夢追いかけるウマ娘に魅せられて…   作:清涼みかん

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トレセンが逃がしてくれない…

「ふぅ…」

 

ゆっくりとスピードを落としながら落ち着くように一息。流れ落ちる汗をタオルで拭き取ると、水筒の中身にあるスポドリに口をつける。個人的な意見だけど何でもかんでも『人参味』にしとけばいいってものじゃないと思う。

 

「もうこんな時間か。今日は随分長く走ったなぁ」

 

腕に着けてた時計に目をやると『PM 6:30』と表示されていた。もう少し走っていたいが、今日の晩ご飯は唐揚げだ。油断して夕食に遅れるとどんどん量が減っていくのは、前に経験済みだ。最悪の場合2個しか残ってない可能性もある。

 

(最低でも7時より前には戻らないと…急ぎますか!)

 

グッと力を貯めて前に跳んだ。転生してから12年…小学6年生も残りわずかとなり、今度からは中学生になる。とはいえ、12年間もの間ただただのほほんと過ごしていた訳ではなく、こうして合間の時間を使ってトレーニングを続けている。

 

前と今との体では大きな違いがあるから前世の感覚に頼るのは極力控えて、独学で本を読み漁って知識を身につけた。小学生にも満たない歳で医療本を嬉々として読んでいる私に両親が気味悪がられないか心配だったが、その心配は杞憂に終わった。

 

『なにかに貪欲になることはいいことだ。ノルンがやりたいようにやればいい。ただし、困ったならお父さんやお母さんに頼りなさい』と頭を撫でられながら言われた。…その言葉を送ってくれた両親には本当に感謝している。

 

こうして、私は体の作りに関する本を元にしながら人の姿で走るフォームを研究した。結果、消費体力の減少や身体への負担をかけない走り方を生み出した。

 

長い間こうやって調べていくと楽しくなってくる。瞬発力と力強さが増す足の使い方、上半身のバランスによる効率的なコーナーの曲がり方、長距離や短距離でも活かせる呼吸の仕方などなど…。

 

この12年間で得た知識は私に計り知れない恩恵を与えてくれた。今は前よりも走ることへの楽しさを感じることが出来てると思う。

 

__________________

 

「ただいま〜!」

 

「おかえり、ノルンちゃん。もうすぐ夕食だから準備してくれる?」

 

「分かった!」

 

台所に立って私達の夕食を作るのは、もちろん私のお母さんだ。お母さんも芦毛のウマ娘で優しくおっとりとしている。これでも昔は中央のレースで活躍したんだとか。

 

夕食の準備のために食器を机に並べるのと同時にテレビの電源つける。映った番組はウマ娘達の憧れである『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』通称“トレセン学園”の特集だった。

 

テレビのインタビューを受けるのは、現役のウマ娘として活躍し『皇帝』の2つ名を持つウマ娘“シンボリルドルフ”。凛とした雰囲気が似合う姿でトレセン学園の生徒会長を務める紛うことなき猛者。そのシンボリルドルフを生徒副会長として支える『女帝』“エアグルーヴ”も同時に取材を受けていた。

 

「ノルンちゃんもあんな風になるのね、楽しみだわ!」

 

「まだまだ先の話でしょ?私が行くのは高校からなんだし…」

 

「硬いこと言わないの。娘の将来を夢見るくらいしたっていいじゃない?」

 

「うぅん…まぁ、想像するくらいなら別にいいけど…」

 

ウマ娘はトレセン学園に入ってトレーナーにスカウトされれば中央デビューできる。入ることに抵抗感はないし、なんなら前世と同じように走りたいんだけど、私にはまだ胸の中に不安のようなものが刺さっていた。

 

トレセン学園に入れば中央レースに出れる。だけど、レースに出るのであればそれなりのトレーニングは必要であり、それイコール『ウマ娘の走りを写真に収める時間』が少なくなってしまうのでは無いか?

 

他人が聞けば“そんなちっぽけな理由”かもしれないが、私にとっては死活問題に近い…正直言って私は生粋の『ウマ娘オタク』だ。推しを推す時間がなければ恐らく私は抜け殻のような状態になること間違いなしだろう。『ウマ娘オタク』に関しては前世では楽しみのようなものがなかった分どっぷり浸かってる状態だ。

 

「ほんと、惜しいわねぇ」

 

「まぁまぁ、3年後の楽しみにしててよお母さん」

 

お母さんと二人でテレビを見ながら話していると、玄関の扉が開いた。つまりはお父さんが帰ってきたということだ。お父さんはURAの所で働いていて帰ってこない事もたまにあるが、『家族との時間を大切にしたい』との思いでほとんどは定時で帰ってきている。

 

「ただいま〜」

 

「おかえり〜お父さん」

 

「おかえりなさい。夕飯支度できてるからすぐに食べましょ」

 

食卓を囲むのは私、お母さん、お父さんの3人だ。しかし、机の真ん中には3人で食べ切れるとは思えないほどの唐揚げタワーが出来上がっていた。お父さんにはこの量を食べるのは無理だが、私とお母さんはウマ娘なのだ。

 

「「「いただきます!」」」

 

3人で食べ始めればどんどんと低くなっていく唐揚げタワー。ウマ娘が食べる量は人間のそれとは全く違う。およそ通常の人間に比べて約数倍の量を食べるのがウマ娘にとっての普通なのだ。

 

食べ始めてものの数分で唐揚げは消えてしまった。もう驚くことは無いが、時々『ほんとにウマ娘の体ってすごいなぁ』と思う。

 

「ノルンも今度から中学生かぁ〜。…やっぱりトレセン学園にしないか?」

 

「もう、お父さんまで…」

 

なぜ両親はそんなにトレセン学園に入って欲しいのだろうか?……いや、多分2人ともURAの関係者だからこそ娘の活躍してる姿を見て欲しいという気持ちは分からない訳では無い。私だって前世で息子、娘が活躍していれば嬉しかったのだから。

 

……あれ?私って死んでからこっちに転生したけど。私と同年代の奴らもいい歳だったような?そうなるとこっちに転生してきてるのだろうか?記憶は持ってなくても前世と同じ名前だから私が聞けば一発で分かるはずだ。

 

私と競い合ったアイツらならトレセン学園に入学するくらい訳ないだろう。なら、私も負けないように高校まで鍛え上げとかないとな。独学でどこまでできるか分からないけど、せめて両親に良い結果を送れるように頑張らなくちゃな。

 

「いらないなら最後の一個もらうわね」

 

「あっ…」

 

最後の唐揚げがお皿の上から消えた。こういう時の逃げ切りに関してお母さんは強すぎる。

 

_____________________

 

トレセン学園生徒会室の中ではペンを走らせる音だけが聞こえる。机に向かって書類を捌くのは生徒会長シンボリルドルフ。その姿はトレセン学園を背負って立つ者そのものだ。レースでの走りでもその威厳は走るウマ娘達を萎縮させ、多くの観客を魅了する。まさに“皇帝”の2つ名の持つにふさわしいウマ娘である。

 

凄まじい速度で生徒会の仕事を処理していくルドルフ。このまま全て終えるまで彼女の集中が途切れないはずだったのだが、壁にかけてあった時計が3時になると学校全体に響くチャイムが鳴った。

 

「…そういえば、今日は彼女が相談事があると言っていたな。駄目だな…どうにもひとつの事に集中しすぎると周りが見れなくなってしまう」

 

そう言いながらルドルフはペンを机の上に置いて椅子に身を預ける。以前にエアグルーヴから口酸っぱく言われたのだが、どうにもこの手の癖は治らない。

 

『ウマ娘誰もが幸福になれる』その理想を叶えるために今の立場になった。だが、今の自分はウマ娘達を導く者として本当に正しい姿だろうかと迷うようにもなった。生徒会の仕事が徐々に増えているのもその影響を受けているからだ。

 

「悩ましいものだな……理想を叶えるために走り続けてきたが今になって迷うとは」

 

ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも入らない。ルドルフしかいないこの部屋だからこそ言える言葉だった。こんな自分らしくない弱音を生徒はもちろんエアグルーヴやナリタブライアンに見せられるわけが無い。

 

一息入れて、来るはずであろう彼女のために紅茶の1杯でも入れる準備をしておこうと席を立った時、生徒会室の扉がコンコンと2度叩かれた。

 

「どうぞ、入って来て構わない」

 

ルドルフの言葉を聞いて入ってきたのは黒鹿毛のウマ娘、青い瞳が特徴的で背の高さはルドルフよりも少し低めだ。頭には黒鹿毛に混じって彗星型の髪留めが着いている。

 

「やぁ、皇帝殿!調子はどうだい?」

 

「常に十全さ。上に立つものとして体調には特に気を使ってる」

 

「まっ、だよね。体調崩して看病されてる皇帝なんて想像できないや」

 

ルドルフは彼女のことをよく知っているので茶化すような挨拶を流すのは慣れた。こういう言い方でデビューから勘違いされやすいが、彼女のなりに今のルドルフを気遣っての接し方なのだろう。

 

ルドルフと黒鹿毛のウマ娘は接客用として置いているソファーに机を挟んで対面上に座る。

 

「さて、早速本題に入ろう。君が直々に来るのだからそれなりの案件なのだろう?」

 

「まぁね。率直に言うと、私の個人的な事情にあなたの力を借りたいんだ。そのために今日ここに来たという訳さ」

 

「なるほど…“個人的な事情”となると絶対という訳では無いが、他ならぬ君の相談なのだから最善を尽くしてみよう」

 

「えっ?そんな簡単でいいの?もうちょっと悩むかなって思ったんだけど…」

 

「君は中等部でありながら輝かしい戦績を残してるし、何より普段から生徒会の仕事を自主的に手伝ってくれてるからね。これはその礼だよ」

 

実際、彼女のおかげで増えすぎた仕事を短期間で減らすことが出来た。彼女自身が動いてくれたこともあるが、後輩が出来たということであのサボり癖があるブライアンですら真面目に取り組むようになったのである。

 

また、レースではお披露目レースから好記録をたたき出して、ルドルフと同じチームの“リギル”に所属。その後もGI、GII共に素晴らしい成績を収めている。

 

ここまで学園へ貢献してくれている彼女の願いを無下にする訳にもいかない。だが、生徒会長であるルドルフですら一個人の願いを通すのは難しい。無茶ぶりでなければ大抵の事を決定する権利はあるが、最終的には理事長に確認を行わなければならない。そこで拒否されれば諦めるしかない。

 

「それで?私に頼みたいこととは何かな?」

 

「あなたの持ってる『ウマ娘スカウト権限』を使ってこの子を入学させたい…っていうのが私のお願いだよ」

 

そう言いながら懐から1枚の写真をルドルフに手渡した。外からの受験者以外にも生徒会長であるルドルフ自らがウマ娘をトレセン学園にスカウトすることはもちろん可能だ。だが、それは“狭き門である受験をパスするに値するウマ娘”でないといけない。だから写真を受け取ったルドルフは眉をひそめて難しい顔をしていた。

 

「君の望みは分かったのだが…」

 

「“この子が本当にトレセン学園にふさわしいかどうか”って言いたいんですよね?その辺の調査に手を抜く私だと思います?」

 

「もちろん手を抜いていないことは分かっているが、この子自身の実績がなければな…」

 

「ですよね。でも、そうなるのも見越して案を考えておいたんですよ。聞いてくれます?」

 

「聞こう。もしこの子が本当に優秀なウマ娘と証明できるのなら理事長も了承してくれるだろう」

 

「あはは!そうこなくちゃ!で、その案っていうのが…」

 

………………

………

 

「なるほど……君の言い分は分かったが、それでいいんだな?」

 

「もちろんですよ。こうでもしないと彼女の真価は見れないですから」

 

「……君が納得しているのならその案で行こう。早急に伝達しないとな」

 

「それならこの子の父親がURAの本部で働いてるみたいですし、そっちに話が行くようには私が動きますよ。これ以上あなたの仕事を増やす訳には行かないですしね」

 

「そうだな。日程などの詳細事項は君に任せるとしよう」

 

ルドルフの仕事が残っていることを察して、私的な理由でこれ以上生徒会に迷惑をかける訳にもいかない黒鹿毛のウマ娘は、自らその任を引き受けた。ルドルフもルドルフで普段の彼女の働きぶりを見ているから『任せても問題なし』と判断する。

 

「後でお礼の茶菓子でも持ってきますね」と彼女はそう言いながら立ち上がり部屋の扉に手をかけるが、開ける前にルドルフの方へ向かって一言。

 

「ルドルフさん、どんな道を進もうとも私達の生徒会長はあなただけなんです。だから、もっと自信を持ってください」

 

「………君は気づいていたんだな。ありがとう、とても嬉しい言葉だよ」

 

「元気が出たなら何よりです。それじゃあ失礼しますね」

 

パタンと扉が閉まると同時にルドルフは大きく息を吐いて天井を向く。

 

「見抜かれていたか……そんな雰囲気を出してるつもりは無かったが」

 

部屋から退出した彼女は完全にルドルフの不安を見抜いていた。それ故に最後のあの一言を残していったのだろう。本当に人の変化に機敏なウマ娘だ。前にもエアグルーヴの不調も見抜いてたところを見るに、彼女の見る目は本物だ。

 

そんな彼女に手渡された写真を見る。市販のジャージ姿でどこかの河川敷を走る芦毛のウマ娘。若い…まだ本当に走ることへの楽しさも苦しさも知らない歳だ。

 

彼女が出してきたあの提案が彼女自身の夢を壊してしまわないか心配なのだが、それとは別にこの写真を見つめていると“この子なら大丈夫”と根拠の無い安心感を感じた。

 

「不思議だな。でも、悪くない…」

 

自分でも気づかないうちにルドルフは小さく微笑んでいた。今まで感じたことの無い感覚…それがどういうものかを言葉にするのは難しいが、少なくとも今の日常の中で“何かが変わる”そんな予感がした。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます!

今回はノルン側半分、トレセン側半分の内容で書かせてもらいました。少しトレセンの方が多めかなぁ…と思ってるので、次回はノルン側主体で行きます。また、小説タイトルの方もまだ仮なので日を改めて変わってるかもしれません。

後、オリキャラに関しての性能はこういう小説なのでこういうもんだと割り切って読んでください。

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