澄み渡る正午の青い空、目の前では数人のウマ娘達がコースを走っている。一眼レフを装備している私は今すぐにでもその光景を写真に収めたいのだが…
「とうと…い…」
「…」
実に幸せそうな顔をしながら気絶しているウマ娘への対応に体と頭が完全にフリーズしていた。いや、原因は多分私なんだろうけど…私のせいじゃないって言うか…
ピンク色の栗毛に目を引く赤色の大きなリボンをしたなんとも可愛らしいお姿の彼女をとりあえず近くにあったベンチに座って膝枕で寝かしてあげる。
「ほんと、なんでこうなった…」
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3時間前…
「よし!行きますか!」
口紐をキュッと結び愛用の一眼レフをカバンに入れて家を出た。何をしに行くかと言うと、ただ街を散策しに行くだけである。ぶっちゃけ、今日の外へ出かける目的はない。
目的はないにしろ、仕事上の用事で出かけて行ったお父さんとお母さんがいない家にいたとしてもやることといえば、お父さんのパソコンを(勝手に)使ってレフの中にある写真を整理するくらいしかない。
ならば外に出かけた方が有意義であるという考えに至るまではそう長くなかった。私は走るのも好きだが、こうやってのんびりとしながら街を散策するのも好きだ。
「今日はレースはないみたいだし、公共レース場の方で走ってる子を見に行きますか」
大体すぐに目的を決められるのは、ここら辺の交通ラインが整っているからだ。家から歩いて徒歩3分近くに駅があり、ウマ娘の聖地である『府中駅』までは大体30分程度で行ける。
大通りの方に出ればそれなりに店が立ち並んで活気があるので、休日になればここら辺を少し歩いているだけで掘り出し物が見つかったりすることもある。
しかし、今日の目的は『公共レース施設』だ。この場所は民間のウマ娘達のために設置されており、中には芝とダートのコースが完備されている。私もよくお世話になっている場所だ。
平日でもトレーニングのために走る子がいる程なので休日ともなると、多くのウマ娘達で賑わっていることだろう。
「と…その前にお昼食べに行かなきゃ」
腹が減ってはなんとやら、ウマ娘を推すのに腹が減っていては話にならない。ということで、その辺のサーチもバッチリしてきてるから迷いなくお店の場所まで辿り着く。
「いらっしゃいませ!」
店内に入って私が座ったのはカウンター、周りの席はまだ空いているが私は一人で来ているので、自然的にこの席に座ることになる。事前に場所と一緒に食べるものも決めているので、すぐにカウンターから注文する。
「「旬の海鮮大盛り丼1つ!」」
私が注文すると同時に全く同じメニューを隣の人が頼んでいた。
隣にいたのは私と同じ芦毛のウマ娘2人。一人は高身長のクール感があり、もう一人はその奥のカウンターに座っており、背が小さい赤青の頭飾りをつけていた。ていうか、この2人知ってる…現役レースのスターじゃん。
「オグリキャップとタマモクロス…」
知らず知らずのうちに言葉を出してしまっていた。なんで隣なのを気づいていなかったんだと自らの過ちに気づいた時には既に時遅く。オグリキャップがすごく不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「すごいな君は!変装してるのになんで私だと分かったんだ!」
「アホか!帽子被ってレンズついてないメガネでバレないのがおかしいんや!」
「むっ?そうなのか?」
このやり取り完全に『芦毛の怪物』オグリキャップと『白い稲妻』タマモクロスだ。こんな偶然起きていいのだろうか?私は今、高鳴る興奮が抑えられません。
「すまんな、今日はオフやからこの事は…」
「『他言無用』ですよね?分かってます」
ウマ娘を推すオタクとして、彼女達のプライベートを台無しにするのはもっての他だ。ならば、事情を察して彼女達に気を遣わせないのが作法というもの。
「おおきにな。助かったわ」
「いえ、私も御二方の休日を邪魔をしてすみません」
「そんな気ぃ使わんでええよ。ここに来たのも言い出しっぺはオグリやしな」
苦笑しながら話してくれるタマモクロス。一方のオグリキャップは伊達メガネと帽子を見ながら「完璧だと思ったんだが…何がダメだったのだろうか…?」と呟いていた。風の噂で天然だとは聞いていたがここまでとは…
「それはそうと…あんたもあれ食うか?」
タマモクロスが店内の壁にある一枚のポスターを指し示した。あのポスターは、私がさっき頼んだ『旬の海鮮大盛り丼』のポスターである。ネーミングにおかしなところはないが、文面だけじゃ判断できないほどの超特大サイズの丼が描かれている。
疑問に思うのは仕方の無いことだ。オグリキャップレベルの胃袋なら簡単に平らげられるだろうが、私の見た目はほぼタマモクロスと変わらない。つまりはあのサイズを完食できるほどの体つきには見えないということだ。
「はい、旬の海鮮大盛り丼2つね!あとお好み焼きの人だけど…」
「あっ、それはウチやで」
私達の前に重量のある音が出そうなほどのインパクトある丼が置かれた。なるほど…ポスターの見た目よりも多めのようだ。さてさて、どこから手をつけたものか…
「もぐもぐ!これはウマい!」
「えっ、はや…」
そうこうしているうちに隣のオグリキャップは丼の3分の1まで食べ終えていた。いや、さすがに早すぎじゃないか?大食いだとは聞いていたが、食べるスピードも尋常じゃない。
その爆速食いに驚いてる私を見て苦笑いを浮かべるタマモクロス。「そんな反応になるわな〜」って言ってそうだが、その表情が驚愕に塗り替えられたのは私が食べ始めてからだった。
「あっ、これは中々…」
マグロやぶりなど刺身に加え所々に隠れているイクラがいい味を出している。米ももっちりとしたいい米を使っているし、何より全体の鮮度が良い状態だから旨みが何倍にも跳ね上がっている。
食べ始めればどんどんとお腹の中へ消えていった。こんな風に大食いしたのは久しぶりだったので、食べるペースは速くないが着実に一定のペースで減らしていた。
「ほんまどないなっとんねん、あんたらの胃袋は」
「んぐっ…どうしたんだ?そのお好み焼きがいらないなら貰うが…」
「いるに決まっとるやろ!?どんだけ食い意地はってんねん!」
オグリキャップは私が半分まで食べ終える頃に完食していた。それでもなおまだ食い足りないのだからその胃袋はまさにブラックホール級だ。
「むぅ…仕方ない。すまないがこれのおかわりを…」
「お客さん、それって一人一杯限定なんで二杯目は無理なんですよ」
「なん…だと…!?」
確かにポスターの左下に『(注)1名様に限り1杯限定とさせてもらいます』とご丁寧に記載されているので、これは調べてなかったオグリキャップが悪い。
私はそんなやり取りを横目に米粒1つ残さずに完食した。随分と多かった分お腹の中の満足感もかなりあった。食べてみると分かるが、2杯3杯と食べるような料理じゃない。
「ふぅ…ご馳走様…」
「ええ食いっぷりやったで。見てて気持ちよかったくらいやわ」
「あはは…ありがとうございます」
そう言いながら立ち上がったタマモクロスは、空の丼を見つめたまま灰になって散っていったかのように動かないオグリキャップの腕を引いて会計を済ませる。何度も出かけている仲なのか、一連の流れは驚くほどスムーズだった。
「ほな先に失礼するわ。また縁があったらそん時はよろしくな!」
「はい!ぜひ、また会いましょう!」
オグリキャップに肩を貸しながら店を出ていったタマモクロスの背中を見送った私は、一旦落ち着くように席に座ってお水を1口飲んだ。
幸先がいいとはこの事だろう。まさかあの二人に街中で会えるとは…やはりこういう出会いがあるからこそ家の中でじっとしてるのが苦手なんだろうなぁ。
「さて、私もそろそろ行きますか!」
席を立ってお会計を支払うと、当初の目的であるレース施設に向かった。
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「ほほぅ…あの子はかなりの足を持ってるようだねぇ。今後に期待って感じかな?」
そう言いながら私はウマホのカメラ機能をフル活用して覗き込んでいる。持ってきている一眼レフで撮ってもいいが、ガチ撮影してたら不審がられるので今は控えている。
なら何故持って来ているのか?と言われると、念の為に持ってきているようなものである。大体、レフを使うのは大体トゥインクルのレースの時ぐらいしか使う時がない。
こういう場所ならば、写真でとるよりも影から見守るように練習風景を眺めていた方がいいのだ。目に焼き付けるだけでも眼福ものだから写真があろうともなかろうともそこら辺の尊さは変わらない。
そろそろ少し休みたいところだけど…目に見える辺りのベンチは多分コースを走ってるウマ娘の母親たちが座っている。なんというか、あの場所に私一人で座るのは抵抗感がある。
「あっちは人がいなさそう…」
「ひょおおおぉぉ!いいですね!まさに眼・福です!」
なんかいた…。柱から身を出さないようにしながらもレース場のウマ娘を見つめるピンクのウマ娘。しっぽブンブン耳がピコピコしていて、あの発言を聞く限りは私と同じ
「ふふふ!やはりレースのない日はこういう場所ですね!」
立ち位置的に私が彼女の後ろにいるので、まだ気づかれていないだろうから今すぐこの場を立ち去るべきだろう。いと尊きウマ娘を推す同志だからこそ分かるが、推す姿を他人にはあまり見られたくないのは私も同じだ。
早急にここを離れて別の所から眺めようかと思ったが、ふと足元に目がいった。落ちていたのはこれまた可愛らしいハンカチ、色合いと人の無さを見るに多分彼女のなんだろうけど……声掛けづらいなぁ。
(まぁ、渡すだけだもんね。サッと行ってサッと帰ってくれば問題ない…はず)
そうと決まれば即行動、私は彼女へと近づく。1歩、2歩と歩いていくにつれて少しづつだが緊張してきた。実を言うとプライベートで同志に会うのは初めてなのだ。
私だってアニ〇イトなりコ〇ケなどのイベントには足を運んだことはあるが、それあくまで“私と同じ人”がいるという感覚だった。実際に話をするとなるとここまで緊張するのか…。
覚悟を決める。小さくすぅ…と息を吸って心を落ち着かせる。よしっ!
「あの〜、これってあなたのですよね?」
「へっ?あっ…ッ!?」
…今、目の前で起こったことを説明しよう。まず、私が声をかけると同時に困惑気味な彼女が振り返った。そして、私の手元にあるハンカチが自分の物だと彼女が気づいた。
最後に……そのハンカチを拾ってくれたのがウマ娘だと理解した彼女は、『バックジャンプをしながらスライディング土下座』を決めていた。
何を言っているか分からないが、私も何が起きたか瞬時に理解できなかった。まさに神業の領域にある技だ。そして次に飛び出してきた言葉が…
「ももも申し訳ございません!私のせいであなたにご迷惑ぉ!」
「えぇ!?」
謝罪だった。いや、ここまで仰々しく謝られるとは思ってなかったから一瞬思考が止まって反射的に驚いた反応を返してしまったが、驚いてる私を置き去りにして彼女は止まらない。
「ウマ娘ちゃんの貴重な時間を割いてしまい本当にごめんなさい!不肖このデジたん、穴があったら入りたい気分です!」
「え、えっと…」
「何か私にできることはあるでしょうか!せめてもの謝罪で何でもやりますので…」
「ちょっと!」
つい大声で叫んでしまった。土下座をしたまま顔をあげない彼女は一瞬ビクッと身を震わせたが、まるで体勢を崩さなかった。そこで私も一旦冷静になり(やってしまった…)と思いながらも言葉を口にする。
「怒鳴ってしまってごめんなさい。あの…あなたにこれを届けに来たんです」
そこでようやく彼女は顔を上げた。その顔には不安や罪悪感の表情が見て取れたが、恐る恐る私の手の中にあるハンカチを取った。
「こちらこそごめんなさい。謝るにしても限度というものがありましたね…」
大事にハンカチをしまう彼女はどこかバツの悪そうな顔していた。
「ま、まぁその事は水に流しましょう…。気にしすぎても意味ないですしね」
「そ、そうですか…ありがとうこざいます。あっ、私の名前はアグネスデジタルって言います!どうぞアグネスやデジたんと呼んでください!」
「では、デジたんと呼ばせてもらいますね。私の名前はレイゴウノルンです。“レイ”でも“ノルン”でも好きな方で呼んでください」
「で、では…ノルンちゃんと呼びます。なんだか不思議ですね…あなたとは私と近いものが感じられます」
随分と和やかな雰囲気になった。ファーストコンタクトの滑り出しは悪かったが、いい方向でデジたんとの事態が着地してよかった。
ふぅ…何とか上手くいって良かったぁ。ちょっと落ち着いたらだいぶ余裕が出来たな…あっ
「デジたん、さっきの土下座で顔で汚れてるよ?」
「えっ、本当ですか?どこが汚れて…」
「大丈夫、私が拭いてあげるから」
彼女の顔に手を添えて少し汚れていた頬を指で触れた。よし、土埃程度だったからすぐに取ることが出来たな。あぁ…やっぱりこうやって見るとデジたんってこう見るとかなりかわいい…
「かひゅっ…」
呼吸がかすれる音共にデジたんがこっちに寄りかかってきた。急な事だったので、デジたんを抱えることはできたが受け止めきれずに尻もちを着いてしまった。
「あれ?おーいデジたん?」
揺すっても呼びかけても何の反応も起こさないデジたん。一体どうしたのか?と思いながら彼女を抱き上げてみると実に満足気な表情で眠っていた。
とどのつまり…“尊さのあまり気絶した”のである。
読んでいただきありがとうこざいます!
今回は前編、後編の2話構成で続けていきたいと思っています。次の更新では物語の進行をガッツリ予定なので楽しみに待っててくださいね!
登場している人物の雰囲気とかについては間違っていたらすみません。自分なりに考えながらやっているので、更新しながら少しずつ修正していこうと思います。
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