「今なんて……」
「当分走るのはやめた方がいいって言ったよ」
「なんで!?どこも不調は無いのに!今日だって本気で走れるくらい……」
「それは本当じゃないんでしょ。私の見立てではここ1、2週間にかけて足から鈍い痛みを感じてるはずなんだけど?」
「ッ!」
脚を触った感じ、予想よりも全体の損傷が激しい。もしかしたら、あの走り方を研究するためにオーバーワーク気味になるまで走っていたのかもしれない。
管理のなってない走り込みは体に毒だ。むしろ今日まで故障してこなかったトウカイテイオーちゃんの軟体体質には驚かされる。普通の子ならとっくの昔に病院行きだったんだけどね。
「足首から太もも部までの筋肉が少しまずいことになってるね。ストライドで走っている時に無意識下で脚に力を入れすぎているのが原因かも」
「それは本当か!?テイオーの脚が治る見込みはどうなんだ!」
「あります。けど、ちゃんと病院で検査を受けて、最低でも1週間は安静にしないとダメです。リハビリとしては……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ルドルフ会長に説明をしていると横からトウカイテイオーちゃんが待ったをかけた。その顔にはありありと不満と困惑の表情が浮かんでいた。
「大丈夫だって!ほら、こんなに元気なんだし!ボクだってカイチョーみたいに……」
「トウカイテイオーちゃん、君はまずその『会長みたいに』言い方はやめよっか」
「……どういうこと?」
えっ、怖っ。まだ小学生だよねこの子?なんでそんな怒りの籠った声が出るの?好感度下がるのは分かってたけど、私って意外と繊細なんだから心がズタボロになってるよ?
「その言い方をしているうちは強くなれないって言いたいの」
「ノ、ノルン君……何もそこまで言わなくとも……」
「君にボクの何がわかるの」
「テ、テイオー?」
不穏な空気が流れ始め、私とテイオーちゃんを挟むようにしてルドルフ会長がオロオロしてる。テイオーちゃんに関しては今にも掴みかかってきそうな雰囲気だ。
「分かるわけないよ。私はキミじゃないから、テイオーちゃんの気持ちも考えも分かるわけないよ」
「だったらなんでそんなことを言うの!?カイチョーになりたいのが僕の夢なのに!」
「じゃあ、テイオーちゃんはルドルフ会長の何を知ってるの?」
「そんなの簡単だよ!カイチョーはカッコよくて、無敗のまま三冠を手にした本物の皇帝……」
「あ〜違う違う。そういうのじゃないよ」
テイオーちゃんの言葉を遮って否定した私に、テイオーは首を傾げた。ルドルフ会長の方は私が何を言いたいのか気づいたようで、静観の姿勢で聞いている。
「テイオーちゃんがあげたのは、一般的にみんなが知ってる事だよ。私が聞きたいのはルドルフ会長の好きな物とか、特技とか、あとは何を考えて走ってるのかってことだね。どう、君は何を知ってる?」
「それは……その……」
分かるわけが無い。好きな物とか特技とかは本人が公表していれば簡単に知ることが出来る。でも、考えは本人以外の誰にも分からない。
ルドルフ会長だって、ずっと完璧な生徒会長でいられるわけが無いはずだ。テイオーちゃんが言ったカッコイイとか優しいっていう言葉は外見を捉えた第三者の言葉でしかない。
苦しかったり、挫けそうになったとしても弱みを見せずに今のような堂々とした姿で前を向いて走っているのが、トレセンの生徒会長シンボリルドルフなのだ。
「君はルドルフ会長の外側しか知らない。でも、それはルドルフ会長にも言えることさ」
「えっ?」
「ルドルフ会長もテイオーちゃんのことは他の人よりちょっぴり詳しいだけ。君がなんでルドルフ会長に憧れ始めたのかはまるで分からないし、どんなことができるかなんてまるで知らない」
これは皆に言えることだけどね。全てをさらけ出して生きている人なんて誰もいない。誰でも他人には言わないことが一つや二つはあるのだ。
そういう私も実はキノコ派じゃなくてたけのこ派っていう秘密がある。これは禁句だ……第3次家族会議が開かれる可能性があるからね。
「その通りだ。テイオーが私のことをほんの一部しか知らないに対して、私もテイオーの全てを知っているわけじゃない」
「カイチョー……」
「私に憧れるな……なんてことは言わないさ。ただ、理解していてほしい。君は君だ。私が歩んできた道筋を歩むだけじゃなくて、その先の栄冠を掴み取るウマ娘になって欲しいと、私は願っているよ」
「ボクの……ボクだけの栄冠……」
トレセンの校訓『唯一抜きん出て並ぶ者なし』を表したような言葉だね。憧れを通り越して、自分が唯一無二の存在だと証明する。それくらいの気迫がテイオーちゃんには必要だ。
私は憧れてもいいし、それを真似してもいいとも考えている。でも、そこから殻を破って自分の道を作る“守破離”の精神が大切だ。
今のテイオーちゃんはまさに“守”の部分だね。学んで身につけた技術を繰り返してるだけだ。そこから自分の形に昇華する“破”の部分へとレベルアップしていかなきゃいけない。まぁ、でも……。
「分かったよ、カイチョー!ボクが三冠をとって、完全無敵だってことを証明する!そして、カイチョーにも勝って“皇帝を超える帝王”の名前を知らしめてやるんだ!」
「っ!随分と言ってくれるな、テイオー。なら、君が勝ち昇ってくる先で私が立ちはだかろう。そう易々と私の座を譲ると思うなよ?」
ほわぁ〜、ルドルフ会長がバチバチに燃えてるぅ〜。いつもはウマ娘に対して優しい雰囲気の会長がピリつくほどの圧を出してる〜。でも相手はまだ小学生ですよ〜。ほら、テイオーちゃんも押されて「うっ……」って気圧されてるじゃないですか。
でもまぁ、ルドルフ会長のこういうウマ娘らしい一面を見るのは非常に珍しい。この人もウマ娘なんだなぁ〜って初めて思ったよ。
「ハイハイ、そこまでにしましょうねルドルフ会長。とりあえず、テイオーちゃんのことについて話すことはまだあるので」
「そうか…。すまない、少々熱くなりすぎたようだ」
「構いませんよ。ルドルフ会長だってウマ娘ですしね。それよりもテイオーちゃん、君にとある提案があります。のるかそるかは君が判断して」
「て、提案?」
「まず、君は病院へ行って、最低でも1週間ほど休むことは確定しています。ここまではOK?」
「う、うん」
「私が提案するのはその後の話だよ。君のリハビリ用のトレーニングと走り方の改善、それを全部私が引き受ける」
ギョッとした様子で驚くテイオーちゃん。ルドルフ会長の方も一瞬動揺したが、すぐに私の言っていることを理解したような顔をする。
「テイオー、安心していい。このレイゴウノルンは私のトレーナーが認めるほど、ウマ娘のトレーニングや脚質への知識が深い。彼女ならばきっと君の足を治してくれるさ」
「そう、なんだね……本当に頼っていいの?」
「私に任せてくれれば、何の問題もないよ。ただ、日程は細かくやり取りしないといけないけどいいかな?」
「うん!ボクは全然問題ないよ!」
テイオーちゃんとの日程調整と連絡を兼ねて、彼女の連絡先を追加した。ここまで小さい子の連絡先を入れるのは始めただ……後でテイオーちゃんの親御さんに誤解がないよう伝えておかねば。
「それじゃあ、これからよろしくね!ししょー!」
「えっ?し、師匠?」
「うん、ボクに走り方を教えてくれるんでしょ?だったらボクのししょーだよ!」
「あっはははは!その通りだなテイオー!ついでに脚のケアもしてくれるのだから『先生』とも呼ばないといけないのではないのかな?」
「そっか、トレーニングを教えてくれるししょーであって、脚を治してくれるせんせーでもあるだね!じゃあ“ししょーせんせー”で!」
「せめてどっちかに絞ろっか!それだと私の名前『シショー』になっちゃうからね!?」
こうして、テイオーちゃんの一件は何とかなった。成り行きとはいえ、トレーナーもどきを私に出来るか不安だったが、ルドルフさんから東条トレーナーに話してもらって、空き時間にトレーナーとしての基礎を教わることにした。
一流のトレーナーはもちろんのこと、私のトレーナーのような変態性がまるでない東条さんの方が絶対に良かった。
それから1ヶ月ほどテイオーちゃんのリハビリと走り方の改善に尽力した。日曜は確実に時間が取れるし、土曜日もたまにだがオフになる時がある。そういった日の中でテイオーちゃんと日程を擦り合わせて、トレーニングを行っていた。
しっかし、流石はルドルフ会長が目をかけるウマ娘だ……飲み込みが早い。毎回テイオーちゃんの体質にあったトレーニングを考えてくるのも大変だ。
トレーナーも実はこういう苦労をしてるのかなぁ……なんて思った時もあったが、ああいう人達は大概変人なのよ。と東条さんが呆れ気味に語っていたのは、しばらく頭から離れないだろう。
しかし、私には皐月賞が控えている。そう長くテイオーちゃんのトレーニングを見ている訳にも行かなかった。いつも通りのトレーニング日に私はテイオーちゃんに、そのことを話した。
「私も一応クラシック期のウマ娘だからね。そろそろテイオーちゃんのトレーニングを見るのは難しくなっちゃうかも」
「そっか……ししょーにもししょーの夢があるんだよね」
「うん、今のところは無敗三冠馬。その次は有馬記念辺りかな……」
「ねぇ、ししょー!もし僕が三冠を取ったらさ、ボクと勝負してくれない?」
「勝負?それはレースでってこと?」
「その通り!カイチョーは無敗三冠馬を取ってるし、ししょーもそのタイトルを取るつもりなんでしょ?なら、ボクも達成するからさ!GIの舞台で勝負してよ!」
なんか、どっかで似たような約束したよな。『最高の舞台で最高の勝負を』か……ま〜たライバルが増えちゃったよ。今度は弟子がライバルか。
「いいよ。私はルドルフ会長と同じ場所で先に待ってるからさ、必ず勝ち上がってきなよ?」
「うん!」
これはまた負けられない理由ができたね。この子と競い合うなら中・遠距離で最強の名を飾らないと……。これは三冠を取ったあとのことも視野に入れて考えないとないけないな。
「練習メニューは渡したのを曜日別で頑張ってね。あっ、でも練習の様子は動画でできるだけ送ってきて?仕上がり具合で新しい練習メニューを送るから」
「ホント!?にっしっし、ボクの上達具合に驚かないでよね!」
「うん、楽しみにしてるよ」
この日の宣言を境に、私とテイオーちゃんのリハビリを兼ねたトレーニングは幕を閉じた。それでも一応メールでやり取りしながら、私が考えたトレーニングに取り組んでいる。
それでもまぁ……以前の忙しさがなくなって少し物足りなさを感じたりもする。
「おい、大丈夫か?ノルン」
「んっ?あぁ、大丈夫だよトレーナー。ちょっと考え事をしてただけ」
「そういや最近忙しそうにしてたもんな。どうする?疲れてるなら休みにするが……」
「大丈夫ですよ。疲れもないですし、最近の習慣がなくなったせいで頭がボーッとするだけですし。それに……」
「それに?」
「小さな未来の帝王様には、私も負けてられませんからね!」
御愛読いただきありがとうございます!
前回の前編に引き続いて書かせてもらいました。近日中に忙しくなる予定なので、投稿頻度は少し落ちますが定期的に更新できるように頑張りますので応援よろしくお願いします。