多民族いる異世界に3兄弟の特殊作戦群が来た   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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どの民族もそれぞれ他の民族より偉いと思っている。これが愛国心を生み、戦争をも引き起こす。

デール・ブレッケンリッジ・カーネギー


第4話 サンダーボルト

村近くの森林。

 

仁「……」

 

照準器の向こうで、枝が揺れていた。

 

街道には、まだ誰もいない。

 

仁が一度目を離し、木々の間を確かめた時だった。

 

道の曲がり角から、赤いものが現れた。

 

旗。

 

その下に、槍の穂先が続く。

 

仁は再び頬を銃床へ寄せた。

 

赤い十字を染め抜いた軍旗だった。

 

村にいた兵たちと、同じもの。

 

馬上の者が坂を下り、その後ろから歩兵が現れる。先頭が木立の陰へ入っても、列はまだ途切れなかった。

 

仁「……おいおい。朝から団体様かよ」

 

声から、笑みが消えた。

 

胸元の送信スイッチを押す。

 

仁「こちら仁。村へ向かう武装部隊を発見。見えてるだけで、五百はいる」

 

龍『五百か。進路は』

 

仁「街道沿いに、こっち。旗も装備も、村の連中と同じだ」

 

龍『村人は混じっているか』

 

仁「今のところ、見えない。……待て」

 

列の脇に、武器を持たない兵がいた。

 

泥だらけの男が、馬上の者へ何かを訴えている。

 

村から逃げた兵らしかった。

 

馬上の男が、こちらの森を見た。

 

仁「敗走兵が合流した。本隊の可能性が高い」

 

龍『了解。距離は』

 

仁「こっちから、およそ一・七キロ。後ろはまだ続いてる」

 

龍の返事が、少し途切れた。

 

仁は旗の位置を見直す。

 

仁「龍兄さん。火力支援を要求する。俺一人の持ち物じゃ、全部は止められねぇ」

 

龍『確認した。203を使う準備に入る。ただ、すぐには撃てん』

 

仁「分かってる。こっちで少し、時間を作る」

 

龍『指揮を執っている者を見極めろ。無理に撃ち続けるな』

 

仁「了」

 

通信を切った。

 

重いM82A1の向こうで、男が腕を上げた。

 

周囲の兵が、その手の示す方へ顔を向ける。

 

仁は、その動きを見ていた。

エルフ村の広場。

 

龍が通信機から手を離すと、剣が路地から戻ってきた。

 

剣「兄者。別の小屋にも、捕まっている人がいます」

 

龍「何人だ」

 

剣「四人。村の人じゃなくて、騎士らしいです」

 

案内してきた村の男が頷いた。

 

「兵は、あの方々だけ別にしていました。武具も、隣へ運び込んで……」

 

龍は広場を見回した。

 

少女は、先ほどの女と一緒に建物の中にいる。

 

ジグと降伏兵を入れた物置も、閉まったままだった。

 

龍は動ける村人に、戸を開けずに見ていてくれるよう頼んだ。

 

龍「変わったことがあれば呼んでくれ。中の者と争う必要はない」

 

男が頷く。

 

龍は剣へ向き直った。

 

龍「先に出す。案内してくれ」

村の端に、小さな石造りの小屋があった。

 

外には、槍が二本落ちている。

 

見張りは逃げた後だった。

 

剣が扉を叩いた。

 

剣「中にいる方。開けます。少し離れてください」

 

返事の代わりに、鎖が鳴った。

 

戸を開くと、四人の女がこちらを見た。

 

長い耳。

 

汚れた衣服と、手足の枷。

 

黒い短髪の女が、奥から身を起こした。

 

その前へ、金髪の女が身体を入れる。

 

「……今度は、何だ」

 

龍「外へ出す。枷を外してもいいか」

 

「人間が、何を――」

 

「シルビエッタ」

 

奥の女が呼んだ。

 

金髪の女は口を閉じたが、脇へは退かなかった。

 

剣が鍵の束を見せる。

 

剣「帝国の兵は追い払いました。村の人たちも、外へ出ています」

 

四人の目が動いた。

 

信じた顔ではなかった。

 

それでも、黒髪の女は手を差し出した。

 

「……お願いします」

 

剣がしゃがみ、錠へ鍵を合わせる。

 

カチッ。

 

手首から鉄が外れた。

 

女は赤く擦れた肌を見てから、剣へ目を上げた。

 

残る三人も、少しずつ腕を出した。

 

最後の枷を外した時、外から村人の呼び合う声が聞こえた。

 

四人の顔が、そちらを向いた。

小屋の隣には、没収された武具が積まれていた。

 

剣が持ち出すと、女たちの手が伸びた。

 

軽装の鎧。

 

剣と鞘。

 

失ったものを確かめるように、彼女たちは一つずつ身につけた。

 

龍は道を空け、外へ出た。

 

そこで、背後の音が変わった。

 

シャキン……。

 

振り返る。

 

三人が、剣を抜いていた。

 

一人が前へ出る。

 

残る二人も、左右へ広がった。

 

龍「……何のつもりだ」

 

金髪の女が、剣先を向ける。

 

「それは、こちらの台詞だ。何の目的で助けた。人間」

 

龍は小銃を下へ向けたまま、三人を見た。

 

龍「閉じ込められていたから出した。それでは足りないか」

 

「ふざけるな。見返りもなく、我々を助けるはずがない!」

 

別の女が、仲間の肩越しに声を上げた。

 

「シルビエッタ様。やはり、何か裏が――」

 

シルビエッタ「ニーズ、離れるな。ジーズも、そちらを見ていろ」

 

龍の目が、三人の間を動く。

 

剣は小屋の入口にいた。

 

彼も銃を向けず、こちらを見ている。

 

龍「落ち着いてくれ。話なら聞く」

 

シルビエッタ「黙れ、サルめが。貴様らのせいで、何人の仲間が――」

 

龍「俺たちは、ここへ来たばかりだ」

 

「人間は、皆そう言う!」

 

剣先が近づいた。

 

龍は腰を落とした。

 

小銃をスリングへ預け、腰の警棒を抜く。

 

三人の肩が動いた。

 

ニーズ「やはり、武器を――」

 

「三人とも。何をしているの」

 

黒髪の女の声だった。

 

龍が、そちらへ僅かに目を動かす。

 

ニーズの足が、土を蹴った。

 

ニーズ「余所見を――!」

 

刃が横へ走る。

 

龍は身を引かず、踏み込んだ。

 

ニーズの目が見開かれる。

 

次の瞬間、二人の身体が重なり、彼女の足が地面を離れた。

 

ドサッ!

 

背中が土を打つ。

 

龍はその腕を押さえ、喉元へ警棒を止めた。

 

ニーズ「……っ!」

 

ジーズが動きかける。

 

「やめなさい!」

 

今度の声で、足が止まった。

 

黒髪の女が、三人の間へ入る。

 

「剣を収めなさい。今すぐに」

 

シルビエッタ「ですが、フィオナ様――」

 

「先に刃を向けたのは、誰です」

 

返事がなかった。

 

フィオナは、倒れているニーズを見た。

 

それから、龍へ顔を向ける。

 

フィオナ「……部下が、失礼をしました」

 

龍は彼女を見上げた。

 

フィオナ「私たちを解放してくださった方に、このような振る舞いを。申し訳ありません」

 

ニーズの腕が、まだ龍の手の中で強張っていた。

 

フィオナ「皆、人間の兵に仲間を奪われました。捕らえられてからも……誰かが近づくたびに、次は何をされるのかと」

 

一度、言葉を切る。

 

フィオナ「警戒するなとは、私にも言えません。ですが、あなたを斬ってよい理由にはなりません」

 

龍は、三人を見た。

 

シルビエッタが、ゆっくり剣先を下げた。

 

ジーズも、それに続く。

 

フィオナ「どうか、その子を放していただけませんか」

 

龍「……分かった」

 

警棒を離し、腕の押さえを緩める。

 

ニーズが身体を起こした。

 

龍は手を差し出した。

 

その手が、払われた。

 

パシッ。

 

剣が眉を動かす。

 

龍は何も言わず、手を下ろした。

 

ニーズは自分で立ち、服についた土を払った。

 

フィオナ「ニーズ」

 

龍「いい。立てるなら、それでいい」

 

警棒を戻す。

 

フィオナが、もう一度頭を下げた。

 

フィオナ「村を解放していただいたことも、感謝します。私は、フィオナ・ル・オーサーと申します」

 

龍「陸上自衛隊所属、金森龍。陸曹長だ」

 

差し出された手を、今度はフィオナが取った。

 

その後ろで、三人はまだ龍を見ていた。

森林の縁。

 

仁は、馬上の男を見ていた。

 

男の合図で、歩兵が街道の左右へ広がり始める。

 

村から逃げてきた兵が、何度も森を指していた。

 

仁「……ちゃんと話を聞く奴も、いるわけだ」

 

吐いた息が、頬の脇を通った。

 

ダァンッ!

 

馬上の男が傾いた。

 

上げていた腕が落ち、鞍から身体がずれる。

 

後ろの騎兵が手綱を引いた。

 

止まった馬へ、歩兵がぶつかる。

 

遅れて銃声が届いた。

 

兵たちの顔が、一斉に上がった。

 

仁は、引き金から指を離した。

 

逃げる者は、まだいない。

 

盾を上げる者。

 

倒れた男へ駆け寄る者。

 

別の騎兵が列の前へ出て、声を張っている。

 

仁は、その姿を追った。

エルフ村中央。

 

フィオナ「リクジョウジエイタイ……聞いたことのない組織です」

 

握っていた手が離れる。

 

彼女の目が、龍の装備へ向いた。

 

鎧とは違う、厚みのある服。

 

胸に並ぶ袋。

 

腰の小さな道具と、肩から提げた黒い筒。

 

フィオナ「あなた方は、どちらの国の方なのですか」

 

龍「日本だ。ジャパンともいう」

 

フィオナは、その名を繰り返した。

 

首が、僅かに傾く。

 

フィオナ「……申し訳ありません。存じません」

 

龍「そうか」

 

既に少女から、この国の名前は聞いている。

 

日本との通信も、位置情報も戻らない。

 

それでも、ほかに知る者がいればと思っていた。

 

龍は短く息を吐いた。

 

剣「兄者」

 

龍「ああ。分かってる」

 

それだけで、剣は頷いた。

 

フィオナが二人を見比べる。

 

龍「こいつは、金森剣。一等陸曹。俺の弟だ」

 

剣「どもども。改めまして」

 

口元の布を少し下げ、軽く頭を下げる。

 

フィオナも姿勢を整え、丁寧に礼を返した。

 

剣の目が、少し丸くなった。

 

剣「おぉ……貴族みたいなお辞儀」

 

龍「口に出すな」

 

剣「すみません。つい」

 

フィオナが困ったように、口元を緩めた。

 

その横で、シルビエッタは笑わなかった。

 

道の先から、村の男が駆けてくる。

 

先ほど剣を案内した者だった。

 

シルビエッタが近づき、低い声で話を聞く。

 

やがて、フィオナの耳元へ顔を寄せた。

 

シルビエッタ「村の見張りが、街道の旗を見たと。数が……」

 

フィオナの表情が変わった。

 

フィオナ「龍さん。少し、よろしいでしょうか」

 

同時に、胸元から声がした。

 

仁『こちら仁。前衛の動きが変わった』

 

三人の騎士が、龍を見た。

 

男の姿は、どこにもない。

 

仁『先頭の指揮を執ってた奴は倒した。ただ、別の奴が兵を広げてる。足は遅くなったが、止まりきってねぇ』

 

龍「了解。本陣は」

 

仁『奥の旗の周り。指揮官と伝令が集まってる。そっちから命令を出してるらしい』

 

龍は剣を見た。

 

弟の顔から、先ほどの笑みが消えていた。

 

仁『兄さん。火力は、まだかかる?』

 

龍「要請を受理する。こちらも人手を確保する。位置を知らせろ」

 

仁の声が、目印を一つずつ伝えた。

 

街道の分岐。

 

木立の切れ目。

 

旗のある場所。

 

龍は書き留め、剣へ渡した。

 

龍「前へ出るな。敵の動きを見ていてくれ」

 

仁『了。早めに頼む』

 

通信が切れた。

 

フィオナの視線は、龍の胸元に残っていた。

 

フィオナ「……今のは」

 

龍「仲間だ。村の外で、街道を監視している」

 

フィオナ「その方が、報告に来たところを見ていませんが」

 

龍は通信機を示した。

 

龍「これで声をやり取りできる。離れていても、話せるんだ」

 

フィオナは、小さな機械を見つめた。

 

龍「三人目の兄弟が、外にいる。仁という」

 

ジーズが、街道の方を見た。

 

ここから先の森は、家屋に隠れて見えなかった。

 

ジーズ「……一人で、あの軍勢を?」

 

龍「全部を倒させるつもりはない。時間を作ってもらってる」

 

フィオナ「私たちに、できることはありますか」

 

龍が顔を戻した。

 

少し離れたところで、ニーズもこちらを聞いている。

 

龍「ある。だが、立っているだけでつらい者には頼めん」

 

フィオナ「私は動けます」

 

部下三人へ向き直る。

 

誰も、座ろうとはしなかった。

 

龍「なら、手を借りたい。俺たち二人では、足りない」

 

剣「兄者。203は、入口の空き地へ出します。広場だと、家が近い」

 

龍「ああ。操作資料も出しておけ」

 

剣「了解」

 

剣が駆け出した。

 

その先に、長い砲身が見える。

 

フィオナの目が、屋根の上へ伸びる鉄の筒を追った。

 

フィオナ「あれを、使うのですか」

 

龍「遠くの敵を撃つ武器だ。外の仁が、敵のいる場所を知らせてくれる」

 

シルビエッタ「それで、軍を止めると?」

 

龍「そのつもりだ」

 

シルビエッタは、砲身と龍を見比べた。

 

シルビエッタ「……何を、させる」

 

龍「物を運ぶ手伝いと、周りを空ける仕事だ。扱い方を知らないものには、勝手に触れないでくれ」

 

フィオナが頷いた。

 

フィオナ「私から、皆へ伝えます」

街道。

 

「止まるな! 間を空けろ!」

 

騎兵の声が響いていた。

 

倒れた隊長の代わりに、男は兵を動かそうとしていた。

 

雷のような音が、また来るかもしれない。

 

だからこそ、一か所に固まっていてはならない。

 

「森の中を見ろ! 弓兵を――」

 

ダァンッ!

 

言葉の途中で、男の身体が鞍へ伏せた。

 

剣が地面へ落ちる。

 

前にいた兵が、反射的に盾へ隠れた。

 

別の者が、道端へ飛び込んだ。

 

本陣から来た伝令が、足を止める。

 

誰に命令を渡せばいいのか、分からなくなっていた。

森林の縁。

 

仁は、二発目の空薬莢を傍らに見た。

 

奥では、まだ旗が動いている。

 

その下へ、馬を寄せる者がいた。

 

盾を並べる護衛。

 

報告を聞く指揮官。

 

伝令は本陣へ戻り、また前へ走ろうとしている。

 

仁「……そっちは、まだ元気だな」

 

胸元のスイッチを押した。

 

仁「こちら仁。前衛は混乱中。本陣に指示を求める兵が集まってる。位置は変わってない」

 

龍『了解。準備を続けている』

 

仁「了」

 

兵が一人、森の方へ目を向けた。

 

仁は動かなかった。

 

照準器の向こうで、その男は盾を上げ、後ずさって列へ戻った。

村の入口。

 

キュラキュラキュラ……。

 

203㎜自走りゅう弾砲が広場を離れ、家屋の途切れた空き地へ出た。

 

フィオナたちは、その後ろを歩いていた。

 

間近で見ると、鉄の塊はさらに大きかった。

 

馬もいない。

 

牛もいない。

 

それでも、地面へ重い跡を残しながら進んでいく。

 

ニーズは黙って、それを見ていた。

 

停まると、剣が操縦区画から降りた。

 

剣「動ける男の人にも、手伝ってもらえると助かります」

 

「……私が」

 

村人が一人、進み出た。

 

入口の石垣にいた三人のうちの、一人だった。

 

その隣へ、別の男も並ぶ。

 

龍は二人の腕と足を確かめた。

 

龍「無理はしなくていい。痛むなら、途中でも言ってくれ」

 

男たちが頷く。

 

フィオナが部下へ向き直った。

 

フィオナ「シルビエッタ。村の方々と、運ぶものを確かめて。ニーズとジーズは、剣さんについて」

 

ニーズ「……この人間の、指図を?」

 

フィオナ「村を守るための仕事です」

 

ニーズは、フィオナを見た。

 

その視線が、村の奥へ動く。

 

戸口で、女が子供を抱いている。

 

ニーズは唇を結び、剣の方へ歩いた。

 

剣「お願いします。まず、こっちから」

 

示された回収品に、彼女が手を掛ける。

 

持ち上げようとして、腕が止まった。

 

剣も反対側へ回る。

 

剣「重いですよね。二人で」

 

ニーズ「……分かっている」

 

短く答え、握り直す。

 

二人が同時に動くと、荷が地面を離れた。

 

少し先で、ジーズが道を空けた。

 

龍は砲の傍らへ上がった。

 

開いた操作資料を、手元の機構と照らす。

 

剣も戻ってきて、確認に加わった。

 

二人とも、特科で勤務した経験はある。

 

それでも、回収した古い砲を、記憶だけで扱おうとはしなかった。

 

剣「……昔の持ち場に戻ったみたいですね」

 

龍「懐かしむのは、終わってからにしろ」

 

剣「はい」

 

フィオナが下から声を掛けた。

 

フィオナ「次は、何を運べば」

 

龍が示す。

 

彼女は一度その物を確かめてから、村の男たちへ声を掛けた。

 

誰がどちらを持つか。

 

どこを通るか。

 

指示が短くなるにつれ、三人の騎士の返事も揃い始めた。

 

龍は、彼女の声を聞きながら通信機を取った。

 

龍「仁。位置をもう一度」

 

返ってきた報告を、手元の見取図へ重ねる。

 

仁が距離計で確かめた数値。

 

偵察ドローンの映像に映る、街道と木立。

 

日本で使っていた位置情報は、戻っていない。

 

龍は道の曲がり方を確かめ、剣にも照合させた。

 

その間にも、必要な物が運び込まれる。

 

砲弾を運ぶ作業が終わると、シルビエッタは掌を見た。

 

鉄の重さが、まだ指に残っている。

 

シルビエッタ「……あれが、飛ぶのか」

 

剣「ええ」

 

彼女は長い砲身を見た。

 

それから、村の外へ顔を向ける。

 

敵は、ここから見えなかった。

街道。

 

本陣では、男が地図を押さえていた。

 

戻ってきた伝令が、息を乱している。

 

「前衛の隊長が、また……」

 

「分かった。落ち着け」

 

指揮官は顔を上げた。

 

周囲では、護衛が盾を並べていた。

 

誰も、襲ってきた敵を見ていない。

 

それでも、命令を出した者が次々に倒れている。

 

「前衛を下げろ。隊ごとに、こちらでまとめ直す。勝手に村へ入れるな」

 

伝令が頷いた。

 

その男が走り出す前に、別の兵が旗の下へ駆け込んだ。

 

「森を探らせてください。このままでは――」

 

「闇雲に入って、戻ってこられるのか」

 

男の口が止まる。

 

指揮官は地図へ目を落とした。

 

公爵の消息が分からない。

 

先に出した兵も、まとまって帰ってこない。

 

村を目の前にして、戦い方さえ掴めずにいた。

森林の縁。

 

仁は、列の横から出てくる男を見た。

 

男が剣を掲げる。

 

兵たちが、その周りへ寄り始めた。

 

仁「……ああ、そこは待ってくれ」

 

三発目。

 

銃声の後、剣先が消えた。

 

寄りかけた兵が、再び散る。

 

仁は奥の本陣へ目を戻した。

 

報告に戻った者を、護衛が中へ通している。

 

旗の下に集まった者たちは、まだ動かない。

 

仁「こちら仁。前衛の再編を妨害。本陣の位置、変化なし」

 

龍『了解。もうすぐだ』

 

仁「……助かる」

 

軽口は、それだけだった。

村の入口。

 

剣「兄者。こっちは終わりました」

 

龍が顔を上げた。

 

剣の額に、汗が浮いている。

 

手伝っていた村人も、腕を下ろして息を整えていた。

 

龍「分かった。皆を下げろ」

 

剣「了解」

 

剣が地面へ降り、フィオナへ向き直った。

 

剣「ありがとうございました。ここからは、僕らだけでやります」

 

フィオナ「離れた方が、よいのですね」

 

剣「はい。かなり大きな音がします。耳を塞いでください」

 

ニーズが、長い筒を見上げた。

 

フィオナが先に村人を促す。

 

三人の騎士も、その後へ続いた。

 

子供や負傷者は、既に建物の中へ移っている。

 

物置を見ていた者にも、近くの家へ入ってもらった。

 

少女のいた建物で、窓が閉まる。

 

中の女が、少女の耳へ手を添えた。

 

少女は、小さな菓子袋を胸へ抱いた。

 

外では、剣が最後に人影を確かめていた。

 

剣「皆さん、耳を!」

 

フィオナが両手を上げる。

 

シルビエッタも、それに倣った。

 

ニーズは一度、龍を見た。

 

それから、耳を押さえた。

 

龍が通信機へ手を掛ける。

 

龍「仁。準備完了。観測を頼む」

 

仁『了解。本陣、変化なし。見てる』

 

龍は自分の耳の保護具を確かめた。

 

剣が、こちらを見る。

 

龍「撃つぞ」

 

剣「了解」

 

空き地の向こうで、風に草が揺れていた。

 

その景色が、閃光に染まった。

 

ドォォォォォンッ!!!

 

地面から、衝撃が来た。

 

ニーズの肩が跳ねる。

 

長い筒が動き、鉄の塊が震えた。

 

砂が一斉に浮いた。

 

耳を押さえていても、音は胸の内側へ叩きつけられた。

 

ニーズは声を上げた。

 

自分の声が、聞こえなかった。

 

隣でジーズが身体を低くする。

 

シルビエッタも、壁へ手をついた。

 

フィオナは目を開けたまま、白い煙の流れる先を見ていた。

 

あれを、運んだ。

 

自分たちが手伝い、あの筒へ送った。

 

それが今、見えないところへ飛んでいる。

敵本陣。

 

指揮官が、顔を上げた。

 

村の方から、音が来た。

 

今までの雷とは、違った。

 

「……何だ」

 

答えはなかった。

 

護衛の一人が、空を見た。

 

次の瞬間、旗の根元で地面が弾けた。

 

ドガァァァァンッ!!!

 

土と煙が、本陣を呑み込んだ。

 

天幕が裂ける。

 

机が倒れ、地図が吹き上げられた。

 

盾を持つ護衛も、その後ろにいた指揮官も、立っていた場所から消えた。

 

馬が跳ねた。

 

繋がれていた別の馬へぶつかり、悲鳴が重なる。

 

街道にいた兵が、身体を伏せた。

 

何が起きたのか分からず、地面へ両手をついている。

 

顔を上げた時、本陣の旗は見えなかった。

森林の縁。

 

仁「……着弾」

 

照準器の向こうを、土煙が覆っていた。

 

旗が、一本倒れる。

 

その奥から、馬だけが走り出した。

 

仁は送信スイッチを押した。

 

仁「こちら仁。本陣へ命中。土煙で中は見えない。旗が倒れた。周辺の兵が、逃げ始めてる」

 

龍『了解。観測を継続しろ』

 

仁「了」

 

ライフルから顔を離さなかった。

 

まだ立っている兵は多い。

 

街道を埋めていた列も、残っている。

 

だが、その顔は皆、後ろを向いていた。

「本陣が……!」

 

兵の一人が叫んだ。

 

別の者が、旗のあった場所へ駆けた。

 

折れた木。

 

裂けた布。

 

土の中に倒れている、見慣れた鎧。

 

指揮官の名を呼んだ。

 

返事がない。

 

足元で、伝令が片手を伸ばしていた。

 

兵はその手を取り、引き起こそうとした。

 

背後から、声が上がる。

 

「また来るぞ!」

 

兵が振り返った。

 

どこから来るのか。

 

次は、どこへ落ちるのか。

 

何も分からなかった。

 

「下がれ! 下がれ!」

 

誰かが叫んだ。

 

それが命令なのか、悲鳴なのか、確かめる者はいなかった。

 

兵が走る。

 

前衛の者も、その流れを見た。

 

隊長は倒れた。

 

次に命令を出した騎兵も倒れた。

 

指示を求めていた本陣は、土煙に隠れている。

 

「待て! 隊を――」

 

声を上げた男の脇を、味方の馬が駆け抜けた。

 

兵たちが道の外へ飛び退く。

 

盾が捨てられた。

 

槍が倒れ、逃げる者の足へ絡んだ。

 

負傷した仲間を運ぶ者もいた。

 

その横を、何も持たずに走る者もいた。

 

後に帝国軍がまとめた記録では、本陣に集まっていた指揮官、伝令、護衛らの約八割が死傷したとされた。

 

命令を受ける先を失った兵たちを、まとめ直す者は現れなかった。

 

村へ向かっていた軍勢は、来た道を逆に呑み込んでいった。

村の入口。

 

煙が薄れても、ニーズは耳から手を離せなかった。

 

剣が近づき、少し屈む。

 

剣「……大丈夫ですか?」

 

声が、遠かった。

 

ニーズは彼の顔を見た。

 

それから、長い筒を見る。

 

ニーズ「……今のが」

 

剣「はい。一発です」

 

一発。

 

彼女は、その言葉を繰り返さなかった。

 

龍の胸元から、声がした。

 

仁『続報。敵、壊走。隊列になってねぇ。街道を戻ってる』

 

龍「村へ向かう者は」

 

仁『見える範囲にはいない。負傷者を運んでる奴もいる』

 

龍「追わなくていい。警戒を続けろ」

 

仁『了解。……いやぁ、助かったわ。あれ全部を一人で相手にしろって言われたら、さすがに泣くとこだった』

 

剣「仁兄さんが泣くところ、想像できません」

 

仁『あとで見せてやろうか。感動の再会、涙の兄弟』

 

龍「仕事をしろ」

 

仁『はいはい。見てますよ』

 

通信が切れた。

 

剣が小さく笑った。

 

その隣で、フィオナは村を振り返っていた。

 

戸が開く。

 

男が顔を出し、その後ろから女が外を窺った。

 

フィオナ「怪我をした方は? 皆、無事ですか」

 

村人の返事が重なった。

 

彼女は一人ずつ顔を見て、それから三人の部下を確かめた。

 

シルビエッタも、ジーズも立っている。

 

ニーズは剣の隣で、ようやく手を下ろしていた。

 

フィオナが息を吐いた。

 

龍も砲から降り、建物の方へ向かう。

 

少女は、戸口の内側に座っていた。

 

隣の女が、背を撫でている。

 

龍「びっくりしたな」

 

少女は頷いた。

 

目はまだ、村の外へ向いている。

 

「……お兄さんは?」

 

龍は通信機を見た。

 

龍「道を見てる。話すか」

 

小さな顔が、こちらへ戻った。

 

頷く。

 

龍が送信スイッチを押した。

 

龍「仁。あの子が、お前を心配してる」

 

仁『……お嬢ちゃん?』

 

少女が、機械へ顔を近づけた。

 

仁『聞こえるかー。俺は元気だぞ』

 

「……戻って、こないの?」

 

龍が、その言葉を伝えた。

 

少しだけ間が空いた。

 

仁『もうちょっと、道を見てる。飯、先に食っててくれ』

 

少女は、隣の女を見た。

 

女が小さく頷く。

 

奥では、残っていた穀物で粥を煮ていた。

 

仁『俺の分も、取っといてな』

 

少女は、袋を持っていない方の手を開いた。

 

「……うん」

 

龍「粥を炊いてる。お前の分も、頼んでおく」

 

龍が頷き、通信を切った。

 

フィオナは、少し離れたところで、そのやり取りを見ていた。

 

小さな機械から聞こえる人間の声。

 

その声を聞いて、肩の力を抜く子供。

 

背後では、ニーズが俯いている。

 

彼女は何も言わず、地面に置かれた運搬具へ手を伸ばした。

 

ジーズが反対側を持つ。

 

シルビエッタは龍へ近づいた。

 

まだ、笑ってはいなかった。

 

シルビエッタ「……これは、どこへ戻せばいい」

 

龍が顔を向けた。

 

龍「剣に聞いてくれ。助かる」

 

彼女は短く頷き、弟の方へ歩いた。

 

フィオナ「龍さん」

 

龍が向き直る。

 

フィオナ「重ねて、感謝します」

 

龍「こっちも、手を借りた」

 

彼女の目が、砲へ向いた。

 

村からは見えない軍勢を、あれが退けた。

 

それを扱う者たちは、まだここにいる。

 

フィオナ「あなた方のことを、もっと聞かせていただけますか」

 

龍「俺たちも、この土地のことを知りたい」

 

一度、村の外を見る。

 

仁は、まだ戻っていない。

 

龍「まずは、今夜をどこで迎えるか。村の人たちを、どう守るかだ」

 

フィオナは、静かに頷いた。

 

三人の部下を呼ぶ。

 

その声に、今度は三人とも顔を上げた。

森林の縁。

 

街道から、旗が遠ざかっていた。

 

仁は、その向こうを確かめる。

 

後ろから別の軍勢が現れる様子はない。

 

それでも、照準器から目を離さなかった。

 

胸元では、通信機が静かになっている。

 

仁「……粥、か」

 

一度だけ、口元が緩んだ。

 

仁「冷める前に、帰りてぇなぁ」

 

風が、草を揺らした。

 

その向こうで、捨てられた旗が道に伏せていた。

 

仁は再び表情を消し、街道の先を見続けた。




お久です。

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