隣のクラスメイトが世界を斬る剣とか使い出してマジでやばいんですけどっ! 作:レストB
「いいもん。私なんて。私なんて……」
屋上のへりに向かって指で「の」を描き始めた私を見て、星海君は情けなくおろおろするばかりでした。
「えっと。あ、あの、その。ご、ごめんね? な、泣かないで?」
もういいもん。きみが謝ることじゃないし。私が勝手に舞い上がって勘違いしただけだし……。
なあなあのままで隠して付き合わず、嘘を吐かない誠実さを持っているだけ、正しくて、そして残酷ですよね。
いつになく子供の言い訳みたいな顔をしている星海君は、あわあわしながら精一杯取り繕おうとはしています。
一応、努力は認めますが。
「あ、あのね? ちゃんと付き合うってわけには、ね。どうしてもいかないんだけどね。で、でもさっ。ほら! 形じゃなくて、君と一生の付き合いになることは変わらないわけでねっ! もちろん、俺の大切な友達だし! ね!」
「ソーデスネ。大事なお友達ですもんね。力ある者の責任と優しさによって、ですよね」
「うぐ……!」
完璧にKOされ、思い切り凹んでしまった星海君。
「ごめんよ。俺だって。俺だって。身は一つしか……」
ついに私と一緒になって、へりに「の」を描き始めてしまいました。
この子を倒した今、私は最強かもしれませんが、ちっとも嬉しくありません。
ええ。そうですよね。そこに男女の愛はないですもんね。『ただのお友達』、ですもんね……。
星海君。確かにきみはいい子だ。先生も認めます。
でもね。その優しさがね、余計傷付くときだってあるんですよ。ぐすん。
場をどんよりした空気が包みつつあった、そのときでした。
まるで天を裂くようにして、謎の声が響いたのですっ。
『おい、ユウ。何をいきなりめそめそしているんだ。お前は。気になって繋げたぞ』
女の人の声。きみに呼びかけてる!?
「声!? どこから!?」
「え。君にも聞こえてるのか!?」
星海君は、それはもうびっくりしています。どうも本来聞こえてはいけないものみたいです。
「ねえ。これって何なの?」
「念話だよ。心の声で会話するやつって言ったらわかるかい」
「星海君、ナイス説明っ」
それならよくアニメとかで見るやつですね! 私、わかりますっ。
でも、どうして私が?
「俺はできるんだけど、君にはまだ繋げてないはず――そうか、体質か!」
なるほどです。心の会話というのがエスパー的現象だから、私の特殊体質が発動しちゃったみたいですね。
さっそく大活躍。いきなり不思議遭遇ですっ。というか星海君はちゃっかり普通にできるんですね。
当人を放ってこんなやりとりをしているわけですから、さすがに声の主も気付きます。
『ん。もしかして、他に誰かいるのか?』
「はい! ここにいま――もごごっ!?」
いきなり星海君に口を塞がれてしまいました。やっぱりきみって時々大胆ですよねっ。
そのやった人はと言いますと……魚のように口をパクパクして、それはもう冷や汗だらだらになっていました。
間違いなく今日、一番の焦り顔をしています。私の体質を見抜いたときよりも、です。
ものっすごく泣きそうな顔で、星海君は私に懇願してきます。
(まって。お待ち下さい。まず俺に弁解させては頂けないでしょうか)
なんか敬語になってるしっ!
(弁解? ってことは――)
もしかして。
(例のお嫁さんですかぁ!?)
星海君、今にも死にそうな顔でこくこく頷いてます。
ぷっ。ふふっ。
ごめんね。
ふ、吹きそう。人の不幸なのに、超面白いですっ。
彼にはもう、私を咎める余裕もないようでした。まるでこれから処刑台に登る人みたいにふらふらしてます。
(俺……今からあの人にきちんと説明して、お許しを賜らないといけないんだ……)
ですよねー。そうなりますよねー。
一転攻勢。いつものようにいたずらしたい気分が戻ってきた私は、気付けば頬がにやにやと緩んでいました。
ふっふっふ。わっはっは!
やっぱり天罰って下るものなんですね。あ、神様斬っちゃったからですかね? だったら仕方ないですねっ!
そうねえ。さっきねー。きみは悪くないって言ったけど。あれ、やっぱなしです。
ねーえ星海君? 女の子の純情を弄んで泣かせた罪は、とっても、とーっても重いんですよ?
『さっきから何をこそこそしている?』
怒気が混じり始めた天の声――とても気の強そうな感じの人です。もう声だけでわかります。
あーあ、星海君。これは、絶対尻に敷かれてますね。
鬼嫁ってやつですよね~! お姉さん、わくわくしてきましたよっ。
そんな、星海家の力関係が垣間見えてきたところですが。
「ぶふっ!」
ああ、もう、だめ! こんなの耐え切れませんっ!
普段の生活とか想像したら、ますます可笑しくなってきちゃいましたっ!
地上最強の男も、鬼嫁には勝てないっ!
って、あらら。ほしみくーん。そんな縋るような顔で見たって、だーめですよー?
ほらね。気を付けて、逝ってらっしゃい♡
それからの有り様といったら、それはもうひどいものでした。
しどろもどろで、涙目になって今までの経緯を弁解する星海君。黙ってお聞きあそばされる奥様。
ぴりぴりがどんどん増して、ひしひしと伝わってきます。
ほんの少しでも彼が言葉に詰まると、「それで?」と冷たい声で続きを促していきます。
いやあ恐ろしいですね! まったく他人事ですけどねーっ!
そうしてすべてを聞いた奥様は、呆れたように深く溜息を吐きました。
『ユウ……。わたしが何を言いたいか。わかるな?』
肩を小さくして震えるきみに向かって、すーっと溜める息遣いが聞こえてきました。
そして――。
『バカか! おまえはっ!』
ひいいっ!
隣で聞いているだけでも、ものっすごい迫力ですっ。ざまあ。
『まったくいつもいつも。お前ときたら! どれだけ人をたらし込めば気が済むのだ! この大馬鹿者めっ!』
「す、すみませんでしたぁっ!」
うむうむ。そうですぞ星海君。きみはもっと自分の魅力を自覚しなくっちゃダメですよ?
『まだだ。反省が足りん! お前は、昔からそうだ。そうやってどこにいっても、老若男女誰でも構わず優しくして。それはお前のいいところでもあるのだが……いちいち度が過ぎる! ふらふらと人の好意に甘え、どこまでも人を甘やかし……。いつもいつも誰かに好かれて……それで、フラれる立場の子はどうなる!? それにお前のためを想い、遠くで健気に働くわたしの気持ちはどうしてくれるのだ!」
「はい。はい……。本当に、ええ。おっしゃる通りです……」
あまりの始末の悪さからか、星海君はとうとうつらつらと涙を流し、地に手をつけ盛大に頭を下げました。
「誠に、誠に申し訳ございませんでしたぁーーーー!」
あはははは! ほしゅ! ほしっ! あははっ! あの! まって! あの、ほしみくんがっ! 土下座しちゃってるよーーー!
あはははははははっ!
もう、さいっこう! 傍から見たらお嫁さんなんかどこにもいないし、一人芝居みたいになってるのが、余計に面白いですっ! 傑作ですね!
そうだ。写真撮っちゃいましょうか。永久保存版ですっ!
ちゃっかりスマホでぱしゃりとしました、私。にまにまが止まりません。
えへへ。後で星海君にしっかり送りつけてあげましょう。お犬さんの耳でもデコっちゃいましょうか。いいですねっ。
正義の裁きが終わったところで、がっくり項垂れる星海君を尻目に、今度は私に話が向けられました。
『して。アキハさん、だったな? 今、お前だけに話しかけている。聞こえているか?』
一転して、余裕のあるお姉さんのような、優しい声色です。
「はい。聞こえてます。新藤 アキハです。はじめまして!」
『はじめまして。わたしはリルナ。あそこでくたばってる奴の……まあ、正妻だな』
正のところをちょっとだけ強調したのを、私は聞き逃しませんでした。
リルナさんは、呆れたような声で続けます。
『お前もよく知っての通りだ。こいつはな。誰にでも優しくしてしまうのが最大の美徳で、最大の欠点でもある』
「ほんとにそうですね。まったくです」
いつもいつも、当たり前のように優しくして。私の心を揺さぶってくれちゃって。もう。
『事情については概ね理解した。安心しろ。わたしはお前の好きを妨げるようなことはしない』
「え……いいんですか?」
『フフ。こんなことで一々嫉妬していては、あいつの嫁は務まらないからな』
か、かっこいいっ。星海君なんかより、よっぽどかっこいいかもです!
でも、すごいなあ。ほんとに一切、嫉妬なんてしないんですね。
きっと、よほど固い絆で結ばれているのでしょう。
……いいなあ。やっぱり、羨ましいです。
『あんな奴だが、強さと優しさは本物だ。精々頼りにしてやってくれ』
「は、はいっ!」
すごく優しくて、すごくしっかり者のお姉さんで。
私、もう感激して泣きそうですっ!
『それにな』
やや間があって、リルナさんは照れ臭そうに言いました。
『元々、わたしもあいつのそういうところが好きになったんだ』
きゃあああああああああーーーーーっ!
惚気、頂きましたっ!
うんうん。そうですよね。わかりますよ。だって。
私だって――きっと、そうだもん。
まだこの気持ちは、つぼみだけれど。きっと。そうだもん。
『ユウもな、あれでか弱いところもあるし、結構寂しがり屋だったりするからな。これからも仲良くしてやってほしい』
「がってん承知ですっ。任せて下さい」
そこのとこはね。よーくわかってますよ。ずっと隣で見て来ましたからねっ。
『あとは……そうだな。いつか高校を出たら、いつでもうちに来い。みんなで歓迎してやろう』
「わああっ! ほんとですか! ありがとうございますっ!」
高校出たら、かぁ。えへへ。また一つ将来が楽しみになっちゃいました。
『うむ。それではな。あいつにもよろしく言っておいてくれ。また会おう』
「はい。ありがとうございました。さようなら~」
また空が静かになりました。私の気分もすっかり晴れ晴れとしています。
――リルナさん。とってもいい人だったなぁ。
私もあんな風に――素敵なお姉さんに、なれるかな。
***
まだがっくりしているきみのところに行って、私は肩をトントンしました。
「……終わった?」
「うん。終わったよ。きみによろしくって。あと、私のことちゃんと守ってあげてって」
「そっか。他にはなんて?」
「それはね――内緒」
私も指をしーっと口元に当てました。いつかのお返しです。
「あのね。ユウ君」
「え。いま、名前で」
きみが生きる勇気をくれたから。リルナさんが背中を押してくれたから。
だから私も、一歩だけ。前に進んでみることにします。
「私ね、きっとね。これから、いっぱいいっぱい迷惑かけちゃうと思うけど」
大きく息を吸って。温かな気持ちを整えて。
「これからはアキハって呼んで下さい! 不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
そしてここから、本当の意味での新生活が始まったのでした。