真っ黒な仮面を被った人物と別れ、無事に地上へと戻ったリツカ。ベルはもう戻ってないかと周りをキョロキョロと見回しながら《ギルド》へと向かうと、そこには一際大きな声で──何故かトマトの様に頭から真っ赤になっているが──リツカとベルの担当アドバイザーであるエイナに詰め寄るベルの姿があった。
何故か血だらけだが、リツカが遠目で見た所、大きな怪我をしている様子はない。それにエイナに詰め寄る所を見ると、精神的な問題もなさそうだ、とリツカは感じ、安堵の溜息を漏らす。
「だからあのっ、リツカが!どこにもいなくて、でも僕置いてきちゃって!!」
どうやら酷く焦っているのか、身体中でその動揺さを表現しながら伝えているベル。エイナも最初はベルの見た目にかなり驚き何かを言いかけたが、「リツカがいない」というベルの言葉で眉間に皺を寄せる。
「ベル君、ちょっと落ち着いて。リツカちゃんがいないって一体どういう──」
「いやぁ。あははは。お騒がせしました」
一旦落ち着かせようとしたのかベルの両腕を掴み、詳しく内容を聞こうとしたエイナだったが、ベルの背後から聞こえてきた申し訳ない様な声の方向に勢いよく視線を移すと──そこにはバツが悪そうに立ち尽くしているリツカが立っていた。
「リツカ……リツカリツカリツカ!!」
「心配かけてごめんね、ベル。でもね、うんちょっとストップ。その状態で抱き着くのはやめて!」
二人に苦笑いを向けているリツカの姿を見たベルは、彼女に抱き着こうとしたのだが──流石に血だらけのまま抱き着かれるのは嫌なのか、ヒクついた笑顔をしながら両腕を前に出し、ベルのその行動を制止するリツカ。だがベルは拒否された事は気にならないのか、涙を浮かべながらも笑顔で「よかった、よかったよ」と連呼していた。
そして置いてきぼりを食らったエイナはというと──
「はぁ……何が何だかわからないけど、とりあえず……」
「ベル君はシャワーを浴びてきなさい!!」
エイナに大声で叱られたベルは「ごめんなさぁい!」と謝り、ギルドでシャワーを借りる事に。リツカも汚れと汗で気持ち悪かったので、せっかくなので借りる事にした。
そうして汚れを落とし、さっぱりとして肉体的や精神的な疲れを少々落とした後、改めてエイナの元に戻る二人。
個室に通された二人は隠す事無く彼女に何が起きたのかを説明し──無事に雷を落とされたのだった。
それは当然の事だろう。エイナは「まだ早い」と禁止していたのに、二人は彼女とのその約束を破ってしまったのだ。故に二人は真摯にその言葉を受け止めていた。
もちろん黙っておくという事も出来た。しかし下層にミノタウロスが出現するという本来ならば有り得ない異常事態を報告しないなど、その他の自分達の様な冒険者を見殺しにする事と同義であると二人は思ったのだ。
それに、いつも自分達の事を真剣に思ってくれるエイナに、これ以上裏切る様な隠し事をしたくはなかったのだ。
想像していた通りに叱られ、エイナが大きな溜息を吐いた所でお説教は終了となったのだが、しかし彼女はぶつぶつと呟きながら一人思案していた。
そんなエイナにベルは、とある女性の事を尋ねていた。このタイミングで!?と驚愕した表情をベルに向けたリツカだったが、どうやらベルは仲間のそんな反応を全く気にしていない様子だった。
エイナも少し呆れながらも、ベルがやたらと興奮しながら伝えてきた情報により一人の少女が思い当たり、その少女の名を告げる。その名はアイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオの二大派閥の一つである《ロキ・ファミリア》に所属する《Lv.5》の第一級冒険者であり、その神々さえも目を奪われる程の美しい容姿と類まれなる戦いの実力を以て、《剣姫》の二つ名をオラリオ中に轟かせる少女なのだ、とベルに伝えると、彼は目をきらきらと輝かせていたのだった。
そんなベルの様子を見ていたリツカは「もしやベルって節操なし?」と疑念を抱いたのだが、何故かあのスケベ大王──オリオンの事が脳裏を過ぎり、「いやそれはない、断じてない」と自分でもよくわからない否定をして頭を振り、ベルへの疑惑を振り払ったのだった。
そんな誰がどう見ても恋に落ちている様子のベルに、エイナは彼女が他のファミリアという事、またアイズが幹部であり、主神であるロキからも特別な寵愛を受けている事から「難しい」と言ったのだが、わかりやすく落ち込むベルを見かねて「女の子は強くて頼れる人の事が好きになるよ」と励ますと、ベルは元気を取り戻した。
そんなベルの様子を見たリツカは、今日一日で評価が上下しまくるベルの事を呆れた様な笑顔で見つめながら、この簡単に騙されそうな仲間の代わりに私がしっかりしなきゃな、と改めて決意したのだった。
「──ふんっ!なんだいなんだい!ベル君なんか知らないやい!ベル君なんかそのヴァレン某の事を思い出してニヤニヤしながら一人寂しく何か美味しいものでも食べればいいんだっ!ベル君のあほっ!!」
「そんなぁ、か、神様ぁ……」
「あははは。まぁほら、今日の朝ベルってば《豊穣の女主人》の前で魔石を拾ってもらった店員さんにご飯食べに行く約束してたでしょ?だから私達の事は気にせずに行っておいでよ」
「ほら!行くよリツカ君!ボク達はボク達で《
余所行きのコートを羽織り、涙を流しながら勢いよく飛び出していく二人の主神、ヘスティア。そんな女神に「あちゃー」と苦笑いをするリツカ。そしてベルに「まぁ大丈夫だから、ベルはベルで美味しいものを食べてきて」と伝え、ヘスティアの後を追いかける。
嵐の様に過ぎ去っていった二人に取り残されたベルはというと、「そんなぁ……」としょぼくれながら座り込んでいたのだった。
何故こんな事態になったのかというと、昨日ベルがうっかり口を滑らせ、アイズ・ヴァレンシュタインの事を口にしたのがそもそもの原因なのである。
そしてヘスティアが──何故かいつもとは違い、どこか驚いた様子だったが──そこからどんどん不機嫌になっていったのが印象的だった。
しかし改めてベルがヘスティアに対する自身の思いを告げ、またリツカも改めてヘスティアに対する思いを告げた事で、ヘスティアの機嫌も元に戻り──否、先程よりも良くなり、ヘスティアがバイト先から大量に貰ってきたジャガ丸くんで三人楽しく夕食を楽しんだ。
ちなみにミノタウロスの一件も隠さずに話した。ヘスティアは当初悲しそうな顔をしていたが、それでも無事に戻ってきてくれて嬉しいと二人に告げ、リツカとベルは改めて今回の事を悔やみ、糧としたのだった。
そして翌日。未だ眠っていたヘスティアに行ってきます、と告げ二人はダンジョンへと足を運ぶ。その道中、《豊穣の女主人》の店先でとある従業員と出会い、ベルはその従業員と今度食べに来る事を約束する事となった。
そしてダンジョンへと──潜る前にエイナから「わかってるわよね?」と釘を刺され──二人はダンジョンへと潜ったのだった。
昨日の一件から
話は変わるが、ベルからすると今日は三人でいつもよりも美味しいものを食べ、楽しい一時を過ごしたかった。
それは何故か。もちろん昨日のミノタウロスの一件で「生きている」という事がどういう事なのかを改めて実感し、三人での時間を少しでも長く作り、様々な思い出を作りたいというのもある。だがそれ以外にも今日は特別な事があったのだ。
それはベルのステイタス。その基本アビリティである。
今までは牛歩の様にとまではいわないが、少しずつ少しずつ上がるものだった。しかしそれはリツカも同じであり、基本アビリティというのはそうやって積み重ねていくものなのだとヘスティアも言っていた。
しかし今日、ベルの基本アビリティはなんとトータルで160オーバーの上昇というとんでもない上がり方をしていたのだ。
これにはベル本人どころかヘスティアもリツカも驚いた。ベルは「もしかして今日、実は凄いモンスターを討伐してたんじゃ?」と言っていたが、ベルよりも先にステイタス更新を行っていたリツカの基本アビリティはいつもと同じ上がり方であり、ベルの様にとんでもない上がり方をしていたわけではなかった。それに基本アビリティが急上昇する様なモンスターと戦闘した記憶もなかったという事で――ヘスティアだけはどこか不満げだったが――結局は謎のまま終わってしまった。
その事をリツカは妬むわけでもなく、自分の事の様に喜んでいた。ヘスティアは不満そうにはしていたものの、それでも結局は「おめでとう」と微笑みながらベルを祝福してくれていた。
自分の事の様に祝福してくれるリツカとヘスティア。ベルはそんな二人の事が大好きで、そして本当に感謝していた。
故に今日はそんな二人に何か美味しいものをご馳走しようと思っていたのだが──ベルはまたアイズの話をしてしまい、結果的に今に至る、という事になってしまったのだった。
「……約束してたし、行かなきゃ」
未だに落ち込んでいる様子だったが、のそのそと立ち上がり支度を始めるベル。その表情は暗いものだったが、せっかく行くのだし、何よりこんな態度で行くなど約束をしていた
「──本当に来てくれたんですね!」
「約束、してましたから」
もう日も完全に落ちている頃、ベルが赴いた酒場──《豊穣の女主人》には既に客も多く入っており、中々の喧騒を見せていた。
そんな中ベルが店に足を踏み入れると、彼に気付いた従業員の一人が少し足早に近付いてきた。このものこそ、朝に約束を交わした人物──ベルにシル・フローヴァと名乗った人物である。
若干青みがかった灰色の髪を揺らしながら、ニコニコとベルに微笑むシル。その間違いなく美少女と呼べる彼女の笑顔に、ベルは少し照れた反応をしてしまう。シルはそんなベルの様子を知ってか知らずか、小悪魔のような笑みにも思える表情をしていた。
「わぁ、嬉しいです!もしかしたら来てくれないかもなぁ、とも思ってたので!」
「あの、えとっ、はい。約束は、破っちゃダメですし、それとその、近いですっ!」
その整った顔を、少しベルの顔に近付けるシル。そんな彼女の行動にベルはあたふたし始め、やはり自身に照れている事を理解しているのか、シルはその様子を楽しんでいる様にふふふ、と笑う。
しかし、楽しんでいるといっても悪意によるものではない。それはどこか、ベルへの好感からきているからかいの様なものだった。
「ふふふ!ごめんなさいっ。一名様ご案内でーす!」
その輝く様な笑顔を未だに直視出来ていないベルだったが、ようやく解放され、奥のカウンター席へと通される。どうぞ、とシルに通されたそのカウンターテーブルと椅子は年季こそ入っているものの、ホコリひとつない綺麗な席だった。
「では決まったらお呼びくださいねっ」
ぺこりと小さくお辞儀をし最後にもう一度はにかんだ後、離れていくシル。ベルはその後ろ姿を少し眺めた後、周囲を見回す。
同じ制服を着ているもの達──つまり《豊穣の女主人》の従業員達は全員が女性だった。ヒューマンに
エルフって確かこういった場はあんまり好きじゃないんじゃ、とベルは一人不思議に感じたが、お腹が鳴った事で思考を変える。既にかなり空腹だったのだ。
「うっ。結構高いなぁ……」
メニューに視線を移すと、その値段に驚き、顔色が悪くなるベル。そういやリツカが高いって言ってたっけ、といつか彼女が言っていた事を思い出す。そんな事を考えていると、今頃は二人で楽しんでるのかなぁと考えてしまい、また若干落ち込みそうになるベルであった。
しかしせっかくだしシルさんにも悪いから、とベルは再度気を取り直してメニューに見直す。そして冷や汗を流しながら「300ヴァリス……」「ドリンクが200ヴァリスだから……」などとぶつぶつ呟いていたが、どうやら覚悟を決めたようだった。
「──ファミリアのためにもお金は残しておきたいし、これから節約しなきゃ……」
小さく呟くベルの前に置かれているのは超大盛りのナポリタンとドリンク。その量に驚愕したベルだったが、その料理を置いた女性はこちらを見ると、にかっと笑いかけてきたのだった。
おそらくこの女性が二人の言っていた店主なのかなと思いつつ、「いただきます」と小さく呟き、目の前の凄まじい量のナポリタンをフォークで巻き取り、口に運ぶベル。
「美味しい……!」
こんな量は食べきれないと思っていたベルだったが、すぐ様にその考えを改めた。先程までは元気を出そうとはしていても中々気分の上がらなかったベルだったのだが、このナポリタンのあまりの美味しさに感動してしまい、休む事なく無我夢中で口に運んでしまう。
ベルは、お世辞じゃなく心からこのナポリタンは今まで食べてきたパスタの中で一番美味しいと感動していた。今まではおじいちゃんの作ってくれたナポリタンが一番美味しいと思っていたけど──世界って広いんだなぁ、としみじみと感じるベルなのであった。
「あっはっは!そんな風に食ってもらえたら嬉しいねぇ!」
「あっ、はい!あのっ、凄く美味しいです!」
その食べっぷりが嬉しかったのか、笑いながら声をかけてくる店主──名をミア・グランド。「豊穣の女主人の店主」と言えばその料理の腕と腕っ節により、オラリオでは知らぬものがいない程に有名な人物である。そして従業員達からは「ミア母さん」と呼ばれ、絶大な信頼を寄せられ慕われている。
そんな彼女から声をかけられたベルは口元をナポリタンで赤く汚しながら、先程までの落ち込んだ様子はどこへ行ったのか、目を輝かせながらその美味しさを伝えていた。
しかし──
「えっ?」
その言葉と態度が嬉しかったのか、満面の笑顔を以てベルのその感動に答えたミアは──追加で新たな料理の皿をベルの目の前に置いたのだった。
「ほら、今日のおすすめだよ!シルから聞いたがアンタ見た目の割によく食うんだろ?遠慮なんてしないでほら!どんどん食いな!」
「いや頼んでないんですけど!?」
ベルの目の前に置かれた魚を揚げた様な料理は、香ばしく食欲をそそる匂いをしていたが、それはそれとしてベルは動揺する。そもそも頼んでいないのだ。この訳のわからない状況に、ベルはミアに力のない抗議をする。
「アンタ冒険者なんだろ?それじゃあしっかり食べて力をつけないとねぇ。特にアンタは細いんだしさ。まぁ若いんだから細かい事は気にしちゃダメだよ!あっはっは!」
「そ、そんなぁ……」
もしかしてサービスなのだろうか、と淡い期待を寄せたベルだったが、やはりそんなに甘くはなかった。これがリツカの言っていた「肝っ玉母さん」という事なのだろうか……と揚げた魚と視線を合わせるベル。
「ふふふっ。今夜のお給金は期待出来そうですっ」
背後から喜びの感情を含んだ声で語りかける人物。ベルがその声のする方向へ顔を振り向くと、そこにはお盆を両手で後ろに抱いているシルが立っていた。
「ふふふっ。ありがとうございますっ」
「よかったですね……」
嬉しそうに微笑むシルに対し、何かを諦めたかのような表情でそんな彼女を見つめるベル。そしてこの「今日のおすすめ」がどのぐらいするのかとメニューに視線を移すと──
「850ヴァリスッ!?」
元々頼んでいたナポリタンとドリンクを足しても届かない程の高額な料理に、ベルは気を失いそうになるのだった。
「──私、このお店の雰囲気が大好きなんです。このお店って色んな人がいるでしょう?なんというか私、知らない人と触れ合うのが趣味というか、心が疼くというか……」
「結構しゅごい事言うんでしゅね」
目を輝かせながら周囲を見回すシルに、ナポリタンを啜りながらそんな彼女に視線を向けるベル。会計の恐怖で現実逃避しているのか、それともシルの衝撃的な発言に呆然としたのか、その表情は無となっていた。
「にゃにゃーん!団体でご予約のお客様、御来店にゃーん!」
そんな時であった。シルはうっとりとしながら周囲を見回し、ベルが無表情のままナポリタンを啜り続けていた時、団体の客が店の中に入ってきた。がやがやと喧騒に満ちていた店内が一瞬で静まり返り、皆がその一行に視線を向ける。
ベルも何とはなしにその注目を集めている一行に目を向けると、そこにはあの少女──ミノタウロスに命を奪われそうな状況となっていた自分を救ってくれたあの少女、アイズ・ヴァレンシュタインの姿を見付けたのだった。
その凛とした彼女の姿を見たベルは、まるで時が止まったかの様に動きが止まる。口元をナポリタンで赤く汚し、その汚れに負けないくらいに顔を赤らめながら口を半開きにしてアイズを見つめる。
「あれっ。ベルさん?ベルさーん?」
呆気にとられるベルに気付いたシルは、そんな状態のベルに声をかける。それだけではなく彼の顔の前で手を上下させるが、ベルは全く反応しない。
そんなシルの呼びかけにも全く気付かないベルは、憧れを抱くあの少女の事だけを、ただただずっと見つめ続けていたのだった。
作者です。お読み頂きありがとうございます。
さて第九話となりました。ついにあのシーンです。ダンまちと言ったら!と個人的には思ってるシーンの一つです。アニメでもちゃんとレフィーヤちゃんが映ってるあのシーンです。
本来ならば分けずにまるまる書こうかとも思ってました。その方が良かったかなぁと今でも若干思っておりますが、そうなると描写的に長くなっちゃうかなと思いまして。故にここで次回へ!という形にしました。丁度キリよく終わらせられたかな?とも思いますし。
そして感想や評価!本当にありがとうございます!やる気がぶち上がりますね!すみません言葉が汚かったです!
ぜひよろしければ、今後もその様な反響をばんばん頂けると嬉しいです。待ってます(大声)
というわけで今回はここら辺で。また次回でお会いしましょう!