時は少し遡り、ベルが《豊穣の女主人》へと足を踏み入れるほんの少し前。
《
「──全くぅ。ベル君ときたら!」
「もう許してあげなよー。ベルってばかなり落ち込んでたよ?」
頬を膨らませる女神とけらけらと笑う少女。ヘスティアとリツカはベルが《豊穣の女主人》に辿り着く少し前から、既に夕食を楽しんでいた。
ベルを庇う様なリツカの発言に、ヘスティアは「むぅ……」と唸り声をあげながら酒を口に運ぶ。言葉ではベルを非難していたが、どうやら彼が落ち込んでいたと知り、その怒りはどこかへと消えてしまった様だった。
結局ヘスティアの機嫌も元に戻り、二人は《
この店は比較的安い値段で美味しいご馳走を楽しめる。何よりもおすすめなのは、焼きたての自家製パン。少々スパイシーな肉料理や新鮮なサラダももちろん笑顔になるほど美味しいのだが、しかしこのパンは頭一つ飛び抜けている。何せあの《豊穣の女主人》に足を運んだとしても味わえない程の至高の逸品なのだ。
そしてその値段。一人辺り200ヴァリスもあれば十分満足出来てしまうのだ。
一般的な一度の食事が50ヴァリスもあればお腹を満たせる、という事を考えると安くは聞こえないかもしれないが、しかし200ヴァリスで至高のパン、前菜とメイン、飲み物、デザートのフルコースを楽しめるのだ。これを高いというならば、オラリオで外食した事がないのだな、と笑われてしまうだろう。
もっというと、かの《豊穣の女主人》ならば、200ヴァリスで何かしようと思ってもドリンクを頼んで終わりである。もちろんかの店が割と高いというのもあるが、それでも高級店というわけではなく、一般的な大衆向けの酒場の部類に入る。故に、《
しかし、《豊穣の女主人》にもその高めの値段に見合うだけの──否、それ以上の価値がある。なのでどちらも素晴らしいお店、という事である。
そうしてヘスティアは料理と酒を、リツカはパンと特製ジュースを楽しみながら、会話の中心はとある件についての事となっていた。
「──それにしてもベルってば凄いよねー。何があったのかはさっぱりだけど、急にあんな成長しちゃうんだもん。お姉ちゃんは何だかちょっぴり寂しいです」
思いを馳せる様に店の天井に視線を移すリツカ。冗談交じりの口調ではあるが、その表情には少し寂しげな様子が伺えた。
「……うん」
「もちろんさ、ベルがすっごい頑張ってたのを間近で見てたし、ベルの夢も知ってるから凄く嬉しいんだけどね?でも……なんか置いてかれちゃう気がしちゃうんだぁ……」
手に持った特製ジュースに視線を移し、寂しげに微笑むリツカ。そんな彼女の様子をヘスティアは、少し複雑な表情をして見つめていた。
この時、ヘスティアの心の中にはとある思いがあった。言うべきか言わざるべきか。ベル自身には
彼女は現在、パーティリーダーの様な存在である。そして同じファミリアであり、自身は元よりかの少年も信頼している少女なのだ。個人のスキルを勝手に明かすというのは、倫理的に考えるとかなり問題があるが、しかしやはり万が一があった時のためにも話しておくべきでは──と悩みに悩んでいたヘスティアは、眉間への皺が凄い事になっていた。
「ヘスティア?女の子がしちゃダメな顔になってるよ?」
「ちょっ、失礼だな!……えっと、あのね、リツカ君。聞いてほしい事があるんだ」
ヘスティアのその真剣な表情と声色に、リツカは少し困惑した表情を見せる。しかしその態度からきっと何か大切な話なのだろう、と真剣な声で相槌を打った。
「ベル君の……スキルについてなんだ」
「へっ?」
予想だにしなかった発言だったのか、リツカは素っ頓狂な声をあげてしまう。即座に恥ずかしそうに小さくなるリツカだったが、ヘスティアはそんな彼女の反応を気にしていない様子だった。
「えっと……ちょっと待ってねヘスティア。そもそもベルってスキルが発現してたの?」
「……うん」
尚も真剣な表情を崩さないヘスティアに、リツカも恥ずかしさを我慢しつつ同じく真剣な表情を返す。スキルというかなり個人的な話であり、第三者に聞かれでもしたら面倒事になるかもしれないと、リツカは出来るだけ声を潜めながら尋ねた。
「実は、ね。昨日にはもう発現してたんだ」
「昨日、って……もしかしてミノタウロスが原因?」
「ミノタウロスというかなんというか……とにかくベル君は間違いなくスキルを手に入れたんだ」
昨日発現したというヘスティアの言葉に、当初こそ驚きの色を見せていたリツカだったが、しかし
しかしリツカはそれとは別の疑問を抱く。何故?と。
「ベルにスキルが発現したってのはわかったよ。むしろお祝い事じゃん!でも、何で改まって私に?」
スキルというのは個人情報である。しかもかなり秘匿性の高い個人情報だ。まず、外部には漏らさない。
もちろん有名になればなるほど明かされてしまうのは仕方のない事だが、それでも様々な問題を避けるために隠すのは当然の事なのだ。しかも弱小ファミリアならば余計に、である。
そしてまた特殊であれば同じファミリアのものにでも隠す事はあるのだろう、とリツカは考えた。明かしてくれた事は素直に嬉しいが、何か問題のあるスキルなのだろうか?と身構えるのだった。
「うーん、えっと……実はさ。まだベル君にも伝えてないんだよね……あはは……」
「はぁ!?」
リツカがあげた突然の大声に、店内にいたものたちが何事かと一斉に視線をリツカに向ける。当のリツカは「すみません」とバツが悪そうに頭を下げ、若干顔を赤らめながらヘスティアに向き直した。
「どういう事なのヘスティア!?何でベルに言わないで私に言ってんの!?」
リツカは声を潜めながらヘスティアに詰め寄るが、ヘスティアは「いやぁ」「だってさぁ」と煮え切らない態度を取り、リツカはそんな彼女に困惑した表情を向ける。
一体何を考えてるんだこのロリ巨乳は、とリツカが考えていると、ヘスティアがようやく説明をし始めた。
「なんていうかさ、特殊なんだよ。こんな特殊なスキル、ボクだって今まで聞いた事がないんだ。リツカ君の
視線をリツカから、まだ半分程酒が残っているジョッキへと移すヘスティア。その表情は若干混乱している様に見えた。
その表情に加えヘスティアが「あの魔法」と口にした事により、リツカは彼女を詰め寄ろうとしたのを改めた。
ヘスティアが口にしたあの魔法。リツカに
確かにあの魔法と同じぐらいならば特殊なのかもしれない、と考えたリツカは、真剣な眼差しでヘスティアを見つめる。そしてその視線の先の女神は、リツカに視線を移すことなくジョッキを見つめていた。
「……とりあえずそこは置いといて、どんなスキルなの?」
「"
"
「早熟する。懸想が続く限り効果が持続し、懸想の丈により効果が向上する」
懸想──異性への想いである。つまりベルに発現したスキルは、女性への一途な想いにより力を発揮するというとんでもないスキルだったのだ。
「なんじゃそら……むっちゃくちゃなスキルじゃん」
「いや本当にね……はぁ。だからほら、突然ベル君の基本アビリティの上昇の仕方が凄い事になってただろ?あれも多分、このスキルのせいだと思うんだ」
なるほど、と納得をした様な表情をするリツカ。確かにそうであれば合点がいく。あの意味不明な成長はこのスキルによるものだったのか、と。
しかし何故ベルに黙ったままなのだろう?と新たな疑問が浮上したリツカだったが、その疑問を口にするより先にヘスティアが口を開いた。
それはおそらくではあるが、「懸想をしなくなった瞬間にこのスキルは効果が無くなる、もしくはスキルそのものが消失する恐れがある」というものだった。
消失するかどうかはわからないが、しかし効果が無くなってしまうというのはほぼ間違いないのだろうな、とリツカも納得した。「懸想が続く限り効果が持続する」、これは懸想をしなくなった段階で効果が持続しない、つまり効果がなくなるという事なのだ。再度懸想すればどうなるかはわからないが……しかしそれは希望的観測が過ぎるだろう。
故にヘスティアは、ベルにその事をあえて告げなかった、という事なのであった。
「なるほどね……そりゃ確かに内緒にしてた方がいいかも」
特製ジュースを口に運びながら、リツカはもうほとんど残っていない料理に視線を移す。彼女はそんな色んな意味でとんでもないスキルを発現させた大切な仲間──ベルの事を考えていた。
人によってはその事を教えておいた方がいいのかもしれない。しかしベルに関しては間違いなく逆効果になるだろうな、と確信していた。
ベルは良くも悪くも真っ直ぐ過ぎるのだ。正直過ぎるといってもいい。故にこの事を知ってしまったらまず間違いなく空回りし、下手をしたらこの事に囚われ過ぎてダンジョンでの戦闘にも身が入らないかもしれない。そうなれば待っているのは──悲惨な最期である。
ちなみに、リツカは当初こそスキルの効果が無くなる云々はベルならば大丈夫じゃ?と思っていた。なんだかんだいってもベルは一途な男の子だろうと思ったのだ。
しかしベルはどうも女性に対して免疫が全くなく、更には
故に──悪いオンナに騙されて懸想があっちこっちにいく可能性も、これは十分にあるな、とリツカは考え直したのだった。
「……ヘスティア。大正解だわ」
視線をヘスティアへと移し、真剣な表情で見つめるリツカ。考えれば考える程、ベルという男の子には黙っておいた方がいいと確信したのだった。
しかしそんな中ヘスティアは──何故か口ごもっていた。
なんとか某とか聞こえた様な気がする。一体全体うちの女神様はどうしたんだ?とリツカが口を開こうとすると、ヘスティアは不満げな感情を隠しもせずに、何かを憎むかの様な表情で口走った。
「それにヴァレン某!どこの馬の骨かは知らないけどさっ、そんなヤツの手でボクのベル君が染められちゃうなんて気に入らない!全くもって遺憾だよっ!これは神に対する冒涜だっ!」
「……は?」
口早に不満を発するヘスティアに対し、口を半開きにしながら呆然とするリツカ。ヘスティアはそんな彼女の反応を気にもせずに、ぷりぷりとしながら不満を露わにしていた。
何故リツカがこんな反応したのかというと、何を隠そう今の今まで彼女は、ベルの懸想の相手がヘスティアだと思っていたのだ。
リツカは知っている。ベルがどれだけヘスティアの事を大切に想っているか。そしてあのミノタウロスの一件の後、共に語り合ったヘスティアへの想い。もう二度とあんな顔をさせないと共に誓い合った日。そして、ヘスティアにからかわれると顔を真っ赤に──いや、女性であれば彼は同じ様に真っ赤になるのだが、そうだとしてもベルはヘスティアに特別な感情を抱いているのだとリツカは思っていたのだ。
そしてヘスティア本人も、ベルに対して眷属以上の感情を抱いているというのはもはや明白だった。
故に、神と人が恋愛が出来るのか?という疑問はあったが──そんな二人を応援しよう、とリツカは密かに誓っていた。誓っていたのだ。
しかし。ここにきてのヘスティアのこの発言である。リツカが呆然としてしまうのも無理はないだろう。
「えーと……え?その懸想の相手って、ヘスティアさんじゃないんです?」
「それならばどれだけよかったかっ!本当はそうなんじゃないかって今でも信じたいっ!信じたいけど違うんだ!ベル君は……ベル君はああぁぁぁ」
打ちひしがれているヘスティアに、呆然としつつも尋ねるリツカ。その返答は自分ではない、というものだった。涙を流すヘスティアに、リツカは優しく頭を撫でる。
「リツカくぅん」とその手に縋るヘスティアの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、そんな彼女にリツカは慈愛に包まれた笑顔で、「ばっちぃ」と優しく答えたのだった。
「酷いよぉぉ」と喚くヘスティアに対し、リツカはそんな彼女の頭を撫でて宥めながらベルに思いを馳せていた。そう言えばあの時、助けてもらった金髪の女性──アイズ・ヴァレンシュタイン、もといヴァレン某の事をエイナさんに聞いていたな、と。
そして確かにその時のベルは、恋に落ちたような様子だったな、と。
そういう事かと納得したリツカは、顔が体液まみれとなっているヘスティアに視線を移す。そしてもう一度微笑みながら、「ばっちぃ」と答えたのだった。
そうして泣きじゃくるヘスティアを宥める事数十分。ようやく彼女も落ち着き、リツカの手は彼女の体液まみれとなっていた。
「ありがどう、リヅガぐん……でもばっちぃって酷いじゃないかぁ」
「見てよこれ、私の手。このねっちょりしてる手を見ても同じ事が言えるのなら謝りましょう」
「えー、その、ありがとうございました」
「いえいえ。家族ですから」
聖母の様に微笑みながら体液まみれの手を向けるリツカに、何も言えなくなるヘスティア。そんな彼女にリツカは嫌な顔をするわけでもなく、しょうがないな、という様な笑顔を向けるのだった。
「まぁ色々わかったよ。そのヴァレン某への嫉妬もあって言わなかったんだね?」
「うん……」
少々呆れた様に尋ねるリツカに、小さな子供の様な反応で返すヘスティア。リツカはそんないじらしい反応を見せるヘスティアを、とても愛しく思う。神といってもこういう所は人と変わらないのだな、とも感じたのだった。
そしてそんな愛しい我が女神を……私の可愛いヘスティアを泣かすヴァレン某、もといアイズ・ヴァレンシュタイン。奴だけは許さぬ、絶対に許さぬからな、と一人違ったのだった。
もちろん、それはそれとしてベルの恋愛は応援するのだが。しかしそれはそれとして、リツカはヴァレン某などという人物よりもヘスティアの方がベルを幸せに出来ると思っているし、それにそもそもヴァレン某という人物の事をほとんど知らないのだ。
故にリツカがヘスティア派閥に与するのは当然の帰結だろう。
「私はヘスティアの味方だから、ね?それとも私じゃ不満なのかな?だとしたら私、傷付いちゃうなー」
「そんな事ないよ!リツカ君はボクにとって一番最初の
「ふふふ。ありがと。わかってたけど、でも口にしてもらえるとやっぱり嬉しいね」
先程までは打ちひしがれていたヘスティアだったが、リツカの言葉にすぐに真剣な表情で答える。そんな彼女の想像以上の様子に、リツカは若干照れながら答えた。
そんなリツカにヘスティアは、愛おしそうな表情で返したのだった。
「そしたら結論はベルには内緒の方向で、って感じかな?」
「そうだね。ヴァレン某の事もあるけど……その事は抜きにしても伝えるのはよくないと思うんだ」
「うん。私もベルの性格上、伝えない方がいいと思う」
そうしてガールズトーク、もとい若干一名を除いたファミリア会議は、「ベルには内緒」という結果となったのだった。
「それとさっきも言ったけどさ。私はヘスティアの事、応援してるから」
「リツカくぅん……!」
「弱気になるな女神よ!我々のベルを狙おうなどとは100年早い!ヴァレン某何するものぞ!!」
「そっ、そうだよね!ボクの……ボク達のベル君は渡さないぞ!ヴァレン某何するものぞ!!」
「ちょっとー?ヘスティア様にリツカちゃーん?もうちょっと静かにしてもらえるかなー?」
固い握手を交わし、《ベル君は絶対に渡さないです隊》、またの名を《反ヴァレン某同盟》を結成したリツカとヘスティア。そもそもリツカは、ベルに対して異性としての特別な感情──つまり恋愛対象として見ているわけではないのだが、しかしそれはそれとしてヘスティアを応援するために、自らも所属する事になったのだった。
ちなみに隊長はヘスティア、副隊長はリツカである。そして今後、他にもこの隊に所属するものが現れていくのだが──それはまた別のお話。
そうしてセクシーな服装の店主に注意されたリツカとヘスティアは、静かに深々と頭を下げる。その様子を見た店主は呆れた様子を見せながらも、暖かな微笑みを向けたのだった。
「さて!そろそろ帰ろっか、リツカ君」
「そうだね、もうベルも帰ってきてる頃だろうし。機嫌直してあげなよー?」
「わっ、わかってるよぅ。落ち込むベル君も可愛いけど、流石に可哀想だし……」
「あははは。ヘスティアって時々愛情が歪んでるよね」
残り少なかった料理と飲み物を空にし、席を立つリツカとヘスティア。「愛が歪んでる」と烙印を押されたヘスティアは抗議していたが、その反応に対しリツカは笑って返していたのだった。
そうしてリツカが会計を済まし、二人は《
ヘスティアのベルへの気遣いに対し、「きっと喜ぶよ」とリツカも笑顔で答えた。
リツカとヘスティア、《ヘスティア・ファミリア》の女性陣はもう一人の大切な家族──ベルがどうなっているかなどに気付ける筈もなく、ベルのその幼さが残るあどけない顔を屈託のない笑みで満たすのを想像しながら、二人は帰路についたのだった。
どうも作者です。
第十一話となりました。何かもう言わなくてもわかると思いますが、前回のお話が「ベルside」で、今回のお話が「リツカ&ヘスティアside」といった感じとなります。まぁその、ガールズトーク回ですね。
そして遂に結成された謎の組織。なんかどっかの方言みたいな名称ですが、二人は特に気にならないんですかね。なんか強そう。これから構成員は増えるのかな?どうなのかな?
原作とは違いヴァレン某と敵視する存在が増えましたが、ベルとアイズはどうなるのでしょうか。そういった所も楽しみにして頂ければ!
では今回はこの辺りで。次回にお会いしましょう!