迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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第十三話 ホームでち

 

 

「ちゅちゅん!お前様方、準備はいいでちか?」

 

 

 割烹着姿の幼女──もとい、頭に雀を乗せた小さな女性。ティアマトよりも更に小さいその女性は、ハサンやティアマト、オリオン、そして子供達の前に立っていた。そのままでは後ろの方が見えないからだろう、子供が使うような台に乗って皆を見渡していた。

 

 その幼女の様な割烹着姿の女性の問いかけに、子供達が元気良く返事をする。ティアマトは彼女にニコニコとした表情を向けながら、控えめな声で「はーい」と答え、オリオンは誰に視線を合わせるわけでもなく「うーっす」と返事をしていた。

 そして、()()()黒以外の色の服を着ているハサンは──視線を割烹着姿の女性に向けながら、小さな声で「あぁ」と呟いていた。

 

 

「うんうん、今日も元気でちね。それでは、いただきます!でち!」

 

「いただきます!」

 

 

 先程にも負けない元気な声で答える子供達。ハサン、ティアマト、オリオンも「いただきます」と答えていたが、その言葉は子供達の元気な声によりかき消されていた。

 

 食事をする時に行う挨拶の儀礼の様なものを終えると、割烹着姿の女性はハサン、ティアマト、オリオンが座っている席へと足を運んだ。そんな彼女にティアマトは、「お疲れ様でした」と微笑む。そんな彼女の労いに、割烹着姿の女性は「ちゅちゅん」と答えるのだった。

 

 皆の目の前に広がるのは美しい食事の数々。美しく艶やかな白い輝きを放つ、極東では主食の穀物『コメ』、これもまた極東では伝統的な『ミーソ』と呼ばれる調味料を使用し、『ダイコーン』や『ニンジジン』などのたっぷりの野菜が入った、濃厚な香りを放つ『ミーソ汁』、オレンジ色の身が特徴的な『シャーケィ』という旬の魚を焼き、『セウユ』というこれまた極東で愛されている漆黒のソースを少量かけた焼き魚、ダイコーンをあっさりとしたほんのり甘酸っぱいスープで漬けたもの、そして高級品である『ランバダ鶏の卵』をほんのり甘く焼いた卵焼き。そしてデザートには、これまたランバダ鶏の卵で作ったプリン。しかもこのプリン、この大人数にも関わらず、一人一人の好みの甘さに合わせて作られているのだ。もはや神業である。

 

 

「あまりにも長い事帰ってこないでちゅから、顔を忘れる所でちたよ」

 

 

 ティアマトが引いた椅子に座りながら、ハサンに呆れた様な表情を向ける割烹着姿の女性。その少々非難めいた視線に、ハサンは言い訳の一つもせずに謝罪の言葉を口にした。

 

 その言葉を受けてなのか、それとも()()()()()に慣れているのか、小さな溜息で答える割烹着姿の女性。そんな彼女の様子に、ティアマトは「まぁまぁ」と彼女を宥めようとし、オリオンは目の前の料理──割烹着姿の女性が、丹精込めて作った朝食に夢中になっていた。

 

 

「全く。()()()は甘いでちよ。たまにはスパっと言わないと、この男は結局また周りに心配ばかりかけるんでちゅから」

「まぁまぁ、そのぐらいで許してやれよ女将。こいつだって少しは反省したみてぇだぜ?」

「女性のお尻ばかり追いかけてるダメダメな甲斐性なしには発言権はないでち」

 

 

 オリオンから女将、と呼ばれた割烹着姿の女性は冷ややかな視線をオリオンに向ける。そしてその鋭い刃物での一閃の様な言葉を浴びせられた彼は、「そこまで言う事ないじゃん……」とその目からは一粒の雫が輝いていたのだった。

 

 

「これからは善処する。遅くなりそうな時は何かしらの手段で連絡しよう……だから機嫌を直してくれないか、紅」

「約束でちよ。あちきはいいでちが、ご主人やら子供達やらは見てられなかったんでちゅから」

 

 

 ハサンからは紅、と呼ばれた割烹着姿の女性は、その提案を以て──未だにやれやれといった表情をしていたが、しかし機嫌を直した様だった。

 

 

「ありがとう、紅ちゃん」

「いいんでちよ、ご主人。あちきは()()()()()でち。いつ帰ってくるのかわからないまま料理の支度をするのがどれだけ大変なのか、それをわかってもらえればあちきはそれでいいでち」

 

 

 自身が作った朝食を静かに口に運びながら、ティアマトの感謝の言葉に答える割烹着姿の女性。静かにハサンへの非難が含まれていたその言葉に、彼は「面目ない」と頭を下げるのだった。

 

 オリオンからは「女将」と呼ばれ、ティアマトや子供達からは「紅ちゃん」、そしてハサンからは「紅」と呼ばれるこの割烹着姿の女性。その名を紅閻魔(べにえんま)。彼女はここ《てぃあまとほーむ》の台所を司る絶対的な番人にして、皆の食事の用意をたった一人で毎日こなしているスーパー幼女、もとい凄い女性なのである。

 しかもその料理の腕も達人の域を遥かに超えており、あの《豊穣の女主人》の店主、ミアが教えを乞う程。そして時々ティアマトやオリオンが──実際にはその役目を担っているのはほとんどオリオンなのだが──《豊穣の女主人》へと赴き、紅閻魔特製のレシピを渡している。

 その代わりにミアは格安での仕入れルートを彼女に紹介したり、その他にも()()()()()()()()となっているのだ。

 

 

「──そういやそろそろ《怪物祭(モンスターフィリア)》をやる頃だよなぁ。なんか街の雰囲気も変わってきたしよ」

「そうか、もうそんな時期か」

 

 

 味噌汁を啜りながら、思い出した様に呟くオリオン。ハサンは全く気付いていなかった様な反応をし、そんな彼にオリオンは「おめぇよ、そんな調子だとあっという間にじじいだぞ」と呆れた様な表情で答えた。

 

 

「全くこいつときたら……で、お前さんらはお祭り、どうすんの?」

「私は子供達を連れていきますよ。せっかくのお祭りだし、楽しんでほしいもの」

「あちきもご主人と同じでち。子供達に万が一がない様に、目を光らせないといけないでちゅからね」

 

 

 朝食を楽しむ子供達を見渡しながら、微笑みを浮かべるティアマト。紅閻魔は料理を静かに口に運びながら答えた。

 

 

「ふんふんそうかそうか。んじゃあ俺は──」

「もちろんオリオンも一緒に行ってくれるんですよね?まさかこの人数の子供達を置いてきぼりにして、女の子にいかがわしい事をしに行こうなんて考えないですよね?」

「……もしふざけた事を抜かすならその舌、三枚に卸すでち」

 

 

 ニヤニヤとしながら何かを想像していたオリオンだったが、ティアマトの目が笑っていない微笑みと、目が笑っていないどころか殺気すら感じる程の圧力を向ける紅閻魔の視線に屈し、諦めた様な微笑みで頷くのだった。

 

 

「バイバイ、俺のかわい子ちゃん達……そんじゃあお前さんはどうすんの?」

 

 

 ほろりと涙を流していたオリオンだったが、そういえば、とハサンに尋ねる。ハサンは食事を終えており、料理が載っていた盆も既に片付け、『緑水』と呼ばれる、極東では一般的な熱めの飲み物を啜っていた。

 

 

「私は人知れず辺りを巡回するよ。その方が何かと都合がいいだろう」

 

 

 啜っていた緑水に視線を移し、なんてことない様に答えるハサン。そんな彼の様子を、ティアマトは寂しげな表情で見つめていた。

 紅閻魔は何か言いかけたが──その前にオリオンが口を開いたのだった。

 

 

「あのよう。もういいんじゃねぇの?俺達も割と名が通ってんだし、もういちいち顔なんざ隠さなくてもいいだろ。それによ、今は前みたいにお前ら二人だけじゃねぇ、俺達も居るんだ。それとも何か?俺達ぁそんなに信用ならねぇか?」

 

 

 先程までのおちゃらけた様子から一変、真剣な眼差しでハサンを見つめるオリオン。そんな彼に対しハサンは、緑水をもう一啜りして視線を合わせるのだった。

 

 

「誤解させてしまったみたいだな、オリオン。そういうわけではないんだ。ただ……私を恐れるものも少なくはない。その様な感情が子供達に伝播してしまえば、楽しいものも楽しくなくなるだろう?」

「だったら余計にあの仮面を外しゃあいいじゃねぇか。そもそもお前の素顔を知ってる奴なんざ、俺達とおっさん共ぐらい……まぁ、あと若干一名気付くかもしんねぇけどよ。そんなもんだろ?だったら問題ねーじゃん」

 

 

 ハサンとオリオンの会話が少しヒートアップし──というよりも、オリオンが熱くなっているだけなのだが──あわあわし始めるティアマト。子供達もそんなハサンとオリオンの雰囲気に気付いたのか、二人を心配そうに見つめていた。

 そんな事にも気付かずにハサンに視線を向けていたオリオンだったが、紅閻魔に「いい加減にするでち」と窘められた事でティアマトや子供達の様子に気付いたのか、「そういう遊びだよーん」と子供達に向けてわははと笑い、場の雰囲気を元に戻したのだった。

 

 

「あの仮面は、その、な……なんというか、外す決心が付かなくてな。皆には迷惑をかけて本当に申し訳ないが、もう暫く待ってほしい」

「オリオン、私からもお願いします。この子が……ハサンちゃんが自分の意思で外すまで、待っていてほしいの」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げるハサン。そんな彼を見つめていたティアマトもまた、ハサンを庇う様にオリオンに頭を下げた。

 

 

「おいおいやめろって。そういうつもりで言ったんじゃねぇから。な?俺らもいるんだからガキの事は心配すんな、ってだけだよ。別に無理して素顔を晒せっつってるわけじゃねぇから。だから頭なんか下げんなって」

「そうでちよ、ご主人、ハサン。こんな変態に頭なんか下げる必要ないでち」

「今日はいつにもまして酷くない?」

 

 

 食事を終え、誰に視線を合わせるわけでもなく熱い緑水を啜る紅閻魔に、抗議の声を上げるオリオンだったが、「昨日の夜、お前様が出かけてる時に苦情を入れに来た人がいたんでちよ」と彼女が鋭い視線をオリオンに向けながら言うと、彼はその大柄の身体を小さくしながら、「本当に申し訳ございません」と深々と頭を下げるのだった。

 

 

「そういえば()()()に会ったわ、ハサンちゃん」

 

 

 そんなオリオンと紅閻魔の様子を微笑ましそうに眺めていたティアマトだったが、ふと思い出した様にハサンに視線を移す。その言葉にオリオンも反応し、ハサンも微笑みを浮かべたのだった。

 

 

「俺も会ったぜ、例の坊主。こう言っちゃなんだけどよ、全然似てねぇよな、お前ら」

「そうかな?やっぱり兄弟だなーって私は思いましたよ?」

「ちゅん?何の話でちか?」

 

 

 ティアマトの言葉に「えっ」と困惑した表情を向けるオリオン。紅閻魔は何の話だかわからず、そんな二人に不思議そうな表情を向けていた。

 

 

「そうか、お前達も会ったか。中々に良い男だっただろう?」

「良い男っつうかなんつうか……んまぁ、厄介な相手に好かれそうだわな」

「ふふ。ちょっとしかお話出来なかったけど、素敵な少年でした……って、あら?もしかしてハサンちゃんも会ったの?」

 

 

 疑問の言葉を投げかけられたハサンは、その言葉に微笑を浮かべる。そんな彼の様子にティアマトは「あらあら」と少々驚いた反応をし、オリオンは「え?つい昨日までダンジョンに潜ってたんだよね?」と困惑した表情を浮かべていた。

 

 

「ちゅちゅん。お前様方、あちきは何の話だかさっぱりでち。一体何なのでちか?」

「何、大した事ではないよ、紅。ただ……弟が此処に来ていて、そして久々に顔を見た、というだけなんだ」

「いやそれ十分大した事だと思うんでちゅけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして皆も朝食を食べ終わり、ひと段落ついていた頃。食後の紅閻魔特製ジュースを楽しんでいたティアマトは、何かを思い出した様な表情をした。

 

 

「そういえば……今日の夜は《神の宴(パーティ)》だったわ。すっかり忘れてた」

「ん?……あぁ、《神の宴》か。私もいる事だし、楽しんできたらいい」

 

 

 オリオンは外で子供達と遊んでおり、紅閻魔は朝食の片付けをしている。その片付けをハサンとティアマトは手伝おうとしたのだが──「これはあちきの仕事でち」とスパッと断られ、二人は改めて食後のお茶を楽しんでいた。

 

 そんな中、ティアマトが口にした「パーティ」。ハサンは当初こそ何のパーティかと疑問に思ったが、しかし神が言う所のパーティ。それは《神の宴》かとすぐさまに納得したのだった。

 

 

「うーん、でも……ハサンちゃんも知ってるでしょ?私、少し苦手なの。心細いというかなんというか……」

「神ヘファイストスも来るのだろう?かの女神とは特に仲が良いのだし、それに神ヘスティア……は来るかどうかはわからないが」

 

 

 テーブルに突っ伏し、幼子の様に頬を膨らませるティアマト。どうやら《神の宴》へと赴くのに、乗り気ではないらしい。

「ヘスティア」という言葉を聞いたティアマトは、「どうせヘスティアは今回も来ないもん」と子供の様に口を尖らせていた。

 

 

「そうだ!ハサンちゃん、一緒に来てくれない?そしたら私、心細くない!」

「あのな、ティアマト……《神の宴》に私が行けるわけないだろう。そんな事をしてみろ。会場に入る前に私は帰らされ、結局お前は一人。それだけでなく、ただただ悪目立ちするだけだぞ?」

 

 

 呆れた様に答えるハサンに対し、ティアマトは「むぅ……」と再度頬を膨らませる。そんな彼女の様子を見たハサンは、仕方のないやつだ、と言わんばかりの呆れた表情を向けていた。

 

 

「はぁ……でも久しぶりにヘファイストスに会ってお話したいし、ちょっぴり億劫だけど行こうかな。ハサンちゃん、皆の事頼める?」

「あぁ、任せておけ。だがあまりにも辛かったならすぐ帰ってくるといい。その時は紅に頼んで、何か安らげるものでも作ってもらおう」

「ふふふ。ありがと、ハサンちゃん。そうしたらオリオンと紅ちゃんにも伝えてくるね」

 

 

 小さな顔に満面の笑みをハサンに向けた後、外で子供達と遊んでいるオリオンの元へと向かうティアマト。そんな彼女の後ろ姿を、ハサンは優しげな微笑を浮かべながら見つめていた。

 

 そんな中、ハサンはとある事に考えを巡らせていた。《怪物祭(モンスターフィリア)》についてである。

 かの祭は《ガネーシャ・ファミリア》というモンスターを調教(テイム)する事に特化しているファミリアが、その技術の粋を皆に見せる──というのがこの祭の()()()の理由である。出店も数多く、文字通り街中がお祭り騒ぎとなるのだ。

 

 

 その日は大人も子供も、冒険者であろうがなかろうが、皆が笑顔になる日。しかし、ハサンは──どこか、難しい表情をしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いいかい、ベル君。もう二度とこんな事はしないでおくれ。ボクとリツカ君との約束だよ」

 

 

 もう日もだいぶ傾き、街を夕方の空が覆う頃。《ヘスティア・ファミリア》のホーム──廃墟となっている教会の地下にある秘密の部屋、そこには女神と、二人の男女がいた。

 女神はベッドの上に、二人の男女はソファーに座っている。少女は真剣な眼差しで少年を見つめ、少年は申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

 

 何故このような状況になっているのかというと、少年──ベルが昨日から今日の早朝にかけて、一人ダンジョンに潜っていたという事。しかも、ダンジョンの中で気絶するまで無理を重ねていたのだ。

 運良く()()()()()に救ってもらい事なきを得たものの、本来であればそのままモンスターの餌食となっていた所だったのだ。その事をしっかりとわからせるために、この様な状況となっているのである。

 

 とある人物、黒面ことハサンに救ってもらったベルはシャワーを浴びた後、リツカと共に――もうだいぶ冷えてはいたが――《約束されざる勝利の台所(キッチン・オブ・ブディカ)》の自家製パンを食べ、そのまま気絶するかの様に眠りについた。

 しかしヘスティアがバイトから帰宅する前には目覚め、かの女神の帰りをリツカとベルの二人は掃除をしながら待っていた。

 そうして《ヘスティア・ファミリア》のホーム──となっている秘密の部屋が綺麗になった頃、丁度ヘスティアが大量のジャガ丸くんを抱え、帰宅したのだ。

 

 そうして一人ダンジョンに潜っていたベルのみ《ステイタス》の更新を行ったのだが──それは「成長が早い」なんて生易しいものではなかった。もはや「飛躍」と呼ぶべき上昇をしていたのだ。

 

 基本アビリティ、トータル340オーバーの上昇。こんなものは聞いた事がない。こんなもの、もしあの()()()()()()()()()()()()にバレたりなどしたら──と、ヘスティアは全身から冷や汗が吹き出していた。

 そして、一体どんな事をしたら、どんなに無茶な事をしたらこんな上がり方をするのだろう、とヘスティアはベルの背中を寂しげな表情で見つめていた。

 

 これはそのまま教えるのは不味いかもしれないとして、口頭で彼のステイタス──その基本アビリティの伸びを()()()()()()、そしてベルが一体どんな戦いを繰り広げたのかを想像しながら、彼に話し始めたのだ。もう二度とこういう事はやめておくれ、と。

 リツカも「どれだけ心配したか」と、涙目になりながらベルに訴え、ヘスティアの寂しげな表情と、リツカのその涙にベルは、自分がどれ程勝手な事をしたのか痛感した。もう二度と神様にそんな顔をさせないと誓ったのに。リツカにもこんなに心配をかけて、僕は一体何をしてるんだ、と改めて己の愚かさを実感したのだった。

 

 

「はい……もう──」

「でもね、ベル君。君が強くなりたいのはよくわかった。本当に、心からね。だから、ボクはその事を全力で応援する」

 

 

 俯きながら絞り出す様に言葉を吐いたベルを遮り、真剣な眼差しで彼を見つめるヘスティア。

 ベルが顔を上げてヘスティアと視線を合わせると、彼女は優しげに微笑んだ。

 

 

「ボクは全力で君を……()()を応援する。だからベル君、君も頑張るんだ。こういうやり方じゃなくて、リツカ君と二人で……いや、ボクも入れて三人で、頑張るんだ」

「そうだよ、ベル。今回みたいなやり方は許さないけど、でも三人なら大丈夫。なんたって私達は最強だからね!」

 

 

 柔らかい微笑みを向けるヘスティアと、弾けんばかりの笑顔で照らすリツカ。ベルはそんな二人の優しさに包まれ、身体を震わせながら涙を零していた。

 

 

 私は、強くなる。いつかあの人(黒面)とどこかで出会うために。そして、この二人のためにも。

 僕は、強くなる。もうあの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)に置いていかれないために。そして、この二人のためにも。

 

 

 リツカとベルはこの時、同じ事を考えていた。少しだけ理由は違えども、しかし「強くなる」「二人のために」というのは同じ。

 二人にとっての「あの人」がどういう存在なのか。その意味は違えども、それでもこの二人がその背中を見つめ続けている事に間違いはないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そういえば!ベル君をここまで送り届けてくれた人、黒面君っていうんだけどね?その子から君に、言伝を預かってるんだ」

 

 

 ベルが涙を流し、リツカもそんなベルに釣られてもらい泣きをし、ヘスティアが二人を宥め──だいぶ落ち着いた頃。ヘスティアは突然思い出した様にベルに視線を向ける。

 そんな彼女の様子に、ベルは不思議そうな表情で返し、リツカは「あー、そういえば」と、ヘスティアと同じ様に何かを思い出した様子をしていた。

 

 

「コクメン、さん?なんだか珍しい名前の人ですね」

「おいこらベルこのやろー。黒面さんはおめぇさんを助けてくれたんだぞ?それはそれとして、あの人をバカにしてるなら私の"凡人の一撃(ガンド)"が火ぃ噴くぞ?お?」

 

 

 人差し指をベルに向け、眉間に皺を寄せながら詰め寄るリツカに対し、「ちっ、ちが!バカになんてしてないよ!そういうのじゃなくて!」と必死に釈明をするベル。そんな二人をヘスティアは、困った様に笑いながら見つめるのだった。

 

 

「あのね、『黒面』っていうのは、その……通り名、みたいなものなんだよね。だからあの子の本名じゃないんだ」

「そうなの?てっきり本名かと思ってたけど……でもよくよく考えたらそうだよね。黒面って名前はちょっとおかしいよね」

「えっ……リツカ……?」

 

 

 驚愕した表情をリツカに向けるベルだったが、その一種の抗議の様な彼の態度は、完全に無視されてしまうのだった。

 

 

「まぁ、とは言っても本名は誰も知らなくてね。だからそのまま『黒面君』って呼んでるわけさ。あの子もその呼び方に不満があるわけでもないみたいだし」

「そうなんだぁ……聞いたら教えてもらえるかなぁ……」

 

 

 ぼーっと天井を見つめながら呟くリツカに対し、「それはどうかなあ」とヘスティアは困った様な笑みを向ける。そんなリツカの様子を見ていたベルは、何かあったのかな?と不思議そうな顔をしていたが、しかし先程のむちゃくちゃな発言を思い出し、これ以上何か言えば身の安全を保証出来ないな、と静かに口を閉じたのだった。

 

 

「そうだったそうだった、そんな彼からベル君に伝言。『女性を泣かす様なマネは二度とするな』だってさ」

「えっ……?」

 

 

 ヘスティアから聞かされた言伝に、驚いた顔をするベル。そんな彼の様子に、リツカとヘスティアは不思議そうな顔をしていた。

 

 

「どうしたん?」

「えっと、ちょっと驚いちゃって……」

「うん?何かあったのかい?」

 

 

 何かを思い出す様なベルの様子に、リツカとヘスティアは更に不思議そうな表情をベルに向ける。

 彼は──ベルは、懐かしい幼き日の頃を思い出していた。

 

 

【ベル。じい様から色々教えてもらってるとは思うが】

【女性を泣かす様なマネは、絶対にしてはダメだぞ】

 

 

「……昔、お兄ちゃんにも似た様な事言われたなぁ、って。なんだか懐かしいな、って思ったんです」

「そっか……もしかしたら黒面さんがベルのお兄ちゃんだったりしてね」

「あはは。そうだったらびっくりするし嬉しいけど、でももし本当にお兄ちゃんだったのなら隠す必要ないし。だから多分違うんじゃないかな」

「そうかなぁ……うむむむ。でも確かにそっかぁ」

 

 

 懐かしそうに笑うベルに対し、残念そうにするリツカ。ヘスティアはそんな二人を何とも言えない表情で見つめていた。

 

 リツカもヘスティアも、ベルの事情を知っている。彼自身から聞いているのだ。それは、中々に壮絶なものだった。

 ベルは物心ついた時から、祖父と兄の三人で暮らしていた。暮らしていたとある村は地図にすら載っていない辺鄙な村であり、住んでいる人も少なかったという。そしてベル達が暮らしていた家は、その村から更に外れた所にあったのだという。

 

 だがそれでも幸せに暮らしていたある日、兄が突然出ていってしまったのだ。ベルは泣き叫びながら必死に止めたのだが、「行かなきゃならないんだ」と頑なに譲らなかったらしい。そうして兄は消えてしまったのだった。

 

 そして、遂に祖父までもいなくなってしまったのだという。

 山に出かけていた祖父はそこで野良モンスターに襲われ、そのまま行方知れずに。村の人が言うには崖から落ちて絶望的だったという。大切な思い出が詰まった家に、まだ子供だったベルは一人取り残されてしまったのだ。

 ただ村の人達はそんなベルをとてもよくしてくれたらしく、生きていくには困らなかったのが唯一の救いだった、という話だ。

 

 そしてベルは、ここオラリオに来た理由を「英雄譚に出てくる様な英雄みたいになりたいから」とリツカとヘスティアに話していた。それは、いつか祖父と約束したものなのだという。

 そしてもう一つの理由。それは──()()()()()()()というものだった。

《迷宮都市オラリオ》は()()()()で最も有名な場所。故に兄の何らかの情報がわかるのでは?と思ったらしい。またそれだけではなく、オラリオで有名になればきっと兄の元にも自分の話が伝わり、兄が会いに来てくれるんじゃないか、と思ったというわけなのだ。

 

 そんなベルの話をリツカとヘスティアは──二人して大号泣しながらその話を聞いていたので、ベルがどれだけ兄に会いたいのか、全部ではないにしてもその気持ちはわかる、わかっているつもりなのだ。

 だからこそ、黒面という人物に兄の面影を重ねている様に見えるベルに、二人はなんて声をかけていいのかわからなかったのだった。

 

 

「大丈夫だよ、ベル君。黒面君がどうかはわからないけど、それでもきっとまた会える。そんな気がボクにはするんだ」

「……はい。ありがとうございます、神様」

 

 

 ベルの両手を優しく握り、柔らかな微笑みを彼に向けるヘスティア。しかし彼女は、黒面について考えていた。

 

 彼の事は何も知らない。本当に何も知らない。知っているのは、此処オラリオで惨殺の限りを尽くしたという事と、その中に──おそらく神が混ざっているという事。つまり彼は、おそらくだが()()()()()()()()という事。それは人の子にとって、大罪なのだ。

 しかしヘスティアは黒面に対し、悪い感情を抱いていない。むしろ好意的である。彼が行ったその数々は、あくまで子供達を守るため。自分の家族を守るために行ったものであり、好きでやったわけではないと知っているからだ。

 それでもその行いを全肯定するわけではないが、そうだとしても理解出来る。更にこの人物は()()()()()()()()なのだ。故に、ヘスティアは黒面に対し全くといっていいほど警戒すらしていない。

 

 しかし、それでももし黒面という人物がベルの兄であったとして、もし兄が悪人相手とはいえたくさんの人々を殺し、更には神をも殺しているかもしれないと知ってしまったら……と、考えを巡らせたヘスティアは、ベルに何も言えなくなってしまったのだった。

 

 そう、たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を知っていたとしても。

 

 

「──あぁそうだ、言い忘れてたよ。ボク、これから《神の宴》に行かなきゃならないんだ。だから夕食は二人で食べておくれ」

「今日!?まぁでもせっかくなんだし、楽しんできて」

「その通りです神様!ちょっと寂しいですけど、楽しんできてください!」

 

 

 少しぎこちない笑顔のヘスティアに、リツカとベルはその背中を後押しする。そんな眷属(かぞく)達の暖かい言葉に、ヘスティアはそんな二人を強く抱き締める。最初はその突然の行動に少々驚いていたリツカとベルだったが、しかし二人共、同じく抱擁で答えたのだった。

 

 

「本当にボクは幸せものだよ……こんなに最高な眷属(かぞく)に恵まれて……」

「いきなりどうしたの、ヘスティア……知ってる」

「嬉しいです、神様」

 

 

 困った様に微笑むリツカと、少々苦しそうにしているベル。そんな二人をヘスティアは、ただただ抱き締めるのだった。

 

 

「ボク……ちょっと何日か留守にするから。行かなきゃならない所があってね。少ししたら帰ってくるから……だからリツカ君とベル君も、二人で頑張っていてほしい」

「ヘスティア……?うん、わかった」

「了解です、神様」

 

 

 ヘスティアは二人をもう一度強く抱き締めると、二人から離れ、支度を始める。その表情は何かを決意しているかの様だった。

 

 

「じゃああれだ、いつもと逆って事だ」

「確かに!いつもは神様に帰りを待ってもらってるから、今度は神様が帰ってくるのを僕達が待つ番だね」

「ふっふっふ。帰りを待つ気持ちをたっぷりと味わうがいいんだ!そしたらもう、あんなめちゃくちゃな無茶は出来ないだろうからねっ!」

 

 

 その言葉が突き刺さったのか、「本当にごめんなさい」と縮こまるベル。そんな彼の様子を「本物の兎みたい」とリツカは爆笑しているのだった。

 

 そうしてる内に支度が終わり、二人に告げてから部屋を出ようとするヘスティア。しかしリツカとベルは外まで見送ろうとしており、ヘスティアはそんな二人を見てニコニコとしていた。

 

 そして部屋を出て、廃墟となっている礼拝堂となっている場所へと上がり──外へと出た三人。辺りはもう真っ暗となっていた。

 間に合うかなぁ、と呟くヘスティアの両手には、何故かパンパンと膨らんでいる紙袋があった。

 リツカとベルはその事は気にせずに──否、気付いていないフリをし、ヘスティアに視線を送る。

 

 

「行ってらっしゃい、ヘスティア。楽しんできてね!」

「行ってらっしゃいです、神様! 気をつけて!」

 

「うん!行ってきます!」

 

 

 弾けんばかりの笑顔を二人に向け、そして両手の紙袋を揺らしながら、《神の宴》へと向かうために、ヘスティアは走り出したのだった。

 

 






どうも作者です。
第十三話。遂に女将ことちゅん子、もとい舌足らずな可愛いあの子が登場しました。
実はこの子、もっと先のお話で登場させる予定だったのですが……ホームのお話を出すならもういいか、という事で登場しちゃいました。ちゅちゅん。

そしてここの女将はあれですね、中々に厳しい。とは言っても、げぇむ大好き鬼娘やおっきー、小次郎との特殊会話を聞けばわかるんですが、対マスター相手以外だとこれが通常運転っぽいんですよね。だからまぁこれでいいんです(?)

さて今回はこの辺りで。また次回お会いしましょう!

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