『本日12月17日、天候にも恵まれバ場状態も“良”と判断されました。絶好のレース日和です!』
『新星が集う朝日杯フューチュリティステークス!まもなくパドックにウマ娘たちが登場します!』
阪神競馬場に設置されたテレビからやや興奮気味のナレーションの声が聞こえてくる。それほどまでにGIの舞台というものは期待されているのだろう。
私は着々とレースに向けて準備を進めていた。ちゃんと私の元に届けられた勝負服を着ると、何故か心の奥底からやる気が漲ってくる。最後にお母さんが現役時代に着けていた髪飾りを髪に留めてパドックに出る準備は完了だ。
勝負服に着替えると同時に部屋の扉が開かれてトレーナーさんが入ってきた。
「……あぁ!ノルンか!」
「なんですかその反応?」
自分の担当の部屋だって分かって入ってきてるんでしょ?なんで一瞬だけキョトンとしてから納得いったような顔してるの。
「いや〜、なんかいつもと雰囲気がまるで違ってさ」
「そんなに違いますかね?」
「全然違う」
「急に真顔にならないでください。普通に怖いです」
う〜む、いつも以上に気を引き締めすぎたかなぁ?あまり集中しすぎるのもレースに支障が出そうだし、ちょっとトレーナーさんと会話して落ち着くか
「どうだ?今の気分は?」
「ちょっと緊張してる。けど、やっぱりそれを超えるくらいに楽しみ!」
「そうか。まっ、俺から見てもコンディションは上々だ。“勝ってこい”なんて言わねぇ……楽しんでこいよ!」
「おう!楽しんでこいよな!」
「なんでナチュラルにゴルシちゃんいるの?」
「こまけぇこたぁいいんだよ!」
「いや、ここ普通トレーナーさんと私以外入れない場所だから」
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「人多いな…」
俺はどこにでもいる普通の高校生だ。今日は4人の友達と一緒に見に来ていたのだが、2人は売店で飲み物や軽食を買いに行き、もう1人はトイレということで俺と離れてしまった。
そうこうしているうちに人の数が多くなり分かりにくくなっているせいか、30分以上経っても誰も帰ってこない。もうすぐパドック紹介なのに……。
「まぁ、アイツらもどこかで見てるだろ」
そう割り切って、できるだけ前の方でウマ娘たちがパドックに出てくるのを眺める。一応、これでもトレーナー志望だからどの娘がどのようなコンディションなのかはある程度分かる。
しかし、さすがはGIのレースだ。多少なりとも緊張は解せてないものの、出てきた娘達全員が好コンディションを維持していた。今回はかなりハイレベルのレースになるだろう。
「1番出来上がってるのは……あの4番の子かな。いい脚してる」
マイル走はスタミナやスピードも大事だが、最も重要視するのは脚のパワーだ。マイルのような短い距離では長距離のように大きな差が空くことはあまりない。だから、バ群から抜け出すためのパワーが重要になってくる。
その点を考慮して見るなら4番の娘が1番でき上がってると言えよう。
「しっかし、みんないい見た目してるな。勝負服もすっげぇ可愛いし」
こういうのも含めてレースを見るのがやめられない。そのウマ娘の個性を表した勝負服は何度観ても可愛いし、目麗しい。
『15番 レイゴウノルン』
「15番……確か1番人気の娘だったか」
トゥインクルの雑誌にそう載っていたのを覚えてるし、友達の中の一人がすごく熱く語っていたから分かる。メイクデビュー6バ身勝利とかいう化け物だとか。
・・・
「あっ!この娘知ってる!夏の時の雑誌に載ってたんだよね!」
「芦毛だし結構小柄で可愛かったよね!」
・・・
「この娘どうですかね?」
「まだメイクデビューの情報しかないが、かなりの有力候補でしょうね。しかし、他の娘に可能性がないとは言いきれない。難しいところです」
・・・
色んな人が彼女のことを知っているようだ。まぁ、1番人気だし多少は知ってるか。
コッ、コッ、コッ
「来たか」
パドックの奥から一定の間隔で聞こえてくる靴の音。おそらくはヒールのようなものを履いているのかもしれない。
勝負服はどんな見た目なのだろうか?彼女の雰囲気的にはおそらく可愛い系の服装だろう。白も合いそうだし、緑のような少し落ち着いた様子の色に違いない。
そして、レイゴウノルンがパドックに姿を現した。すると……
「「「「「「「……!?」」」」」」」
声にならない驚きと同時に、その場にいた観客とパドックのウマ娘全員の視線をいっせいに集めた。当然自分も目が点になるほど驚いている。理由ははっきりとしている。あまりにもレイゴウノルンのイメージからかけ離れた勝負服のデザインだったからだ。
深い藍色のロングコートを羽織り、その下には白いシャツを着ている。首には涙の一雫を表したかのような宝石を宿したチョーカーをつけていた。
足元はスカートではなく、その引き締まった細い足を強調するようなスーツに似ているズボン。パドックに来る前までに鳴っていた靴音の正体はヒールではなく、革靴だった。
そして、白く流れるようになびく芦毛を纏めるように、頭には小さな花の形をした髪飾りをつけている。
場が静寂に包まれるが、視線を集める本人は何も気にしてないかのようにパドックの前に立つと、爽やかな笑顔のまま観客へ向かって小さくウィンクを送りながら手を振る。
バタン!
「オ、オイ!?キミ、ダイジョウブカ!?」
「キゼツシテルノニナンテイイカオシテヤガル!?トリアエズ、キュウゴシツニハコブゾ!」
離れたところで誰かが倒れたようだ。運ばれて行ったのはピンク色の髪をしたウマ娘だったが、その顔は一生の悔いがないほどの穏やかな顔だった。
かくいう俺も完全に目が釘付けになっていた。確実に今年1番の衝撃が自分の心を穿ったと思えるほどの印象だった。
実際、あの姿はギャップが大きすぎる。なんだよあのキリッとした顔。雑誌の時に見た顔とは全然違うじゃねぇか。さっき友達同士で話してた女の子達なんか見蕩れてるぞ。
その後にも続くウマ娘達はいたが、レイゴウノルンの衝撃を超えるウマ娘ではなかった。そのままパドックの時間は終わり、ウマ娘達は全員レース場の方へと移動して行く。
「やべぇ……頭から全然離れねぇ……」
先程の光景に対して悶々と悩みながらも俺はその場を離れ、一刻も早く友達の合流を目指すのだった。
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朝日杯フューチュリティステークスか……。私にとっては2回目の挑戦になるな。前世は1馬身差で勝ったのはよーく覚えてるし、それなりに満足のいく走りができていた。
なら今世で目指すはそれの倍、せめて3バ身差以上での勝利だ。コンディションは完璧、脚の調整もトレーナーさんとのトレーニング分と自主練分でちゃんと整えている。この状態ならできるはずだ。
けどまぁ、周りからの敵意がすごいね……みんな目がギラギラだ。でもさ、今日だけは譲れないんだ。たとえ、相手がウマ娘であったとしてもレースでは手を抜かない。それが私なりの礼儀だ。
『さぁ!全てのウマ娘が揃いました!まもなく朝日杯フューチュリティステークス、出走します!』
だからさ、見せてあげるよ。ここにいるウマ娘達に、観客やテレビの向こう側の人達に、トレーナー達に、そして……私のライバル達に“新たな私の走り”を!
『さぁ!ゲートが開いた!』
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ゲートが開き、一斉にウマ娘達が飛び出す。全員が綺麗なスタートを切って、すぐさま熾烈なポジション争いが始まった。特に先頭集団の争いは苛烈で互いに抜かれ抜かしつつ、ペースを保っている。
『綺麗なスタートを切ったウマ娘達!まず先頭行くのは6番、僅差で10番が競り合っています!序盤の熾烈なポジション争いを制するのは誰か!……おや?』
ここで実況席がなにかに気づいた。遅れて観客たちもその光景に気づく。
『1番人気レイゴウノルン、最後尾です!?どうしたのでしょうか!?先頭からかなり離されてしまっているぞ!』
ウマ娘達が前にいる中で、ぽつんと1人だけ取り残されるようにレイゴウノルンが後ろを走っていた。
「脚の不調なんじゃあ……」などという声がちらほら聞こえてくるが、ノルンのことを知っている人達はすぐに気がついた。彼女が全く“焦りの表情を浮かべていない”ことに。
(頼むから上手くいってくれよぉ……)
沖野は内心ハラハラとした様子でレースを見ていた。元々ポジションにいることは最初からノルン自身が決めていたのだ。
沖野としては1番走りやすい先行で走ってもらいたかったが、ノルンが頑なに先行を走らなかった理由は2つある。
まず1つ目が『ポジション争い』である。今回走る7割のウマ娘達は主に『先行』か『逃げ』で走っていることを事前に調査していた。逆に差しウマ娘を除けば、追い込みは一人もいない。
だから、ノルンは追い込みを選択した。前に出て潰されるよりも確実に広い視野をレースを把握できる追い込みを選び、自分が作戦のオールラウンダーであるという利点を活かしたのだ。
そして、2つ目はただ単に『ウマ娘の中に埋もれるのがマジでやばい』からである。
先頭がお団子になることが分かりきっている。なのに、わざとその中に飛び込むようなオタクとしてのギルティーは犯さないし、入ってしまえば本当に色々と何するか分からないから追い込みにしたいという理由だ。
前者は理屈があるが、後者は他者が聞けばまるで意味がわからないだろう。だが、1年近くノルンのことを指導してきた沖野としては『適切な判断だな』と言わざるをえなかった。
そして、レースが中盤に差し掛かると徐々にノルンのスピードが上がり、どんどんと先頭へと距離を縮めていく。
「くッ!」
「まだ!」
その姿に触発されて先頭の方にいたウマ娘達もスピードをあげるが、その差は広まるどころか、むしろだんだんと前に迫ってきてさえいる。
そして、そのまま運命の第4コーナーに差し掛かり最後の直線へと向かう。この時点でノルンの順位は5位。先頭までとの差は約4バ身程であった。
観客席からは歓声が聞こえる。その歓声に答えるように先頭集団のウマ娘達はラストスパードをかける。ゴール目前の一直線で全てを出し切るように加速した。
が、ほんの一瞬の出来事だった。観客の声も、自分たちの足音も、そして鼓動の音さえも時が止まったかのように意識が引き伸ばされると、次の瞬間には自分たちの真横から白影が猛スピードで駆け抜けていた。
『最終コーナでレイゴウノルンが先頭集団から飛び出した!!追いすがるウマ娘は……いない!?どんどん差が広がって行きます!!もはや、圧勝ムード!』
まるでオグリキャップを想起させるような末脚でレイゴウノルンはターフを駆ける。後続との差を1バ身……2バ身……3バ身と引き延ばしていきながら、そのまま順位は変わることなくゴールまで走りきった。
ゴールを走り抜けて、そのまま歩きながらノルンは電光掲示板に目線を向けると、自分の番号の横にある『3』という表示を目にして…
「よしッ」
と、ガッツポーズを取った。
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『朝日杯制覇、おめでとうございます!』
『ありがとうございます。今回は日々のトレーニングの成果を十分に発揮できたレースだと、自分でも感じております』
レースを1着で制し、レース後のウイニングライブをきっちり踊りきって、私は現在多くの記者を前にしてインタビューを受けていた。
淡々と答えてるように見えるでしょ?今すっごい心臓がバックバク言ってます。ほんとにこのインタビューの間は隠してるけど、待ってる間は緊張しっぱなしだ。トレーナーさんには笑われたので、とりあえず軽くチョークスリーパーをかけておいた。
『今回はメイクデビューの時とは違って追込の走り方をされていましたが、それは事前に決めていた作戦なのでしょうか?』
『はい、今回出走されるウマ娘達のレースを調べた上で、トレーナーと話し合った結果“追込”での出走を決意しました』
『なるほど、あくまで自分の足だけではなくトレーナーさんの指導の元で勝利を得られたと!そういうことなのですね!』
こうして、様々な記者から飛んでくる質問に答えていると、インタビューの時間が終わりを迎えようとしていた。
『最後の質問ですが、これから目標などはおありでしょうか?』
この質問は必ずされると分かっていた。だから、私はその質問に答える前に椅子から立ち上がって三本の指を立てた。
『三冠です』
ッ!?
その一言に会場がざわついた。記者たちは詳しく聞かなくても分かるのだ……あの三本の指が『クラシック三冠』を表していることに。
『
声にゆらぎや高揚はない。ただ当たり前の事実を述べるように、ノルンは“無敗”での三冠を果たしてみせると言い切ったのだ。これには記者が絶句するのも無理は無い。
『そ、それは同期のウマ娘達に対する“宣戦布告”でしょうか?』
『そうなりますね。でも、こうやって煽れば煽るほど食らいついてくる奴らがいるので!』
『……なんだか楽しそうですね?』
『はい!楽しみですよ?最高の舞台で最高のレースをする……それこそが私の望んでいることなので』
楽しそうに語るノルンだったが、その目は鋭い目付きになっている。その姿は、いつものウマ娘達を推すノルンの姿からかけ離れていた。だからこそ、彼女にもウマ娘としての本能が垣間見えた。
『まずは一冠目、“皐月”の舞台で競い合いましょう!』
ご愛読いただきありがとうございます。
今回で朝日杯フューチュリティステークスを書き終えました。今度はクラシック級を主軸として書いていくのでよろしくお願いします。正直、ジュニア期よりもクラシックの方がだいぶ長くなると思うので、気長に更新をお待ちください。
前話のアンケートの結果、『神秘系』という勝負服になりました。服の表現が曖昧なので、そこら辺は皆様方の想像にお任せします。
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