あるところに一頭の黒鹿毛が生まれ落ちた。
馬体に黒以外の色が一切見受けられないほどの綺麗な黒色の毛並みは、まさに日本人の黒髪を表したかのように艶やかだった。
過去にGIを制覇した両親の良血を受け継ぎ、産駒時代から将来が約束された適正と強靭な体をもってデビューを果たした。その後、ジュニア期を安定に走り切りクラシック期へ、そこでも活躍が期待されることとなる。
それがこの私、“オリオトメ”の始まりだった。
しかし、そこで大きな障害が立ちはだかった。ジュニア期の時点で名を挙げていた馬、“レイゴウノルン”が僕のクラシック期の勝利を根こそぎ奪っていったのだ。
クラシック三冠はもちろんのこと、年末の有馬記念にジャパンカップ……栄えある栄冠は全てレイゴウノルンのものとなった。
手は一切抜いていない。それでも、あと一歩のところで勝つための1歩が足りないのだ。クビ差やアタマ差のギリギリなレースはあったものの、ゴールへはいつもレイゴウノルンの方が早くたどり着いてしまう。
私がレースを走るようになって初めてGIの冠を取ったのは『天皇賞・秋』だった。しかし、そのレースにレイゴウノルンは出走していなかった。
天皇賞よりも前にあった世界最高のレース『凱旋門賞』に出走していたレイゴウノルンが、帰国後に長期の療養に入ったからである。その後、ジャパンカップと有馬記念を制したものの、どちらのレースにもレイゴウノルンの姿はなかった。
そして、肉体の衰えが見え始めた時期で私は引退を余儀なくされた。そこで私とレイゴウノルンとの勝負は幕を閉じたのである。
………………
………
…
「あと、1週間……」
クラシック期で初めて出るレース『弥生賞』へ向けて、今はチームリギルのトレーナー東条さんの指導を受けてフォームを調整中だった。
私がウマ娘に転生して、前世の“オリオトメ”としての記憶が戻ったのは3歳の頃。街中で見かけた綺麗で真っ白な芦毛のウマ娘を目にした時だ。
芦毛に反応して記憶を取り戻す……どうやら私は前世でも今世でもあの芦毛の馬に夢中だったようだ。
「そろそろ休憩を挟むぞ。一旦戻ってこい」
「はい」
トレセン学園に入るのは簡単だった。前世の感覚が残っていたから、すぐに走るコツを掴むことが出来た。あとは学力なのだが、数学さえ除けば他は高得点を取れる自信がある。
世間一般的に私の名前は広まっていない。目立たないように今まで立ち回って来たのもあるが、半分くらいは家が絡んでいるせいでもある。まぁ、今はそんな話はどうでいい。
直近で一番の問題は……
「お疲れ様、オリさん。ほい、ちゃんと炭酸を抜いた炭酸水用意しといたよ」
「それはただの水。あと、さんを付けるな」
こいつだ。レイゴウノルンの息子であるアステルリーチ……こいつが非常にめんどくさいことこの上ない。そもそも何故年上なのになんで私のことを“さん”付けするんだ。
「いいじゃんいいじゃん、オリさんは私にとっておじさんみたいな感じだし」
「世間一般的に見れば私の方がさん付けするべきなのだが?」
「そんな硬いこと言わないでさ。これでも尊敬してるんだよ?」
「はぁ……」
“尊敬している”この部分に関しては嘘偽りのない本音だから怒るに怒れない。
「アステル、オリオトメに構っている時間はあるのか?」
「げっ、んじゃあ自主練に戻らせてもらいま〜す」
「まったく……」
東条トレーナーがやってくるとアステルはそそくさに自主練へと戻って行った。普段は優等生だが、どうにも東条トレーナーに目をつけられているようだ。
あいつは自分の父…ノルンのやつにも時々ちょっかいをかけては仕返しされているようだ。私はまだ直接あったことないんだけど、テレビでは見たことがある。
会ってない理由……まぁ、私はグランやミルキーみたいに最初からフレンドリーに接しられるほど図太くは無い。会うなら私の走りを見てもらったあとで会いたい、そういう性格だ。
だから、会うとしたら私の走りを見た後で会ってもらいたい。そういう思いでジュニア期はノルンのことを避けて生活してきた。
しかし、それももう終わり。あとは弥生賞を制するだけ。
「やる気十分って顔だな」
「そう…でしょうか?」
「えぇ、あなたもあの子の宣戦布告に当てられたか?」
あの子というのは言わずもがなノルンのことだ。朝日杯を制した後にクラシック級へ挑戦するウマ娘全員に宣戦布告、これに関しては全く予想できなかった……と言うより、ノルンらしくない。
「あいつの心境がどうなのかは知りませんが、私は奪い取りますよ。三冠の座を」
「……あなたもアステルもそうだけど、レイゴウノルンのことになると熱くなるな。なにか特別な思入れでもあるのか?」
「特別というよりも運命かもしれません……」
「ふぅん?あなたにしては変な言い回しね」
前に逃したのは何もクラシック三冠の栄誉だけじゃない。二度と手に入らない最強を打ち破る機会が舞い降りてきたんだ、絶対にこの機会を逃す気は無い。
それに私としてはある意味でも運命的であると言える。
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「おいし〜、やっぱり食べ歩きはレース場の店ですよねぇ」
「そうですよね!つい手が伸びてしまうというか……」
「分かる!」
日曜日の中山レース場にて、私と松島さんとトレーナーは弥生賞を見に来ていた。私とトレーナーはオリオトメを偵察するため、松島さんは完全なるプライベートだ。
「なんで俺がここにいんの?」
「メイクデビューだけでオリオトメの実力を図ろうなんて甘い。ミルクティーに砂糖を入れるくらい甘いですよ、トレーナー」
「そこまで言うか!?」
「それほどノルンちゃんはオリオトメちゃんを強敵認定してるってことですね」
あいつのメイクデビュー、1着はとったものの完璧と呼べるほどのコンディションではなかったはずだ。絶好調のオリオトメなら私と同じ成績で勝利することが出来ただろうと、断言出来る。
オリオトメの脚質は差し。それも頭を使う走り方をしてくるから厄介なことこの上ない。通常のレースより3倍近く脳みそのリソースが割かれることになる。
仕掛けるタイミングとか動揺の誘い方が上手いのなんの。それに加えて脚も早いと来たもんだ……純粋な勝負だとあいつに勝てるやつはなかなか居ないだろうな。
「まぁ、対策を立てるなら直接見ておいて損は無いか……おっ、そろそろパドックが始まるぞ」
「もうそんな時間でしたか。食べ物の魔力とは恐ろしいものですね」
「ですね〜」
GⅡ以下のレースは全て体操服とゼッケンの格好とされている。見た目の派手さはないものの、GIとは違いウマ娘たちの純粋な状態を見極めることが出来る。
それでも一見して不調のまま出走している娘はいないようだ。いたらいたで大問題だけどな。その点に関しては東条トレーナーを信用しているので、全く問題は無い。
4人目の紹介が終わり、次に黒鹿毛のオリオトメがパドックに姿を現した。正直、生で彼女の姿を見るのはまだ十数回しかない。メイクデビューと今回を含めて2回。その他にも学園内で数回見かけているが、全てスルーしている。
べ、別にひよってるわけじゃねぇからな!?あいつの場合は何でもかんでも走りで語りたいタイプなのだ。下手に声をかけるとマジで険悪ムードからのお付き合いになってしまう。それだけは避けねばと思い、ずっと声をかけなかったのだ。
にしてもやっぱり怖ぇ〜…なんなの?あの仕上がりよう。レースに勝つっていう意気込みがすごすぎて周りのウマ娘ちゃん達を全員撫で切りますよって言わんばかりの雰囲気を醸し出してる。
ああいうお堅いところがあいつの悪い所なんだよなぁ。
「なんというか…凄いですね。あの気合いの入りよう」
「絶対に勝つっていう意思が透けて見えるな。ノルン、お前めんどくさい相手に喧嘩売ったんじゃねぇの?」
「めんどくさいのは認めますけど、負ける気は無いので」
あんだけやる気があるなら絶好調の証だ。ちゃんと東条トレーナーと一緒に調整してきたんだろうな。今なら私と楽しいレースが出来そうだ。……ちょっとこっちを睨んできた。嫌われてるのかなぁ、私って。
残りのウマ娘ちゃん達も紹介されて、全員がパドックを離れていく。いよいよレースの開始だ。
「さてさて、見届けさてもらうよ。君のレース」
かつて“日本の桜大帝”と呼ばれた走りをね。
………………
………
…
黒い影が真っ直ぐゴール直線を駆ける。事前の人気では競り合うだろうと思われたレースは、オリオトメ1人の独壇場と化していた。
第4コーナーを回ったところで、オリオトメは前方のバ群を外回りから一気に追い抜いた。そこからは一方的で、誰も彼女に追いつけないでいる。
「圧勝だな……」
「はい、差しの作戦としては理想の走り方ですね」
「第4コーナーに入る前から色々と揺さぶってましたからね。後続の子達はもうバテバテでしょう」
揺さぶるにしても仕掛け時までちゃんと体力を温存してるんだから、同じレースで走ってる子達はやりにくくてしょうがないだろう。
でも、それこそがオリオトメの本懐だから仕方がない。揺さぶりだって立派な戦法のひとつだ。スピードやパワーを鍛えたところでどうしようも無い。
ウマ娘のレースと前世のレースの違うところは、全てワンオペで完結しなきゃいけない点だ。走るのも、仕掛け時を見極めるのも、揺さぶりのかけ方だって一人でこなさないといけない。
馬の時なら馬上の騎手さんが私たちに指示を出してくれていた時とは訳が違うのだ。その点オリオトメは前世の騎手さんの作戦をよく模倣できている。あいつの騎手さんって結構優秀な人だったらしいからね。
そして、レースはそのままオリオトメがリードを保ったままゴール、後続との差は5バ身だった。
「見に来ておいてよかった。メイクデビューと仕上がり具合が段違いだな」
「そうでしょう?だから言ったじゃないですか、ミルクティーに砂糖を入れるくらい認識が甘いって」
「確かに俺が甘かった。こりゃあ帰って少しレース展開を練り直さないとな」
「よろしく頼みますよ、トレーナー。その手に関して私はあんまり詳しくないんですからね?」
「おう、任せとけ」
トレーナーと話し合っていると、観客たちがオリオトメに向かって拍手を送っていた。オリオトメの方も微笑みながら手を振って返しながら待機室の方へ帰ろうとした時、ふと私と目が合った。
「うぇ〜、やっぱり睨んでくる……」
私の顔を見た瞬間、オリオトメの目が私を射抜いた。私に対してどんだけ敵対心持ってんだよって言いたい。そう何度も睨まれたら流石の私だって傷つくんだからな!
オリオトメが睨んだのは一瞬だったので観客の人たちには気づかれなかったが、隣にいたトレーナーと松島さんにはバッチリ気づかれていた。
「バッチバチじゃん、お前ら」
「2人のライバル関係は非常にそそられますが、それにしても嫌われすぎては?」
「うぅん、朝日杯の時のあれが悪かったのかなぁ。もしかしたら別の要因かもしれないけど」
なんでこんなにも嫌われてるんだろうか?直接聞いてみたいんだけど、こっちから聞き出そうとするのもなぁ……アステルに頼んだら聞いてくれるだろうか?
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(勝った……)
久々の勝利に少し気分が高ぶっていた。今回はできなかったが、これを全力で走りきった後に味わえるならどれだけ爽快なのだろうか。
小走りの中で考え事をしていると、会場から拍手が送られた。前だと私の上にいた騎手さんが手を振っていたけど、今回は私の番。応援してくれる人たちにちゃんと答えるように手振る。
その中で後方の方に芦毛のウマ娘がいた……そう、レイゴウノルンだ。どうやらトレーナーさんともう1人付き添いの人と一緒に私のレースを見に来てくれたらしい。
(嬉しい…)
ちゃんと見に来てくれたので、しっかりと手を振る。……少しか顔が固くなってしまったがちゃんと感謝は届いただろう。
レイゴウノルンはライバルだ。しかし、それ以前に私とノルンは友であると思っている。だけど何故か本人を前にしてしまうとツンケンした態度しか取れない……実に悩ましい。
1度私の好きなお茶と和菓子を一緒に食べながらゆっくり語り合いたいものだ、色々と。
そうと決まれば急いで準備したいな。今まで自分のわがままで待たせたのだから、とびきりもてなしてあげたい。ここは……アステルリーチの力を借りるか。
ふふっ、前ではレースの時にしか顔を合わさなかったからあまり話せなかったけど、今はウマ娘として色々と交友が持てそうだ。前も今も友達でいられるって素晴らしいと思わない?
なにはともあれ無事にレースを勝利を収めることが出来た。これでお母様もお喜びになるだろう。サプライズとしてノルンも紹介してみようかな。
クラシック路線も、学園生活もまだまだこれから楽しくなっていきそうである。
ご愛読いただいありがとうございます。
ここまでこのシリーズを続けてきましたけど、ここまでの内容でこういう話が読みたいっていうリクエストがあるならメッセージボックスの方に投稿お願いします。(ぶっちゃけ本編以外でのネタが見つからん)
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