迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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第1章 ダンジョンに出会いがあるなどと誰が思うだろうか
第一話 目覚め


 

 

 小動物のような可愛い幼子──()()()、ベルに強引に手を引かれ、リビング……と呼ぶには少しばかり質素な空間に辿り着くと、そこには朝の食事にしてはかなり多めな料理が並んでいた。私は元来、あまり食事は摂らない質だったのだが……()()に来てからは随分と変わったと思う。

 

 

「ほれ、お前たち。とっとと席につかんか。待ちくたびれたぞ」

 

 

 ぶっきらぼうながらも、粗雑と呼ぶにはあまりにも愛に溢れるこの人──このやけにたくましいものは、私とベルの祖父である。

 祖父と言うには若々しく──若々しいといってもその肉体や性格なのだが──食事に関しても、私やベルよりも多く摂取している。この世界の老人は皆こうなのだろうか……? 

 

 

「あ、あぁ……ほら、ベル。お前も席に着きなさい」

 

 

 よく見ると祖父の首元に……その、なんというか、いわゆる接吻の跡のような痕跡があり、朝からなんてものを見せつけるんだという呆れと、ベルが興味を示したらどうするんだという行き場のない少しの憤りと、まさか自分がこんなに困惑するとは、と様々な感情が交錯し、少々狼狽えてしまう。

 ……うむ。ベルは気付いていないようだ。

 

 

「いただきまーす!」

「頂きます」

「おう!食え食え!たんと食え!」

 

 

 目の前に並べられた料理の数々、どう見ても朝食では無い物量を見ながら手を合わせ、内心で小さく溜息を吐いてしまう。隣を見ると、我が弟は正に小動物──この世界にハムスターと呼ばれる生物が居るのかどうかはわからないが、()()()()()()()()()でハムスターと呼ばれていた愛玩目的の小動物と似てるな、とふと思ってしまうほどに口いっぱいに頬張っていた。

 

 そういえばあのハムスターとやらは、女性に……それも比較的若い感性を持つ女性に人気があった事を思い出す。何やら見てるだけで癒されるとか。あの少女もそんな事を言っていた気がする。

 という事は、そのハムスターに酷似している我が弟も、女性に人気が出るという事だろうか。私は女性ではないが、確かにこれは、ふむ。癒されるというのもわからなくはない。

 

 

「んん? どうしたハサン。食欲がないのか?」

 

 

 よく見ると首だけではなく、腕の方にまで接吻の痕跡がある我が祖父が、酒の匂いを漂わせながらこちらを少々心配そうに視線を送ってくる。

 我が祖父は決して悪い存在ではない。むしろ、愛に溢れた素晴らしいものだと思う。ベルが熱を出したら少し離れた場所にある村中を駆け回るし、私には何故そうなったのか記憶にないのだが……以前、私が原因不明の意識混濁となった際など、凄まじい形相で医者に詰め寄っていたんだ、と村の人から聞いた事がある。

 

 そういった諸々を踏まえ、私はこの祖父をなんだかんだ信頼しているし、それに、うむ。そうだな。前の自分……いや、あれは()()と呼ぶべきだろうか。その、前世の私ならばこんな事を考えるのは有り得ないと思うが──家族として愛している。

 だがそれはそれとして、ベルには絶対にこうなってほしくはない。それだけは断言出来る。

 

 

「いや……大丈夫。ただ、昔の……夢、みたいなものを思い出してただけだよ」

「……そうか」

 

 

 相変わらずベルは食事に夢中、もとい格闘中であり、私の体調を気にする雰囲気を醸し出していた祖父は、こちらをじっ、と見た後、ニカっと笑いかけてきた。

 

 そんな二人から何とも言えない心地良さを感じながら、()()()()に辿り着いた時の事を思い出す。否、辿り着いた、というのは正確ではない。私は、この世界に生まれ落ちたのだ──

 

 

 

 

 

「──ここ、は……」

 

 

 あの激闘の最後。全てが終わったのだと安堵し、皆が喜びに満ち満ちて、至る所から歓声があがっていた。それはそうだろう。多過ぎる犠牲を払い、自分たちの世界を取り戻すために切り捨てたもの達から「頑張って」「絶対に取り戻せ」などと魂に響く激励をされ、数多の死地を乗り越え、ようやくその元凶たる悪を討滅したのだ。気が抜けるのは……本来であれば叱責ものだが、事ここに至っては仕方の無い事。

 

 しかし、それが最大の失敗……我が最大の失敗であった。

 何が起きたのかはわからないが、我が契約者……あの少女に涙を流させる事になってしまった。傷とならなければよいがと今更ながらに思うが、優し過ぎる彼女の事だ。きっと己を責めてしまうだろう。

 

 そんな事をぼやけた視界の中で考えていると、何やら声が聞こえてきた。いや、声というにはあまりにも……叫び、かこれは? 

 こちらに向けて絶叫をあげてくるというのは、つい先程経験したあの……大切な少女を傷付けてしまった事を思い起こしてしまう。

 

 

「ハサ……ハサ……ハサン!!」

 

 

 徐々に鮮明に聞こえてくる叫び声。誰だ?何故我が名を……もしや私は助かったのか?あの状況で間に合ったのか? 

 一瞬、淡い期待が胸を熱くする。あのものたち……カル……うむ?なんだ……?そう、あそこのもの達は……その、あれだ。カル──

 

 

「お兄……お兄ちゃ……お兄ちゃん!!」

 

 

 急に聞こえてきた幼い声に驚いてしまう。今、お兄ちゃん……つまりは兄、と言ったのか?まさかとは思うが、それは私に向けて言っているのか? 

 思考が停止──とまでではないが、理解の追いつかない事態に困惑してしまう。我……私が、兄?いや、私に兄弟はもう居ない。それどころか家族などもう……思い出す事が困難な程遠い昔に決別してしまった。

 

 そして少しずつ視界も開け、鮮明になっていく。ここは──何処だ? 

 見慣れない天井。部屋。そして──こちらを凝視し、私の体にしがみつきながら今にも泣きそうになっているものが二人。

 一人は老人と呼べるような顔つきだが、服の上からでもわかる筋肉質な体。もう一人は……あまりにも幼い。おそらく、この子が「兄」と叫んでいたのだろう。

 

 

「ここ、は……私、は……」

 

 

 その二人を見つめながら、無意識に言葉を発していた。私はこの二人を知らない。否、()()()()()()()()()。だが、この感覚は忘れようとも忘れられる筈がない。

 この感覚は、英霊(サーヴァント)として召喚された時に得る知識と同じものだ。

 

 私は……この二人を知っている。いや、()()()()()()()

 

 

「じい、さま……べ、ル……?」

 

 

 そしてその言葉を口に出した瞬間、本来身に覚えがない筈の記憶が、まるで濁流のように押し寄せてきた。

 この二人と共に暮らしてきた記憶。共に笑い合った記憶。ベル……()()()と共に、()()()()()から様々な英雄譚を聞かせてもらった記憶。

 

 これは……現代の知識を無理やり転写されるようなアレとは似て非なるものだと気付くには、十分なものだった。

 これはあの、嫌悪感を覚える記録の更新などではない。私はたった今、()()()()()()()

 

 

「私は……私は……」

「ハサン!!わかるか!?わしだ、お前のおじいちゃんだ!わかるか!?」

「おに、おにいちゃああああ!!ボク、ボクだよ、わかる!?」

 

 

 泣きそうな、ではなく、大号泣。このどこかで見たような光景に、懐かしさと若干の胸の痛みを覚える。記憶を思い出しても、何故私はこの知らない部屋のベッドで横になり、そしてこの二人──愛する家族を泣かせてしまっているのかは思い出せない。

 だが、それ以外は思い出せる。そうだ、私は──

 

 

「──じいさま、ベル……私、私は……ハサン、ハサン・クラネル──」

 

 

 

 

 

「──ごちそうさまでした!」

「ご馳走様でした」

「うむ! お粗末さん!」

 

 

 あれだけあった料理の数々も──まぁそのほとんどを我が祖父が平らげたのだが、綺麗さっぱり無くなっていた。

 ベルは毎度毎度懲りないのか、無理して食べ過ぎたようでじいさまにもたれかかりながら甘えている。じいさまもそんなベルが可愛くて仕方がないのだろう。「大きくなるんじゃぞ〜」と言いながら、ベルの白雪の如き髪をわしゃわしゃと撫でている。

 

 私はと言うと──この世界に……いわゆる転生、と言うのだろうか。その時の事、と言うよりも、記憶を思い出した時の事を考えていた。

 あれから一ヶ月が過ぎた今でも、正直、今がどういう状況なのかはわからない。今この時は私が夢を見ているだけなのか……それとも、朧気に残っているあの少女との軌跡が──夢幻(ゆめまぼろし)だったのか。

 だが、うむ。きっと……もう名前すらわからないが……あれはきっと、前世の私なのだろう、と思う。いや、そう思いたい。

 

 今の私があの少女に出来る事など、何もありはしないが……それでも、あの少女に幸福を。あの少女の旅路が優しく暖かであらん事を。

 もう、泣かないでおくれ。君には笑顔が一番似合うのだから──

 

 

「──ほれほれ、ハサンもたまにはじいちゃんに甘えんか」

「お兄ちゃん!こっちこっち!」

 

「しょうがないな……ほら、食後の散歩に行こう──」

 

 

 

 

 

「──Ahhhh……アァァァ…………あぁぁぁ……」

 

 

 目を覚ますと、否、意識が覚醒し視界が開けると、そこは全く知らない場所……世界であった。空気も、漂う魔力も、世界の色も。何もかもが私の知っている世界とは違う。ただ一つわかるのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。

 ウルクではない。そして冥界でもない。私は……どうなってしまったんだろうか。

 あの時確かに、私は、あの……凄く怖い存在に……私という存在を否定され、堕とされた。

 そしてあの──あまり思い出せないが、どこか輝いていた傷だらけの少女と、世界を捻じ曲げる程の力を持った金色の何かが私を……そうだ、私はあの時、滅ぼされた筈。では此処は冥界の最奥、深淵の底なのだろうか。いや、それにしてはあまりにも……あまりにも美しいと感じる……。

 

 一体……此処は……何処……? 

 

 

「あぁぁあ……あぁぁぁ」

 

 

 大粒の雨が無慈悲に降り注ぐ。これは全てを失い、その果てはどうしようもない愚者である私のために、天が泣いてくれているのだろうか。

 否、それは有り得ない。私は……私は、自分の我儘であまりにも多くのものを傷付け、壊し、全てを終わらせようとしたのだから。そんな私が許される筈が無い。()()()()()()

 

 

「あぁ…………あ……」

 

 

 私は何故未だに思考しているのだろう。もう全てが終わったのではなかったのか。私という存在は……あの怖い存在に否定され、もう全てを無くしてしまったのではなかったのか。今更何を……今更、一体私に何をさせようというのか。

 もう、何もしたくない。もう、あんな目を向けられたくはない。もう、愛し子たちが傷付く様を見たくはない。もう、私を否定されたくはない。もう、理性を奪われ無理やり暴れさせられたくなどない。

 

 もう、私は生きていたくなど……ない……。

 

 

「あ……わた……わた、し……わたしは……どう、して……」

 

 

 問いかけには誰も答えてはくれない。私は今、涙を流しているのだろうか? そうか、私は寂しいのか。結局どこに行っても一人ぼっちの私は……誰からも必要とされない私は、寂しいのだ。

 

 雨がどんどんと強くなっていく。この雨は天が泣いているのではない。これはきっと、私が泣いているんだろう。もう既に力のほとんどを失っているようだけど……『原初の母』と呼ばれた私にもそのぐらいの力は残っていたのかもしれない。

 

 私は何処に来たのだろう。私はこの世界で何をすればいいのだろう。私は何のためにこの世界に喚ばれたのだろう。私は、また……あんな想いをしなければならないのだろうか……。

 

 

「わたし……私は……もう、一人は……嫌……」

 






どうも作者です。
前回はだいぶ長かったですが、今回は半分以下となりました。もう少し長くなるかな?とも思ったんですが、意外に短くなったので少々驚き。まぁ例のママが登場して次回へ……という流れで終わらせようと思ってたので、丁度いい感じだったのかもしれません。
という訳で次回は……ふっふっふ。誰でしょうねぇ!!!

そしてびっくり!まだ一話しか出ていないにも関わらず、感想を下さる方が居るとは……!めちゃくちゃ嬉しいです。励みになります!!
しかも高評価まで頂いてしまって……めちゃくちゃびっくりして喜びました。ありがとうごぜぇます。
めちゃくちゃ、そりゃーもうめちゃくちゃ励みになりますので、良かったら感想や……その、評価を……出来れば高めで……ごにょごにょ……よろしくお願いします!笑

では皆様。次回のお話でお会いしましょう。それでは!
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