」
裂帛した声が並び合って走る両者から響く。走る目的は違えども、2人の思っていることは同じだった。
((負けてたまるかッ!))
300……200……100……そして、重なり合うようにして2人がゴールを駆け抜けた。そのままゆっくり減速すると、まず最初に芝へ倒れ込んだのはノルンだった。
ほぼ同時だった。正式なレースだとどちらが勝ったかを判断することは出来るが、今のはただの競走だ。判定する者がいないするものがいない以上、差がないレースの結果は分からない。
「はぁ…はぁ…久しぶりにやったけど……これはキツイ……」
ほぼ体から力そのものが抜けきっているような感覚だった。芝3000メートルを全力疾走したのだ、疲れるのも無理はない。
大逃げをしたのは前世でもたったの2回だけ。どちらも中距離でのレースだったので、今走りきった長距離での大逃げは初めてだった。
体がぶっ壊れる可能性はあったものの、前世の経験と今世の鍛錬のおかげでなんとか故障せずに走りきることが出来た。
顔を横に向けるとそこにはルドルフさんの姿がある。彼女も座り込んで息を整えているようだった。さすがの皇帝とはいえ、このレーススピードについてくるのは辛かったようだ。
パチパチパチと、どこからか拍手が聞こえてくる。方向的にはターフの外側だったので、目を向けるとそこに居たのは2人のトレーナーだった。
「六平トレーナー!?それに三上トレーナーまで!」
「久しぶりだね、ルドルフ。菊花賞以来だったかな?」
驚いた様子のルドルフさん。それに答えるよう軽く挨拶をする三上と呼ばれた女性トレーナー、その隣ではサングラスをかけた六平トレーナーがまるで面白いものを見たと言わんばかりに笑みを浮かべていた。
もちろんのこと、この二人を私は知っている。
その手腕から『フェアリーゴッドファーザー』の異名を持つ凄腕のトレーナー。メディアへ出たがらない性格のためあまり詳しいことまでは分からないが、実績というものが実力を証明してると言っても過言ではない。
次に
彼女は代表格である私の母を初めとして、数多くのGIウマ娘を輩出してきた。ただ、普通のトレーナーと違う点があるとすれば、担当するウマ娘の約半数が脚に悩みを抱えてる人達だったという所だ。
それでも、GIに勝てる程の実力までに育成してみせた。夢を諦めさせないトレーナー、それこそが三上環というトレーナーである。
「こんにちは。君がレイゴウノルンだよね?」
「は、はい…はじめまして三上トレーナー。あなたのことは私のお母さんからよく聞いています。『足を治して走らせてくれたのはこの人だ』とよく雑誌を見せてもらいながら」
「そんないい感じには言ってなかったでしょ?彼女なら『良くも悪くもトレーナーらしいけど、考えてることがあんまり分からない』って言いそうだけど」
合ってる。本人の前だからちょっと誤魔化して伝えたのに…。さすがはお母さんのトレーナーだ、性格や思考を完全に把握している。
「まぁ詳しい話はまた後日にしない?消灯時間とかギリギリになりそうだし」
「えっ!もうそんな時間!?やばい!すみません御三方、私は先に失礼させてもらいます!」
私は慌てて荷物をまとめる。消灯時間に帰っておかないとフジ先輩に怒られてしまう。あの人はエアグルーヴさんとは違って笑顔で怒ってるのを見たことがある。
正直怒られたことがないのであまり実感したことは無いが、早速やらかした子に聞いてみるとかなり怖かったらしい。確かにあの笑顔を崩さずに怒ってくるのは想像しただけでもめちゃくちゃ怖ぇ。
なので一足先に退散することにした。三上トレーナーとはお母さんのことで話をしたかったけど、また後日改めて挨拶と一緒にということにしよう。
寮に向かって走り出そうとした時、私の前にルドルフさんが来て右手を差し出してきた。
「さっきはわがままを言ってすまなかった。君の体にまで負担かけてしまって…」
「気にしないでください。距離を決めたのもあの走り方にしたのも私の判断です。ルドルフさんが気にすることじゃないですよ」
「そうか……本当にありがとう。また困ったことがあったら言ってくれ、今回のお礼だ」
「推薦権とトレーナー探しまでしてもらってるのにお礼なんて図々しいですよ。『あなたの力になれた』それだけで十分です」
差し出された右手を私は握った。ルドルフさんや東条さんには入学してから随分とお世話になっているのだからこのくらいのお願いくらいで嫌な顔なんてしない。むしろ嬉しいくらいだ。
「あっ、もう門限がやばい!」
「負担かける走り方をしたのだから帰り道には気をつけてくれ。脚が壊れてしまうかもしれないからな」
「分かってます!後でストレッチも入念にしておくので!では、失礼します!」
走り出した私の後ろ姿をその場に残った3人は消えるまで見届けた。そして、最初に肩の力を抜くように息を吐いたのはルドルフだった。
走った時の感情が今になってぐるぐるとルドルフの頭の中を駆け巡る。この感覚は自分でもどう処理していいのか分からなかった。そんな彼女の隣に三上トレーナーがやってきた。
「で、どうだった?あの子とのレース」
「とても充実したものでした。ブライアンやエアグルーヴとは違ってまた……」
「違う違う。そうじゃないさ」
言葉を遮られて言われた言葉に、三上トレーナーを見て固まるルドルフ。その様子に少し困った笑みを浮かべつつ三上トレーナーは続ける。
「あなたの探してたもの、見つけられたの?」
「……はい」
「それなら良かった。ココ最近のあなたはらしくなかったからどうしようかなって悩んでたんだ」
見てる人は見ているものだな。とルドルフは思った。しかし、いかんせん納得がいかない…そんなに顔に出ていたのだろうか?
「しかしまぁ、あんなに必死なお前さんは久しぶりに見たな。それほど手強かったか?」
「今までに比べるとトップクラスでしたよ。六平トレーナー」
「なるほどなぁ…。最後にひとつ尋ねるが、もう1回やるとするなら勝てるか?」
「どうでしょうか……少なくともあと一年後には無理ですね。確実に負けます」
「だろうな。
「そうですね。今から私も楽しみです」
ルドルフは確信していた。間違いなく時代があの子を中心として動き始めると。その時になれば自分自身は第一線を退いているかもしれないが…。
(今度は決着をつけよう。GIの大舞台で)
今日のレースの結果は『引き分け』で終わってしまった。だが、次はGIという最高の舞台で完璧に白黒をつけるとルドルフは決めていた。目標を得たその目には前にあった迷いではなく、ただただ強い意志がこもっていた。
お読み下さりありがとうございます!
今回野レース風景は前と比べてサッパリとした内容でした。真面目に書いてると文字数がえげつないことになるのと、投稿日が遅れるのを考慮しての措置です。(次は前と同じふうに書きます)
また、そろそろアンケートを取ります。お題については『レイゴウノルン・アステルリーチの勝負服イメージ』ですね。自分でも考えて見ますが、『やっぱりこういうのがいい』という意見があるのでしたら感想の方にお願いします。
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