「よし!」
キュッと首元のリボンを結ぶ。先日届いたトレセン学園の制服を身にまとって階段を降りていくと、そこにはお母さんとお父さんがいた。
「頑張ってこい。お父さんは応援してるぞ!」
「あなたなら出来るわよ。胸張って行ってきなさい」
「うん!行ってきます!」
家の玄関の取っ手を握って下に下ろすと、朝の太陽が眩しく流れ込む。後ろから見送ってくれる両親にもう一度手を振ってすから、トレセンへの道のりへ一歩踏み出した。
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「それでどうかな?トレセンに来た感想は?」
「……気が休まらない所ですねぇ」
トレセンに来て半日が経った今、私は学園生活に疲れていた。その返答にルドルフは苦笑いを、エアグルーヴは深いため息を吐いた。
いや、いい所なんだよ?立地もいいし、施設やコースの状態も良好だから本当にウマ娘のためって感じの学園だよ?でもね…
「始業式から視線が絶えないんですけど…」
「まぁ、君は注目の的だからね。なんせ特別スカウト入学なんだから、目線を集めてしまうのも無理ないさ」
「そう…なんですけどねぇ」
ルドルフさんの言っていることは十分に理解している…と言うよりかは理解させられたと言うべきか。
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事の発端は遡ること数時間前の話である。
学園に来てたづなさんからある程度、学園内の施設やらなんやらを始業式までに案内してもらうまでは普通だったんだけどね?いざ体育館に集まってみればジロジロと視線が刺さるのよ。
最初はちょっとだけ困惑したけど、すぐに切り替えて無視することにした。だって、オドオドしてても何も変わらないじゃん?なら無視した方が得策だなって考えたわけ。
それでも式が始まってからも突き刺さる視線に、ちょっと違和感を覚えてある人物が頭の中に浮かび上がった。
私が入ることになったのをいちいち他のウマ娘に通達するほどのことではないし、入学式でもそういう紹介枠は取っていない。
ということは、事前にどこからか私の情報が漏れたという選択しか残っていない。しかも、学園内で私のことを知っているのは極小数……なら、流した張本人は嫌でもわかるよなぁ?
「……で?やっぱりお前が流したのか?」
『うん、そうだよ?』
始業式を終えて即効でその場から離れた私は、手に持ってるウマホを握り潰してしまいそうになった。なんでこんなに淡々と答えてんだろうか…こいつ。
「アステル……やっぱりお前のことは嫌いだ」
『ハハハッ!随分とはっきり言ってくれるね!けど、レースと好感度は関係ないからね!今度は私が叩き潰してあげるよ』
「やっぱりお前この前のこと根に持ってるな?」
『まさか。私がジュースの件なんて根に持ってると思う?』
「うん、すごく持ってそう」
少なくとも、私の話を拡散することは前々から計画を練っていそうだ。だってそういうやつだもん…人をからかうことが好きなのはもう前世からなので、私も半ば諦めはついてるけど、
『まぁ、この話の続きはゆっくりしようよ。今日は時間もあるしね』
「あー、その事なんだけど…」
『何?もしかしてこれから忙しいのかな?』
「いや、そういう訳じゃないんだけど…。私って学園を全く知らないじゃん?だから、理事長が手配してくれた案内の人が1人いる訳で」
『……』
通話越しのアステルの声が固まったけど、多分あいつの顔は青ざめてるはずだ。何せ私が言った言葉をちゃんと考えて理解すれば分かるはずだ…私の後ろにいる物凄い圧を放つ『たづなさん』に…。
「時間がなくなりそうだ…お前の」
ブッ!ツー…ツー…
即効で電話を切られちゃったけど、逃げるつもりなんだろうなぁ。あのアステルがここまで恐れるなんて……たづなさんってどんだけ怖いんだよ。
「…ノルンさん。今から単独行動になってしまいますけど、いいですか?」
「後は学生寮くらいですから別に問題は無いんですけど……あいつはどうなるんです?」
「さぁ?何の罰を受けるかは私と東条トレーナー次第なので」
アステルがもう逃げてるのにこの余裕…まじで何者なんだこの人…。とりあえず、ろくな目に遭わないことは確定してるから無事だけは祈っとくよ…アーメン。
「それでは詳細はこのパンフレットに。ノルンさんの寮はこの『栗東寮』なので、間違えないようにお願いしますね」
そう言い残してたづなさんは帰って行った。さて、捕まるまでに何時間…いや、下手したら数十分で捕まりそうだな。
まぁ、アステルのことは捨ておいて……まだ時間が余ってるけど学園内は大体案内してもらったし、一度寮の方に行って寮長に挨拶だけでもするか。
「おい、そこの芦毛のやつ」
不意に呼ばれたせいで耳と尻尾がピンと立ってしまった。さっきからジロジロ見られてたせいで敏感になっていたからか、普段よりも余計に驚いた。
あぁ…どうしようどうしよう。今冷静に考えればここにいるのってウマ娘達ばっかりだもんね。くっ…今すぐシャッターを切りたくて人差し指が疼いてる。
一種の発作に近い指の震えを抑えるために、まずは大きく深呼吸して緊張をほぐす。よし!これで準備万端!
「大丈夫か?あー…えっと…レイゴウノルンだったか?」
あーダメだこりゃ。こんなイケメンウマ娘が目の前にいるなんて耐えられるわけないでしょ…。美しい黒い髪、獲物を狙うような鋭い目、こんなに似合うのはナリタブライアンだからだろうなぁ。一瞬見ただけでは普通のイケメンと見間違えそうになったわ。
「あっはいぃ…私がレイゴウノルンでしゅ…」
「ほんとに大丈夫なのか…?まぁいい、生徒会長様が呼んでたから生徒会室に来てくれとのことだ。……場所は分かるか?」
「えっと…このパンフレット見れば多分行けると思います。お手数をお掛けしました」
「あ〜、いや待て…やっぱり私が案内する。急いでる訳でもないし、迷子になられたら困るからな」
無愛想な言い方だが……もしかしてこれって私を心配してくれてるのかな?ま、まさかのギャップですか!?ちょっとデジたんに即座に共有したい萌えなんですけど!
「ほら、ついてこい」って言ってるけど…ほんとに案内されていいのだろうか?ブライアンさんだって生徒会としての仕事があるわけだし、私だけに時間を割いてもらうのは少し気が引けてしまうな。
「あの〜やっぱり私は1人で…」
「気にするな。仕事の一環でエアグルーヴからも頼まれてる事だし、私も……いや、なんでもない忘れてくれ」
スタスタと先頭を歩いていくブライアンさん…なんかさっきより雰囲気柔らかくなってないかな?仕草や動作は変わってないけど、なんだか嬉しそうだ。
パンフレット見ながらだとそれなりに時間がかかってしまいそうだし……ここはお言葉に甘えて案内してもらおうかな。
そうして、ブライアンさんの後ろをついて行くこと数分程で生徒会室に着いた。生徒会の人なのかは分からないが、ブライアンさんはノック無しで扉を開いた。
「おい、連れてきてやったぞ」
「ん?ああ、連れてきてくれたのか。忙しい時に頼みを聞いてもらってすまないな、ブライアン」
「それはそうと、入る時くらいノックの一つくらいしたらどうなんだ!」
「うるさい。連れてきてやったんだからそれで十分だろ」
生徒会室に入ると、そこには前に見たウマ娘が二人いた。シンボリルドルフとエアグルーヴ…現トレセン学園を支える生徒会長と副会長だ。
ただなんというか…いつもテレビ越しで見ていた彼女たちとは随分と印象が違うな。ブツブツと小言で怒るエアグルーヴさんと知らぬ顔で受け流すブライアンさん、その様子を見ながら微笑んでるルドルフさん。
こうしてみればただの仲良し3人組にも見えなくもないな。しかしながら、ここにカメラを持ってきていないのが悔やまれるッ!何故カメラを置いてきてしまったんだ!過去の私ぃ!
「用は済んだからな。私は戻るぞ」
「おい、待て!まだ話の途中だぞ!」
「まぁまぁ、落ち着こうじゃないかエアグルーヴ。その話をするとしても後にしないか?彼女を待たせてしまってるし」
「す、すみません。つい熱くなってしまい…」
「ブライアンもブライアンで少し対応が悪い。その性格を否定する訳じゃないが、もう少し柔らかくなった方がいいぞ」
「まぁ、覚えておくよ」
ブライアンさんはそのまま振り返ることなくドアを開けて外へ出ていった。ギスギスしてるように見えるが、これが普通なのかルドルフさん達の切り替えは早かった。
「すまない。呼び出しておいて待たせてしまったな」
「あっ、いえ。眺めてるだけでもがんぷ…(ゲフンゲフン)こちらは気にしてないので、それで用件とは?」
「ま、まぁ立ち話もなんだし座らないか?我々も少し休憩しようか、エアグルーヴ」
ルドルフさんに言われて対面になるようにソファーへ座る。あっ、すっごいモフモフだ。この素材いいなぁ…寝る時に使えれば快眠できそうなんだけど。
はっ!ダメだダメだ…今はそんなことを考えてる場合じゃない。そもそも私を呼ぶほどの用件とは一体なんだろうか?出来ればただの話で終わって欲しい……本音を言うと、初日から目立ってるんだからこれ以上悪目立ちしたくない!
「さて、晴れてトレセンに入学した訳だが…それでどうかな?トレセンに来た感想は?」
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そして、今に戻る。私が座っているソファーの対面にルドルフさんとエアグルーヴさんが座って、話をしている。
私は現在、入学初日にできてしまった悩み事を相談しながらも、目の前の光景を脳のハードディスク内に永久保存することを忘れない。
「アステルリーチを下したのなら当然の結果では?」
「エアグルーヴはあまり気にかけてなかったと思うが、あの件については私と理事長の指示で誰も口外しなかったはずだぞ?一体どこから……」
「あっ、それってアステル本人が流したみたいですよ?」
「ほぅ?」
あっ、やっべ…エアグルーヴさんの耳がなんかすっごい反応してるんですけど。悪いなアステル…もう一人追加で送ったけど既に2人いるんだし、あんまり変わんないよね?
ルドルフさんもエアグルーヴさんに気づいたみたいだけど、知らんふりを決め込んでいる。流石の生徒会長も頭が上がらない存在か。とりあえず、これ以上掘り下げられないように話題を変えないと…。
「えっと、それで私が呼ばれた用件って…」
「あ、ああ!実は折り入って君に伝えたいことがある。実は君と相性の良さそうなトレーナーを見繕ってね。明日にでも見に行ければと」
「そうですか……でも、トレーナーがつくのはお披露目レースでスカウトされてからじゃないんですか?」
「そこは心配しなくてもいい。おハナさんが直々に紹介してるみたいだから、相手のトレーナーにも話は通ってるよ。欲を言えば“リギル”に来て欲しかったが、『あの子の才能は私じゃ引き出せない』と言われれば諦めるしかないよ」
あれぇ?なんでこんなに高待遇なんですか?ルドルフさんは少なくとも本気で残念がっているようだし……いや、なんでエアグルーヴさんも同意するように頷いてるんですか?
確かに現役GIウマ娘に勝ったことは事実だけど、一戦だけですよ?アステルってそんなに有名なウマ娘だったのか?テレビ見てないからあんましわかってないけど。
「まぁ、会長が仰られた通りだ。少々癖のある所にはなるが、君ならば上手くやって行けるだろう」
「わざわざ私のためにありがとうございます。東条トレーナーにもまた改めてご挨拶に伺うと伝えておいてください」
ほんと頭が上がらない。こんな一個人のためにこんなに良くしてくれるなんて……。この人達の期待に応えられるように頑張らないと行けないな、これは。
そんなことを思っていると、不意にエアグルーヴさんのウマホが揺れた。画面を開いて中身を確認すると、呆れたように肩を落とした。
「会長、たづなさんからアステルリーチの捕獲連絡が来ました」
「そうか、恐らくさっきの件だろう。レイゴウノルン、すまないが今から少し忙しくなりそうだが、寮までは一人で行けるかい?」
「も、問題ないです!それくらいは会長が心配されるほどのことでは無いので!」
「そうか、それなら良かった。また暇な時はここに来るといい、少し君とは個人的に話したいことがいくつもあるからね」
「ウッ…は、はい!また時間が空いたら来ます!」
“個人的”な部分で一瞬心臓が止まりかけたけど何とかとどまった。倒れる前に退散しよう……このままだとぶっ倒れる自信しかない。後でアステルがグチグチ言ってきそうだが、あいつが原因だからスルーしておこう。
こうして、慌ただしいトレセンの第1日が終わった。一日でこんなにも濃密なのにこれが今から3年間続くのか……私の身、持つかな?
何はともあれ、こうして無事に入学できたわけだし、これからはレースの事を考えないと。まっ、そこはトレーナーさんと要相談ってことで今は学園を楽しまないとな。……無論、我が個人的趣味の楽しみだか?
読んでいただきありがとうございます!
え〜、言い訳は致しません。ゼル伝にどハマりしてました…(ほんとにそれだけか?)…ウマ娘イベ回したり、検定勉強したり、シンウルトラマン見に行ったり、コードギアス見直したり、推し活にハマったりしてました。
まじですんません…。
これは不定期投稿になるので、こういうことが度々怒ると思うんですけど、許して?
次はできるだけ早くします…………多分
追記:タイトルの最後にある『…』はノルンの気持ちだと思って、皆さんが意味を読み取ってください
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