迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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第十話 豊穣の女主人/後編

 

 

「──よっしゃ!皆、ダンジョン遠征ごっ苦労さぁん!今日は宴や!浴びるほど飲むでぇ!!」

 

 

 細目のスレンダーな女性──女神がジョッキを片手に声高らかに叫ぶと、先程の団体の一行──《ロキ・ファミリア》の面々が歓声をあげる。皆、その手にはジョッキを握り締めており──何人かは酒ではない様だが──思い思いにその場を楽しむ。

 乾杯の音頭を取っていた女神、《ロキ・ファミリア》の主神であるロキはジョッキから溢れんばかりの酒を一気に飲み干した後、自らの眷属達を慈しむ様な表情で見つめていた。

 

 その他の客も《ロキ・ファミリア》の一行が入店した時は静まり返っていたが、もう既に関心はなくなったのか、思い思いの会話を楽しみ、先程までの喧騒が戻っている。

 そんな中ベルはというと、相変わらずアイズの事を見つめていたのだった。

 

 

「ベルさんもご存知かもしれませんけど、あの方々は《ロキ・ファミリア》の皆さんなんですよ。なんでも主神のロキ様がいたくこのお店を気に入ってくださってるみたいで、うちのお得意さんなんです」

「そうなんですね……」

 

 

 いくら呼びかけても反応しないベルの様子に諦めたのか、盛り上がっている《ロキ・ファミリア》の面々に視線を移しながら呟くシル。どこからか「またシルはサボってるのかにゃ?」と微かに聞こえてきていたが、当の本人はそんな仕事仲間の愚痴を全く気にしていないようだった。

 

 そんなシルの言葉にアイズの事を見つめながら、「ならここに通えばあの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)に会える……?」と心の内で考えを巡らせるベルだったが、しかし先程の高額な料理の数々を思い出し、この作戦は現実的ではないなと心の中で溜息を吐く。

 しかし諦めきれないのか、ドリンクだけ頼んでいればなんとかなるかな、と考えながらベルがアイズの事を見つめていた時。アイズはベルのそんな視線に気付いたのかそれとも何となくだったのか、自らの視線をベルのいる方向に向けようと顔を動かす。

 憧れの少女のその動きにいち早く察知したベルは、すぐに隠れる様に頭を下げ、未だ半分以上残っているナポリタンに視線を移す。

 

 そうしてる内にシルがとうとう「サボってんじゃないよ!」と店主のミアに叱られ──シル本人は小悪魔の様な笑みを浮かべ、反省している様子はなかったが──「それじゃあまた」とベルに微笑み、彼女は仕事に戻っていったのだった。

 

 

 そうこうしている間に、《ロキ・ファミリア》の一行は酒も入ったからか徐々に盛り上がりが熱くなっていき、ベルはそんな面々を、否、その中に咲く一輪の花(アイズ)をちらちらと横目で見つめながらナポリタンと揚げた魚を食していた。

 

 先程まではその料理のあまりの美味しさに感動していたベルだったが、もはや今となっては味がほとんどわからない程までに頭の中がアイズの事で埋め尽くされていた、その時。

 

 

 

「──そうだアイズ!こいつらにあん時の事話してやれよ!」

 

 

 一際響く男性の声。その声の主──《凶狼(ヴァナルガンド)》の二つ名を轟かせる第一級冒険者、ベート・ローガはもう既に酔っ払っているのか、顔を赤くしながらニヤニヤとしながらアイズに視線を向ける。

 そんなベートから話題にあげられたアイズは、何の事かわからないのか小さく頭を傾げ、周囲の皆は──リヴェリアに関しては呆れた様に小さく溜息を吐いていたが──何事かとその話に興味を抱いた様子だった。

 

 ベルにもベートの声が届いていた。そしてベルは食事の手が止まり、()()()()を思い出してしまう。

 

 

「なんだぁ?覚えてねぇのかよ!?あれだよ、帰る途中でよ、出てきたと思ったら突然逃げ出しやがったミノタウロスがいたじゃねぇか。んでもってよ、アイズ、てめぇが5階層で始末したミノがいただろ?」

 

 

 ベートは愉快に話していたが、その話を静かに聞いていたアイズは表情が若干曇る。普段感情を顔に出さない彼女だが、どうやらベートの話に不快感を感じている様だった。

 

 

「んでもってよ、アイズが始末したそのミノ、どうやら駆け出しみてぇな冒険者に襲いかかってたみたいでな?そしたらうちのお姫様ったらよ、すんでの所を助けてやったってのに、そのガキに逃げられてやがんの!」

 

 

 ベートの嘲笑する言葉に、視線を下に落とし俯きながら不快感を表すアイズ。周りの──アイズと仲の良いもの達も耐えきれなかったのか、続々と笑いを零し始める。

 

 

「んでもってよ、その助けてやったガキ!アイズが真っ二つに斬ったミノのくっせー血を頭から被っちまって……くくっ。真っ赤なトマトみてぇになっちまってよぉ!」

「マジで傑作だったぜ!?兎みてぇにプルプル震えてっかと思ったら、奇声をあげながらすげぇ勢いで逃げちまったんだよ!」

 

 

 ベートのひとつひとつの言葉が、まるで鋭いナイフで刺されたかのように感じるベル。額から──否。全身から冷や汗が滴り、無意識に身体が震えてしまっていた。

 

 間違いない。あの人が言ってるのは僕の事だ。

 

 何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もその言葉がベルを襲う。今、あの人が嘲っている冒険者は、自分の事なのだと。

 

 

 アイズは相変わらず下を向いたまま表情を暗くし、その話を聞いていた《ロキ・ファミリア》の面々は──否、それだけではなく、その話が聞こえていた他の客達も笑いを我慢する事が出来ず、その話題でもちきりとなっていた。

 しかしフィンはどこか呆れた様な笑みを浮かべながら「その辺にしときなよ、ベート」と諭し、リヴェリアに至っては苦々しい表情をしながら手にしている飲み物に冷たい視線を向け、その会話に混ざる事なく一人、その飲み物をくぴくぴと静かに飲んでいた。

 

 

「ぷくくっ……助けた相手に逃げられるアイズたんとかめっちゃ萌えるやんか!ぶふー!」

「ご、ごめんねアイズ、想像したらめちゃくちゃ面白くてさ……ぷぷぷっ」

「ごめんアイズ。流石に私もっ……我慢出来ないっ。あはははは!」

「アイズさん……」

 

 

 思い思いの反応を見せるアイズの仲間達。主神であるロキは、その無様を晒した冒険者──ベルの事が面白いというよりも、逃げられてしゅんとするアイズを想像し、その可愛さのあまりに笑ってしまっていた。

 ティオナとティオネはその両方なのか、やはり笑いを我慢出来ずに腹を抱えて爆笑してしまっている。

 そしてレフィーヤは──彼女も当初は面白そうにしていたのだが、暗い表情で俯いているアイズに気付き、笑ってしまった自分を恥じ、罪悪感に苛まれていた。

 

 そんな中ベルは──食事に手を付ける事なく、アイズと同じ様にただただずっと俯き、小さく震えていたのだった。

 

 

「ひぃ……ふぅ。大丈夫だよ、アイズ。私達はアイズの事が怖いだなんてぜーんぜん!思ってないからさっ!」

「そっ、そうですアイズさん!その冒険者が失礼なだけですよっ!アイズさんが怖いだなんて、失礼にも程があります!!」

 

 

 ずっと俯いているアイズに気付き流石にやり過ぎたと感じたのか、アイズの肩に手を添えながらティオナがにこにこと語りかける。それに便乗する様にレフィーヤも鼻息を荒くしながら真剣な表情で告げ、ティオネは「ごめんね」とウィンクしながらアイズの傍に寄っていた。

 そんな仲間達の──ファミリアの中でも特に仲の良いもの達の言葉により、顔をあげるアイズ。その表情は未だに少し暗かったが、それでも先程よりかは顔色がよくなっていた。

 

 

「──しっかしよぉ。久々にあんな情けねぇヤツ見たぜ。ガキとはいえ野郎のクセして泣きじゃくりやがってよ。そんなに怖ぇなら初めっからダンジョンに潜んなっつぅんだよ。胸糞悪ぃったらありゃしねぇ」

 

 

 つい先程までは愉快そうに饒舌に話していたが、何かを思い出した様に苦虫を噛み潰したような表情で謗り始めるベート。酒も進んでおり、かなり酔っ払っているのだろう。普段よりも酷い言い草のベートに、フィンはやれやれと肩を竦める。

 

 そして遂に彼女の──リヴェリアの堪忍袋の緒が切れたのだった。

 

 

「……いい加減その耳障りな口を閉じろ、ベート」

 

 

 フィンが何かを言おうとしたその時──それよりも先に口を開いたのはリヴェリアだった。

 その表情は彼女の操る吹雪の魔法の様に冷たく、またその声も静かではありながらも突き刺す様に刺々しく、そして冷たいものだった。

 

 

「そもそも5階層にミノタウロスが現れるなど有り得ない事態であり、その冒険者が恐怖するのは当然の事。そしてその事態を引き起こしたのは紛れもなく我々だ。故に我々は巻き込んだ事をその冒険者に謝罪する事はあっても、決して酒の肴になどしてはならない」

 

「恥を知れ」

 

 

 誰に視線を合わせるでもなく、有無をいわさずに一刀両断するリヴェリア。その表情は冷たくはあっても怒りは見えないが、全身から出ているオーラは怒りそのもの。

 そして彼女のその言葉は元凶であるベートだけではなく、その話で笑っていたもの達も含まれるのだ、という事にもちろん気付いた面々は身体をビクつかせ、反省の色を見せていた。

 

 

「はん!ハイエルフ様はお偉いこって……カスをカスと言っちゃダメですよ、ってか?あぁん?んな救えねぇ雑魚を擁護した所で何か変わんのかよ!?んなのただの自己満足だろうが!」

「こらベート、その辺にしときぃ。せっかくの酒が不味ぅなるわ」

 

 

 リヴェリアの言葉でヒートアップしたのか、テーブルに身を乗り出しイライラとした態度で彼女を睨みつけるベート。そんなベートに対し、ロキは落ち着けと呆れながらも諭す。しかしどうやらその効果はなく、ベートは依然その態度を崩さない。

 

 

「……アイズはどうなんだよ。てめぇも思ってんだろ?あのガキどうしようもねぇな、ってよ」

「あの状況なら仕方ないと……思い、ます」

 

 

 アイズ、とベートが口にした所で、先程まで俯いたまま震えているだけだったベルがぴくっと身体を揺らし反応する。

 そしていつの間にかシルがベルの隣に来ていた。彼女は明らかに様子がおかしいベルの事を心配して近付き、声をかけていたのだ。しかしそんな彼女の声に反応する事なく、ベルはただただ俯いたままだった。

 

 

「ったく、てめぇもいい子ちゃんかよ……じゃあよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「答えろよ、アイズ。てめぇはどっちのオスに尻尾を振るんだ?あ?どっちのオスにめちゃくちゃにされてぇんだよ?あぁ?」

「……ベート、悪酔いし過ぎ。後で後悔しても知らないよ?」

 

 

 呆れた様に溜息を吐くティオナだったが、ベートはその言葉が聞こえていないのか無視しているだけなのか、アイズを見つめ続けるのみ。

 

 そしてベルはというと、ベートのその言葉を聞き、俯いたまま目を見開いていた。

 やめて、それ以上は言わないで、と心の中で何度も繰り返す。その先を聞きたくない、もしその言葉をあの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)の口をから聞いてしまったら……と心の中で呟いたベルは、泣きそうな顔になっていた。

 

 

「……私は、そんな事を言うベートさんは嫌、です」

「ふん。無様だな」

「うるせぇババア!」

 

 

 リヴェリアは相変わらず自身が手にしている飲み物に視線を向けつつ、拒絶されたベートに憐れだなと告げる。そしてそんな彼女へと苛立ちながら罵るベート。リヴェリア本人はその罵りを気にせずにいたのだが、彼女の近くにいたエルフ達──否、店内にいた全てのエルフ達がベートを睨みつける。その視線には敵意が溢れんばかりに込められており、中には完全に目がイッてしまっているエルフもいる程だった。

 

 

「じゃあ何か?アイズ、てめぇはそのガキに愛してるだのなんだのと言われたら尻尾振って喜ぶのか?あぁん!?」

「それ、は……」

 

 

 歯切れが悪くなるアイズ。そしてその表情も若干動揺の色を見せていた。

 

 そして──ベルはその様子を見てしまった。好きだと言われたらどうする?と聞かれ言葉が詰まり、微かではあるが、しかし間違いなくその美しい顔を──その表情を悪くするアイズの事を。

 

 

「はん!そうだよなぁ?そんな筈ねぇよなぁ!?何よりてめぇ自身が許さねぇ!自分よりも弱くて、情けなくて、頼りにならねぇ男なんざアイズ・ヴァレンシュタインは認めねぇ!」

 

「そんな雑魚が隣に立つ事を、他ならねぇアイズ・ヴァレンシュタインが許さねぇ。そうだろ?」

「……」

 

 

 ベートの言葉に、何も反論出来なくなるアイズ。確かにベートの言う事は乱暴に過ぎるが──間違いではない、なかったのだ。

 そんな二人のやり取りをベルは見る事すら出来ず、ただただ俯いたままぽろぽろと涙を零していた。

 

 わかっている、わかっていた。そんな事は最初からわかりきっていた事だった。なのにその事を()()()()()()()()、自分にとって都合のいい様に考えていた。

「いつか」気付いてもらえる。「いつか」振り向いてもらえる。「いつか」辿り着ける。「いつか」あの人の……アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立てる、と。そうやって現実を見る事なく、ただただ妄想していただけ。

 

 そんな事はわかりきっていた。わからない筈がなかった。自分(ベル・クラネル)あの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)には、見上げるだけしか出来ていない、大き過ぎる差があるのだと。

 

 なのに、悔しい。悔しくて悔しくてたまらない。その現実を自分で理解するのではなく、他人から理解させられてしまった事がどうしようもなく悔しい。

 ただ憧れるだけで、必要な努力をしてこなかった自分が恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。そんな事わかっていた筈だったのに、現状に甘え、()()()()()()()()()()自分の事がどうしようもなく恥ずかしい。

 

 そして……あの男の人の言っている事が何一つ間違っていなくて、その事に納得して、諦めかけてしまう自分の事が、本当に腹立たしい。

 

 

「何より、雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

「──ぐっ……!」

「ベルさん!?」

 

 

 アイズに視線を向けたまま、突如真剣な表情になるベート。そしてベルはその言葉が耳に届くと、振り返らずにその場から逃げる様に飛び出してしまった。

 シルがそんな彼を心配する様に声をかけ、追いかけようとするが──

 

 

「うおっと危ねぇな。なんだなんだ?……ってお前さん、ヘスティアちゃんとこの坊主じゃねぇか。なんだ、奇遇だなおい」

 

 

 ベルが店の入口から飛び出そうとした瞬間、大柄で筋肉質な男性──オリオンとぶつかったのだった。

 何事かと驚いたオリオンだったが、すぐにその勢いよくぶつかってきた相手があの時の少年だと理解した。ベルは勢いよくぶつかって尻もちをついてしまい、そしてオリオンに気付いたのか気付かなかったのか、そのままどこかへと駆け出してしまったのだった。

 

 

「せっかくだし一緒に酒でも──ってえっ?無視か!?お前までそういう扱いすんの!?」

 

 

 にかっと笑うオリオンだったが、気付いた時には既にベルは駆け出した後。そのまま外に駆けていったベルに、オリオンも店先まで出てその後ろ姿に声をかけようとするが──既にベルの姿は見えなくなってしまっていた。

 

 

「ベルさん……」

「うおっと。なんだシルちゃんか。もしかして坊主と知り合いなの?何かあったの?あいつ」

 

 

 いつの間にかオリオンの隣に立ち、そしてオリオンと同じ様にベルの後ろ姿──というよりも、駆けていった方向を心配そうな眼差しで見つめていたシル。どうやらオリオンは彼女と知り合いなのか、気軽そうに声をかけた。

 

 

「あっ、オリオンさん。いらっしゃいませ……あの、実は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふーん。なるほどなぁ」

「何がどうなってるのかわからないんですけど、どんどんベルさんの顔色が悪くなっていって……そしたら、こんな事に」

 

 

 そのまま店先で話し込むオリオンとシル。簡潔な内容であったためほんのすぐに終わる話だったが、それでもオリオンは全てを理解した様だった。

 そして遅れて店先へと現れたアイズ。どうやらオリオンはアイズとも顔見知りなのか「よっ、アイズちゃん」と気軽な挨拶をし、アイズは小さくぺこりとお辞儀をする。

 

 

「んー。つー事はあれか、坊主の野郎、よりにもよってこの店で食い逃げしやがったのか……まぁ多分そういうつもりじゃなかったんだろうけどよ」

「オリオンさん、あの子の事知ってる、の?」

 

 

 手で顎を擦りながら溜息を吐くオリオンに、近付かずに少し距離を取ったまま尋ねるアイズ。そんな彼女に「相変わらず警戒し過ぎじゃない?」と大袈裟に落ち込むオリオンだったが、その事には全く反応しないアイズ。

 シルに至ってはそんな二人を気にする事なく、ただただベルが駆けていった先を見つめていた。

 

 

「まぁそうね、知り合いっちゃあ知り合いだわ。ちょっとした知り合い。まぁいいや、ったく仕方ねぇなぁ」

 

 

 少々面倒そうな様子のオリオンは、そのままずかずかと《豊穣の女主人》の中へと入っていく。店内は()()()()食い逃げか、と異様な空気に包まれていたが──どうやら店内の客もオリオンの事を知っているものが多いのか、食い逃げ犯の事よりもオリオンに関する話でざわつき始めた。

 

 そうしてそんな視線を気にする事なくカウンターへと辿り着いたオリオン。店主のミアは先程の食い逃げ犯──ベルに対してかなりご立腹なのか、あからさまに機嫌が悪くなっていた。

 

 

「ほれミアちゃん。女将から預かったレシピ」

「あいよ、確かに。お礼を言っといてくれるかい……後ね、何度も言ってるけどちゃん付けはやめな」

 

 

 小さく折りたたんだメモを渡されたミアは、当初こそ不機嫌な感情を抑えていたが、オリオンのその呼び方に対してギロリと凄まじい圧の視線を向ける。

 そのもはや殺気とも呼べる様な圧力に、店内の客はもちろん《ロキ・ファミリア》の面々でさえも冷や汗をかいてしまう。普段ならばまだしも、食い逃げの後だからなのだろう。その凄まじい機嫌の悪さに、従業員達も怯えの色が見えていた。

 

 しかしその圧力を向けられたオリオンはというと、特に気にした様子もなく、わははと笑っていた。

 

 

「まあまあ、機嫌治してよミアちゃん……ほら、今さっき食い逃げした坊主のお会計、いくら?」

「……はぁ。なんだいアンタ、あの小僧と知り合いなのかい?そんでアンタが払うって?」

 

 

 ミアの圧力を笑いながら再度ちゃん付けをして受け流すオリオン。これは鉄拳制裁になると店内に緊張が走ったが──ミアはその鉄拳を繰り出す事なく、ただ呆れた様に溜息を吐くだけだった。

 

 

「まぁそんなとこ。なんていうのかねー?知らんぷり出来る様な他人じゃない、って感じ?」

「はぁ?……まぁいいよ、払ってくれるんなら何でもね。締めて1,350ヴァリスだよ」

 

 

 ふっと微笑むオリオンに、疑問の色を見せながらも答えるミア。そしてその金額を聞いたオリオンは「ほいほい」と丁度の金額をミアに手渡す。そして、「まぁさ。許してやってよ、あの坊主の事」と笑いながらオリオンが言うと、ふん!と鼻を鳴らしながらミアは厨房に戻っていったのだった。

 

 

「オリオンさん……ありがとうございます」

 

 

 いつの間にか近付いていたシルが、何故か申し訳なさそうに頭を下げる。そんな様子のシルに、「いいのいいの気にしないで」と笑うオリオン。そんなオリオンに、シルもまた笑顔を返した。

 

 

「んじゃ、俺は帰るよ。元々レシピを届けに来ただけだったし、なーんか酒を飲む気分でもなくなっちゃったしね」

 

 

 何か飲み物でも、とシルは自分のポケットマネーからご馳走しようとしたのだが、大丈夫、と断るオリオン。また来るからと微笑む彼に、シルはまた申し訳なさそうな笑顔を向けたのだった。

 そして帰ろうと歩き出したオリオンは──店を出る前に、《ロキ・ファミリア》の一行の所、ベートの席の所で立ち止まった。

 

 

「随分悪酔いしてるみてぇだなぁ、狼小僧。ここは酒場だし酒を楽しむのは当然だけどよ。酒に楽しませられてる様じゃあまだまだだな、ん?」

 

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ベートを見下ろすオリオン。そろそろベートをどうにかしようかとしていたフィンやリヴェリア、ガレスだったが、オリオンに先を越されてしまったのだった。

 ベートはその言葉の真意がよくわからなかったのだが、それはそれとしてバカにされたのは間違いないとしたのか、あぁ?とオリオンを睨みつける。その他の多くの面々もオリオンの言葉の意味を理解出来ていない様だったが──それはそれとして、一触即発の空気に緊張が走る。

 

 

「何が言いてぇんだよ、おっさん」

「お兄さんだっつんだよ、相変わらず失礼なクソガキだな!……まぁアレだ、お前さんも色々あるんだろうが、それを誰かに押し付けて貶めんのはめちゃんこかっこ悪ぃぞ、って事だよ。若人」

 

 

 不機嫌なベートに対し、笑いながら肩をポンポンと叩くオリオン。その様子を見ていたレフィーヤは女の子としてあるまじき表情を──もとい、引き攣った表情を見せていた。

 ベートは相当酔っ払っているしこれはやばいのでは、と緊張が走る《ロキ・ファミリア》の面々だったが、当のベートは大きく舌打ちをしながらオリオンの手を払い、それ以上は何もしなかったのだった。

 

 

「おっと雰囲気を悪くしちまったか?悪い悪い。それじゃ楽しんでなー!わはははは」

 

 

 オリオンはそう告げると、笑いながら店を後にする。レフィーヤを含む様々な客達は、そんな彼の後ろ姿を不思議そうに見つめていた。

 

 

「一本取られたね、ベート」

「ちっ!」

 

 

 からかう様な笑顔をベートに向けるフィン。そんな彼にベートは噛み付くわけでもなく、先程と同じぐらい大きな舌打ちをするのだった。

 そんな様子をまた不思議そうにしながら見ていた《ロキ・ファミリア》の面々だったが──何故かリヴェリアやガレスも微かに笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──せやあぁぁぁぁあ!!」

 

 

 オラリオのダンジョン。《上層》と呼ばれ、初心者や新人冒険者──Lv.1の冒険者達が主とする戦場。そこで一人、一心不乱にモンスターと戦い続ける少年がいた。

 その異様なまでの戦いぶりは、もはや自殺願望でもあるのかと思う程。多くはないが、それでも確かに積み重ねていた経験の中で洗練されていた少年の戦いぶりはどこへいったのか、現在の彼はまるで獣の様な有様となっていた。

 

 少年の名はベル。ベル・クラネル。悔し涙を知った少年は、一人ダンジョンへと赴いていた。

 

 

「諦めたく、ない……嫌だ、あんな、思いは、もう、嫌だ……!」

 

 

 次々とモンスター達を魔石へと変えながら、ベルは一人吠える。その顔には涙の跡がしっかりと刻まれていた。

 一体どれほどの間戦い続けていたのか。全身は血や泥で汚れ、ベルの特徴である無垢の様な白髪も同じ様に、その美しさを損なっていた。

 

 

「僕は、僕、は……」

 

 

 突然、事切れた様に倒れるベル。長い時間休みなしに延々とモンスターと戦っていたのだろう。そのまま完全に意識を失ってしまっていた。

 しかし気を失って尚、その右手にはナイフを強く握り締めたまま。そこにはどこか執念めいたものを感じる程の有様だった。

 

 しかし例えナイフを握り締めていようが、気を失っては元も子もない。これ幸いにとそんなベルに近付くコボルト達。

 ニタァとおぞましい笑みを浮かべた、その時──

 

 

「"失せよ"」

 

 

 静かに、そして冷たく通っていく声。背後から聞こえてきたその刺す様な声にコボルト達は振り向く事すら出来ず、怯え震える。

 そしてゆっくりと近付いてくる足音が聞こえ──コボルト達は脱兎の如く逃げ出したのだった。

 

 

「全く。こんな所で寝るだなんて、一体何を考えてるんだお前は」

 

 

 気を失い──というよりもすやすやと寝ているベルに、叱る様な言葉ながらも、優しく語りかける人物。表情はわからないが、その声からは確かに愛情を感じる。

 

 

「何があったかは知らんが……きっと色々あったんだろう?」

 

 

 その汚れきった白髪の前髪を、宝物を触るように優しく撫でる。

 

 

「どうやら此処に来ているらしい、というのは()()を通して知ったが……本当にお前が来ているとはな」

 

 

 反応のないベルに対し、独り言の様に静かに、そしてゆっくりと紡いでいく。

 

 

「会えて嬉しい。本当に。大きくなったな……ベル」

 

 

 ベル、と呟く人物。その人物は真っ黒な仮面を被り、全身を漆黒で纏っていた。

 そしてその仮面を外し──濡れた様に漆黒の瞳をベルに向け、微笑んだ。

 

 その微笑みを向けられたベルは夢でも見ているのか、小さく「お兄ちゃん」と呟いたのだった。

 

 






どうも作者です。
遂に第十話!特になんて事はないんでしょうが、ちょっとした節目な感じがします。早すぎますか?ですよね。

そしてとうとうやらかしベート君のシーン。ですがここ、私的にはベート君の魅力が垣間見えたシーンだと思います。あ、原作の話ですよ?
もちろんめちゃくちゃ乱暴だし、途中から酷い事を言い始めてますが、それでもベートの信念の様なものが垣間見える所だなぁ、とかなんとか。そこを上手く表現したかったのですが、どうなんだろコレ。完全に嫌な奴になってないかなコレ。
そして今回のラストでは……!おっと。ここまでにしときます。

そしてまさかの!お気に入り数が250を超え、しおりが100を超え、UAに至っては20,000超え!びっくりです!かなり下位ですが、新作日間ランキングや週間ランキングにもお邪魔してました!本当にありがとうございます!!
まさかこんな事になるとは。書き始めた当初は夢にも思わなかったです。本当に感謝です。
これからも精進しますので、今後ともよろしくお願いします!

ではこの辺で。また次回にお会いしましょう!

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