「お前様、栗羊羹と緑水でち。おやつの時間というには早過ぎるでちが……新作の試食をお願いしたいのでち」
外で遊んでいる子供達とオリオンを大きめの窓から眺めていたハサン。そこは《てぃあまとほーむ》の4階、そのとある一室──彼の書斎兼団長室である部屋に、紅閻魔がお菓子と温かい緑水をお盆に乗せて入ってきた。
その言葉にハサンは「ありがとう。頂こう」と小さな微笑を浮かべながら答え、大きめの黒い皮造りの椅子へと腰掛ける。感謝の言葉を受けた紅閻魔は、これまた漆黒の造りで出来ている立派なテーブルに音を立てずにお菓子と緑水を置くと、「感想は後で聞かせてほしいでち」と言い残し、部屋を後にするのだった。
「──ふぅ」
温かい──というよりもかなり熱めの緑水を啜ったハサンは、目を瞑ったまま浸る様に息を吐く。長い間ダンジョンに潜っていたのと、そして《
「うむ……相変わらず紅の作るものは美味だ」
緑水で癒されたハサンは、栗羊羹の皿に乗せられていた、木で出来ている小さな二叉の楊枝の様なもので栗羊羹を一口の大きさに切り、そして切ったその栗羊羹を二叉の楊枝の様なもので刺し、そのまま口に運び咀嚼する。
噛んだ瞬間、餡の独特な甘さとほんの少々の塩加減、そして栗の小気味良い食感と天然の食材のみが持つ濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。その味わいをハサンは、目を瞑りながら楽しむのだった。
そうして少しずつ栗羊羹と緑水を楽しんでいた時、ドアをノックする音が聞こえてきた。ハサンがそのノックの主に声を掛けると、ドアを開けて現れたのはティアマトだった。
「あのね、ハサンちゃん。これ……って美味しそうなお菓子!いいなぁ。紅ちゃんったらハサンちゃんにばっかりあげちゃうんだから」
部屋に入ったティアマトが、ハサンの目の前にある栗羊羹を見つめながら羨ましそうな表情をすると、ハサンは少々呆れた様子をしながらも、そのまだ半分は残っている栗羊羹をティアマトの方に寄せ、「食べかけでもいいのなら」と尋ねた。
ティアマトは「えぇー?悪いよぉ」と口では言っていたものの、しかしその表情は喜びを隠しきれてはいなかった。故にハサンは、更にもう一度その栗羊羹をティアマトの方へと寄せ、「感想を伝えるには十分味わったから問題ない」と告げた。
その言葉を受けたティアマトは満面の笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にし、ハサンの席の真正面にある長テーブルを囲うように配置されているソファーに腰をかける。そして「いただきまーす」と手を合わせ、栗羊羹を楽しみ始める。どうやら想像以上に美味だったのか、彼女からは喜びの声が漏れ出ていた。
ハサンは頬杖を付きながら呆れた様な笑みを浮かべ、顔を綻ばせながら栗羊羹を頬張るティアマトを見つめるのだった。
「──ごちそうさまでした。美味しかったぁ……」
「後で紅に感想を言ってやれ。料理についてはよくわからないが、意見は一人よりも二人の方がいいだろう」
恍惚の表情を浮かべるティアマトに、いつの間にか分厚い本を読み始めていたハサンが、その栗羊羹を手製した紅閻魔の事を思い出しながら口にする。その言葉に彼女は、「最高だったって伝えるわ!」と目を輝かせながら答えた。
「……料理に造詣が深いわけでもなし、私も偉そうな事は言えんが……しかしもう少し詳しい感想の方が色々と喜ぶんじゃないか?」
「うーん……形も甘さも食感も凄い良かったです!でどうかな?」
「ふふっ。そうだな、変にあれこれ小難しい事を言うよりも、感じた事をそのまま伝えた方が紅も嬉しいかもしれん。だからあまり難しく考えなくていいぞ、ティアマト」
顔に手を当てながら考え込んでいるティアマトに、ハサンは笑いを零してしまう。そんな彼に抗議する様に頬を膨らませていたティアマトだったが、ハサンの「難しく考えるな」という言葉で光明が差したのか、どうやら何か思い付いた様子だった。
「ところで私に何か用事があったんじゃないか?」
「あっ!そうそう、すっかり忘れてたわ。はい、これ」
何故か誇らしげな表情をしながらそのまま部屋を出ようとするティアマトをハサンが呼び止めると、彼女ははっとした表情をし、そして懐から手紙を取り出した。そして手紙をハサンへと手渡したのだが、その手紙の封筒には宛名などが一切書かれていなかった。
「ほら、あの
「はぁ……子供達に渡さずに直接私に渡せと何度言えばわかるんだ、あの莫迦者は。毎度毎度不法侵入した挙句に子供達を使いおって」
「ふふふ。照れちゃってるのかもよ?」
「そんなわけがあるか。あの莫迦者と来たら人を馬車馬の如くこき使うだけに飽き足らず、人の話まで聞かないとは。全くもって堕落が過ぎる」
珍しく苛立っているハサンに、ティアマトは少々可笑しそうにしながらも宥める。ティアマトの笑みでハサンも少しは落ち着いたのか、それ以上口にする事はなかった。
そしてハサンは小さく溜息を吐いた後、自身が使っている立派なテーブルの右端にある収納から、髑髏の装飾がされている漆黒のペーパーナイフを取り出し、それで手紙の封を開ける。
その手紙に書かれていた事とは──
「──また、当分帰ってこない?」
ハサンが手紙を読み終えると、その手紙は緑色の炎に包まれ、塵すら残さず完全に消失した。
手紙を読み終わった事を確認したティアマトが俯きながら元気なく呟くと、ハサンは椅子から立ち上がり彼女に近付き、そしてその頭を優しく撫でた。
「いや、少々出る事には違いないが、前回の様に長くはならない。それにもし遅くなる可能性があったのなら、何かしらの手段で連絡する。だから大丈夫だ」
頭を撫でられているティアマトはハサンのその答えが不満だったのか、元気のないままだった。そんな彼女にどうしたものかと考えたハサンは、彼女の視線と同じ高さにまで屈み、そして微かに微笑んだ。
「お前の好きな……なんといったか、あの、あれだ。何とかという香水を土産に買ってこよう」
「……
「ああ、それだ。その香水を土産にする。だから楽しみに待っててくれ」
「……うん、わかった。楽しみに待ってるから、だからちゃんと帰ってきてね」
少々元気を取り戻した様に見えるティアマトのその言葉に、ハサンは小さく微笑みながら「承った」と頷く。
そうしてハサンは支度を整え、部屋を出ようとした所で──思い出した様に口を開いたのだった。
「あぁ、そうだ。あの莫迦者、封筒の方には処置し忘れていた様でな。その封筒を処分しておいてくれないか」
「うん、すぐにやっておくわ……いってらっしゃい、ハサンちゃん。気をつけてね」
その出立と無事に帰ってくる事を願う言葉に、ハサンは「ああ、行ってくる」と呟き、そのまま部屋を後にする。
その後ろ姿を見つめていたティアマトの手には、封の開いている封筒が握られていた。
そしてその封筒に押されている封蝋は──星を散りばめた様な刻印の封蝋であったのだった。
──オラリオのダンジョン、その18階層に《
冒険者達により作られた街という事もあり、安穏とした場所とは決して言い難いが──しかし現在、この街は異様な雰囲気に包まれていた。
「──Lv.4の冒険者……!?」
《リヴィラの街》、その街のとある宿屋に、あるもの達が集まっていた。
そのもの達とは街の元締めであるボールス・エルダー、この宿の主人であるヴィリーという名の男、そして──《ロキ・ファミリア》団長のフィン、副団長のリヴェリア、幹部のアイズ、ティオネ、ティオナ、そして団員のレフィーヤの姿があった。
そのもの達はある人物を囲うようにして集まっていた。その人物とは、まるで首から上が爆発したかの様な死体だった。
その死体は顔が認識不可だったために《
暴かれた死体の人物は、《ガネーシャ・ファミリア》所属の冒険者、ハシャーナ・ドルリア。そしてその人物とは、《Lv.4》の冒険者だったのだ。
「──この街で一体、何が起きてるんだ……?」
眉間に皺を寄せ、厳しい表情をするフィン。その他の面々も同じ様に厳しい顔付きとなっていた。
親指に奔る疼きを感じたフィンは──何か一波乱起きそうだ、と愛槍を握る力を強めたのだった。
作者です。
第十八話となりました。今回はかなり短いです。閑話に近いものなのですが、しかし閑話と呼ぶにはちょっと……というものなので、そのまま十八話に。
そしてハサンはまたもやお出かけのご様子。どうやら何かあったみたいです。何があったんでしょう。
というわけで今回はこの辺りで!また次回にお会いしましょう!