迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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プロローグ
少女と少年。そして天使が舞い降りる


 

 

──死なくして命はなく、死あってこそ生きるに能う。

 そなたの言う□□とは、歩みではなく眠りそのもの。

 災害の□、人類より生じし□よ。

 傲慢にも望んだその□こそ、汝を排斥した根底なり。

 

 幽谷の淵より、昏き□を馳走しに参った。

 我は死を□ぶもの、死を□□もの、□を告げるもの。

 □の翁、ハ□ン・□ッ□□ーハ。汝の死である──

 

 

 

 

「──私たちは……私たちは、未来を……世界を取り戻すんだっっ!!!」

「おのれおのれおのれェェェ!!□ル□アのものども!!!我は許さん、決して……決して終わらんぞォォォ!!!」

 

 

 既にその巨大な全身がボロボロに崩れ落ちていながらも、怨嗟の叫びを轟かせるおぞましい神。そのおぞましくも全能であった神に相対し、その野望を打ち砕かんと立ちはだかったのは、後に『人理の花嫁』と語り継がれる事となる少女と、とある英雄(円卓の騎士)から円卓の盾を受け継いだ少女。そして、花嫁と呼ぶにはまだ幼さが残る少女の声に集った数多くの英雄(サーヴァント)たち。そのものたちのバックアップをしている《人理継続保障機関》という組織のものたちも、数多くの死地、想像を絶する壮絶な戦いを経て、一人一人が英雄と呼べる程の能力を有していた。

 

 七つの世界(ロストベルト)を討滅し、最後に訪れた《異聞深度:EX □□世□ □□□リ□》。そこで待ち構えていたのは、汎人類史を《漂白》させた元凶にして黒幕、最後の人類悪(ビースト)『□ラ□□』であった。

 

 

「──□□ちゃん!無限にも思えた奴の霊基はもうほぼ崩壊してる!このチャンスを逃せば僕達……いや、人類史は敗北してしまう!奴に引導を渡してやるんだ!!」

「そうよ!……これが終わったら、全部終わったら、私がアンタの事をロードにでも何でも推薦してあげる!!いえ、絶対させてやるから!!だからさっさと終わらせてきなさい!!!」

 

 

 ザー、ザーという不快なノイズと共に聞こえてくるのは、かつてその存在が消滅したはずの彼と、炎上していた都市でその身を砕かれたはずの彼女の、ほぼ絶叫に近い声。

「もう、会えないんだ」と涙した相手の声を受けた少女は、おそらく声の相手には見えないだろうが、傷だらけの顔でゆっくりと小さく、頷く。

 

 その少女の横顔を──少女と呼ぶにはあまりにも傷付き過ぎた横顔を──『暗殺者の王(グランドアサシン)』と畏怖されてきた黒衣の剣士が見つめていた。

 あまりにも重すぎる選択。あまりにも救いが無さすぎる世界。大団円(ハッピーエンド)と呼ぶには、あまりにも払い過ぎた犠牲の数々。

 そしてその全てを、「大丈夫。私、へこたれないから」と、数多の傷跡を残した顔で、微笑む君。

 

 

「……汝に、永劫なる祝福があらん事を」

「ん……何か言った、じぃじ?」

 

 

 心の中で願うはずが、その在り方の美しさ、魂の輝きの濃さに眩んでしまったのだろう。彼のものともあろうものが、つい少女に対する願いが口に出てしまっていた。

 

 

「何でもない……それよりも契約者よ。晩鐘は既に、彼奴の名を指し示しているぞ」

 

(我がこのような感情を抱くとは……これも全て、あの少女が齎した奇跡、なのかもしれぬな……)

 

 

 まさか口に出していたとは思わず、苦笑する黒衣の剣士。だがその声色は変わらず、またその表情も仮面で隠れているため、実際にはその感情に気付いたものは居ない。

 しかし、長い長い旅を共にし、数多く居る英雄達の中で最も信頼を寄せ、黒衣の剣士を「じぃじ」と呼び家族への愛情のような想いを向けてきた少女には、普段は……と言うより、今までただの一度も感じる事が無かった彼の感情の「揺らぎ」のようなものを感じ、その違和感を疑問に思うのだった。

 しかし今は戦場の真っ只中。しかも自分たち……否、汎人類史の存続と未来を賭けた最終決戦である。黒衣の剣士から『契約者』と呼ばれた少女は、自分と、そして周囲のもの達を落ち着かせるかのようにゆっくりと深呼吸をし、興奮する感情と彼への想いを押さえつける。

 

 

「……そうだね。終わらせよう、じぃじ」

「承った。今こそ、最期の鐘を鳴らそう」

 

 

 もはや動くことさえ叶わぬのか、こちらを凝視しただただ呪いの言葉を紡ぎ続ける事しかしない神の前に、傷だらけの少女と黒衣の剣士が、そうそうたる英雄の仲間たちよりも一歩前に出る。

 

 

「令呪を以て命ずる!!」

 

 

 この場にいる大勢の英雄(サーヴァント)達と契約し、最後の敵を討たんとする少女が、赤き刻印が刻まれた右手を高々に上げ、吠える。

 三つの形状で成されている刻印の一つが輝き、隣に居た黒衣の剣士から魔力の奔流が始まる。

 

 

「私の全てを使って!!!」

 

 

 少女が吠えると、もう一つの刻印の欠片が輝く。

 黒衣の剣士からは更なる魔力の奔流が現れ、もはや一介のサーヴァントとは思えぬ力を滾らせている。

 

「あのふざけた神に!」

晩鐘を鳴らして(トドメをさして)!!じぃじ!!!」

 

「承った!!!!!」

 

 

 少女の乞うような願いにも聞こえる叫びに、空間が歪むほどの力を──もはや冠位(グランド)といってもいい程の力を──全身から発している黒衣の剣士は、今まで誰も聞いた事が無いほどの咆哮で答えた。

 そして、その目線を荒ぶる神の目線に合わせながら、ゆっくりと近付いてゆく。

 

 

「ぐルなァ……ヤメろ、ヤメロヤメロヤメロォォ……ワレはカミ、ゼンのうタるカミナルぞォ……」

「……おかしな事を言う。神であれば死が無いとでも宣うのか?」

 

 

 もはや言葉すらも上手く発する事が出来ない全能だった神は、まるで死の権化のような力を全身から噴き出している黒衣の剣士に怯えていた。()()()()()()と。他の有象無象ども──あの剣士以外であれば問題は無かった。だが、アレはダメだ。アレだけはダメだと。

 アレは間違いなく、死を齎す最悪の化身だと。

 全能たる神であったはずの、本来であれば傷付くはずがなかった肉体は削がれ、痛みなど感じるはずなどなかったのに、今では意識を失う程の痛みが全身に襲う。

 何故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故。

 何故こうなった。何故我は傷付いている。何故我は痛みなどというものを味わっている。何故奴らは我を追い詰めている。何故奴らは我を傷付ける。何故……どこで我は……間違えたのだ。

 

 

「災害の獣よ。人類より……否。()()()()()()()()()()よ」

 

 

 黒衣の剣士がゆっくりと近付きながら、神としての権能を失った肉塊に告げる。その肉塊は、おそらく目であるだろう部位で剣士に恨みの目線を送る。

 

 

「ただ己が唯一たらんとしたその傲慢こそ、汝を排斥した根底なり」

 

 

 我が……唯一であるとした事が間違いだったと……? 

 全能たる神である我が、唯一では無いと……? 

 

 

冠位(グランド)など我には不要なれど……今この一刀に、最強の……否。我ら人類史の証を残さん」

 

 

 こんなちっぽけな星の、このような知的生命体とは呼べもせん猿が……塵芥のように矮小で屑の集合体が……我を唯一たる存在ではないと……? 

 

 

「獣にすら劣る肉塊へと堕ちた神と言えど、()()()()()()()()()()であれば名乗らねばなるまい」

 

 

 この我が……畜生をも劣る……肉、塊……? 

 

 

「……幽谷の淵より、昏き死を馳走しに参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」

 

 

 ……ハサ、ン。この我を愚弄し、全能であった我を貶め、唯一では無いと侮蔑したもの。

 ハサ……ン……ハサ、ン……ハサン、ハサン……ハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサンハサン!!!!! 

 

 

「晩鐘は汝の名を指し示した──その存在、天命の元に剥奪せん!!!」

「オノレェェェェェ!!!!ハサァァァァァァァァンンンンンン!!!!!」

 

「首を断つか!!"死告天使(アズライール)"!!!」

 

 

 大絶叫を上げ、今の今まで動かすことのなかった巨大な腕を黒衣の剣士に伸ばした神であったが、その手が彼を掴む事は無かった。

 黒衣の剣士が自身の愛用する大剣と同じ名を告げると、その広大な空間に白き羽が舞い降り、そして剣を地面に突き刺した瞬間──全能の神だった肉塊は、綺麗に両断されたのだった。

 

 

「う……が……ァ……」

「まだ意識があるか……ふむ。汝の首はそこなのだな」

 

 

 神を一瞬で斬り伏せた黒衣の剣士は首を落とした事を確認すると、もはや興味が無くなったのか、ゆっくりとそれに背を向けると、凄まじい勢いで自身に突進してきた少女を迎えた。

 何か言っているのだが、涙と鼻水のせいか、何を言っているのかはわからない。しかし、これだけは理解出来た。

 

 全て、終わったのだと。

 

 

「っっ!!……汎人類史……いや、人理に仇なす敵対神性生物、□□悪□ラ□□の討伐を確認!!今この時を以て、最終グランドオーダーの完了を宣言する!!!」

 

 

 皆から親愛を込めて『ドクター』と呼ばれている男の絶叫により、英雄達、そして二人の少女が大歓声を上げる。おそらくバックアップを担当しているもの達も絶叫しているのだろう。相変わらずノイズは酷いが、言葉にならない叫びが止まぬ事なく聞こえている。

 その様子を見た黒衣の剣士は、改めて全てが終わり、また人理の護ったのだと理解した。

 

 

「ホント……ホントよくやったわアンタたち……□□ァ!アンタホントもう、最高よ!!バカぁ!!!」

「元しょちょおおおおおおお!!!」

 

 

 皆から親愛と冗談を込めて『元所長』と呼ばれている彼女──中には「□□ガ□□ーさん」と呼ぶ純粋なものも居るが──に涙と鼻水を振り撒きながら答える少女。当の彼女は「こんな時にまで元を付けるな!」と抗議しているようだが、少女は意に介さないようだ。

「いやいや、私が所長だからね? そこの所、勘違いしないでもらいたい」「あーもううっさい!この際だからW所長って事にしといてあげましょう!はい!終わり!」「えぇぇ……」などという会話がノイズ越しに聞こえてくる。こんな時にでも変わらないな、と思いつつ、少女は色々な液体でぐちゃぐちゃになった顔で微笑むのだった。

 

 

「よくやったな、契約者よ」

「えへへ……じぃじのおかげです!」

 

 

 様々な世界を滅ぼし、そして終わりへと至った人理の守護者たち。かつて『魔術王(ゲーティア)』と呼ばれた悪と戦った時には無かった、戦場での勝鬨を皆で楽しんでいた。

 少女には弾けるような笑顔が咲き、黒衣の剣士もまた……仮面でその表情を窺い知る事は出来ないが、隠されたその顔は綻んでいたのだった。

 

 

「さて!喜ぶのはまだ早いよ!□ラ□□を討伐した今、その空間は少しずつ崩れる!既に帰還への道は作ってあるから早く帰っておいで!」

 

 

万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)』と呼ばれ──現在ではとある事情により子供サイズにはなってしまったものの──皆の頼れる彼女が戦場の皆に、英雄(サーヴァント)達を代表して□□と呼ばれる少女に促す。皆思い思いにその感情を爆発させているが、実の所あまり時間は残されていないのだ。

 

 

「そうだったそうだった。ほらー!みんな帰るよー!!いつまでもそうしてると崩壊に巻き込まれるよー!!」

 

 

 気付いていたのかいなかったのか、疲労困憊所ではない体をむち打ち、大声で叫ぶ少女。少し離れた所で『湖の騎士』と呼ばれる英雄に抱き着かれ、離せやめろと言いながらも嫌そうな顔はしていない少女が「はい! 帰りましょう、先輩!」と抱き着いていた騎士と共に満点の笑顔で答えていた。

 

 

「さぁ、じぃじも。一緒にかえろ!」

 

 

 全てをやり遂げた少女。犠牲は少なくなかった。いや、寧ろ多かった。多過ぎた。自分たちの未来を、世界を取り戻すために他の世界を滅ぼしてきた。例え未来が無い行き詰まった世界とはいえ、間違いなくこの手で滅ぼしてきた。その重責たるや。

 今自分に微笑んでいる少女だけの責では決してない。むしろ、この少女が負うべき十字架ではない。アレは剪定された人類史。元々終わっていたのだ。故に、誰に責任があるのかと言えば、全ては元凶たるあの忌まわしき神だろう。そう。決してこの笑顔を曇らせてはならないのだ。

 故に我は……私は、何があってもこの少女と共にあろう。味方となろう。例え世界がこの子を拒絶したとしても……私が護り続けよう。

 

 

「……そうさな。最後の戦いが終わったとはいえ、やるべき事はまだまだある。契約者よ、堕落は──」

 

 

 その時であった。

 ここに居るもの全員──バックアップを担当していたものたちも含めて全員、油断していた。もう終わったものだと。

『ドクター』は言った。「討伐を確認した」と。

『万能の天才』は、何の異常も確認しなかった。否、何の異常も()()()()()だった。

 毎度毎度答えを出し渋る『探偵』は、優雅にコーヒーを飲みながら皆の帰りを待とうとしていた。

 あらゆるチェックを見逃さない『元所長』は、これから先の事、今後の世界全体の建て直しの事を考えていた。

 出会った当初は敵対していたが、現在では『新所長』と呼ばれ皆から愛されている男は、英雄たちを労うために何か作ろうとしていた所だった。

 

 ただ一人だけ……一匹だけ、『フォウ』という名の仲間だけが全力で吠えていたのにも関わらず、誰も気付かなかった。()()()()()()()

 

 

フォォォォォォォォォォウ(逃げろぉぉぉぉぉぉぉおお)!!!!!!」

 

 

 一匹の獣の大絶叫にバックアップ組の皆が気付いたが、時既に遅し。

 人理の護り手であり、大英雄と呼ぶに相応しい功績を挙げた少女もその叫びに気付き、異変を感じ取ったが……もう、()()()()()()

 

 

「ぬぅ……!?これ、は……!!」

「じぃじ!?」

 

 

 黒幕たる宙の神に引導を渡した黒衣の剣士の身体中から、黒くてドロドロとしたナニカ──それが何なのかはわからずとも、「良くないもの」である事なのは誰の目から見ても明らかだった。

 それどころか黒衣の剣士の周囲の空間が歪み、まるで彼を何処かへ連れていこうかとしている。

 

 

「なに……これ……何なのこれ!?ねぇ!ドクター!ダ・□ィ□□ちゃん!!じぃじが……じぃじがじぃじが!!!」

 

 

 もはやグロテスクとも思える様相に、発狂する少女。近付いて黒衣の剣士を助けようとするが、その行動を剣士は震えながらも制止させる。

 

 

「来るな……契約者よ……これ、には……触れてはならぬ……これ、は……埒外の、何か……である……」

 

 

 どんな時でも平静を崩さない彼が、初めて見せる焦り。「来るな」と前に出した手が震えているだけでなく、声も震え、今にも消えてなくなりそうなほど弱々しいものだった。

 そんな彼の姿を英雄(サーヴァント)達はもちろん、支援に全力を捧げる彼らも、盾の乙女も、契約者と呼ばれている少女も。つまり、誰も見た事が無い。

 今何が起こっているのか。じぃじと呼んでも決して怒らず、どんな時でも厳しくも優しく導いてくれる彼がどうなっているのか。まるで本当の祖父のように慕ってきた彼が何に巻き込まれているのか。理解が出来ず、思考が追いつかない。

 

 

「ぐ……ふぁ……ハサ、ン……か、は……は……」

 

 

 そんな皆を余所に、討伐したものと思っていたはずの──否、計測でも討伐していたはずの肉塊が、おぞましい呻き声をこちらにあげる。

 それは……間違いなく、ハサン、と言っていた。

 

 

「くっ……未だ生に縋るか……堕落せし神よ……!」

「ぐ……くく……最早……そんな、もの……どうでも、よい……」

 

 

 黒衣の剣士の空間の歪みが少しずつ広がっていき、黒い液体のようなものも少しずつ彼を侵食していく。何をされているのかはわからない。しかし間違いなく、このままでは彼を失ってしまうという事だけ、彼と繋がっている少女のみが理解出来た。

 

 

「おま……えぇ!!!じぃじに……じぃじに何をした!?」

「はっ……はは。囀るな、羽虫」

 

 

 この最終決戦、その中ですら一度も向けなかった憎悪の感情をぶつける少女。かの魔術王(ゲーティア)やその他の人類悪(ビースト)、自分達に敵対したもの達に一度もぶつける事が無かった程の憎悪。「優しすぎる」という評価が最も似合う彼女のその感情の発露に、周囲の英雄(サーヴァント)達──彼女を「先輩」と慕う少女も、初めて目にするその有様に言葉を失っていた。

 

 

「ぐふ……貴様ァ、そのような……表情、が、出来るでは……ないか……」

 

 

 その有様を見て、全身が凍てつくほど気味の悪い嘲笑を向ける肉塊。既に表情を構成する部位は巨大な片目のみという状態だが、それでもこの肉塊が下卑た笑みを浮かべている事を誰もが理解出来た。

 

 

「ぐふ……まぁ、イイ……ワレも……もう尽きる……」

 

 

 両断された肉塊。口が無いにも関わらず発声しているこの神──全能だった肉塊は、自身の消滅を口にした。それは本来であれば有り得ざる事。幾多にも改良を重ね、例え紛うことなき神が相手だとしても間違いが起きないように準備し、仲間である数多くの神霊達からもお墨付きを貰い、間違いが起こるはずなどなかった。

 しかし……全能たる神故か。最後の最期で全能の力を、全能とはどういうものなのかを知らしめるためか。それともただただ絶望に陥れるためか。既に虫の息である肉塊は、全能の神たる力を見せつけたのだった。

 

 

「ワレは……死ぬ、それハ、もう、よい……しかし……!!」

 

 

 おぞましくはあるが弱々しく、もはや消滅するまで極わずかと理解出来るような声が一変、先程の少女の憎悪を上回る憎しみの感情が場を満たす。それはもはや神の言葉などではなく、この世全ての悪を煮詰めたかのようなものだった。

 

 

「ハサン!!貴様だけは……貴様だけは許さぬ!!我を……全能の神たる我を!!!貶めし貴様!!!貴様だけは決して許さぬ!!!()()()()!!!!」

 

 

 狂ったかのように絶叫する肉塊。そのあまりにも壮絶な光景に、凄まじい憎悪を剥き出しにしていた少女も怯んでしまう。それ程までに憎しみに満ちた──悪意に満ちたものだったのだ。

 黒衣の剣士もその姿に言葉を失っていた。自らの手でその存在を終わらせた神。否、終わらせた筈の神。かつて神を終わらせた事など数多くあったが、その中で一度もまだ生きていた事があっただろうか。否、無い。かつて一度もそんな事は無かった。

 では、アレはなんだ?何故まだ生を享受している……? 

 

 そんな事を思案しているのも束の間、黒衣の剣士を呑み込まんとする液体と空間の歪みが、もはや身動きが一切取れないほどにまで侵食されていく。それに伴い、全身に今まで味わったことの無い激痛が迸る。

 

 

「ぐ……ァァァァァアアア!!!」

「じぃじ!!ダメ……ダメだよ、ダメ……」

 

「誰か……助けて……」

 

 

 気味の悪い肉塊の嗤い声と、黒衣の剣士の咆哮、そして少女の悲痛な叫びのみがこの空間に木霊する。

 

 

「ぐふ……フフ、呪われ、よ……呪われよ、ハサン……全能たる神を貶めたその咎、我が権能の全てを以て……呪われよ、その咎……呪われ……よ……貴様、の……愛しき、もの……が……きさ……まを……」

 

 

 全能たる神の最期。それは自らを否定し終わらせた死の権化へと、呪詛の祝詞を吐き続けるというものだった。それはあまりにもおぞましく、また恐ろしい狂気に満ちたその最期は、目撃した者のほとんどが、おそらく生涯忘れないであろう恐怖となった。

 

 

「じぃじ……じぃじ……ダメ……」

 

 

 もはや肉塊の事はどうでもいいのか、その最期に何の反応も示さず、ただただ黒衣の剣士──無意識に拒絶反応が起こるであろう液体に包まれ、仮面の部分で辛うじて判別出来る彼に、少女は少しずつ近付いていく。行かないで、と。

 

 

「来るなァァ!!来てはならん!!!盾の乙女!!マシュ!!契約者を……契約者を止めろォォ!!!!」

 

 

 かつてない程に咆哮する剣士の懇願により、我を取り戻したのか、その性能の全てを使い、急いで少女の元に駆けつけるもう一人の少女。彼女も剣士との思い出が数多くあるのであろう、そしてこれからどうなるのか理解してしまったのだろう、彼女の大きな目からは大粒の涙が流れていた。

 

 

「やめて!!離して!!マシュ!!!なんで止めるの!?」

「駄目です!!これは……もう……だから……」

 

 

 少女にマシュ、と呼ばれた少女も辛いのだろう。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、必死に少女が行かないように抱き着く。それを引き剥がそうとしながら──悲鳴のような叫び声をあげている少女もまた、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。

 

 

「契約……者よ……聞け……」

 

 

 もはや喋る事すら辛いのだろう。息も絶え絶えになりながら、必死にこちらに向かおうとする少女に、聞き取れるギリギリの声量で語りかける。その声は苦しみに耐えながらも、何処か優しさや温かさを感じさせるものだった。

 

 

「我は……その、何だ……うむ。実に……実によい、旅であった」

「じぃ……じ……?」

「……っっ!」

 

 

 あまりにも優しい声色で、あまりにも穏やかな声で語りかける彼に、二人の少女は、まるで時が止まったかのようにその声に聞き入ってしまう。唯一残っていた仮面も半分以上が侵食され、もはやその有様は凄絶たると言うに。

 

 

「うむ……実に……よい、思い出だった……汝らと共に在った日々……これは……そうさな、宝物、と言うのだろうな……」

 

 

 先程までその痛みで絶叫していた彼とは思えぬ声。そして……これは最期の言葉なのであると、皆が理解するには十分のものだった。

 

 

「ダメ……嫌、嫌だよじぃじ……わた、私を……私を置いて、いかないで……!」

「契約者よ……始まりには、終わりがある……死あってこそ、生きるに能うのだ……まぁ、我は影法師たる存在だがな……」

 

 

 こんな状況なのにも関わらず、にこやかに笑いかけているかのような彼。そんな剣士に、少女は何を想うのか。怒りなのか、悲しみなのか、恨みなのか、それとも──そういった感情を晒してくれた事への、喜びと感謝なのか。

 それは誰にもわからない。それは彼女にしか知りえぬものだし、おそらく彼女はその事を誰にも明かす事は無いだろう。

 

 

「じぃ……じ……」

「実に……実にな。心より思う。実に……実によい終わりである。最期まで汝を護れたのだ。それは我の……誇りである」

 

 

 願わくば、少女の成長をもっともっと見届けたかった。願わくば、少女が伴侶とする男を見定めてやりたかった。願わくば、少女の子を一目見たかった。願わくば、これからも少女の幸せを護りたかった。願わくば、少女が心無き害に晒される事が無いように傍に居てやりたかった。願わくば──少女の旅路の最期まで(少女が死ぬその時まで)、共に在りたかった。

 しかし、それを口にしてしまえば少女を傷付ける事になる。それどころか、一生癒えない傷となり……自らの命を絶つ事すらもあるかもしれない。

 

 後悔はある。それこそ数え切れないほどある。『暗殺者の王(グランドアサシン)』だなどと称されていても、私も所詮はその程度なのだ。一介の……一人の人に過ぎないのだから。

 しかし……私は彼女に喚ばれた英雄(サーヴァント)。なればこそ、私の役目はただ一つ。

 

 

「じぃじ……あのね……私との、日々は、楽し、かった……?」

 

「……あぁ。楽しかったとも。それこそ言葉に出来ぬほど……本当にありがとう……これからの旅路に幸福を、いつまでも願っているぞ……立香(契約者)

 

 

 言葉を紡ぎ終わった瞬間、黒衣の剣士は先程のおぞましい液体や空間の歪みからは考えられぬほどに荘厳な輝きを放つ光に包まれ、そしてその霊基を完全に──英霊の座からも、完全に消滅させた。

 最期に呟いた少女の名が、彼女に届いたのかどうかはわからない。その光の粒を抱きしめながら彼の名を紡ぎ続ける彼女に届いたのかは、彼にはわからない。

 だがきっと……その想いは届いている。それぐらいには、世界は優しいものであってほしいものだ。

 

 

 

 

 

「──ん……夢、か……」

 

 

 懐かしいかの旅路。全ては幻想だったのではないかと思うほどに輝いていたあの日々。だが理解出来る。あれは……そう、きっと……夢などではないのだ、と。

 あの少女は元気にしているだろうか? 未だに涙を流し続けているのではないだろうか? 前を向いて、歩んでいるのだろうか……。

 

 

「おにいちゃん!今日はお寝坊さんだね!」

 

 

 ドタドタ、と階段を駆ける音が聞こえたかと思えば、勢いよくドアを開けて声を張る男の子……少年、というには幼過ぎるであろうその子は、輝くような──性別は違えども、あの少女のような──笑顔を私に向ける。

 その子から窓の方に視線を移すと、朝日が部屋を包んでいる。いつもならば私の方が早起き──あの子からは「おじいちゃんみたいに早起きだよね」と言われてしまうぐらいには早起きなのだが、今日は彼の方が早かったようだ。それはきっと……あの夢のせいなのだろう。

 

 

「そうだな……今日はお前の勝ちだよ」

 

 

 その体躯の小ささと髪色、そしてまだまだあどけない顔のその子は、まるで小動物のように見える。そんな彼が笑うと何とも愛おしい気持ちになるのは、あの少女を思い出すからなのか。それとも──

 

 

「ほらほらおにいちゃん!『朝飯要らんのかー!』っておじいちゃんが言ってるよ!行こ!」

 

 

 そんな彼に無理やり手を引っ張られ、それは大変だ、と立ち上がる。「今日の朝ごはんは何かなー?」「ベーコンエッグだといいなー」などと言いながら、こちらをずっとニコニコと見ている男の子。やれやれ、こいつはまた……と内心で溜息を尽きながら、いつものように彼に語りかける。

 

 

「そんな調子だと、また転ぶぞ──ベル」

 

 

 あの日の少女。君は今、どうしているかな。

 私はここで、生きているよ。

 

 






どうも。作者です。新作となります!面白かったのなら幸いです。
久しぶりの執筆となりますが、もしかしたら「おいお前既に執筆中のアレはどうした」と思う方ももしかしたら、もしかしたらもしかするといらっしゃるかもしれません。初めに謝ります、ごめんなさい。しかしあちらも落ち着いたら手を付けますので、どうかご容赦を。

さて、では何故新しく書いてるのかと言うと、偏に山の翁、つまりはキングハサンが大好きだからなのです。で、ここからが問題なのですが、キングハサン……つまりじぃじを主役、主人公にした作品って少ないんですよ。完全に無いって訳じゃ無いんですが、そのほとんどが更新されておらず……うぅ……。
で、そんなこんなで「じぃじが活躍する作品読みたいなぁ」とか思ってたんですが、無いなら自分で書けばよくね?私天才じゃね?という超天才的発想、もとい単純な発想に至りまして。で、そこから色々考えていた時、たまたま『ダンまち』を見てたんですよ。
そしたらここから更に天才の発想。「……ダンまち……神……ファミリア……じぃじ……七章(FGO バビロニア編)……ティアマト……ママ……( ゚д゚)ハッ!」となりまして。今に至る訳です。

まぁそんなこんなでこれから書き殴っていきますので、どうぞよろしくお願いします!
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