最近よく前世の夢を見るようになった。
私を拾ってくれて毎日顔を見せに来てくれるおじいちゃん、人参とリンゴをよくくれた厩務員のお姉さん、そして数々のレースを共に駆け抜けた騎手のお兄さん。
懐かしい気分だ。時たまにこういう夢を見ることはあったが、最近になって頻度が増えたように思える。これも前世の奴らと会ってきたからだろうか?
四足と二足じゃ全然感覚が違うんだな……やっぱり久しぶりだと少し体とのズレを感じる気がする。まぁ、肩慣らしにそこら辺でも駆けてみようと思ったが…
「……朝か」
目が覚める。これで何度目かになる見知った天井の姿が視界に入った。体を起こすとまだ眠いせいで体が二度寝を所望するが、無理やりその体を立たせると洗面台に向かう。
顔に水をかけると少しだけ目も頭も冴えた。えっと、今の時間は4時前か……軽く走ってから授業に行こうかな。シューズに体操服はいつでも用意完了だし、カバンと教材類をもって…。
「行ってきまーす」
小さな声で一応挨拶だけはしておく。まだミルキーのやつは寝てるし他の人達だってほとんどが寝ているから起こさないよう慎重に歩いていく。
(今日は軽く走るだけにしておこう)
靴紐をキュッと結ぶとすぐに寮を出てすぐの道を沿うようにして軽く走る。遅すぎず早過ぎずのスピード感を保ちながら走り続ける。
ルドルフ会長との一件を通して私自身で少し考えたことがある。今までの私は一貫して一つのフォームにしかこだわってこなかった。
走り方、呼吸の仕方、上半身の使い方などは資料から得た知識を元に付け合わせたような感じのフォーム。この走り方だと全適性距離を突っ走ることが出来る。
だが、その代わりに作戦ごとに走るペースやスピードを上げたり落としたりする技量が必要になってくる。できることなら歩数を揃えて走れるようになりたい。
短距離から長距離、逃げから追い込みまでの、全てに対応した走りをパターン分けして四つほど作り上げることにした。
「まずはピッチ走法から」
足を前に踏み出しながら回転をあげる。1歩1歩の歩幅は短いが、足の回転力によって受ける衝撃を小さくすることによって上下運動を減らすのがピッチ走法だ。
一定のリズムを刻みやすく、速度調整もしやすいが歩数が多くなることによって体力の消耗が大きくなるというデメリットがある。
この走法の場合、追い込みや差しの作戦かつ短距離から中距離くらいまで通用すると思う。
「リズムを一定に……リズムを一定に……」
口ずさむことで、歩幅と足の回転速度を保てるように体へと覚えさせる。分かってはいたけど、結構体力持ってかれるな……今度持久性のトレーニングでもしてみるか。
ストライド走法も試してみたいものの、あれは脚に負担がかかりやすい走り方だからなぁ。無茶して壊れるのも怖いしトレーナーに相談してからトレーニングに組み込も。
まずは普段のランニングでピッチ走法の感覚を掴むところからだ。ジュニア級だと中距離から長距離間のレースが少ないことを考えるとストライド走法はあとから仕上げていけばいいはずだ。
前の自分を超える自分を……そこが最初の目標だ。スピード、スタミナ、パワー、その3点から見てもまだまだ伸びる余地はあるはずだ。技術の面においては前世より上達するはず。
「リズムを一定……あれ?」
ピッチ走法を試しながらとある公園を通りかかると、1人のウマ娘がこんな朝早くからトレーニングに励んでいた。背の低い赤と青の頭飾りをしたウマ娘。
「タマモクロスさん?」
白い稲妻ことタマモクロスさんが公園内を走っていた。彼女と会うのは二度目になるな…1度目は偶然飲食店で隣の席になったオグリキャップさんと一緒にいたからよく覚えてる。
あの時はオフだったからあまりレースの時のような覇気は感じられなかったけど、今は違う。すっごく集中している……ちょっと1枚だけパシャリとしておこう。
結構速いなぁ……普通のトレーニングであろうともGI前線で競い合うウマ娘のスピードはあれぐらいなのだろうか?いやまぁ…私がトレーニングする時はあんまり人がいなかったからなぁ。これが初見ではあるが……個人的な感想と思っておこう。
しかしどうしようか?このまま何も挨拶せずに立ち去るのも少しもったいない。授業の時間までまだ余裕はあるし、あとは帰るだけだったから少しだけお話していこうかな?
こうしてみると自分からウマ娘に声をかけるのはデジたん以来だな。あの時は色々とインパクトが強すぎたけど、今回は大丈夫だ。
でも、緊張はするので1回深呼吸を挟む。最近ウマ娘慣れしてきたから多少は大丈夫になってきたけど、それでも不意打ちとかされたら気絶する余裕しかない。
……さて、長い前置きは流して声をかけるか。あっ、でも待ってあと1回だけ深呼吸したら…
「あんたさっきからそこで何やっとんねん」
「フュイッ!オ、オハヨウゴジャイマシュ…」
「お、おう…いきなり声掛けてすまんな。……ん?あんた前に見たことある顔やな」
思い出そうと私の顔をじっと見つめるタマモクロスさん…あっ、目があった。じっと見つめられるのは慣れてないから普通に恥ずかしい……相手がウマ娘じゃなくても恥ずかしい。
数秒の間考え込むと思い出したかのような表情をする。
「デカ盛り海鮮丼時の芦毛の子か!そのジャージ…あんたもトレセンに入っとんたんか?」
「えっと、私は今年から入学したんです…」
「へぇ〜そうかそうか!そう言えば今年入学した子の中に逸材がいるってトレーナーが言うてたな!」
「そ、そうなんですか……初耳です」
「何でも“アステルリーチに勝った”っていう噂が流れとるくらいやで!」
「スゥ…そうなんですね……」
一見すれば普通に話を聞き入ってるように見せているが、内心ガクブル状態であった。噂程度で良かったものの、正体が私だとバレなくてよかった。
別に私だってことを言っても問題は無いのだが、勝ったと言えば否が応でも注目を集めることになる。ここからは個人的な我儘に過ぎないが、目立つのが嫌だからひけらかすことはしたくないのだ。
アステルのやつも相手が私だってことは言ってないようで安心である。……いや、噂の元凶はあいつだったな。あんまり期待できないが、うっかり口を滑らせないように釘を打っとかないと。
「ほんで?あんたは私に何の用があったんや?」
「いえ、用があった訳じゃないんですけど…。偶然見かけたので挨拶だけでもと」
「律儀なやっちゃな…。まぁ1人で退屈しとったところやし助かったわ」
「すみません貴重なお時間を使わせてしまって、私はもう退散しますので頑張ってください」
「ん?なんやもう帰るんか?」
キョトンとした表情で聞いてくるタマモクロスさん。確かに帰るにしてはまだ早い時間だが、私の目的はあくまで軽くランニングすることだ。これ以上無理に走って脚を痛める前に戻ろうと思っている。
トレーナーさんの指示で、脚に疲労が溜まってるからハードなトレーニングはココ最近やってないしな。あの観察眼と触診に嘘は通用しないってことも分かったけど。
「帰るんやったら私も一緒にええかな?」
「ゑッ!?まだ自主トレをするのでは…?」
「もうだいぶ体は動かしたしな。それに1人で帰るより一緒に話しながら帰る方がええと思わんか?」
「そ、そうですね!私もそう思います!」
願っても無い申し出である、断る理由などどこにもない。並ぶように走り出す。軽くランニングするように走っているのだが、私のペースにタマモクロスさんが合わせているようだ。
「私のペースに合わせてしまってすみません…」
「気にせんでええよ。それに話す時は敬語やなくてタメ語でええんやで?」
「そんな恐れ多いこと出来るわけがありません!やはりウマ娘の方々と話す場合は相手を敬って話さないと!それにタマモクロスさんは先輩なんですしデフォルトで敬語になってしまうんですよね!鉄則を破らない程度にはフレンドリーに接してるつもりなんです!すみません!」
「……あんたもあんたで大概やな」
タマモクロスさんがどこか諦めたような目をしていた。私の誠心誠意を言葉にして合わしてみたつもりなのだが……どこか悪かったのだろうか?
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「で、楽しくお話しながら帰ってきたわけと」
「そうですよ?ちょっと、なんでそんな疲れた感じで聞いてるんですか?」
「いやいや、別に疲れちゃいねぇぜ?けど、もうちょい手短に話せねぇかなって思っただけだ」
学校での授業も終わり、私はスピカのルームで今朝あったことをゴルシちゃんに語っているのだが、どうやら少しげんなりしている模様。
「にしてもおせぇなトレピッピ…」
「会議が長引いてるだけでしょう。……ウマ娘の人にちょっかいをかけてない保証はありませんけど」
ここ数週間でゴルシちゃんと沖野トレーナーについてはよく分かっているつもりである。
ゴルシちゃんは奇抜な行動や言動が特徴的なウマ娘だ。破天荒すぎて沖野トレーナーも制御できてねぇんじゃねぇの?と思えるくらい自由人という印象。
意味不明ではありながらも知識への深さはかなりあり、特に雑学に関してはずば抜けていると言っても過言ではない。
次に沖野トレーナー。あの人は私目線から言うと、能力的には『優秀』だがトレーナーとしては『イマイチ』な人だなと思う。
ちょっとした癖にも気づける観察眼や触っただけで脚の善し悪しが分かる触診の能力は、他トレーナーに比べて群を抜いている。トレーニング内容もしっかり考えてくれるような人。
だが、悪癖のせいで不審者と間違われても仕方ないと思う。
その瞬間を見たのはつい先日だった。授業が終わり、トレーニングメニューを受け取るためにルームへと向かっている途中の事だった。沖野トレーナーが後ろからウマ娘のトモを触っていたのである。
無論のこと、沖野トレーナーはぶっ飛ばされた。これでもかと綺麗なアーチを描いて吹っ飛んだ。蹴ったウマ娘は顔を真っ青にしながら保健室の方へ走り去っていったが、次の瞬間沖野トレーナーが立ち上がったのだ。
正直その瞬間を見た時、(人間やめてんの!?)と心の中で叫んだ。
ウマ娘の蹴りは肋骨をも易々と砕く程の威力があり、尚且つそれを顔面にくらっておきながら『いって〜』の一言である。これがトレセンの普通なのかと思ったが、蹴ったウマ娘の慌てぶりを見る限りそうではなさそうだった。
その後もケロッとした様子で私とのミーティングを行う沖野トレーナーを見て、私は完全に割り切っていた。(まぁ、こういう人がいたって不思議じゃないか)という感じに。トレセン、まさに魔境である。
「待たせたな」
「遅かったじゃねぇかトレピッピ」
「すまんすまん。東条さん達とつい話し込んじまってさ」
東条さんと話してたのか……あれ?ルドルフさんとの勝負って話いってたっけ?それ関係で話したのならルドルフさんが東条さんに話したことになるけど。
「何話してたんですか?」
「今回の選抜レースに関してだな。中距離と長距離に絞っての話だが」
なるほど……。確かにそろそろ選抜レースが始まってもいい時期だったけ?私も本来なら走る予定だったけど、こうして運良くスピカに入れたわけだし関係ないと言えば関係ないのだが…。
「選抜レースってことは誰かスカウトするんですか?」
「いや?単に俺の意見を聞きたいってだけらしい。今年はお前が入って来てるし後は張り紙でもして募集するくらいだな」
「おっ!それならゴルシちゃんも協力するぜ!最っ高にイカしたやつを作ってやるよ!」
「「ゴルシ(ちゃん)が言うと不安しかない(ですね)」」
「なんでだよ!?」
その後もスムーズにミーティングは進んでいった。実際口頭だけで済む連絡ばかりだったし、以前から行っているトレーニング内容にも大きく変更がなかった。
こうしてなんの問題もなく終わり、トレーニングに向けて体操服に着替えようとすると、沖野トレーナーから待ったがかけられた。
「ノルン、お前今週末2日ともトレーニングなしな」
「What's?」
びっくりしすぎてつい反射的に英語が出てしまったが、2日も休まされるとは一体どういう了見なんだ?納得のいく説明を求める。
「驚いてるけど完全にオーバー気味だからなお前?それに足の状態からみてかなり疲れが蓄積されてるから週末くらい羽を伸ばしてこい」
「いや、でもそんなこと急に言われても…」
自分に必要な日用品やら小物やらはほとんど前の買い物で済ましちゃったし、これといって欲しいものもないから部屋でゴロゴロするしかないんだけど?
めちゃくちゃ暇なる未来が見える見える。はぁ…これを機に1回フォルダー整理するか?でもある程度纏めてデータ化してるし半日もかからないぞ?
何かすることがないかと悩んでいると、ポケットにしまっておいたウマホが振動した。チラッと通知だけ見ると…
「メール?松島さんから…?」
松島さんから送られてきたのは一通のメール。内容的にはそんなに長くない簡潔にまとめたお誘いメールだった。
「えっと…?『土曜日に予定がなかったら9時に府中駅前で待ち合わせましょう。無理な場合は連絡をください』か」
なんとも都合のいいタイミングだ。一応トレーナーの方に振り向くが彼は首を横に振っていたので共犯者じゃなさそうだ。つまり単なる偶然なのだ。
「ちょうどいいじゃないか?」
「そうですね……これを機に一旦リフレッシュさせてもらいますね」
「そうしろ。ただし、休みが開けたら新しいトレーニングに変えるからケガしないように軽く体は動かしとけよ?」
「は〜い」
「お〜い。ゴルシちゃんを蚊帳の外にするなぁ」
『問題ないです。府中駅前に9時ですね?了解しました』と松島さんに返答を送った。松島さんからのお誘いの場合、決まってウマ娘関連だと決まっているが、この時私は少し嫌な予感を察していた。
今振り返れば、あまりに軽率な返答だったと後悔している。『あの時詳しく内容を聞いておけば良かった…』と。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
最近色んな人が誤字報告してくれてますね……(ありがとうございます)。いや、ほんとに感謝しております。
前話で発表した勝負服に関してはまだ時間がありますので、意見があるようでしたら感想に書いてください。
また、今まででてきた各オリキャラのプロフィールみたいなやつを作る予定なので、少し投稿が遅くなるかもしれないです。(プロフィール勉強のため)
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