迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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第二話 迷える神と導く神

 

 

 私が()()()()で覚えている最後の光景は、とある少女が悲しそうな顔で見つめているものだった。その表情は憎しみや嘲り、怨みや蔑んだものなどでは決してなく、どこか慈愛すら感じるものだった。

 

 数多の英雄達から、数多の魂からその旅路を祝福されていた君。私にはそれが……とても眩しく、またとても羨ましかった。

 

 

【私を置いていかないで】

 

 

 羨ましかった。羨ましかったのだ。私がついぞ手に入れる事が、取り戻す事が叶わなかったものを持っている少女の事が羨ましくて、その環の中が眩しくて眩しくて仕方なかったのだ。

 

 その少女は──悲しそうに、辛そうにこちらを見つめ続けていた。

 

 あれだけの破壊を、あれだけの絶望を呼び起こした私に、少女は何を思っていたのか。

 そしてあの人理の守り手は、私に……手を伸ばそうとしていた。

 

 

【私を愛さないで】

 

 

 あの少女の行為が一体なんだったのか。それは今でもわからない。しかし、それは決して()()()()()()なのは理解出来た。もしあの時、伸ばされた手を握り締めていたらどうなっていたのだろう、と思う時はある。だが、それは許されないのだ。もしあの時少女に縋ってしまったら、あの優しい少女に罪を背負わせてしまうのだから。

 

 鮮明になった視界が、私の現在(いま)を映し出す。やはり此処は私の知る世界では無いようだ。

 街並みはウルクよりも随分と発展している。しかしもう夜だからなのか、人の気配はしない。しかし今私が居る此処は──いかにも人気の無い路地裏のような場所なので、もしかしたら賑わっている場所もあるのかもしれない。そんな事を考えると、酷く憂鬱な気分になってしまう。

 

 だがそれよりも、重大な事に気付いてしまった。

 

 

「私……小さく……なってる……?」

 

 

 目が覚めた当初は()()()()での出来事──私からすれば僅か寸刻前のような感覚なのだが──を思い出し、様々な感情に耽っていて気付くのが遅れたのだが、そもそも私という存在はこの様な街の片隅で踞れるほど……その、私も一人の女性であるからして、あまりこんな事を自ら主張したくは無いのだが……まぁ、その、そんな小さく収まる様なサイズでは無いのだ。それどころかこんな所で蹲っていたら、この街に生きるものたちは阿鼻叫喚となっていただろう。

 しかしどういう訳か、そんな悲劇を巻き起こす事は回避出来ていた様で──何故か随分と小さくなってしまっている。

 霊基をほとんど失った事が原因なのだろうか。権能のほぼ全てを失った事が原因なのだろうか。その両方なのだろうか。それとも、全く別の原因が理由となっているのだろうか。

 

 

「そんな事より……この街の人達に……迷惑をかけなくて、よかった……え?」

 

 

 まぁそんな事はどうでもいいか、と半ば自嘲気味に呟いた時に、とある異常が発生した。()()()()()()()()。他の誰でもない、私のお腹がぐぅ、と小さくではあるが鳴ったのだ。

 初めての経験にフリーズしてしまう。『原初の母』と呼ばれ、まだ……幸せの絶頂であった頃、要するに紛うことなき神であった頃にも何かを食す事はあったが、あれは食欲、つまり生存するために行っていた訳ではない。あの行為は一種の娯楽の様なものだった。

 しかし今の私は──間違いなく、生存するためにその行為が必要であるのだと理解出来た。

 

 これが……「お腹が空いた」という感覚なんだ……! 

 

 

「人はこんな感覚を……!すごい、こんなにお腹が切なくなるのね……!」

 

 

 初めましての感覚に、何故だか嬉しくなってしまう。こんな事を誰かに──言う相手など居ないのだが──聞かれてしまっては恥ずかしいが、少しだけ人という存在を理解出来た気持ちになったのだ。

 

 しかし、喜んでいる場合では無かった。甘かった。そう、私はいつも甘過ぎる。

 

 

「う?……うう??……ううう!?」

 

 

 完全に甘くみていた。こんなものなのか、と高を括っていた。舐めていた。()()()()で身をもって味わったのにも関わらず、所詮は人が起こす現象であると慢心していたのかもしれない。やはり私は、何も学習出来ていなかったのだろう。

 

 これは、不味い。なんかもう痛い。ちくちくする。いや、ズキンズキンしてるような気もする。というか私は何故こんな状態になっているんだろう。いや、そんな事はどうでもいい。私はお腹が減ったんだ。なんかちょっとイライラしてきた。

 

 

「ううぅ……」

 

 

 これは本格的に不味い、と脂汗が滴る。

 何か食物を──どこかで果物か何かを調達しないと、と立ち上がると、思わずよろけてしまう。空腹とはこれ程の状態異常なのか。人はこんな状態異常と常に隣り合わせなのか。なんと恐ろしい……。

 

 やたらと小さくなってしまった体にむち打ち、路地裏から広めの道へと出ても、やはり人を発見する事は無かった。その事に少し安堵するが、それよりも今はこの空腹感を何とかせねばならない。このままではお腹と背中が融合してしまう。何なのこれ。お腹に何か別の生き物が居るかのようだ。これが日常に起こりうる事だなんて、人って怖い……。

 

 

「うぅ……お腹が……ちくちくする……」

 

 

 元々満身創痍のような状態だったのも相まって、何だか視界すらもぼやけているような感覚になる。何か攻撃を受けた訳でも無いのに、フラフラしてしまう。少しずつ前へと進むが、そもそも今歩んでいるこの先に何か食物はあるのだろうか? 

 そんな事を考えながら一歩一歩進んでいた時だった。

 

 

「ちょっと君、大丈……って、うぉう!!君、服はどうしたのさ!?」

「う……?」

 

 

 こちらに語りかけてきたかと思ったら、大声を張り上げる……少女?のようなもの。少女のように小さいのに──少女とは呼べないサイズのものを有しているので、おそらくただ小さいだけなのだろう。

 

 

「君、ホントに何があったのさ!?追い剥ぎ……?ね、ねぇ、一体どうしたんだい?」

「う……あ……そ、の……」

 

 

 あまりの剣幕に圧されてしまう。このどこか貫禄のようなものを身に纏う彼女は、本気で私を心配しているのだろう。私の両肩を掴みながら私の目をじっと見つめてくる。私の肩を掴む彼女の手は、まるで何かを優しく包むような柔らかさと暖かさがあり、その目は慈愛に満ちているものとすぐに理解する事が出来た。

 

 と、その時だった。

 私の──もはや別の生物とも思えるようなお腹が、一際大きく鳴き声をあげたのは。

 

 

「……ふっふっふ。そうかいそうかい、君、お腹が減ってるんだね?よしよし、ボクに任せたまえよ!なぁに、心配する事は無い!ボクには頼れる神友がいるからねっ!」

 

 

 そんなよく分からない事を胸を張って言った彼女は、自分が着ていたコートを私にかけてきた。そういえば私は何も着ていなかったんだった。

 あの世界(バビロニア)に顕現した事が原因なのか、私にはある程度現代の──()()()()でいう所での()()を有している。特殊な状況であったためなのかどうかは今になってはわからないが、おそらくこの知識は……西暦と呼ばれる時代の、約2000年までのものなのだろう。

 しかしあくまで知識が強制的に転写されたようなもので、しかも「何となく知っている」ぐらいのものである。故に──全裸であっても恥ずかしいなどと思う事はない。そう、決してない。全くもって恥ずかしくない。全然恥ずかしくないもん。

 

 

「ほら、それじゃあ行こうか!君に何があったのかはわからないけど、腹が減ってはなんとやら、って言うしね!」

「えっ、ちょっ、私は……」

 

 

 何故なのかは全くもってわからないのだが──顔が赤くなっているのではないかと思う程に熱くなっていると、彼女は私の手を引いて、強引に歩き出してしまった。どうやら私の事を心配しての行動の様だが、それは……受け入れる事が出来ない。

 私はそんな心配をしてもらう様な存在では無い。ここが何処で一体何なのかはわからないが、おそらくこれは罰なのだろう。暴虐の限りを尽くし、一切を拒絶した大罪の報いなのだろう。故に私は、こんな優しい人に心配してもらう権利など──

 

 

「──えっ!?」

「うおっ!いきなりどうしたんだい?」

 

 

 抵抗出来るほどの物理的な力も精神力も残っておらず、彼女の思うままに連れられていく中、重大な事に気付いてしまった。彼女もいきなり大きな声をあげた私に驚いたのか、体をビクッ!と震わせてこちらを見つめてきた。

 何故気付かなかったのだろう。本来であればすぐに気付いた筈なのに。それも、力を失ったからなのだろうか。それとも、彼女の優しさがあまりにも……嬉しかったから、なのだろうか。

 

 

「あな、たは……神……?」

 

 

 自分ではそんなつもりはなかったのだが、口に出した言葉は震えていた。否、強がっても仕方がない。私は、()()()()()()

 私を排斥した神々。私を否定し拒絶した神々。私はただ、平和で優しい世界を望んだだけだったのに……その全てを否定した神々。故に私は、神が怖い。憎しみなどではない。ただただ、その在り方が怖いのだ。

 

 

「そうだとも!ボクは女神!女神ヘスティアさ!」

「ヘス……ティア……?」

 

 

 自身を女神だと主張し、胸を張る彼女の名を私自身は知らない。しかし、記録としての知識が私に語りかける。彼女は神だ、と。

 しかしその純粋で美しくて、まるで私の全てを暖かく包み込むような柔らかな炎のような彼女は、私の知る神とは何もかもが違っていた。

 

 

「そうだとも。ボクはヘスティアさ……よかったら君の名前を、教えてくれるかい?」

 

 

 ダメだ。これは罰だ。私には罪がある、大罪がある。私は咎を背負うもの、救けなどは欲してはならない。私は、私は──

 

 

「──私、は……ティア、マト……ティアマト……」

 

 

 意識した訳ではない。そしてこれが喜びによるものなのか、悲しみによるものなのか、それともあまりにも眩しかったからなのかはわからない。

 

 私は、大粒の涙を流していた。

 

 悲しみによるものなのかもしれないが──しかし、先程流した涙とは違うものだという事はわかる。この涙は、どこか暖かいような気がするのだ。

 勘違いかもしれない。もしかしたら彼女は私を騙そうとしているのかもしれない。あの神々と同じように、最終的には拒絶するかもしれない。

 

 だけど、この神は……この女神は、あまりにも()()()

 外見の美ではなく、内面から溢れ出る美。彼女の在り方が理解出来てしまうほどの、強烈でありながらも優しいもの。初めて目にする神の在り方に、私は抗う事が出来なかった。

 ダメだと思っていながらも、彼女に甘える事を拒絶出来なかった。

 

 

「……そう、か……ティアマト。ティアマトか……うん。いい名だね」

 

 

 私の名を聞いた彼女は、少し反応した後にまた笑いかけてきた。

 邪な考えなど一切ないと断言出来る笑顔の彼女に連れられていく事を――それを抗う事など、出来はしなかった。

 

 






どうも作者です。
さて、第二話となりました。プロローグも入れたら三話ですね。そして例のあの子、あの女神ちゃんがここで登場してきました。邂逅してしまいました。ちび×ちびの出逢いです。
ティアマトのサイズが想像つかないという方もいらっしゃると思うので、補足をば。大体ヘスティアと同じぐらい、もしくは若干小さいぐらいだと思ってください。とんでもなく小さくなりましたね、原初の母。バビロニア戦線ではあんなだったのに……。

そして、読んでくださっている方は気付いてしまった方もいるやも知れません。「あれ?これ展開が……未だに原作の一話にすら到達してなくね?」と。ご名答、大正解。花丸をあげます。
しかしですねご安心ください(?)。頑張りますので(??)。今はまだ序章的なアレなだけですので(???)。
しかし結末は既に決まっておりますので、途中で書かなくなるということはありませんのでご安心を。私自身、じぃじが大好きですから。後はダンまちの原作との兼ね合いをどうすっかって感じですねぇ……。

という訳で!次回は更にあの方も登場します。お楽しみに!

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